#3 vs緑単ミッドレンジ
目を開けると、そこは一面の不思議な空間だった。
遠くまで透き通るような雲ひとつ無いライトブルーの空に、地面から折れた白い柱が張っている。
とてつもなく巨大な一枚の大理石が私達の地面の全てであり、その中央に宇宙をかたどった黒曜石のような大きなタイルが敷いていて、星座のように金色と銀色の点が繋がっている。いくつかの幾何学的模様もあしらわれていた。
私達を取り巻く外側には、月桂樹のような草木があって、総じて天国のような、そんな神聖な空間だ。そしてその外にはなにもない。
お互いに魔術が届かない位置まで離れて、向かい合わせの盤面の前に立つ。
これが魔術師たちが見ていた世界なんだ、と私は感慨深く思った。
「アリサ」
「なに?」
「ここから先、助言は出来ない。一人で戦える?」
「え.......」
結界内は厳正な勝負。助言行為はNGにあたるらしい。
私はビビった。
だって初めての勝負なんだよ!?
「アリサなら大丈夫だよ」
「ほんとに!?」
「私の封印を解いたんだぜ? 多分大丈夫さ」
「うう........」
正直不安しかない。でも勝つしかないんだ。
「ソウルカード」
自分の心臓のところから、四角く光が溢れ出ると、それがカードに変身して、手元で束になった。そして束の一番上には、明らかに仰々しい黒色のカードが鎮座している。
『失われし空ーーーーーーーー』
「デッキをセット」
デッキを場に置くと、魔法陣が起動してシャッフルされる。
そして、四枚の裏向きのカードがセットされた。
同時に盤面に4枚カードが伏せられる。土地カードたちだ。
相手のプレイヤーはもうすでに手際よく準備を終えて、私を待っていた。
「オデが勝ったら、大人しく捕まってもらう」
「っ」
「オデの名前はカイエル。デカブツのカイエル」
「デカブツの、カイエル?」
二つ名だろうか。
二つ名があることは、それがどんなものであれ、魔術師としては名誉なことである。
ただ私にとって、デカブツという言葉が面白くて、くすりと笑ってしまった。
デカブツのカイエル。ピッタリな気がする。
「「今、勝負の剣を」」
お互いの宣言と共に、盤面の中央にキーンと音が鳴って、剣が落下する。ゲーム開始の合図である剣。落下の瞬間、こちら側の大理石が黒色に染まった。こちらがダークサイドということになる。つまり、後攻だ。
初期手札として4枚引いて、待機。
私は、スレプテイル家で学んだカードの知識を思い出していた。
このゲームにはだいたい3種類のカードがある。1つめはピースカード。文字通り駒のカードで、殴り値と守備値を持つ、場に残り続けるカードだ。パワー分相手と相手ピースにダメージを与え、フレッシュを超えるダメージを受けると、破壊され、墓地に送られる。
次にスペル。ゲームを有利に進めるためのカード群で、様々な種類がある。
そのうち使い切りのスペルはアーツスペル、場に残るスペルはクラフトと呼ぶ。加えて、自分や相手ターンにタイミングを選ばずに唱えられるのはインスタントスペルと呼ばれて、相手の意表を突いてゲームの状況を左右することが多い。
そして土地だ。
土地は後述するマテリアルというものを2個使って開放し、タップしてコストの支払いに当てることが出来る。最大4枚。最初の一枚は自動で公開されて、大抵の場合では2ターン目に2コスト、4ターン目に3コスト、6ターン目に4コスト使えるようになる。
(ターン1)
「オデのターンだど!」
カイエルは宣言して、ゲームが始まった。先行1ターン目はドローをスキップする。
この結界の中のゲームは、20ある相手のライフを0にすることで勝利となる。私もカイエルもそれを目指すのだ。
「ドミネーション、土地《迷いの森林》を一枚表向きに公開するど」
土地カードは最初から場に裏向きで置かれている4枚のカードだ。ゲーム開始時に最初の一枚を公開する。公開された土地カードはカードを唱えるためのコストを捻出してくれる。
迷いの森林は緑の一枚目の土地だ。
そして、彼は一つ、緑の小さなキューブを手に入れた。これはマテリアルと呼ばれるもので、土地をオープンするのに使ったり、様々な使用用途に充てられる。
いわば資力というべきもので、ターンのはじめに1個自動で配られるという仕組みだ。
「行くど! 一コストで《茂みのゴブリン》をキャスト」
盤面に緑色のゴブリンが現れる。パワーとフレッシュが2/2の、バニラのピースだ。
