#2 脱獄
――――地下収容4日目。
「そろそろ起きてくれ」
「.......うう、お化け」
「おい」
「はっ!」
目が覚めて、相変わらず私は地下に閉じ込められたままだ。
変わったのは、完全にお化けが私に取り憑いているというその一点のみ。そのことを証明するように、なんだか私の身体も調子が変だった。
なんだか体が軽くて、自分が自分じゃないみたいな。
それに、声も、妙に自分のそれとは違って聞こえた。鼻にかかって、ちょっとハスキー?
それに、
「髪、こんな長かったっけ?」
なんだか肩にかかるくらい髪が伸びていた。若干目にかかってかゆい。なにこれ? 髪の色も、なんだか変だし。つやつやと光る長い銀の髪。どうしてこんな色の髪になってるの? 白髪? 怖すぎて急に白髪になっちゃったの? やだなそれは。
「随分長い間眠っていたね。どう、新しい体でのお目覚めは?」
「わ! お化け」
その言葉に彼女はむっとする。
「お化けじゃない。シエル。シエル・ロアヘリックス」
「ああ、うん。私はアリサです。アリサ・スレプテイル」
私の発言に、彼女はぱっと目を見開いた。
「スレプテイルって、あのスレプテイル? 私カイルと同級生だったんだよ」
「カイル? カイルって.......」私は言い淀んだ。「私のひいひいひいおじいちゃんだよ」
「へ?」
私のお父さんが15代目当主で、カイルは9代目の当主だから、6代前のおじいちゃんがカイルで......と家系図を遡りながら答える。
私の発言に、シエルと名乗るお化けはわなわなと口を震わせながら言った。
「今、何年?」
「1754年です」
「.........ミッ」
私の発言が相当の衝撃だったらしく黙ったまま彼女は固まった。
ようやく口を開いたかと思うと、「私1600年生まれなんだけど」とシエルが言って、私も驚いた。150年! 150年も前の幽霊だったの!?
「てか、この身体はなんなのさ!?」
わーわー話している間も、私の声も身体も調子が変で気になる。さすがに辛抱耐えかねて私は叫んだ。
「新しい自分だよ」
じゃーんと言いながら、彼女は魔法で作った鏡で私の姿を映す。
鏡の中の私は、シエルのそれみたいな銀色の長髪、元の私の持つ濃い青い目、それに私とシエルの印象が混ざったみたいな、美人な顔つき。
私は顔をペタペタ触りながら、現実とは思えない現状を確認する。
「なんで見た目が変わってるの?」
「わかんない。人に憑いたのは私も初めてだから。ヒールをかけたんだけど、それが良くなかったかもね」
「ええー?」
にわかには信じられない。
うーん、えー.......?
「まあいっか」
「いいんだ。適応早いね」
「うん、あんまり困らないし」
私は一応髪を梳いて、シエルに向き合った。
「シエルって、一体何なの? なんでお化けで、どうしてここにいるの?」
「死にたくなくてね、魂を封印していたのさ」
「魂を封印? そんなこと出来るの?」
「まあ、私はね。大賢者だし、ネクロマンサーだし」
ふーん。
聞いたこともない魔術だけど、実際お化けとしてここに居るんだから、それは疑えないか。
「じゃあ、魂の封印を解いたのが私?」
「そ」
じゃあ、よかったのかもしれない。
「これからどう生きようか?」
「私は、生きてていいの?」
私は、呪い子で、犯罪者で、閉じ込められた記憶とか、殴られた記憶が、頭の中でぐるぐると渦巻く。
『あんたなんて、産まなきゃよかった』
お母さんが、私に言った。言われた時には相当ショックだったのを覚えている。もう私は、反抗するような気力も失って、親が殴りたい時に殴られて、居ないものとして扱われるのを良しとした。
失敗作。
私に押された烙印は、いくら擦っても消えてなくなりはしない。
「生きてちゃ駄目な人間なんて、この世にいるものか」
「......」
「アリサ、ここから逃げよう。二人一緒なら、どこまでも行けるはずさ」
愛されなかった。恵まれなかった。助けて欲しかった。連れだして欲しかった。苦しかった。辛かった。どうして私だけ。なんでなんでなんで!!
怨嗟が募って、心が痛い。心臓を掻き出したくなる衝動を、この身に抱えて私は。
それでも生きていいなら、私は――
「......シエル、助けて」
言ってしまった。
言って後悔した。助けてだなんて、私には助けてもらうだけの価値がないのに。
ただそれでも、シエルはゆっくり頷いた。
「もちろん。取り憑いた以上、私達は一蓮托生さ」
この先どうなるかは分からない。自分に自信なんて持てなくて、私は生きてはいけない人間なんだって、そう言い聞かされて生きてきた。でも、手を差し伸べてくれる人がいる。強制的に取り憑かれて、同じ船に相乗りしただけの二人かもしれないけど、私は、シエルとならなにかが変わるような気がして......
だから私は、私達は、二人で生きることに決めた。
***
「とりあえず、ここから脱出しないといけない」
「そうだね」
固く閉ざされた石の部屋。生身の人間にとって、脱出は容易ではない。
「とは言え簡単だ。魔術でBOOM! 爆破してしまえばいい」
「私、魔術使えないよ?」
「私が使えばいい。君の魔力を借りるけど、いいね?」
「うん。でも足りるかな?」
「見たところ、ギリ足りるんじゃないか?」
私の魔力を使ってシエルが魔術を唱える。すると魔術が起動して一気に爆発して、扉をふっとばすらしい。
なかなか派手な計画だ。
私は成功するか半信半疑だったけれど、それ以外に方法もないので、素直にシエルに従う。私は言われたとおりに魔法陣を血で書き込み、そのまま魔法陣につながる導火線を引いた。導火線のチャネルに手を乗せて、私とシエルで唱えると発動し、扉を爆破する。
「脱出するまえに、ひとつ準備をしておこう」
「準備って?」
「デッキさ」
デッキ!!
