#6 パック剥き
森を抜けるとすぐに町の輪郭が見えてくる。ヨースカインド特有の赤い屋根の石作りの街だ。アリシアちゃんは私の後ろをひっついて歩いていた。
アリシアちゃんはわたしの服を着て、初めてあった時から着ていた上等な羽織を服の上に羽織っている。よく教会の人が着ているような羽織だけど、サイズが合ってない。
背が低くて、辺りをきょろきょろ見渡すアリシアちゃんを見ると、なんだか妹みたい。わたしはお父さんっ子の一人っ子だから、それが少し嬉しかった。
「大丈夫? 疲れてない?」
「うん。大丈夫」
わたしが声をかけると、アリシアはふわっと明るく笑った。かわいい。
町の北側、錬金術士のモリス家が魔石を広く取り扱っている。すぐ近くに魔石をカードに換える錬成士たちの店があって、カードの取り扱いはそこらへんに集中しているのだ。奥の方には組合の小さな職業議会所があって、もっと北の方まで行くと魔術師ギルドがある。街の衛兵たちと同じ、市の治安維持装置だ。
扉を開くと、カランカランと小さく鐘の音が鳴った。
「魔石を卸しに来ました」
「あ、クレアちゃんいらっしゃい」
わたしとモリスさんは職業柄顔なじみだ。
「そっちの子は初めて見る顔だね。その子もキャスターかい?」
「違うの。訳あってちょっとだけ面倒見てる子」
アリシアちゃんの素性を隠しておく。モリスさんの目つきが一瞬鋭くなったが、それ以上の追求はなかった。
「さっさ、魔石を受け取りましょ」
「これね」
クレアはクズ魔石を袋に、質のいい魔石をひとつひとつ箱に詰めて渡す。欠けて、価値にケチがついたらいけない。
モリスさんはもう60才を超えるおじいさんで、職人と言って差し支えないだろう。薄くなりつつある白髪に、深いシワの顔だ。そんな彼がレンズを用いて魔石を観察していると、なかなか様になる。
時間がかかるので、わたしはアリシアちゃんに声をかけた。
「暇だし、カードでも見て回る?」
「......うん!」
カードに興味あり、か。
「モリスさん、ちょっと外行ってくる」
わたしは声をかけてモリス家の扉に手をかける。
「気をつけるんだよ。最近は物騒だからね」
「物騒?」
「ああ、なんたって魔術師を襲う魔術師がいるんだとか。それで魔術師ギルドがここらへんを張ってる。うちらにも注意勧告が来た」
「なにそれ」
森にいたから知らなかった。
ふと気を配ると、隣にいたアリシアちゃんが固くなるのが分かった。どっちを警戒している? 魔術師ギルド? それとも悪い魔術師の方?
「気をつけるよ」
わたしは一応そう言って、工房を出る。
わたしは魔術師だ。自衛も出来るし、ギルドが動いたなら、そんな奴すぐ捕まえるだろう。
錬成士はその名の通り、魔石からカードを錬成する職業だ。
これがある程度運に左右されるらしく、いいカードが作られればお金になる。ギャンブルみたいで、破滅する人も度々出るのが恐ろしい。実際にいいカードが出るとかなり盛り上がるので、気持ちは分からなくもない。
わたしたちは二人で、店に陳列してあるカードを見て回った。陳列されているのは、どれも上等なカードである。使いやすかったり、爆発力があったり、珍しかったり、美術的価値があったりと、高い理由は様々だ。よくよくレア以上という言い方がよくされている......俗な言い方だけどね、とわたしは心の中でふっと笑った。
様々なカードが陳列される中、わたしはアリシアちゃんの方をしかと観察する。
「.......黒、それに青?」
アリシアちゃんの視線の先にあるカードは、黒と青の二色。......どっちだろう? もしかして混色? 見分けがつかない。
