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REBEL ENDING  作者: 鳥井トリー
一遍 REBEL ENDING
1/2

反逆者のプロローグ

見てくださり、ありがとうございます。何度か投稿していたのですが、見返した時に気持ち悪さを覚えたので設定を増やしてリメイクしました。

温かい目で見て頂けると幸いです

 此処はとある裏組織が根城にしている地下施設、もといアジト。


 その地下にあるアジトの一室でこの組織のボスとなる人物がすやすやと睡眠を貪っていた。

 橙色に輝く照明は部屋全体をほの暗く照らしている。

 そして、その部屋にある白いベッドの上で毛布を被った何かがもぞもぞと動いている。


「んぅ……」とベッドの上に居る女性は寝起きだからか、いかにも眠そうに若干枯れた声で唸り声を上げていた。

 しかし、体に掛けていた毛布を寝返りによって床に落とすと、その艶やかな黒髪が露わになり、まるで猫がリラックスしているような体制になれば、その数秒後にはまた寝息を立て、二度目の睡眠を開始してしまった。

 だが、それを見計らったように枕元に置いてある目覚まし時計から大音量のアラームが部屋全体に鳴り響く。


「ぐおっ⁉」


 そのあまりの大きさに勢いよく頭を上げると、おぼつかない動きでけたたましく鳴る目覚まし時計を右手で叩くように止めた。

 そして、そのまま流れるように同じく枕元にあったスマホを見る。

 スマホに映し出されていたのは、可愛さの欠片もない拳銃の待ち受けと午前七時を表す数字。

 それが目に入るとうんざりしたように息を吐いた。


「……あっ!」


 未だ寝ぼけ眼で部屋の一点をボーッと眺めていれば、どうしてこんな時間にアラームを掛けてまで起きたのかを思い出し、急いでベッドから立ち上がり、目を覚ますために洗面台へと足を運ぶのだった。


 こうして”裏組織ENDING(エンディング)”のボス。

 伊澄(いずみ) (しずく)の一日が始まるのだった。


                      一

 眠い。


 今の私の状態に一番適している言葉だと思う。

 いつもならもっと遅い時間、例えば十時とかに起きるんだけどね。今日はどうもそうはいかない。

 シャカシャカと小気味いい音を口内で奏でたら、持っていた歯ブラシを洗面台に置かれたコップに入れ、蛇口から流れ出る水を両手で掬って口の中に流し込む。

 何度もぬるま湯で口の中をゆすげば、口の中にあった目に見えない細菌を水と一緒に吐き出し、目の前にある鏡を睨む。


「そうだ、今日は必ず……」


 鏡に向かってぶつぶつと頭の中で思っていることを呟く。

 目の前には赤く染まった虹彩を持った瞳をした黒髪ショートの女が立っている。その女は私の事を酷く睨んでいるようだった。

 張り合うように私も睨み返したら一層相手も睨み返してくる。口元から垂れてきた水滴を右手で拭い、心の中で頑固として決めていた思いをそいつにぶちまける。


「今日は絶対に仕事をしてやるんだから‼」


 誰かが見るわけでもなく、私しかいない部屋でそう叫んだら、何事も無かったように今度は顔を洗うためのアバンドと洗顔料を鏡の中から取り出す。

 急に意味不明なことを叫んだ、なんて思われてしまうかもしれないけれどどうか私の心情を察して同情してほしい。

 今叫んだことは私にとって本当に悩んでいる事であり、組織のボスとしての死活問題なのだ。

 一応、私は裏組織……分かりやすく言えば犯罪組織のボスを務めているのだけど、そんな偉い人間が部下達から仕事をさせてもらえないの。


「いや、ほんとになんで?」


 ヘアバンドを身に着けておでこを出したら、もこもこにした白い泡を顔へと付けながら疑問を零す。

 さっき裏組織のボスを務めていると言ったけど、当たり前のことで私には可愛い部下が居る。しかも五人。いわゆる少数精鋭という奴だね。


 五人の部下にはそれぞれ役割があるんだ。


 簡単に説明していくと、人から貰った依頼を受けて、書類作成やデータ入力、依頼人とのメール上でのやり取り。組織のお金関係を一人で担っている執務担当。


 組織の発展や仕事、生活に役立つ機械、薬品を制作、または研究をし、私達が居るアジトの設備を増やしてくれている研究員。


 執務担当が作成した依頼書の内容を見て、現場に赴き依頼を遂行する戦闘員の二人組。

 因みに、私達が受ける依頼は表の仕事を除いて大抵は殺しや暗躍のみ。表の仕事も依頼を受けて活動するものだから似ているけれど面倒だから今は説明しない。また後でね。


 そして、最後の一人は先程の戦闘員と何ら変わりはないけど、受けている依頼が戦闘員と異なって暗殺や暗躍を担っているから特殊戦闘員と呼ばれている。


 こんな感じで部下には役割があるのだけど、私にそんなものは全くもってない。

 流石に組織のボスだし、やってもらってばかりだと気が引けるし、なによりボスとして威厳が無くなってしまうから、皆の仕事を少しでも分けてもらおうとお願いしているんだけど、どうしてか頑なに断られてしまう。可笑しいと思わない?

