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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第二章 美人の仲間
12/23

第12話 まさかの地元と、恵みの大地

 

 山を下りる、という行為が、これほどまでに神経をすり減らすミッションになるとは、一体誰が予想しただろうか。

 俺は、クマ撃退スプレーを握りしめ、コンパスと睨めっこしながら、ひたすらに険しい森の中を進んでいた。


「……やっぱ、道なき道はキツいな」


 まるで、高難易度のステルスゲームだ。敵(この時代の住人)の索敵範囲に入らないよう、慎重に、かつ大胆にルートを開拓していく。

 セーブポイントである廃村と祠の安全は、絶対に確保しなければならない。最優先事項だ。


 そんな、緊張感マシマシの探索行の最中、俺は偶然にも、倒木にびっしりと生えた見事な椎茸の群生を発見した。


「お、これは……!」


 思わぬボーナスアイテムのゲットに、俺は思わず声を上げる。

 しかも、その近くの地面をよく見れば、土から顔を覗かせている、独特なフォルムのキノコまであるじゃないか。


「……松茸!? マジかよ!」


 令和の日本では、国産ともなれば庶民の口にはそうそう入らない高級食材だ。それが、そこらへんに、わりと無造作に生えている。

 これぞ、ファンタジー世界のお約束、レアアイテムのフィールドドロップというやつか。


「よし、これはいい手土産になるぞ」


 俺は、懐からビニール袋を取り出し、ありがたく頂戴することにした。

 ふと、脳裏にあの二人の顔が浮かぶ。


「……茜さんなら、これ見て『すき焼きにしよう!』とか大喜びしそうだな。澄田さんは冷静に『これは土瓶蒸しですね』とか言い出すに違いない」


 想像して、思わず口元が緩む。

 次に会う時のお土産話が、また一つ増えた。いや、お土産そのものができた、というべきか。

 この椎茸と松茸を武器に、どこか人のいる集落……できれば、お寺か神社のような、話が通じやすそうな場所を探してみるのが得策だろう。


 クエストのキーアイテムは、現地調達が基本だな、うん。

 そんなことを考えながら、さらに数日、俺は山中を彷徨い続けた。

 そして、ついにその日はやってきた。

 木々の切れ間から、山の麓に、明らかに人工物と思われる巨大な鳥居が見えたのだ。


「……あった! 神社だ!」


 展望台から見えた砦とは別の方向だが、まずは、情報収集が最優先だ。宗教施設なら、俺のこの修験者コスプレも効果を発揮するはず。

 俺は、逸る心を抑え、慎重に山を下り、その神社の正面へと回り込んだ。


 そこには、古びてはいるが、実に堂々とした構えの鳥居がそびえ立っていた。そして、その扁額には、俺のよく知る名前が、大きく、はっきりと刻まれていたのである。

 ――大懸神社。


「……は?」


 俺は、自分の目を疑った。

 ガシガシと、何度も目を擦る。だが、何度見ても、そこに書かれている文字は変わらない。


「おおかけ、じんじゃ……って、えええええ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 なんだこれは。なんだって、この名前がここにあるんだ?

 大懸神社。それは、俺が住んでいる町の、それこそ隣町にある、由緒正しいと評判の神社の名前だ。澄田さんが、バイトをしているコンビニの、目と鼻の先にある、あの神社じゃないか。