様々な理由があって、二色を扱うキャスターは珍しい。
そんなふうに考えて、わたしも白のカードの棚を覗く。
「クレアちゃん何見てるの?」
ひょこっといつの間にかアリシアちゃんがわたしの様子を伺った。
わたしを覗きこむアリシアちゃんの、目と鼻がすぐ近くにあって、思わず心臓が跳ねた。
「天使とか、白のカード。私のデッキ、白単だから」
平静を装ってそう言うと、彼女はへーと頷いた。
「似合ってる。クレアちゃんって白〜って感じ」
「そう?」
「うん。なんか清純な感じがそうなのかな」
「へ、へ〜」
恥ずかしい。わたしは赤面した。
その後も、彼女はきょろきょろと辺りを見回したり、カードを物珍しそうに見ている。
こういう錬成士のお店に来るのは初めてなのかな。
じゃあ、いいものを見せてあげたい。わたしはいつになく張り切って、
「おじさん、一セットお願いしたいんだけど」
「.......おう」
言うと、奥から錬成士のおじさんの声がした。
おじさん、錬成士のグレムさんが部屋の奥からやってくる。
彼はシワの深い顔に、白くて長いヒゲを蓄えた、ベテランの錬成士だ。
わたしが魔石を取り出すと、それを専用の魔術具でカードに変換する。魔道具は取っ手のある箱状のもので、魔石を入れると、魔力で封じられた複数枚のカードが取り出される不思議な物体だ。カードは一セットでパックと呼ばれている。原理不明。
「.......魔力を」
迫力のある低音で促されるまま、わたしは魔力を込めた。
「アリシアちゃん」
「え? なに」
おっかなびっくり私達の様子をみていたアリシアちゃんは、突然よばれてびっくりしているみたい。
「ちょっとだけ魔力貸して」
「え、うん。いいけど」
彼女もまた、わたしと同じようにして、控えめに魔道具に触れた。手と手が重なって、すこしだけ体温が交じる。
ぱっと淡く、アーティファクトが光る。
すると中央の細い隙間から、うにょうにょとパックが放り出される。
パックはてらてらした謎の素材で出来ていて、ずしりと重い。大体8枚くらい入っていて、それを多いと見るか、少ないと見るかは人による。
たいてい一セットの内、魔力のエキスが濃い下のほうにいいカードがあって、上には搾りかすみたいなカードが多くなる。
「すごい、これがパック?」
「そうだよ。見たことない?」
「うん。見たことない」
「へえ、珍しいね」
魔術師なのに......とは言わなかった。
「.......家では殆ど外商から買ってたから........」
「え?」
「なんでもない」
アリシアちゃんがぽそりと呟いて、わたしはそれを聞き逃した。なんか、すごいこと言っていたような?
閑話休題、パックの開封に戻る。魔術でチョキチョキ封を切ると、中のカードが現れる。私の魔力が基本なので、白いカードが殆どになる。ここらへんが複色デッキが作りにくい理由だ。今回はアリシアちゃんの魔力があるから、青か黒、どちらかが一二枚混ざると思う。
どっちだろう。
もし青なら、ここらへんだと多分、スレプテイルが名家だけど、まさかね。
さて開封。
私くらい強いキャスターだったら、そこらへんの木っ端カードには目もくれず、ぺらぺら捲る。
白、白、白、無色。なかなか別の色のカードが出てこない。
「あ、これ強い」
目に入ったカードは結構いい天使のカードだ。
着地時に回復できる天使は強い。
そんなこんなでパック開封は進み、いよいよ最終盤。
そしてちらっと見えた一番奥のカードは、青色の光ってるカードだった。
「レアだ!!」
「えっ! すごい!!」
光り方が結構なレアだ。最後から二番目のカードを捲って、いよいよご登場。ちら......