 私だって戦闘員と同じく戦う事くらいは出来るし、実際にそれを証明しようと思って依頼書を勝手にくすねて任務に行ったことがある。

 だけど、帰ったときに物凄く怒られちゃって当分はアジトから出してもらえなかったんだよねぇ。

 因みに、特に怒ってきたのは特殊戦闘員以外の皆だよ。ほんとに心配性なんだから。


「ふう、さっぱりした」


 顔に付いたもこもこの泡をぬるま湯で洗い流せば、少しごわついたタオルで水滴を拭いていく。

 そうすれば冷えた空気が潤った肌に触れてくるため、こびりついてた眠気は綺麗さっぱり消えていった。


 あぁ、それで本題に移ると、今日珍しく早起きした理由は朝早くから仕事を管理している執務担当に頼み込んだら、案外朝の眠気で折れてくれて仕事がもらえるんじゃないかなと考えたからなんだ。

 多分、というより確実に一回お願いした程度では簡単に貰えるわけがないから、粘り強く、何度も、しつこく頭を下げ続ければいつかは頑固な彼もその固い首を頷かせてくれるだろう。


 多分。


「はあ……」

 なんだか、あまりにも自分がボスとしての威厳が無さすぎて、段々と心の底からネガティブな感情が湧き出てくる。


 これが最初の時だけだったら笑って済んでいたんだけどね。

 この組織を経ちあげてから、かれこれ早五年は経過している。

 一年目までは戦闘員なんて居なかったから、また執務担当と二人で依頼を受けて、研究員こと博士がサポートしてくれていたんだけど、戦闘員が本格的に加入してからはボスが前線に出ているのは不用心だと怒られてしまって、ここ何年も私だけ依頼を受けられていない。


 表の仕事ならあるんだけど、そうじゃない。偶には私も裏で暴れたい。


 だから、何度も説得を試みてはいるんだけど、どれもこれも一蹴されて終わってしまう。

 別にボスからって部下に無理難題を押し付けるつもりも無いし、大抵の事は部下達の自由にさせているけど、こうも私のお願いを聞き入れてもらえないと悲しくなってくる、


「まあ、甘やかしている私にも非はあるんだけどねぇ」

 二度目の溜息を吐いたら、髪を梳かすための櫛を持ってパジャマ姿のままではあるが部屋を出るためにドアノブへと手を掛ける。


 私の部屋から部下達が居る部屋は結構遠い。そりゃ、施設というくらいだからそれなりに大きいんだけど、壁の初めから終わりにかけて約八○○メートルもある。ほんとにおかしい。

 だから、ぼさぼさの髪を梳かしながらゆっくり歩こう。

 そんな能天気なことを考えながらドアノブを回せば、固く閉ざされていた扉は役目を終えたかのように開き始めた。


「寒い……」


 開いた時に部屋の中とは違う冷気が体を襲う。

 いつものように足を一歩出せば歩くのが億劫になるほど広くて長い、赤いカーペットが敷かれた一本道の廊下の上に立った。

 嫌々ながらも私は扉の近くに置いてあった革靴を履く。寒気の中に放置されていたから裸足の足には少々きついものがあるが、我慢して廊下を歩きだす。


                       二


 裏組織ENDINGが住処にしている地下施設。そこにある『執務室』と書かれたプレ―トが貼られている部屋で二人の奇怪な男達が話をしていた。

 中は足の踏み場がないほどに大量の書類が積み重なっている。


「なんかよ、今日の依頼多くねえか?」


 低い声が執務室の中に響くと、普通の人間にはない金色のイヤリングをつけた獣のような耳を頭上でピクピクと動かし、下半身からはみ出ている獣のような尻尾を揺らしながら、男は両手に持っている七枚の書類に一文字も漏らすことなく目を通していく。


