#4 青黒スカラノク
盤面は圧倒的な差。
このまま貫通ダメージが通れば、私は負ける。まさしく絶望的な状況。
そんな中、私は.......
「あはは!」
笑った。
夢にまで見た、勝負の世界。皆私抜きでこんな面白いことしてたんだ。
私は悔しかった。でもそれ以上に、楽しい。このすれすれの勝負が、心の底から面白い。
「オマエ、ライフが少なくて、頭がおかしくなったのか?」
「はあ?」
ライフ?
ライフなんかくれてやる。でもこっからは、私の土俵だ。
私は手札のカードを一枚公開する。立たせていた土地を横向きにして、コストを支払った。
「インスタント、《蠢き洞窟の崩落》を発動!!」
「なに!?」
「次の自分のターン終了時まで、墓地のカードを4枚まで除外し、1/1のコウモリトークンを除外した数だけ展開する。嘔吐、内臓裂き、開架、運命修復の4枚を除外して、4体のコウモリトークンを展開!」
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蠢き洞窟の崩落 2ストック2
インスタント
コストに追加して、あなたは1枚カードを墓地から除外する。
あなたは最大4枚墓地のマテリアル以外のカードを墓地から除外してもよい。除外した数だけ飛行を持つ1/1コウモリトークンを場に出す。
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「さらに、《汚染地帯のコウモリ》の再帰能力を発動。墓地の《コウモリ》を除外してコウモリトークンを場に一枚追加」
《崩落》の効果によって、盤面にコウモリがずらーっと大量に並ぶ。コウモリトークンが計5体。
「見苦しい延命だど、神の御前では通用しないど!!」
延命じゃない。命なんてどうでもいいんだ。私は、今、勝つためにプレイする。
私はカードをタップしてブロック選択だ。
「コウモリでゴブリンとトロールをブロック!」
貫通を付与された3/3ゴブリンと、5/5のトロールをブロックする。貫通によってゴブリンの2点ダメージ、トロールの5ダメージで、ライフは元の8から7点減って残り1へ。
・アリサ
ライフ8→1
「ううっ」
ライフロスが大きくなるにつれて、痛みも強くなる。心臓がきいきいと軋むように痛い。
こんな痛み、最初はびっくりしたけど、でも、もう、慣れた。
痛いけど、笑っちゃう痛さだ。
生きてるって感じがする。思えば私は、痛いのに慣れっこなんだった。
「ターンエンド。これから勝つのは無理だど。不可能だど。いますぐ投了しろ。そうすれば苦しくないように殺してやるど」
殺す? 私を?
違う。違うだろ。
「.......死ぬのはお前だ」
「なに!?」
「私のターン、ドロー」
私とて殺される気はさらさらない。
デッキの上に手を置くと、ビリビリと衝撃が走る。さっきデッキトップに仕組んでいた、《スカラノク》が、手の中で叫んでいる。
「ドロー!」
このゲームのランドは最大4枚。そうである以上、基本的に呪文やピースはコストが4以下に設定されている。
しかし、何事にも例外はあるものだ。
「コウモリトークン3体とコウモリでアタック」
「ライフで受ける。....ぐおっ!!」
コウモリがワームの頭上を通り抜けて4点のダメージを与える。
・カイエル
17→13
「さらに、軽減1コストで《非情な殺し》を発動。相手のピースを一枚指定して破壊する」
ワームを破壊しようとしたが、ワームには破壊時に3/3のワームトークン2体に分裂する能力があった。なのでトロールを指定して破壊する。
「加えて軽減1コスト、《渦の終焉》でコスト3以下のピースを手札に戻す。指定はゴブリン」
「くっ」
「さらに《渦の終焉》の効果で、場に1/1の飛行を持つスピリットトークンを展開」
「しかし、ワームさえ残れば」
「残さない」
「なに!? 残り1コストで、何が出来る!! ワームは破壊耐性持ちだど!!」
私はそのカードをするりと抜いた。
さあ、絶望のお出ましだ。
「盤面のコウモリ、コウモリトークン、スピリットトークンの計5体を生け贄に、7コスト! 見せてやる。借り物の力が、空を舞うところを。《失われし空、スカラノク》をキャスト!!」
「.......7コスト!? 7コスト!?」
