第16話 珍道中! なんちゃって仕事人と行く、楽田クエスト
やれやれ、とんでもない旅の始まりだ。
俺の隣を歩く大森は、すっかり「中村主水」になりきっている。時折、意味もなく襟巻をクイッと直したり、鋭い(つもりの)目つきで周囲をキョロキョロと見回したりしている。
……だめだ、こいつ。完全に、役に入り込んでいる。
「いいか、大森。神社に着いたら、お前は『山中の村を治める長』だ。俺が先に神官と話をつけて、お前を紹介する。お前は、どっしりと構えて、偉そうにしてればいい。分かったな?」
「お任せください、先輩! 俺の、この隠しきれない王のオーラで、神官ごとき、一発でひれ伏させてやりますぜ!」
「その王のオーラとやらが、ただのコスプレイヤーの勘違いじゃないことを祈るよ……」
俺たちの珍妙な二人旅は、そんな不安しかないやり取りから始まった。幸い、道中は特に何事もなく、俺たちは荘厳な大縣神社の鳥居の前にたどり着いた。
俺はまず一人で境内へと進み、前回顔を合わせた神官を探す。幸運なことに、彼は俺のことを覚えていてくれたらしい。
「おお、そなたは、先日の修験者殿。息災であったか」
「ご無沙汰しております。本日は、我が日頃世話になっている村の長を伴い、ご挨拶に上がりました」
俺がそう言って振り返ると、鳥居の下で待機していた大森が、練習通り、ゆっくりと尊大な態度でこちらへ歩いてくる。見た目は、まあ、百歩譲って堺の豪商か、風流な浪人に見えなくもない。
「ほう、そちらが?」
神官が、興味深そうに目を細める。大森は、俺の前に立つと、わざとらしく「ふん」と鼻を鳴らし、腕を組んでみせた。
……おい、その態度は、長というより、ただの感じ悪い奴だぞ。
「こやつが、我らが世話になる『山の民』を束ねる長にござる。以後、お見知りおきを」
俺が必死のフォローを入れると、神官は、わずかに眉をひそめた。やばい、怪しまれてるか?
「……して、本日のご用向きは?」
「うむ。まずは、これなる品を、神前に」
大森が、もったいぶった仕草で、背負っていた風呂敷を俺に渡す。中身は、俺たちがこの一ヶ月で採り溜めた、極上の干し椎茸だ。俺がそっと風呂敷を開いて見せると、神官の目がカッと見開かれた。
「こ、これは……! 見事な干し椎茸じゃ! これほど肉厚で、香りの良いものは、滅多にお目にかかれんぞ!」
よし、食いついた! 俺たちの『山の幸』は、この時代でも十分に通用するらしい。
「つきましては、一つ、お願いが」俺はすかさず本題を切り出した。「この椎茸を、麓の市で売りさばきたいと存ずる。しかし、我らは市での作法も商いの勝手も分かりませぬ。何卒、神官様のお力で、然るべき相手へのお口利きを願えまいか」
しばらくの沈黙の後、神官はにっこりと微笑んだ。
「よかろう。これほどの逸品を寄進していただいたのだ。無下にはできん。楽田の市を束ねる元締めに、わしから話を通しておいてやろう」
「「おおっ!」」
俺と大森は思わず声を上げ、慌てて大森が長らしい口調を取り繕う。
「う、うむ! 大儀であった!」
こうして、俺たちの最初のクエストは、上々の滑り出しでクリアとなった。神官から紹介状を受け取った俺たちは、意気揚々と楽田砦の城下で開かれている市へと向かった。そこは、俺たちの想像を遥かに超える活気に満ち溢れていた。
紹介状の効果は絶大だった。元締めは俺たちを丁重に迎え入れ、持ち込んだ干し椎茸に驚くような高値を提示してきたのだ。差し出された、ずしりと重い銭の束に、大森の目が点になっている。初めての商売は、望外の大成功を収めた。
