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#7 ソウルカードの簒奪者

ティールームを後にした私たちは、クレアちゃんの実家の方に向かうことにした。ここからすぐの場所にあるらしい。

流石に私は緊張して、どこかに逃げ出したくなった。

......お父さんに私なんて言うんだ。何を話せば正解なんだろう。突然娘が放浪者を連れてきたら困るだろうしなぁ。


「緊張してる?」

「まあ、当然」

「気を抜いていいよ。お父さん結構アリシアちゃんのこと好きだと思う」

「へ?」

なんで?

私は困惑した。

人の多い大通りから外れて、住宅街の方へと移動した。細い道をしばらく行くと、クレアちゃんのお父さんのお家があった。家は、都市には珍しく戸建てで、たしかに生活に余裕の有りそうな風格がある。

クレアちゃんは重い木の扉をあけて家に入った。私も慌ててついていく。

「お、おじゃまします」

「どうぞー」

ここまでついてきて、帰ることは出来ない。

私は覚悟を決めて、家の中に侵入する。

いざ他人の家に入ると、緊張とか驚きとかより先に、不穏なものを感じた。お父さんがいるはずなのに、妙にしんとしている。なんだか家財も雑然としてるし.......


「お父さん!!」

駆け足で居間に入ったクレアちゃんが、叫んだ。

私もいそいでその居間に入る。すると、大人の男の人が家具に寄りかかって倒れているのが見えた。

え? え、どういうこと? 病気?

「お父さん、なにがあったの!?」

「あ、あぁ」


彼は生気を失っていて、目も虚ろだ。

普通じゃない。普通じゃないことだけが分かる。クレアちゃんが、事情を聞き出そうとしているけど呂律が回ってなくて、上手く聞き出せていない。

「どうしよう、どうしよう」

焦ってるクレアを見ると、私もあたふたした。


『ソウルカードがない』

慌てる私に対して、シエルがポツリと言った。

『え』

『ソウルカードがないんだよ、彼。.......変だな、奪われたのか?』

『ソウルカードって、奪えるの?』

『基本的には奪えるようなものじゃないけど、奪う術がないわけじゃない』

ソウルカードを奪う、その言葉が私のなかでぐわぐわと反響する。

ソウルカードって、奪えるんだ。衝撃を受けている私に対して、シエルが思考を加速させているのが分かった。

もしかして、と私は思う。

「........魔術師を襲う魔術師」

「.......え」

私の言葉にクレアちゃんが反応する。

『ともかく、このままの状態じゃ彼は死ぬだろう。アリシア、私の言うとおりに出来る?』

『うん』

『じゃあ彼に触れて』

「クレアちゃん、ちょっといい?」

「え、あ、うん」

私は狼狽するクレアちゃんを差し置いてお父さんの前に座り込むと、シエルの言うとおりに手をかざした。

魔力を通して、探る。魔力のありかを。

『やっぱりないね。ソウルカードがないまま動くと危ないから、気絶させる。言うとおりに唱えて』

『分かった』

だけどその前に、クレアちゃんに話しておかないと。

「うん.......クレアちゃん」

「なに?」

「お父さん、ソウルカードがない」

「え!!??」

そう伝えると、彼女はびっくりして叫んだ。そして私と同じようにお父さんに近づくと、確かにソウルカードがないことを確認した。キャスター同士なら分かるらしい。私はそのことにドキッとした。誰かに私の正体を看破される可能性がないわけじゃないんだ。

じたばたと蠢くクレアちゃんのお父さんを前に私は告げる。

「正気を失ったまま動くと危ないから、ちょっと眠らせるね」

「そんなこと出来るの?」

「出来る............はず」

ふうっと息を吐いた。

朦朧としているお父さんに魔術を構える。

「眠れ」

私は今教えてもらったとおりに催眠の呪文を唱えて、シエルに魔術を起動してもらった。

魔力が流れて、宙に浮かぶ魔法陣が紫色に淡く光る。

「.........うぅ.......」

魔術の効き目はばっちりで、すぐにクレアちゃんのお父さんを眠らせた。成功するか不安だったけど、大丈夫だった。

「.......すごいね、アリシアちゃん」

私が魔術を唱えるのを、クレアちゃんは驚嘆して目を見開いた。

すごいのはシエルであって私じゃない.......そう言いたくなったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

代わりに覚悟を決めて、

『シエル』

『どうしたの?』

私は言った。

『お父さんを助けたい。シエル、力を貸して』

『.......いいよ』

『どうすれば、お父さんは元に戻る?』

『ソウルカードを奪われたんだ。彼を正気に戻すには、ソウルカードを取り返すしかない』

シエルは心の声でそうはっきりと言った。

ソウルカードを取り戻す。それが道理だと。

『じゃあ、どうやって、取り返せばいい?』

『追跡する。ソウルカードは人の神秘の全てだからな。探査の魔術を使って魔力をたどれば大抵ソウルカードに行き着くだろう』

なるほど、追跡できるのか。

それなら、追ってソウルカードを取り返しに行ける。クレアちゃんのお父さんを助けることが出来る。

『回収を目指すなら今すぐだ。日が落ちる前に決着をつけなきゃ、公算が下がる』

『確かに』

私はシエルの言ったことを整理して、クレアに伝える。

ソウルカードを奪われていること、奪った人間は今の内に追いかけたほうがいいこと、そしてそれを遂行する意志があるか、クレアちゃんに訊いた。犯人を私達で追いかけようという提案だ。一日待って衛兵や、魔術師ギルドに任せるという選択も当然ある。

