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第4話: 記憶の囁き

春風がそっと吹き抜け、桜の枝を揺らした。

その音は、遠い記憶の扉を静かに叩いているようだった。


凪花は日記の次のページをめくる。



時間が閉じ込められた紙は、指先に微かなざらつきを残しながら、過去の言葉を伝えてくる。


私は桜の木。季節が巡るたびに、風とともに語り、空とともに見守ってきた。この場所に根を張り、幾度もの春を迎える中で、私は多くの約束を聞いてきた。


あの日、優しい手が私の幹をそっと撫でた。祖母という女性だった。彼女は幼い凪花の手を取り、私の根元に小さな箱を埋めた。その瞬間、私はその約束を心に刻んだ。「大切なことは、ちゃんと時間が運んできてくれるのよ。」彼女の声は、私の枝葉を揺らす春風と共鳴していた。


時が流れ、私は黙して語らず、ただ風に乗せてその記憶を囁いてきた。そして今日、再びあの小さな足音が近づいてくる。凪花。成長したその姿は、祖母の面影を宿していた。


風が私の枝を揺らす。「ここにいるよ、忘れていないよ」と囁きながら。彼女は立ち止まり、足元に目を向ける。そして、かすかに顔を覗かせた木箱に気づく。


彼女の指先が箱に触れると、私は静かに祝福の花びらを舞わせた。蓋が開かれ、古びた手紙が光を浴びる。祖母の言葉が、再び時を越えて彼女の心に届く瞬間だ。


私は桜の木。風とともに、約束を囁き続けている。


その一文に目を留めた瞬間、凪花の胸にかすかなざわめきが広がった。

ただの言葉ではない。まるで、桜の木が本当に語りかけているようだった。


祖母の視点(回想)


「いつか、これを開く時が来るわよ。」


春の日差しが柔らかく降り注ぐ中、祖母は穏やかな微笑みを浮かべていた。その目元には優しさと、どこか遠い記憶を抱えているような深い光があった。


桜の根元に小さな箱を埋める祖母の手は、しわが刻まれていても力強く、そして丁寧だった。土をそっと掘り返し、箱を埋めるその動作一つひとつに、大切な思いが込められていることを幼い凪花も感じ取っていた。


「大切なことはね、ちゃんと時間が運んできてくれるのよ。」


祖母の声は、春風とともに優しく耳元に響き、その言葉が心の奥深くに刻まれていった。


凪花は祖母の横でその光景をじっと見つめていた。土の香り、桜の花びらが舞う音、そして祖母の温かな手の感触。そのすべてが、幼い凪花には宝物のように感じられた。


祖母は最後に桜の幹を優しく撫で、ふと凪花の目を見つめる。


「この木は、私たちの約束を覚えていてくれるわ。だから、いつか思い出したとき、またここに来てごらん。」


その言葉に、幼い凪花はただ黙ってうなずいた。彼女はその意味を理解していなかったが、祖母の優しい瞳がすべてを語っているように思えた。


現在に戻る──桜の木の根元での発見


風が桜の枝を揺らす。

その音は、祖母の言葉と重なりながら、凪花の胸に響いた。


「桜の木が覚えている約束……。」


彼女はそっとつぶやく。

そして、ふと足元に目を向けた。


土の上に、風に舞う花びらとは異なる何かがある。

かすかに埋もれた木箱の角が、雨に濡れた地面の隙間から顔を覗かせていた。


凪花の心臓が、かすかに跳ねる。

震える指先で箱の表面を撫でると、ひんやりとした感触が伝わった。


風が吹き、桜の枝が揺れる。

その音はまるで「よく見つけたね」と囁いているようだった。


春風が柔らかく桜の枝を揺らし、花びらが舞い降りる中、凪花は足元の木箱に気づいた。箱の角が土からわずかに顔を出し、まるで長い眠りから目覚めたかのようだった。


震える指先で箱に触れる凪花。風がそっと吹き、桜の枝が揺れる。その囁きは懐かしい声のようで、心の奥深くに響き渡る。「よく見つけたね」—その言葉は、祖母との約束を思い出させた。


蓋を静かに開けると、中には古びた手紙が一枚。紙の質感が指先に伝わり、過ぎ去った時間の重みを感じさせた。桜の木は再び枝を揺らし、祝福の花びらをそっと降らせる。


祖母の言葉が、時を超えて凪花の胸に届いた瞬間だった。


凪花は静かに木箱の蓋を開いた。

中には、一枚の古い手紙がそっと収められていた──。


私は桜の木。この場所で幾度もの春を迎え、風とともに語り、空とともに見守ってきた。


今日、また一つの約束が時を越えて蘇る。


春風がそっと私の枝を揺らすと、成長した凪花がゆっくりと私の元へ歩み寄ってきた。その足取りは静かで、どこか懐かしい面影を宿している。私は優しく枝を揺らし、「ここにいるよ」と囁いた。


彼女の視線が地面に向かい、わずかに顔を覗かせた木箱に気づく。その瞬間、私の幹を通して過去の記憶が蘇る。かつて彼女の祖母が埋めた、あの小さな箱。今こそ、その時が来たのだ。


震える指先で箱を掘り出す凪花。私は祝福のように花びらを舞わせる。箱の蓋が静かに開かれ、中から一枚の古びた手紙が現れる。それはまるで、時の中に息づいていた記憶の欠片。


彼女が手紙を広げると、祖母の優しい筆跡が春の日差しに輝いた。


「親愛なる凪花へ。」


その文字が読まれるたびに、私は枝をそっと揺らし、祖母の声が風に溶け込むのを感じた。凪花の目には涙が光り、彼女の心がやさしく温められていく。


私はただ、風とともに見守る。過去と現在が繋がるこの瞬間を、桜の花びらに託して。

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