すっかり気を良くした俺たちは、その足で武具屋へと向かった。村の防衛力を、少しでも上げておく必要がある。
「うむ。槍を数本と、刀を見繕ってくれ」
大森がすっかり大商人になった気分で店主に声をかける。俺たちは、村に残る女性陣でも扱えそうな手頃な長さの槍を五本と、無銘だが作りのしっかりした刀を三本購入した。店先で、買い上げたばかりの刀を抜き放ち、ブンブンと振り回す大森の姿は、もう仕事人というより、ただの中二病だった。
意気揚々と村へ帰還すると、屋敷では女性陣が総出で俺たちを出迎えてくれた。
「拓也くん! お帰りなさい! 怪我はなかった!?」
母栖さんが、大森に駆け寄りその身を案じている。
「心配するな、詩織。この俺が、誰だと思ってるんだ?」
大森がドヤ顔で胸を張る。そのラブラブっぷりを、茜さんと澄田さんが、やれやれ、といった顔で眺めていた。
市での大成功と購入した武具を披露すると、皆から歓声が上がった。
数日後。俺と大森、そして今回は澄田さんも加わった三人で、本格的な山中の探索へと出発することにした。
目的は、新たな資源の確保と、周辺の地理の把握だ。
「この時代の、手付かずの自然生態系を観察できるなど、研究者として、これ以上の興奮はありませんから」
澄田さんの瞳は、クールな表情とは裏腹に、好奇心で爛々と輝いていた。やれやれ、この子も大概、普通じゃないな。
鬱蒼とした森の中を進んでいくと、前方の茂みが大きく揺れ、一体の鹿が姿を現した。かなりの大物だ。
「せ、先輩! クエスト発生です! レアモンスターですよ!」
大森が、買ったばかりの槍を構えながら興奮気味に叫ぶ。俺が「馬鹿! 刺激するな!」と叫んだのと、鹿が突進の体勢に入ったのは、ほぼ同時だった。
やばい! 俺は咄嗟に腰に提げていた対クマ用の超強力催涙スプレーを抜き放った。
「くらええええええっ!」
プシューッ! オレンジ色の刺激ガスが一直線に鹿の顔面へと噴射される。鹿が悲鳴のような声を上げてもがく隙を、大森が見逃すはずがなかった。
「うおおおおお! チェストーーーーッ!」
意味不明の掛け声と共に突撃した大森の槍は、見事に鹿の脇腹を捉えていた。鹿は一度大きく跳ね上がると、そのまま地面にどうと倒れ伏した。
「や、やりましたよ、先輩! 俺、やりました! 初めての、狩りだーっ!」
無邪気に歓喜の声を上げる大森の横で、澄田さんが冷静に、かつどこか嬉しそうに状況を分析している。
「なるほど。カプサイシンを主成分とする、強力な粘膜への刺激物ですね。非殺傷兵器による威嚇と、物理的攻撃のコンビネーション。極めて有効な戦術です」
やれやれ、俺の仲間はどうしてこうも肝が据わった奴らばかりなんだろうか。
仕留めた巨大な鹿をどうするか。ここで再び澄田さんの知識が光った。
「嶺さん。この時代の狩猟民は、獲物を解体する際、まず血抜きを行います。でないと、肉がすぐに傷んでしまいますから」
彼女が令和で買い込んできたサバイバル関連の書籍には、動物の解体方法が図解入りで詳細に記されていた。俺たちはその本を参考に、ナイフを片手に鹿の解体作業を開始した。流れ出る血の生々しさ、内臓の独特の匂いに、俺は正直吐き気を催しそうになった。だが、そんな俺をよそに、大森と澄田さんは淡々と作業を進めていく。
「先輩、これが肝臓ですね。レバ刺しにしたら、美味いかな?」
「大森さん、生食は危険です。寄生虫のリスクを考慮すべきです。ですが、加熱すれば、貴重なタンパク源になりますね」
……なんだ、この二人。俺は、この二人の底知れない適応能力に、驚きを通り越してもはや一種の恐怖すら感じていた。