「急に依頼が舞い込んできてね、いつもより量が多いから無理して行かなくても大丈夫だよ。いざとなったら俺が行くし、最悪明日でも構わないからさ」


 背もたれの無い丸椅子に座り、もう一人の男には目も合わせずに机の上のパソコンをカタカタと操作しながら眼鏡を掛けた男がそう言った。

 ただ、この男にも梟を彷彿とさせる羽化らしきものが頭に生えており、最も目立つのは背中から生えている大きな翼だった。

 しかし、両者は互いに付いているものを気にしていないのか、獣耳と尻尾が付いた男は翼が生えた男の話を聞いて適当に頷き返した。


「まあ、依頼してくる野郎はせっかちな奴が多いからな。アロマと協力すりゃ、夜飯前には帰ってこれんだろ」

「ふふ、そう言ってくれると助かるよ」


 鳥のさえずりも届かない静かな部屋の中で、これ以上会話が広がる事もなく、ただキーボードの打ち込まれる音だけが反響していた。

 

 そんな時だった。


「おっはよう‼」


 二人にとって特に聞き馴染みのある声が、壊れそうなほど勢いよく執務室の扉を開けて聞こえてきた。


「お~! ボスじゃねえか、珍しいな! いつもならまだ寝てる時間だろ?」


 書類としかめっ面でにらめっこしていた獣耳の男は、自分の主人の存在に気が付くと、嬉しそうに口角を上げて左右に大きく尻尾をゆらしはじめた。


                        三


 私の部屋からここまで来るまでにかなりの距離があったから、お陰で寝癖でボサついていた髪がもうすっかりサラサラのストレート髪になっちゃった。

 でも、意外と思っていたよりも早く着いたから、二人を驚かせようと思って扉の前で小さく咳払いをしていたら、同時にめちゃくちゃいい事を聞いてしまった。


「ふふん、私だって早起きくらいは出来るからね」

「なら、これからも頼むぜ?」

「それはちょっとなぁ」


 目の前で書類を扱っていた獣耳の部下は、私が入ってくる否や書類を机に置いて、まるで本物の犬みたいに尻尾を揺らし、目を輝かせながら近付いてきた。


「ふふ、改めておはよう、雫」

「おはよう、木菟」


 椅子に座ってパソコン作業をしている翼を生やしたもう一人の部下も、作業の途中だろうにパソコンを閉じると、慈愛に満ちた笑みを浮かべて私を見てくる。

 なんだかそれが私にはくすぐったくて、咄嗟に部下から目を逸らしてしまったけど、二人の反応を見るにそこまで何とも思っていないみたい。


「って、そうだ! ねえ、木菟、私に仕事ちょうだい!」


 二人と話していたせいで忘れていたけれど、執務室に来た当初の目的を思い出し、逸らしていた視線を正面に座っている部下へと向ける。

 すると、さっきまで慈愛に満ちていた笑みは突如として貼り付けらたような笑みになった。


 そんな彼の名は狩野(かりの) 木菟(ずく)。二十四歳だよ。


 彼は私が仲間にした最初の一人であり、この裏組織ENDINGを立ち上げた者の一人。

 ENDINGでは何度も出てきたように依頼書やその他業務をたった一人で担った執務担当という狂気じみたことをしてくれている。


 それに、執務とはいってもやる事が多すぎて木菟本人は気にしていないようだけど、明らかにキャパオーバーしてしまっているような気がする。

 だって、仕事を一人で抱え込んでしまっているせいで、この執務室だって八割が書類や仕事で使う機材で埋まってしまっている。


 どう考えてもおかしいと思わない? 


 こんなに大変そうなら少しは私を頼ってほしいけどね。他の皆ならともかく、いつだって手が空いているんだからさ。

 まあ、こんなところで愚痴を零したって意味はないんだけど。

 そんな狩野木菟という男を語るには必要不可欠な所が二つだけある。


 それが、その頭と背中についた異様な存在感だ。


 まるで人間の構造に神様が悪戯でもしたような、人間の長い歴史を考えてもありえることのないものが彼にはついている。


 その黒色の髪に灰色のメッシュが入った頭は、梟を思い浮かばせる二つの羽角をつけ、背中にはたとえ見たくなくても必ず目に入ってくるほど大きな翼があった。

 翼に関しては、邪魔にならないように折り畳んでいるけど、それでも二メートルは優に超える大きさがある。あともふもふ。


 どうして普通の人間である彼にそんなものが付いているのかというと、過去に全世界で色々あって、そこから起きた悲劇からなんだけど、その歴史的悲劇についてはまた後で説明させてもらうね。

 とにかく今は木菟に仕事を貰うところからだよ。


「……そのお願い、今月で何回目? 仮にも組織の最高責任者なんだからさ、そうむやみやたらと前線には出せないんだよ。前にも言ったと思うんだけどなぁ」


 まるで小さな幼子の我儘を宥める先生みたいな声で話を締めると、木菟はにこりと優しい笑みを浮かべて私を見てくる。


 実際、木菟の話は最もこれ以上にない正論である。


 その証拠に同じく私のことを見てくる獣耳の部下も静かに何度も力強く頷きだした。

 はっきり言っていつもならこの段階で仕事を貰うのは失敗している。

 こうやって断られてしまえば、木菟なんてテコでも動かないくらい頑固になるし、そこに誰か一人でも加わればもう最悪。なんだったらあっちの言っていることの方が正しいしね。