ゴブリンは実体となって私の前に現れて、本能的に危機感を感じた。ピースは、登場したそのターンは動けない。召喚酔いだ。
「ターンエンドだど」
「私のターン、ドロー」
私は一枚引いて、手札が五枚になった。
そして、キューブが配られる。青く透き通るように光るマテリアル・キューブだ。
「ドミネーション、《スコレー沖幽霊船》を公開、ドミネーションボーナスでライフを2点ロスト」
「いっ!!」
痛い。
胸にズキンと軋むような痛みが走る。
......ゲームのライフが命と繋がってるんだ。
・アリサ
ライフ20→18
スコレー沖幽霊船は青と黒のコストを捻出できるランド。その代わり最初に二点のダメージを負う。
手札もそれを証明するように、青と黒の二色で組んである。
2点ダメージで2色出るなら安いと思っていたが、痛みが走るなら話が違う。
痛いのは嫌だ。だって痛いし。
「スペルカード、《嘔吐》を発動。2点ライフを支払って、相手の手札を見てマテリアル以外のカード一枚墓地へ送る」
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嘔吐 1ストック2
アーツ
あなたは2点ライフを支払って、相手の手札を見て、マテリアル以外のカードを1枚選ぶ。相手はそのカードを捨てる。
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所謂ピーピング(覗き見)のハンデスであり、私は相手の手札の確認に使った。カイエルの大きな指で持たれているカードは、自分の持ってるそれとは違って小さく見える。
公開された手札は、
《ワームの地平喰らい》
《大食の森林トロール》
《素早い芽吹き》
の三枚。
緑単色で構成されていて、全体的に重い。コスト3と4の大型ピースが一枚ずつある。
一ターンに一個ずつマテリアルが配られて、二個目以降の土地を開くのにそれぞれ二個ずつマテリアルが必要だから、コスト2のカードは2ターン目、コスト3は4ターン目、コスト4は6ターン目から使用可能になる。
4ターン目以降に使えるカードが2枚。従って相手の手札は重いと断言できよう。
そしてそれらを出すためのマテリアル加速系のカードが《素早い芽吹き》だ。
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素早い芽吹き 2
アーツ
あなたが緑のピースをコントロールしているなら、マテリアルを一つチャージする。あなたは一枚ドローする。
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「私は《素早い芽吹き》を選択」
「オデのスペルが!」
足回りを攻撃すべく、《素早い芽吹き》をハンデスで落としてターンエンド。これでピースの展開が遅くなれば、それだけで動きが弱くなるだろう。
「オデのターン、ドロー。.......上手く動けないど」
よし、と内心ほくそ笑む。
テンポ損の目論見は成功したみたいだ。
「手札1枚と、セットした緑のマテリアルを二枚使ってドミネーション!」
カイエルの二枚目のランドがオープンする。《苔むした古城》だ。土地の公開で使ったカードは公開されない。
「ゴブリンでアタック」
「ライフで受ける」
先のターンで登場したゴブリンが突進し、棍棒を振りかざした。私の周りには、丁度私を守るように防御幕が展開されて、棍棒がそれをガリガリと削る。
二点のダメージで、ライフが14まで減った。
「......っ!!」
「ターンエンドだど」
「アクティベート、ドロー」
自分のターンは、アクティベートフェイズ→ドローフェイズ→メインフェイズ→アタックフェイズ→メインフェイズ2→エンドフェイズの順で進む。
アクティベートフェイズでは、横向きにタップしたカード、前のターンで攻撃したピースやコストの支払いに充てた土地をアンタップする。
私は土地をアンタップしてドローした。
手札は5枚。
盤面とライフで負けているので、どうにかしたい。
「マテリアルをセット。マテリアルを二個使って、ドミネーション!!」
二枚目の土地を開く。《神秘の水域》。効果を持つ特殊なランドだ。
「土地を捻って、1コスト、《汚染地帯のコウモリ》をキャスト」
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汚染地帯のコウモリ 1(ストック2)
ピース-コウモリ
飛行