「……ってことは、だ。俺がさんざん求めていた転移先は……俺の、地元だったってことか!?」


 衝撃の事実に、頭がガチガチに固まる。

 灯台下暗し、とはまさにこのことだ。

 異世界転移だと思っていたら、まさかの超ローカルなタイムスリップだったとは。


 やれやれ、だ。


 壮大な冒険のつもりが、ご近所探索だったなんて、どんなギャグだ。

 俺は、しばらくその場で呆然としていたが、やがて、ふつふつと笑いが込み上げてきた。


「は、はは……。なるほどな。そういうことかよ」


 謎が一気に解けたような、それでいて、さらに大きな謎に放り込まれたような、奇妙な感覚だった。

 だが、これで目標は定まった。

 俺は、気を取り直して鳥居をくぐり、まっすぐ社務所へと向かった。


「ごめんください。旅の修験者ですが、少々お話を伺えませぬか」


 俺がそう声をかけると、中から、壮年の、いかにも真面目そうな神職の男性が顔を出した。禰宜さん、といったところだろうか。

 俺の格好を見て、少しだけ目を見開いたが、怪しむ様子はない。むしろ、丁寧な態度で俺を中に招き入れてくれた。やはり、このコスプレはSランク装備で間違いないらしい。

 俺は、まず手土産として持ってきた椎茸と、そして、とっておきの松茸を差し出した。


「これは、山での修行中に見つけたものでござる。ささやかですが、神前にお供えいただければと」


「おお! これは見事な……! なんと、椎茸まで! これはかたじけない。して、修験者殿、いかがなされましたか?」


 だが、差し出した松茸よりも最初に渡した椎茸の方がうれしいらしく、シイタケばかりを気にしている様子だ。

 まあ、このあたりについては澄田さんに聞けば簡単に教えてもらえそうなので、心のメモにしっかりと記録しておく。


 作戦は、大成功だったようだ。禰宜さんの表情が、一気に喜色に染まる。チョロい、と言ったら罰が当たるだろうか。


「は。実は、長く山に籠っておりまして、世の情勢に疎いのでござる。今、この国は、いかなる世となっておりますかな?」


 俺の問いに、禰宜さんは、ふむ, と頷くと、親切に語り始めた。


「なるほど。今は、『永禄』の三年でございますな」


「……えいろく、さんねん」


 ゴクリ、と喉が鳴った。

 永禄三年。西暦で言えば、1560年。

 まさしく、戦国時代のど真ん中。というか、織田信長が今川義元を討ち取った、「桶狭間の戦い」があった、まさにその年じゃないか!


 AIの解析は間違いではなかった。

 しかし、とんでもない時代に来てしまった、という実感が、今更ながらに背筋を凍らせる。

 俺の動揺を知ってか知らずか、禰宜さんの説明は続く。


「この尾張の地は、長らく清洲の織田殿と、岩倉の織田殿とで争いが続いておりましたが、昨年の戦で、ようやく清洲殿が尾張をほぼ手中に収められました。……が、しかして、戦の火種は未だ尽きず。今は、目と鼻の先にある、あの犬山城の織田信清殿が清洲殿に反旗を翻し、にらみ合いが続いている状況にございます」


 禰宜さんは、そう言って、やれやれと首を振った。


「故に、この周辺は、清洲と犬山の、いわば最前線。旅をされるのであれば、くれぐれもお気をつけなされよ」


「……な、なるほど。ご丁寧に、痛み入りまする」


 俺は、平静を装って相槌を打つのが精一杯だった。

 マジかよ。最前線って、一番ヤバいところじゃないか。下手なクエストより、よっぽど死亡フラグがビンビンに立っている。


 この神社の近くには、楽田がくでんという砦があり、そこが犬山方の拠点になっているらしい。そこでは、物資を補給するために、頻繁に市が立つのだという。


 ……市。

 それは、情報収集のための、またとないチャンスかもしれない。


 俺は、ひとまず、これ以上ボロが出ないうちに、この場を辞することにした。


「私は、もう少しこの山の中で自分を見つめたく、このあたりに留まるつもりです。また何か山からの恵みを見つけましたら、お持ちいたします。本当は、もっと価値のあるものや、銭などのほうが寄進するには良いのでしょうが」