「これから外の世界に出るわけだからな。デッキの一つや二つ、護身用に持っていたほうがいいだろう」
デッキはカードをまとめる束だ。カードとカードは惹かれ合う性質がある。ソウルカードを中心に、私達はみんなカードを集めて、デッキを組む。この国では誰しもデッキを持ってるものだ。
持ってないのは呪い子くらい。私はずっと持ってなかったから、デッキと聞いただけで嬉しくなってしまう。
「ほんとに? 私、ソウルカードがないんだよ?」
「なに。私の魂がある。ブック!」
シエルが唱えると、空中から突如発生した本がばらばらと彼女の手元に収まった。分厚くて、黒い、革製の魔導書だ。
それにカードが沢山納められている。
「すごい! すごいすごいすごい!!」
「私秘蔵のカードだからな。全部めっちゃ強いぞ」
「へぇー! へぇへぇへぇ!!」
きらきら光るカードたちに私は目を離せない。
赤、青、緑、白、黒。カラフルなカード群だが、黒のカードが多い。シエルは黒のデッキを使ってたのかな?
「君、青のカードが使えるのか」
シエルが私の魔力を確認して言う。
スレプテイル家は代々青の魔術の家系だ。一応その血を継ぐ私も、魔力的には青に適正がある。
「じゃあこれをこうして、これを入れよう」
「これとかどう?」
「性格悪くていいね」
私達はシエルのソウルカードを中心にデッキを組んだ。
やっぱり楽しい。こんな境遇だが、私はカードが好きだ。家族のやるゲームも好きでよく見ていた。髪で作ったカードで、模擬戦もしたことがある。成績は悪くなかったよ。
そんなこんなでデッキを組み上げると、いよいよ脱出。
私はすべての準備を整えて、魔法陣の導火線に手をかけた。
「いくよ、アリサ」
「うん」
「――発破!!」
ドーーン!!!
魔法陣が光ったかと思ったその瞬間、扉を周囲の壁まで巻き込んで魔力が膨らんで爆発した。雷が目の前で爆ぜたかのような、とてつもない威力で扉をふっ飛ばして粉々にした。
派手! シエルの魔術は非凡だ。それがすぐ分かった。
「けほっ! けほっ!」
辺りに砂埃が立ち込めて、私は思わず咳込んだ。足元には無数の石の礫が飛んできて、若干痛かった。
「成功だ、出よう!」
「うん!!」
扉が開いて、通路が開いた。この悪夢のような密室から脱出だ。ずっとこの部屋しか見ていなかったから、感動もひとしおである。
ぐぅうううう。
感動ついでにふっと緊張が抜けて、お腹が鳴った。
「ぷぷっ、はやくなにか食べられるものにありつかないとね」
「笑わないでよ」
早足で遺跡の外を目指して進むが、目の前の壁が急に明るくなる。
松明で照らされているみたいだ。そして松明の火を遮る影がぐんぐん伸びて、大きくなり......
「おい、そこにいるのは誰だど」
「やばい、人だ」
急ブレーキして目の前を見ると、人だ。それも巨漢。
よく見ると、その人物は教会の僧侶の格好をしていて、腰には火のないランタンをぶら下げている。遺跡を巡回すると思われる装備がみちみちと巨体に押されて悲鳴を上げている。見回りらしき僧侶と出会ってしまった。背が高くてフィジカルでは勝てそうにない。
「突然音が鳴ったと思ったら、この侵入者め。ここは神聖な地であると、知ってのことか! 大槌!」
「プロテクション!!」
魔術の巨大な槌をいきなりその僧侶は振りかざして来た。びゅんと槌が宙を切る音がする。ガキンと一瞬の攻防。魔法の槌を魔法で弾き返して、お互い向かい合う。
魔力を一気にシエルに奪われて、がくっと私は膝をついた。
「だめだな。爆破で魔力使いすぎてジリ貧だ。このまま魔術対決をやってても勝てない」
「じゃあどうするの!?」
遺跡の道はどう見ても一本しかない。
迂回するのは不可能。かといって真正面から戦えば負ける。横を通り抜ける? あの巨体相手にそんなこと出来るのか? じゃあ交渉して通してもらうとか?
「オデ、侵入者潰すど。神の敵は皆、殺すど!!」
「.......なんだか話が通じなさそうだぞ」
出会ってすぐの攻撃。あまりにもでかい図体の男。そしてここは薄暗い遺跡だ。
「カードで決めるぞ。結界勝負に引き込む」
「結界!?」
シエルの言った結界とは世界を一時的に飲み込む特別な魔術であり、結界内で行われることは神の公平なルールに基づいて行う、ゲームによる代理戦闘だ。
つまりはカードゲーム。デッキは先程組み上げたものの、こんなに早く実戦に投入されるなんて、と私は不安に思う。
「神は嘘つかない。オデが必ず勝つ」
私達に呼応するように、彼もカードを掲げた。
もう逃げられない。不安だけど、私は覚悟を決めた。
「「ソウルキャスト、ショーダウン!!」」
勝負の決まり文句を声高く宣言して、魔術が辺りを白い閃光が染め上げる。
カードによる戦闘が、今、始まる――!