第6話: 風が誘う記憶
丘への道を歩く凪花の足元は、柔らかな土が優しく包み込む。新緑の草は靴底に馴染み、時折響く小さな石の乾いた音が、現実へと彼女の意識を引き戻す。
桜のトンネルを抜けると、丘の頂が広がり、春風がそっと吹き抜ける。その風に舞う花びらは、まるで時の流れを語るかのようだ。そこに立つ一本の老桜は、確固たる存在感を放っている。
巨木の存在
長い年月を生き抜いたその桜は、堂々と枝を広げ、風に揺れる。幹に触れると、ごつごつした質感が指先に伝わり、歴史の深さを感じさせる。苔むした幹には、数え切れないほどの時が刻まれている。凪花はふと思う。「祖母も、この木に触れたのだろうか。」
祖母の視点(回想)
「この木はね、どれほど季節が巡っても、ここに立ち続けるのよ。」
春風に乗って、祖母の穏やかな声が蘇る。幼い凪花は、祖母の指の動きをじっと見つめながら、この木に触れた記憶を辿る。ただの木だったはずが、今は記憶の証人のように思える。
遠景の眺め
丘の頂に立ち、凪花は故郷の街並みを見渡す。遠くに輝く海、連なる山々——祖母もこの景色を眺めていたのだろうか。風と鳥のさえずりが希望の光を彼女の心に灯す。
風の囁き
風はただ吹き抜けるだけでなく、何かを語りかけるようだ。優しく、時には冷たく——その音色は過去の記憶を呼び覚ます。
「春風が吹くとね、心の中の大切なことが聞こえるのよ。」
祖母の言葉が風の中に囁かれ、凪花の胸をくすぐる。目を閉じると、過ぎ去った時間が静かに蘇る。
木の根元に埋められたもの
ふと視線を落とすと、老桜の根元の土がわずかに盛り上がっている。草の隙間から何かが覗き、凪花の胸が高鳴る。祖母が残したものがここにあるのだろうか。
指先で優しく土をなぞると、冷たい風が吹き抜け、花びらが肩に舞い降りる。
「ここで、何かが眠っている気がする。」
凪花は静かに膝をつき、根元に埋められたものをそっと掘り始めた。
発見と感動
土の中から現れたのは、小さな木箱だった。古びた留め金がかすかに錆びつき、しかし箱自体はしっかりと形を保っている。震える手で蓋を開けると、中には色あせた手紙と小さな写真立てが収められていた。
手紙の文字は祖母の優しい筆跡で、凪花へ宛てた言葉が並んでいる。
「親愛なる凪花へ。この木の下で、あなたが自分の心と向き合う日が来ると思っていました。どんな時も、あなたは強く、美しい心を持っていることを忘れないでね。」
凪花は読み進めるうちに、熱い涙が頬を伝うのを感じた。祖母の温もりが、言葉を通じて胸いっぱいに広がる。
写真立てには、幼い凪花と祖母が微笑む姿が収められていた。その笑顔は、まるで今もそばにいるかのようだった。
「ありがとう、おばあちゃん。」
凪花は木箱を抱きしめ、静かに空を見上げた。風が再び吹き抜け、花びらが舞う。その瞬間、彼女の心に新たな希望と温かな記憶が、深く刻まれていった。