世界が割れる。
音を立てて、ガラガラと崩れる。
黒い星空がこの結界内の世界を侵食して、銀色の髪がひらりと舞った。圧倒的な存在感のソウルピースが、星空を滑り落ちてくる。一目見た瞬間に、そのカードは他のピースとは格が違うのだと、精神の奥深くまで刻みこむ。
絶望が空を舞う。
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失われし空、スカラノク 7(ストック2)
伝説のピース ‐ ウィザード・デーモン
飛行
犠牲x このカードを唱える時、あなたのコントロールする飛行を持つピースを最大5体生贄に捧げてもよい。そうしたなら生け贄に捧げた数だけこのカードのコストを1下げる。
神聖(生贄1)ー通常のコストに追加して相手がコントロールするピースを一体生贄に捧げない限り、このカードへの効果を無効にする。
着地時/攻撃時:相手は自身のピースと、オブジェクトかマテリアル、手札、のそれぞれの領域から一枚ずつ選んでコストとして墓地へ送る。それらが行使されなかった場合、その度ごとに、あなたは2点回復し、一枚ドローする。
7/4
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「スカラノク着地。効果を発動!! ピース、手札、クラフトを一枚ずつ選んで捨ててもらう」
「ななな、なんだと!」
盤面にはワーム単体のみ。
仕方がないので、カイエルはワームを墓地に送った。場に残るスペル、クラフトスペルを場に出していないため、その分私は1枚ドローして、2点のダメージを与えた。
・カイエル
13→11
・アリサ
1→3
スカラノクの効果でちょっぴり回復。でもまだ危険水域に居る。
「ワームをサクリファイスしたね。自らの手で生け贄に捧げたから、破壊時効果は発生しない。そのまま黙って消えてしまう」
ワームの破壊時に、2体に分裂する効果を無視して墓地送り。
ワームが盤面から消え、カイエルの場は更地に。手札に戻されたたった一枚のゴブリンも墓地へと送られた。そして私は2ドロー。スカラノクというカードは、着地が通れば確実に3枚分のカードアドバンテージを稼ぐ、パワー7の飛行アタッカー。しかも効果耐性持ち。
破格のメジャーピース。
このデッキの趣旨は、軽量スペルで妨害やドローを回し打ちしながら、このスカラノクを最速で着地させることを目指すデッキと言える。
そしてそれは成就した。
「ありえない、ありえないど」
カイエルは狼狽した。
「そんなのインチキだど!!」
「インチキだよ」
私が最初にシエルのソウルカードを見た時に絶句した。
だって、書いてることが強すぎるから。
インチキ。
まさしくそのとおりだと思う。
だからこのデッキ、名付けるなら《青黒スカラノク》というこのデッキは、全力でインチキできるように組んだ。異常な高コストを、飛行トークンを大量に並べて減らしていく、それだけのデッキ。
だからこのデッキにはスカラノク以外の勝ち筋がない。
スカラノクを真っ先に撃ちこめば勝つ。それを信じて組んだんだ。
「ターンエンド」
私はターンを終了する。
「お、オデのターン、ドロー」
相手の残りターンは、このままスカラノクが定着すれば1。毎ターン手札と盤面を消し去るから、カードを次ターンに持ち越すことは不可能だ。
しかし相手のランドは4。油断は出来ない。
そして私の予感を裏付けるように、カイエルは小さく笑った。ちょうど、心に一握の希望を抱いた時の笑いだ。
「オデは4コスト。《大地の裂け目のハイドラ》をキャスト!! 着地時効果を発動だど!!相手のピースを一体破壊する!」
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大地の裂け目のハイドラ 4
ピース-ハイドラ
貫通
着地時、攻撃時:相手のピースを一体破壊する。
7/7
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スカラノクの神聖を突破して効果を通すには、一体ピースを生贄に捧げなくてはならない。ワームを着地させて、ワームを生贄に捧げる気か。
私は考える。
別に破壊されてもいいが、そんなことに付き合う義理もない。