でもそれは選んでほしくなかった。

それは酷い、ごく個人的な理由によって。だって私は、脱獄犯で、ギルドと関わることが出来ないから。

もしギルドと関わる時がくれば、その時は――


――クレアちゃんの傍には居られない。

それは、嫌なんだ。

「アリシアちゃん」

この場の惨事によって、すっかり憔悴したクレアちゃんの目に光が戻る。そして、逡巡あったのかしばらくの沈黙があった。

「......私は、お父さんのソウルカードを取り返しに行きたい。だから.......」

私の答えは決まっている。

「助けて」

私はクレアちゃんの手を引いて言った。

「もちろん。行こう」

私は、すぐに黄昏の街を駆け出した。

ちょうど、街に来た時とは逆に、私がクレアちゃんをひっぱって走った。

『シエル!』

『ああ、まかせとけ』


犯人を捕まえて、クレアちゃんのお父さんのソウルカードを取り戻す。絶対に、絶対に。



***


走って、走って、走って、街の中心街から離れて、私達は進む。

『見つけた、間違いない』

『ほんとに!?』

走りだしてから、数十分ほどで、星とめぼしき人間に接触した。その人は、黒の派手なドレスに、ツバの広い豪華な帽子、艶のある黒い長髪。

女の人だ。

30歳くらいの、大人の女の人。

私は勝手に、フードのいかにも魔術師な風貌をした男の人を想像していた。

「ねえ、本当にあの人なの?」

「多分......」

クレアちゃんも私に問う。

『間違いない、あいつだ。彼女の父親の魂はあいつが握っている』

間違いないらしい。

私達は生け垣の裏で身を潜めて、対象をまじまじと観察する。身なりはいい。魔術師としての腕は窺い知れない。ただそわそわしているみたいだ。辺りをきょろきょろ見渡して、どうやらなにか待ち合わせをしているみたいにも見える。もし誰かと合流したら、自力回収は難しくなるかもしれない。

襲うなら今、と思ったところで、クレアちゃんがだっと立ち上がり、走り出した。


「ちょっと、クレアちゃん!?」

そのまま一直線に突き進み、私が、暴走してる! と思う暇もなく、彼女は女に接触した。

「動くな!!」

クレアちゃんは魔術を構えながら叫んだ。

「お前が父さんのソウルカードを奪ったのか!?」

「あら?」

女の目がギラッと鋭くなる。図星か。

彼女は扇で口元を隠して、キッとクレアちゃんを睨む。手元には、宝石が埋め込まれた指輪がキラリと光った。指輪自体は、あまりいい趣味とはいえない。成金趣味というか、品のない石の見せ方だと思う。ただそれが、魔道具だった場合は話が別だ。沢山の指輪を装着していることは、すなわち魔術を重ね持ちしていて、手札が多いということだから。

警戒を、と思う私に対して、クレアちゃんは相手をまくし立てる。


「おやおや、これには驚いた。まさか取り返しに来たのかい? 一人で?」

ぴくっとクレアちゃんがちょっとこっちの方を見る。

私は出るタイミングを逃した。

即座にクレアちゃんに即座に加勢する身を潜めて、機を伺う方に転じる。

「アタシの名はディリス・ヴェンデッタ。お前の父のカードはこれかい?」

ひらひらと白いカードを取り出した。

あの魔力は間違いなくソウルカード。ぴりりと緊張が走る。

それを見て、クレアちゃんは目の色を変えた。

『このままいくと、あの二人の対決になるぞ。クレアってどれくらい強いんだ?』

『分かんない』

もし負けたら、どうする?

クレアちゃんまでソウルカードを奪われるかも。それは嫌だ。

私達の不安をよそに彼女たちの話はヒートアップしていた。


「取り返す! 絶対に」

「笑止!! 血祭りにあげてやるよっ!!」

白い光と共に、双方カードを取り出した。


「「ソウルキャスト、ショーダウン!!」」


二人の勝負が幕を開けた。



***


カードは魔力に変換して、保存することが出来る。実体化していないカードは奪い取ることが出来ない。奪うには、特殊な魔術か、結界内で勝負して勝ち取るかのいずれかになる。

そのため、私たちは結局戦わないといけない定めだった。

しかし、もっとこういい方法があったんじゃないかと、私はぐるぐると後悔している。

クレアちゃんを危険に浸さないための方法を探るべきだった。クレアちゃんがあの時飛び出して言ってしまうなんて、思いもしなかったんだ。

『まあ、今は観戦するしかない』

『......そうだね』

シエルはそんな私を優しく諭した。

結界内での勝負は観戦できる。

精霊みたいな状態になって、結界を自由に動いて俯瞰できるのだ。その際、お互いの手札は見ることが出来ない。私は勝負の間のクレアちゃんを見て、固唾を飲む。はっきり言って自分が戦うより緊張した。


相手はソウルカードを奪える魔術師だ。もしかしたら、危険な目に会うかもしれない。

勝って欲しい。本当に勝って欲しい。

願えば願うほど、心臓がきゅーっと小さくなった。


キーンと高い音が鳴り響く。

バトルフィールドの真ん中に剣が刺さって、ドレスの女、ディリスが先攻になった。


「私のターン」

先攻は手札が増えずに4枚のまま。

「そしてドミネーション」

彼女は宝石だらけの指で伏せられた土地カードを公開する。その土地は、

「《消えない火の火口》を公開」

赤単。

それもかなり前傾姿勢の赤単。

しかもマテリアルを消費して放つバーン効果つき。相手のデッキが、赤単アグロで確定した。本体火力を連打するバーン型か、小粒のピースを並べるストンピィ型か、それが問題だ。


「さあ、私の熱に耐え切れるかしら」

「私は負けない。倒れるわけにはいかないから」

お互い迫力がある。

見ているだけの私まで、気圧されてしまいそうなほどに。ディリスはカードを繰って初手から大きく動いた。


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