雪下ろし、頼まれてくれねぇか?
『かんべんなぁ、岳。雪下ろし頼まれてくれねぇか?』
毎年冬になると、必ずじいちゃんが頼んでくる。
豪雪地だから、屋根の雪下ろしをしないと家が潰れてしまう。足の悪いじいちゃんには無理な話だった。
僕の父はじいちゃんの実子で唯一の子なのだが、じいちゃんとあまり折り合いが良くない。
だから実の息子をすっ飛ばして僕に依頼が来る。
もちろん無償でなんてケチなことは言わず、お小遣いをくれる。
子供の頃は他に収入源なんてないし、ほしいマンガがあったから喜んで手伝っていた。
けれど、24歳の社会人にもなると、さすがにもう2000円もらうために雪かきしに行こうとは思わなくなった。
せっかくの仕事休みを潰して、わざわざ新幹線に乗って田舎の雪かきなんかに使いたくない。
面倒くさいし、なんなら友達とバーガー屋で無駄話するほうがいい。
「じいちゃん。悪いけど、仕事の休みが取れないんだ。雪かきボランティア雇いなよ。そっちにはそういう制度があるはずでしょ」
『……そうかぁ。岳も忙しいのに、頼んですまねがったな』
どこか寂しそうな声音で、電話は切れた。
翌日。じいちゃんが死んだと、じいちゃんの妹シノさんから電話がきた。
雪下ろしをしようとして、屋根から落ちたという。
僕が断ったから。僕が殺したようなものだ。
『兄さん足が悪ぃのになんで一人で雪下ろしなんがしようどしたんだ』
電話口でシノさんがすすり泣いている。シノさんは事情を何も知らないはずなのに、責められているような気持ちになった。
あの日から僕は、人からの頼まれごとを断れなくなった。
僕が断ることで同じようなことが起こるのではないかと不安にかられる。
そして、もう5年も経つのに、じいちゃんからの最後の着信履歴を消せずにいる。
あの日あの時間。ほんの2分の通話。
雪が降るたびに、電話がかかってきた日を思い出す。
無理だと断ったときの、寂しそうなじいちゃんの声を思い出す。
冬が嫌いになった。
そして、それ以上に自分が嫌いになった。
足の悪いじいちゃんの手伝いより、友達と遊ぶほうがいいなんて、ナチュラルに考えてしまった自分の身勝手さ、冷酷さに気づいてしまった。
後輩の女子に「先輩は私が困っていると手伝ってくれて、優しくて、いい人ですね」なんて言われたが、買いかぶりだ。
僕という人間は、雪よりももっと冷たい。
もし時間が巻き戻ったとしても、じいちゃんが死ぬ結末を知らない僕は、何度でもじいちゃんを見放すだろう。
しわがれた低い声が、今も耳に残っている。
『かんべんなぁ、岳。雪下ろし頼まれてくれねぇか?』
End