「インスタントタイミング、《論駁》を発動。召喚は無効だ」
「……」
カイエルは立ち尽くす。
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論駁 1 (ストック2)
インスタント
相手の唱えたカードを対象にする。それが追加でコストを1支払わない限り、それを打ち消す。
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地平喰らいのワームは、コストが4であり、土地上限が4なため、追加コスト要求に答えられずに打ち消された。
打ち消されたカードは、効果を発動せずに墓地へと送られる。
「.......」
すっかりと意気消沈して、カイエルは黙りこくった。
「......神は、オデを見捨てたのか........」
その表情は悲痛そのものだった。
私なんか、最初から見放されてたよ。と、心の中でつぶやく。それは別に、何の慰みにもならないんだろうけど。
「.......ターン、エンド」
静かな宣言だった。
無傷でターンが渡って私の番。スカラノクを横向きにして攻撃宣言した。
「どどめだ」
「.......そんなはずないど、そんなはず、神が、オデを見捨てるはずが」
「スカラノクでアタック」
暗黒の翼がカイエルに飛び込んで、その身を引き裂く。
「ぐわああああああああ!!!!!」
・カイエル
11→9→7→5→−2。
決着。
その瞬間、結界は解け、カイエルは後方に吹き飛んで気絶した。
天国みたいな空間からいきなり薄暗い遺跡に戻ってきたものだから、ギャップで頭がくらくらした。
「お疲れ、強かったじゃん」
「まあね」
「しかし、意外だな。君バトルでは豹変するタイプだなんて」
「え」
身に覚えがない。私なんか言ってたっけ?
「プレイ中に笑い出したり、死ぬのはお前だ、とか言ってたよ」
「ほんとに!?」
「ほんとほんと」
ショック。
そんな他愛のない話をしていると、自分の想定より緊張していたのかもしれない。ぶるっと体が震える。
ぐうぅ〜〜
緊張の糸が切れて、お腹の音が鳴った。
「アリサ、あれ」
「ん?」
「対戦相手」
見ると対戦相手のカイエルは、倒れて目を覚ます様子がなかった。
ちょっと心配だ。
「気絶してるね」
「そうだね」
「なにか持ってるかも」
え......
「もしかして盗もうってこと?」
「うん。どうせ私たち、お尋ねものだよ。それに勝った人間は、受け取る権利がある」
確かに、結界での勝負に勝った場合、何かを受け取るのが慣例としてあった。
私は彼の服を弄って、金貨1枚と銀貨数枚を含む金品と、上に羽織っている綺麗なお召し物、――フード付きのコートみたい――を頂いた。デカブツと自称するだけあって、服もブカブカでサイズが合わないが、今の服装が酷すぎるのでそれよりはましだ。
「魂のないアリサに、霊魂だけの私。私達、結構いいコンビかもな」
「そうかも!」
勝ったばかりだから、興奮の熱が冷めないまま私はシエルに向き合う。
「行こう」
「うん!」
あっぱれアリサ! 私たちは勝った勢いのまま、遺跡を後にした。
****
(シエル視点)
魔王。
そう言われていた時もあった。
私、シエル・ロアヘリックスには、偉大な魔術師として世界に君臨していた自覚がある。しかし、いざ世界を獲って、神のカード「テトラクォート」を手にしようとした時、私は仲間に裏切られて命を落とした。
本来ならここで私の冒険は終了。
しかし、用意周到な私だから、死んだ時のためのバックアップも済ませてある。
――魂の封印。
肉体を捨てて、次の世代を生きられるように私が発明した、私史上最高傑作の魔術。
ただ問題なのは、私が死なないとこの魔術を試せないことにあった。
おかげで私は150年も眠っていて、それにソウルカードを持っていない年端のいかない少女が封印を解いた。
……しかし、これはこれで悪くない。
ソウルカードがないおかげで彼女の魔力は私と反発しないし、彼女は、無垢で、自信がなくて、非力で、私に逆らわない。それに、ゲームのセンスも悪くない。
彼女には私の駒になってもらう。神のカードを手に入れるための、従順な駒。
さあ、世界よ、私は帰ってきた!
まずは二人で食料にありつかないとだな。