 俺が申し訳なさそうに言うと、禰宜さんは、にこやかに首を横に振った。


「いえいえ、寄進されるお気持ちが、何よりありがたいのです。未だ、この地におられるのであれば、何か困ったことがあれば、遠慮なくお尋ねください」


 なんと、ありがたいお言葉。

 どうやら、俺は、この世界で初めての、そして極めて強力な「知り合い」というコネクションを手に入れたらしい。


 俺は、深々と頭を下げ、大懸神社を後にした。

 その足で、俺は、禰宜さんの話に出てきた楽田の集落へと向かった。

 もちろん、真正面から乗り込むような真似はしない。遠くの丘から、例のスマホ望遠鏡で、こっそりと様子を窺うだけだ。



 そこには、確かに、活気のある市場が形成されていた。

 様々な品物を並べた露店が立ち並び、多くの人々が行き交っている。

 だが、その中には、明らかに武装した兵士たちの姿も多く見受けられた。

 腰に刀を差し、槍を携えている。その目つきは、平時のそれではない。ピリピリとした緊張感が、遠目にも伝わってくるようだった。


「……リアル戦国時代のマーケット、か」


 売られているものも、米や野菜、布地といった生活必需品から、矢や武具の一部らしきものまで、様々だ。

 ふと、装飾品を売る店が目に入った。簡素だが、綺麗な色の組紐や、木彫りの櫛が並んでいる。


「……ああいうの、茜さんなら喜びそうだな。澄田さんは……案外、ああいう素朴な簪とか、好みだったりするんだろうか」


 いかんいかん、と俺は頭を振る。

 二人の顔を思い浮かべている場合じゃない。今は、情報収集と安全確保が最優先だ。

 俺は、集落の様子を写真に収めると、再び、誰にも見つからないように、山中の拠点へと帰っていった。


 それから、令和に帰るまでの残り1週間ほどは、俺はなるべく山を下りることはせず、ひたすら廃村の周辺整備に時間を費やした。

 草を刈り、道をさらに広げ、壊れた家の廃材で薪を作る。

 地味だが、着実に、俺のソロキャンプ生活は快適になっていく。これもまた、一種のスキルアップと言えるだろう。


 そんな、代わり映えのしない日々が続いていた、ある日の午後。

 俺は、拠点のさらに奥地を探索している最中に、崖の中腹から、白い湯気が立ち上っているのを発見した。


「……ん? なんだ、あれは。火事か?」


 いや、煙の匂いはしない。ただ、もくもくと、水蒸気のようなものが湧き出している。

 俺は、好奇心に駆られて、その崖を慎重に登っていった。

 そして、その湯気の発生源にたどり着いた時、俺は、自分の目を疑った。

 ごつごつした岩の隙間から、こんこんと、透明な液体が湧き出している。そして、その液体からは、紛れもなく、湯気が立ち上っていたのだ。

 俺は、おそるおそる、その湧き水に指を浸してみる。


「……あったけぇ!」


 熱すぎず、ぬるすぎず、絶妙な温度だ。

 硫黄のような、独特の匂いもない。

 これは……まさか。


「お、お、温泉だあああああああっ!!」


 俺の歓喜の雄叫びが、人気のない山中にこだました。

 キターーーー! まさかの温泉イベント発生!

 マジかよ、この廃村、ポテンシャル高すぎだろ。

 水も食料も確保できて、安全な家屋もあって、その上、天然温泉まで完備されているとは。

 これぞ、神に与えられた拠点。まさに、俺のための聖域じゃないか。


「はっはっは! これで、もう川で冷たい水浴びをしなくて済む!」


 生活の質、いわゆるQOLが、これで爆発的に向上することは間違いない。

 俺は、早速、その場で服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった。そして、湧き出るお湯で、即席の行水を楽しむ。


「はぁ〜……。極楽、極楽……」


 じんわりと、体の芯まで温まっていく。探索で溜まった疲れが、溶けていくようだ。

 ふと、また、あの二人のことが頭をよぎる。


「……茜さんと澄田さんがここにいたら、大はしゃぎするだろうなぁ。……いや待て、二人と一緒に入るのは、さすがにマズいだろ。色々と。うん、非常にマズい」


 一人で何を考えているんだか。俺は、真っ赤になった顔を、温泉の湯でパシャパシャと冷やした。

 見つけた廃村は、本当になんでもあった。拠点として生活するには、もはや申し分ない環境だ。


「よし、決めた!」


 俺は、湯の中で固く拳を握りしめる。


「この地に、最高の露天風呂を、この手で造り上げてやる!」


 新たな目標が、俺の胸に燃え上がった。

 それから数日後。

 夜空の月が、すっかりその姿を隠した頃。新月の3日間がやってきた。

 俺の、記念すべき第一回長期滞在の、タイムリミットだ。

 俺は、身の回りのものを片付け、リアカーに荷物をまとめると、名残惜しさを感じつつも、拠点とした家を後にした。


 この一ヶ月、実に多くのことがあった。

 そして、信じられないほどの成果を上げることができた。

 転移先の特定、時代の判明、禰宜さんとのコネクション作り、そして、何よりも温泉の発見。

 これは、胸を張って報告できる。


「さて、と。あの二人を、どうやって驚かせてやろうかな」


 ニヤリ、と口の端が吊り上がるのを感じながら、俺は、時空の歪みの入り口である、祠へと向かった。

 そして、神酒を注いだ盃を、一気に呷る。

 ぐにゃり、と視界が歪む。

 次に見えるのは、見慣れた我が家の仏間のはずだ。

 期待と、ほんの少しの悪戯心を胸に、俺は、しばしの帰還を果たすのだった。


 俺の、奇妙で、そして、どこかワクワクする日々は、まだまだ、始まったばかりだ。





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