再帰(0):墓地のこのカードを除外して、あなたは飛行を持つ1/1コウモリトークンを一体場に出してよい。
1/1
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「また、コストを1支払って《神秘の水域》の効果を発動。土地のストックを1上昇」
殆どのカードにはストックという数字が設定されている。マテリアルを土地に消費させることで、プレイヤーは土地の持つストックを増加することが出来、土地のストックが、カードのそれを上回ると、そのカードはコストが1下がる。
神秘の水域の効果は一コストでマテリアル消費を代替する効果だ。
「ターンエンド」
手札は4、ライフは14。
「オデのターンだど!! ドローマテリアルセット、ゴブリンでアタック」
「ライフで受ける。....っ!!」
・アリサ
14→12
またゴブリンが突進して、防御幕を殴りつけた。
ライフ14から12へ。ペイライフがかさんで厳しくなってきたが、ここでコウモリを切るわけにはいかない。
痛い、痛すぎる。
「コスト2、《鳥族の風流人》をキャスト」
コスト2のカードを引いてきたのか、と歯噛みした。
召喚された《鳥族の風流人》は、2/2飛行のカラフルな羽の鳥人で、笛を携えている。きらびやかな緑のピース。
「着地時効果を発動、マテリアルをチャージする」
マテリアルのキューブを一つ手に入れて、カイエルはご満悦だ。
「ターンエンド」
「私のターン、ドロー」
さてどうする?
「マテリアルをセット、《神秘の水域》のサーキュレーション効果を発動。ストックカウントを1増加、合計ストック2」
「ずいぶんと悠長だど」
「うるさい」
口三味線を食らいながら手札をみる。ストックカウントが上がって出来ることが増えたものの、手札の内容は厳しい。
《汚染地帯のコウモリ》コスト1
《渦の終焉》コスト2
《蠢き洞窟の崩落》コスト2
《内臓裂き》コスト1
《開架》コスト1
全体的にパワー不足で、盤面を取りきれないものばかり。
「《内臓裂き》をキャスト。《内臓裂き》はコスト2以下のピースカードを破壊する。《鳥族の風流人》を選択して破壊」
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内臓裂き 1 ストック3
アーツ
場のコストが2以下のピースを一体選んで、それを破壊する。
望むなら4点ライフを支払って、コスト3のピースを一体選んで、それを破壊する。
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「ふん、一仕事終えているのでいいど」
飛行持ちを破壊できたのは大きい。
「《汚染地帯のコウモリ》をキャスト、コスト軽減でコスト0!」
ストックのおかげでフリースペルと化したコウモリが盤面に着地する。1/1飛行。
「コウモリ1体でアタック」
「ライフで受けるど!!」
・カイエル
20→19
カイエルはダメージをものともせず、どこ吹く風で立っている。
「《開架》をキャスト。デッキの上から3枚を見て好きな順番に置き、その後ドローする」
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開架 1 (ストック3)
アーツ
あなたはデッキのカードを上から3枚見る。その後、それらを望む順番でデッキの上に戻す。あなたは一枚ドローする。
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デッキトップを見て、見えた《運命修復》を一番上に、いらないカードをデッキの二番目に置いてドロー。デッキトップに置いたので、当然《運命修復》が手に入る。
「ターンエンド」
手札3枚、ライフ12。盤面には1/1コウモリが2体。
手番は渡って、カイエルのターンだ。
「オデのターン、ここからはオデの土俵だ。マテリアルをセット、ドミネーション!禁域の樹海を公開。ゴブリンでアタック」
「ライフで受ける」
・アリサ12→10
「3コスト、《大食の森林トロール》をキャスト。着地時効果で手札のマテリアルをセット。飛行を持たないピースにそれぞれ1点のダメージ」
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大食の森林トロール
ピース-トロール
貫通、防衛
着地時:飛行を持たない全てのピースに1点ダメージ
5/4
