第7話: 記憶の目覚め
風が運ぶ約束の記憶
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凪花の視点
桜のトンネルを抜けると、丘の頂に広がる景色が凪花の視界に飛び込んできた。
遠くには故郷の街並みが広がり、その先には陽の光を受けて輝く海、連なる山々が見える。
その美しさに、彼女は一瞬、足を止めた。
「ここに来るのは、いつ以来だろう…」
風が丘を吹き抜ける。
その囁きはただの風ではなく、まるで何かを伝えようとしているかのようだった。
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祖母の視点(過去)
「凪花、見てごらん。この丘からの眺めは、何度見ても心が落ち着くわ。」
幼い凪花の手を握りながら、祖母は微笑んで言った。
風が二人の髪を優しく揺らす。
「大切なことはね、静かな風の中に隠れているものよ。」
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凪花の視点(現在)
ゆっくりと歩を進め、丘の中央に佇む一本の桜の巨木の前に立つ。
幹にそっと手を触れると、ごつごつとした質感が指先に伝わる。
「祖母も、この木に触れたのだろうか…」
その問いが胸に浮かんだ瞬間、指先から静かな温もりが広がる。
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祖母の視点(過去)
「いつか、この箱を開く時が来るわよ。」
祖母は木の根元へそっと手を添え、土に埋めた小さな木箱を見つめた。
「大切なものは、時間が運んできてくれるのよ。」
幼い凪花はその意味を理解できず、ただ祖母の優しい目を見つめ続けていた。
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凪花の視点(現在)
花びらが風に舞い、肩にそっと触れる。
凪花は息を整え、木箱の蓋を開いた。
中には、一枚の古い手紙。
紙は少し黄ばんでいて、長い時間を経たことがわかる。
震える指で手紙を開く。
「凪花へ——
春の風が舞う丘で、あなたがこの手紙を見つけたなら、きっと私の願いが届いた証です。
あなたが歩む未来に迷ったとき、ここで過ごした時間を思い出してください。
風はあなたを導くでしょう。
大切なものを見失わないように——。」
その言葉を読んだ瞬間、祖母の声が風の中に重なるように聞こえた。
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凪花はそっと手紙を胸に抱きしめ、目を閉じた。その瞬間、丘を吹き抜ける優しい風が彼女の頬を撫で、遠い記憶が鮮やかに蘇る。
「凪花、大切なものは目には見えない。でも、心で感じることができるのよ。」
祖母の声が、風の囁きとともに耳元で響く。空を見上げると、青く澄んだ空に白い雲が静かに流れている。その下で、桜の花びらが風に乗って舞い、まるで祖母の優しい手がそっと触れているかのようだった。
足元の草花が風に揺れ、ささやくような音を立てる。遠くで鳥のさえずりが重なり、自然の調べが祖母の言葉と溶け合う。
凪花は静かに深呼吸をし、胸に満ちる温かさを感じた。祖母の思いが、風や花や空とともにこの場所に生き続けていることを知る。
「ありがとう、おばあちゃん。私、もう迷わない。」
そう心の中で囁きながら、凪花は微笑んだ。再び吹き抜ける風が、彼女の髪を優しく揺らし、桜の枝が音もなく揺れる。その音は、過去と現在を繋ぐ優しいメロディとなり、凪花の心に深く刻まれた。