「カリスの古文書」
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カリスの古文書 4 ストック1
クラフト
あなたはデッキの上から3枚墓地に送る。
あなたは墓地のノーマルスペルを一枚選んで、それをコストを支払わずに唱える。
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青のクラフトのカードだ。
墓地肥やしと墓地のスペルを踏み倒せる能力らしい。元のコストが大きいから使いづらいように見える。だいたい4コストも支払えるなら大抵のスペルは唱えられるんだから。ただその領域が、手札から墓地へと移る、そういうスペルなんだと思う。
「へえ、強いかも」
渋い顔をしているわたしと違って、アリシアちゃんは、効果を見て唸った。
「じゃあはい」
わたしがアリシアにカードを手渡すと、彼女はびっくりして受け取らなかった。
「そんな、私に渡すよりお金に変えちゃったほうがいいんじゃないの?」
「いいのいいの。受け取って? 私じゃ使えないからさ」
「ええ.......? でも.......」
押し付けるように渡すと、彼女は困惑してしぶしぶ受け取った。
うんうん。
アリシアちゃんの実力の程は知らないけど、すこしでも強いに越したことはない。彼女は可愛いから、身を守るだけの力が必要だ。まあ、わたしが守ってもいいけどね。
わたしは自信満々だった。
「.......クレアちゃん、その、ありがとう」
消え入るような声で話すアリシアちゃんは、やっぱりたまらなく可愛いのだった。
***
今日はクレアちゃんの仕事についていって、街をぶらぶらしていた。その間なぜかカードを一枚貰ったり、お店を巡ったり。どうして私がそうしているのか、分からないけれど。
「アリサ」
「アリシアだよ。私はもう、アリシアだから」
スレプテイルのアリサは、もう居ないんだ。
「.......そっか、アリシア」
「うん」
カードを見終えたわたしたちは、お茶の飲めるお店で一服することになった。所謂ティールームと呼ばれるお店で、大小異なるテーブルが5つあり、席の近くに新聞が置いてある。市民社会の醸成と共に出てきた、社交場のうちの一つとされている。
こういう場所に来たのは初めてだから、私は緊張した。
お店の人に促されるまま、二人は席についた。小さめの机で、二人向かい合う。
「なんだか雰囲気いいお店だね」
「初めてなの?」
「......うん、実は」
あはは、と笑ってクレアちゃんは顔を少し赤くした。
かわいい。
ながやかな雰囲気で、お店のスタッフさんに私達はお茶の注文をする。
「お茶、全然わかんない......」
「そうなの? これはね......」
メニューを見ながら困惑するクレアちゃんに対して、私はひとつひとつ文字列を指差して、これはあっさり、これは香りが強い、これは刺激的など、一つ一つ答える。
ティールームは初めてな私でも、紅茶に関しては初めてではない。
社交上必要になるのと、単純な趣味で紅茶の知識があったので、どの銘柄がどの風味か知っていた。
「アリシアちゃんはすごいね」
「全然」
謙遜してそう答えると、クレアちゃんの金色の目が、すっと細くなる。それがどういう感情なのか、アリシアには測りかねた。
私は比較的メジャーな銘柄の、すこしいいグレードのやつを頼んで、クレアは、王室御用達の貿易会社の、私が一番好きな銘柄を飲んでもらうことになった。
頼んで雑談に興じていると、給仕さんが来て、お茶を淹れてくれた。そして、スコーンがクリームとジャムが別添えで提供される。
すぐ来た割には焼きたてみたいで、ほかほかしている。いいね。
「おいしそっ!」
クレアちゃんは目がキラキラさせて叫んだ。
せっかく淹れてもらったので、スコーンより先に紅茶を頂く。
彼女はおっかなびっくりカップを傾けて飲むと、
「わっ、おいし!!」
クレアちゃんはびっくりして目を点にした。ほー、とか、へーみたいな声を漏らして、感動してるみたい。
私もカップを傾けて紅茶を飲む。
「.........ふぅ」
おいしー......