その日の夜、村では盛大な宴が開かれた。囲炉裏で焼かれる鹿肉の香ばしい匂いが屋敷中に立ち込める。
自分たちで獲った獲物を、自分たちの手で捌き、食べる。それは俺にとって、少し複雑な、しかし忘れられない経験となった。
この一件で、大森はすっかり自信をつけたようだった。彼はそれから一人で何度も楽田の市へ通うようになり、干し椎茸だけでなく、塩や簡単な木工品などを売りさばき、着実に村の財産を増やしていく。
そして、その稼いだ金で、かいがいしく皆のものを買い揃えてきた。子供たちには暖かい古着を、そして最愛の恋人には、鮮やかな茜色の着物とかわいらしい花の髪飾りを。
屋敷の真ん中で堂々と繰り広げられる甘々なラブコメ劇場を、俺と澄田さんは顔を見合わせ、盛大にため息をついた。
あの、能天気なだけが取り柄だと思っていた後輩は、この一ヶ月と少しで、すっかりこの世界の生活に馴染み、一つの家族を支えるたくましい「長」へと成長していた。
そんなある晩、俺は茜さんを一人、令和に送り返した。
その時の、あのキス。
思い出して一人顔を赤くしていると、澄田さんから「……何か、面白いことでも?」と、氷点下の視線を向けられた。
やれやれ。この村の人間関係は、戦国の世よりもよっぽど複雑で難しい。
その後、俺たちの商いの中心は、本格的に清州の城下町へとシフトしていくことになる。そのためには、まずインフラ整備が必要だった。
「俺たちの村は山の中腹にある。これは防御には有利だが、商いには不便だ。そこで、まずは麓までの道を整備する!」
俺はシャベルやツルハシに加え、とっておきのエンジン式チェーンソーを披露した。けたたましいエンジン音と共に、硬い丸太が豆腐のように切断されていく光景に、木地や山窩の人々は呆然としていた。
俺たちの近代土木技術と、彼らの山に関する知恵と労働力が合わさった結果、麓までの道は驚くべき速さで形になっていった。
「道ができても、肝心の荷車がないんじゃ意味がない」
清州で調査した結果、荷車は非常に高価であることが分かった。
「……よし。決めた。荷車は、俺たちで作る」
俺の脳裏には、木地たちの顔が浮かんでいた。彼らの職人技と、俺たちの知識があれば、きっと可能だ。
このプロジェクトで、異様なほどの熱意を燃やしていたのが澄田さんだった。
「嶺さん! 車軸の固定方法ですが、ここに緩衝機構を導入することを提案します!」
彼女が広げた設計図には、竹を束ねて作った弓なりのパーツが描かれていた。竹の弾力性を利用した、簡易的なサスペンションだ。
「よし、それ採用! 早速作ってみよう」
俺たちは早速、板バネの製作に取り掛かった。澄田さんの指揮のもと作業を進めるうち、不意に彼女の手と俺の手が触れ合った。
「わっ、す、すまない……」
俺は慌てて手を引っ込めた。澄田さんも顔を赤らめて俯いてしまう。普段のクールな彼女からは想像もつかない反応に、俺の心臓はさらにうるさくなった。
数日後、俺たちの知識と技術の結晶、新型荷車第一号がついに完成した。実験は、大成功。板バネの効果は絶大で、乗り心地も引き心地も、これまでのものとは比べ物にならなかった。
「やりましたね、嶺さん!」
澄田さんが、満面の笑みで俺の腕を掴んだ。
「ああ。澄田さんのおかげだ。ありがとう」
俺がそう言って微笑み返すと、彼女ははっとしたように腕を離し、再び顔を赤らめた。茜さんの情熱的なアプローチと、澄田さんが時折見せる可愛らしい一面。俺の心は、二人のヒロインという、かけがえのない荷物を乗せて、ぎしぎしと音を立てていた。