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私のピースは、全員飛行を持っているので、ダメージを負わなかった。なのでトロールの着地時ダメージは味方ゴブリンに一点入っただけ。
トロールの着地前に、相手はゴブリンで攻撃を通しているので、ブロックでゴブリンを討ち取られずに済んでいる。トロールの効果を読んでいたら、ゴブリンをコウモリでブロックして、トロールの着地を遅らせるか、ゴブリンを打ち取ることが出来たかもしれない。しかし相手がコスト3のカードを他に引いていた場合、それは完全に裏目だったので良し悪しだ。
「ターンエンド」
「アクティベート、ドロー」
私は手札が残り1枚で、ドローして2枚。
「マテリアルセット。マテリアルを二個使ってドミネーション! 《神秘と生け贄の祭儀場》を公開。祭儀場のドミネーション時効果で、デッキをシャッフルすることが出来る」
私は《開架》の効果でのぞき見た2枚を、デッキごとシャッフルして、デッキトップを変更した。
《開架》はデッキから3枚も掘って選ぶことができるけど、いらないと思ったカードをそのままデッキの上に戻してしまう。それだとデッキトップが固定されるので、《祭儀場》のシャッフル効果でトップを変更するのだ。
「そして手札から、《運命修復》をキャスト!」
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運命修復 2(ストック5)
アーツ
禁忌2(このカードはあなたのストックが2以上でない限り唱えられない)
あなたはライフを2点支払い、デッキトップから3枚見て、望む順番でデッキの上に戻す。あなたは2枚ドローする。
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《運命修復》はカードを上から三枚めくり、そのうち二枚を手札に加え、残りの一枚をデッキのトップかボトムを選択して置く。
めくれた3枚は、
《非情な殺し》
《拒絶》
そして
「......っ!」
最後の一枚を取ったとき、ずしんと重く感じた。禍々しい空気に覆われていて、ピリッとしたプレッシャーを感じる。めくると、シエルさんに似た銀色の髪のカード。
《失われし空、スカラーノク》
これが、シエルのソウルカードで、彼女の魂。そして、このデッキのゴール地点。
拒絶と殺しを手札に、スカラーノクをデッキトップに置く。次のターン、切り札が手に入るように。
「コウモリ2体で攻撃」
「ライフで受けるどっ!!!!」
・カイエル
19→17
「オデのターン! ドロー!!」
カイエルの現在の状況は手札3、ライフ17、ランドは3枚公開していて、マテリアルは加速して1セットしてある。
「マテリアルをセット、セットしたマテリアルを使ってドミネーション。《果てしない原生林》を公開。そして―――!!」
彼は天高くカードを掲げる。
「4コスト! 《地平喰らいのワーム》をキャスト」
地面を割いて、巨大なワームが現れた。緑4コストの巨大ピース。6/7。
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地平喰らいのワーム 4
ピース-ワーム
着地時:手札のカードを一枚捨ててマテリアルをチャージしてもよい。そうしたなら、あなたは自分のこれ以外のピース全てに+1/+1の強化を行い、貫通を付与する。相手の場に1体、コスト2以下のピースがいるなら、それを破壊する。
破壊時:貫通を持つ3/3のワームトークンと、防衛を持つ3/3ワームトークンを場に出す。
6/7
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「ワームの着地時効果、手札のカードを1枚捨てて、マテリアルをチャージ! 自分のピース全てを+1/+1の強化! そして貫通を付与だ!!」
盤面は3/3のゴブリン、6/5のトロール、6/7のワーム。貫通はブロックされた時、フレッシュを超過したパワー分、相手にダメージを与える能力である。
「ワームの効果で相手のピースを1体破壊。コウモリを選択する!!」
ワームの攻撃手段。意外、それはビーム!
ワームがとぐろを巻いて、全身が発光しだすと、口を大きく開いて、咆哮と共に太い光線を放った。地面が炸裂して、コウモリが破壊される。
「これで終いだど!! ゴブリンとトロールで攻撃」
ゴブリンとトロールが、命を刈り取るために私に殺到する――!!