久々に紅茶を飲んだけど、やっぱ紅茶っておいし。香りが色彩豊かで、飲んでて華やぐお茶だ。屋敷で出る紅茶とは、淹れ方とちょっと違っていて、それも面白い。
『アリシア、これ超うまいな』
『そうだね』
私と感覚を共有しているシエルは、スコーンの方をお気に召したみたいだ。
「こんだけ香りが強かったらジャムはいらないかもね」
「そうかも」
紅茶の香りが強いので、小麦のお菓子に自然と紅茶の香りが乗るようになっている。風味付けとしてはそれで十分と彼女は思ったみたいだ。
私もクリームとスコーンと紅茶で十分なように思う。
ジャムの果実感も嫌いじゃないけどね。
お茶を楽しみながら、二人で雑談して、そして私は意を決して思ってたことを話した。
「クレアちゃん」
居住まいを正すと、彼女の方もうっすら緊張したみたいだ。
「こ、ここのお金は私が出すから」
「駄目」
クレアちゃんはきっぱりと言った。
「そのお金はもしもの時に取っておいたほうがいいよ」
なにがあるか、分からないんでしょ?と、クレアちゃんは続ける。
確かにそうだ。
でも、そういうわけにはいかない。
「私ね、このままだとクレアちゃんからいろんなもの貰いすぎて、返しきれなくなっちゃう。それは駄目だと思うの」
「いいよ、返さなくて」
彼女はにっこりと笑ってすぐに返した。
「.......ねえ、ひとつ、訊きたいんだけど」
「なに?」
「なんでクレアちゃんは、そんなに私に色々くれるの?」
私達は会ってまだ一日。
森で拾ってもらって夕食を分けてもらうまでは、まだなんとかなったけど、これ以上は受け取りきれない。
どうしてそこまで自分に色々してくれるのか、分からなくて、怖い。
私自身、受け取っている身がそんなことを言うのはおこがましいけれど、真意が見えない善意は恐ろしかった。
クレアちゃんは、なんで私を助けてくれるの?
「......正直ね」
クレアちゃんは少し吟味して、
「正直、分かんない」
ポツリと思ったことを漏らす。
「助けたいって思ったから、私はこうしてる。殆ど衝動......みたいな」
「衝動......」
彼女はあははと笑って、取り繕った。
「わたしは、アリシアちゃんを一目見たその瞬間から、助けなきゃって思ったの。だって、あれじゃ、あまりにも......」
クレアちゃんは言葉を詰まらせた。
確かに、彼女と出会った時の私はひどい状態だったかもしれない。森を彷徨って、ずっとなにも口にしてなかったし。
「大丈夫だよ。女の子一人増えるくらい。私の家はキャスター家系だから。ほら、私も、仕事してるし」
一応は頷いたけど、私は内心、このままじゃ駄目だと思った。受け取るだけじゃ、罪悪感で潰れる。
ただ、私にできることは、何もない。
なにも.......
『せっかくの申し出なんだから、助けてもらえよ、アリシア』
『.....そういうわけには、いかないじゃん』
シエルは私にあっけらかんと言った。
自分が家に居られなくなったこと、もう家には帰れないこと、もしかしたら追われてるかもしれないこと、どうして家に居られなくなったのか、話さないといけないこと、沢山あるのに。
クレアちゃんは、命の恩人だ。そんな人に、隠し事ばかりして、あまつさえ助けてもらおうだなんて。
私は、呪い子だ。
家族とか教会の人達みたいに、クレアちゃんに嫌われたらどうしよう......クレアちゃんは、そういう人じゃないんだろうけど......
でも、怖い。私はクレアちゃんに嫌われたら、死んでしまう。
「私達、友達だから。もう少しだけ、一緒にいよ」
「.......うん」
無邪気なクレアちゃんの言葉が心にしみる。この人は、神的にいい人で、徹底して善意の人だ。
私は、迷っていた。
街に辿り着いて、自分がこれからどうすべきか、答えを決めかねている。
目の前の少女の善意に、もたれかかって、いいんだろうか。
私は彼女から離れるべきじゃないのか。上手く答えが出せないまま、私はクレアちゃんに言われるがまま店を出た。