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第2話 桜の証人

春の午後、桜の木の下は優しく揺れる色と光の世界だった。

花びらは淡い桃色から白へと移ろいながら、風に乗ってふわりと舞い落ちる。

ひとひら、ふたひら——それらは軽やかに宙を彷徨い、柔らかな日差しを受けてきらめく。

陽の光は雲の合間からこぼれ、桜の枝を透かして地面に細やかな影を落とす。


凪花は指先で日記のページをめくりながら、桜の木を見上げる。

その幹は長い年月を抱え、誰かの想いを静かに宿しているかのようだった。

花びらが舞う音に耳を澄ますと、過去の記憶が風に運ばれてきた気がした。


幼い頃の春の庭——祖母の声が鮮やかに蘇る。

「桜はね、約束を覚えているのよ。」

その声は温かさと安心感に満ち、幼い凪花の心にそっと染み渡った。

桜の木の下、祖母は穏やかな笑みを浮かべながら幹に手を添え、そう語った。

凪花は小さな手で花びらを集めながら、その言葉の意味を胸に刻んだ。


しかし、今はその声がもう届かない。

桜の木の下に立つ自分——それはひとりで過ごす静かな時間だった。

胸の奥にぽつりと寂しさが広がるが、それは単なる喪失感ではなかった。

むしろその寂しさは、過去と現在を繋ぐ糸のような役割を果たしているように感じられた。


日記を再び読み返す。


> 「桜の木は、僕の記憶の証人だ。いつかこの言葉が誰かに届くことを願っている。」


その言葉に触れるたび、彼女の胸にかすかな痛みが生まれる。

幼い頃のぬくもり、そして現在の寂しさ——それらが交錯し、戸惑いへと変わる。

「桜の木に話したことは、消えてしまうわけじゃない。」

祖母の言葉と楓の日記が響き合い、桜の木が何かを静かに語りかけている気がした。


風が頬を撫でるたび、彼女は遠い記憶の中に引き込まれる。

桜の木は、ただそこに立っているだけではなかった。

それは過去の約束や、誰かの想いをそっと抱き続ける証人だった。


「この桜が、私の約束を覚えているなら……」


凪花は心の中でつぶやき、静かに桜の枝を見上げる。

風に揺れる枝が光を受けて輝き、彼女の想いを包み込むようだった。

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