 しかし、いつもなら最悪な状況だけど、今回は違う。


 ちゃんと納得させられる理由があるのだ。


「木菟ならそう言うと思ったよ……でも、今回はちゃんとした交渉材料があります!」

「へえ、一応聞いておこうか。大方予想できるけどね」


 興味深そうに息を吐くと、机に両肘を立てて、両腕を顎下に持ってくるような体制になれば、私がどんな詭弁を弄するのかを楽しみな様子で目を細めている。


 すごく腹立つ。


「さっきここに入ってくる前に聞こえたけど、今日の依頼はいつもより多いんでしょ⁉ だからそこで、私が仕事を手伝うことにより、今日中に仕事が終わって時雨やアロマちゃんの負担も減る……どうかな」


 いつもより手ごたえを感じた。隣で話を聞いていたもう一人の部下も感嘆な声を上げている。私は自信満々に木菟の事を見た。

 だが、説得されているはずの本人は至って何も刺さっていないようで、相も変わらずににこにこと笑みを浮かべて私のことを見つめてくる。


 けれど、見てくるその瞳だけは微笑みとは遠くかけ離れた冷たいナニかを宿していた。

 こちらの話が終わった事を確認すれば、木菟は糸が切れたように溜息をつき、下を向き始めた。


「確かに、雫の言う通りだ。その言い分だと互いのメリットにも繋がるし、なにより俺も助かる」


 静かな部屋に響くその淡々とした声色は確実に私の緊張を煽ってくる。

 ただ言葉を発せられただけなのに、心臓は痛いくらいに大きく鼓動している。


「でもさ、雫」


 そんな私を見透かしたのか、木菟はゆっくりと立ち上がると革靴の固い音を立てて近付いてきた、明らかにその顔は怒りを持っている。


「そういうことじゃないことくらい分かってるよね? どうして俺、いや俺達がこんなにも仕事や依頼を受けさせたくないのか」


 言い終わる頃にはお互いの鼻がくっ付くのではないかと思うくらいに木菟が詰め寄ってきた。

 詰められる前までは、何か言い返せるように頭の中で思考をフル回転させていたけど、木菟の言葉にある圧と、私の身に覚えのある大量のやらかしがフラッシュバックしてきたせいで、彼から目を逸らすことしか出来なかった。


「雫が誰を殺しに行こうと何をしようと別にいいよ。ちゃんと無事にかえってくるならね。でも、そうじゃないから俺達は怒っているんだよ? 前も勝手に書類を盗んで依頼を受けてきたかと思えば、大怪我して戻って来たよね。そりゃ頑なに仕事を渡さなかった俺も悪かったけど……組織のボスであるにも関わらず、毎日こちらの心配をよそに傷を負ってくるような人には依頼なんて到底渡せません‼」


 まるで子供を叱りつける親のように締めくくると、木菟は満足したのか再び椅子に座った。

 それでもやっぱり仕事が欲しい私は最期の抵抗として、「ぐぬぬ」と唇を噛み締めていれば、ずっと私達の一方的な争いを見ていた部下が溜息を吐いた。


「もう諦めろ、どう考えても木菟に分があるだろ」

「うぇ、ぐぅ、それは分かってるけどさぁ……」

「諦めてやれよ。木菟も言っていたけど、俺達もかなり心配してんだぜ。またアロマが無く姿を見るのは嫌だろ?」


 とてつもなく優しい口調で説得されてしまえば、いくら私でもこれ以上騒ぐことなんてみっともないことはしない。というか、これ以上騒いでしまえば、いよいよ私のボスという立場が危ぶまれてしまう。


「うわぁぁ! 時雨ぇぇぇ!」

「へいへい……尻尾な」


 導いていくはずの部下に醜態を晒し、それどころか優しく諭されてしまったので、これもまた恥や醜態であることを分かっていながらも、仕事を貰えなかった悔しさをバネにして獣耳の戦闘員。


 真神(まがみ) 時雨(しぐれ)へと飛びつく。因みに、二十歳。


 彼はこのENDINGで戦闘員の役割を担ってくれている。

 他の皆と同じく沢山の依頼を受けて忙しそうにしているけれど、組織では唯一といっていいほど健康的な生活を送っている。

 仕事が休みの日でも毎日七時に起きて、夜は十時前にはもう寝ている。しかも、適度に運動もしているから本当に健康的。


 そんな健康な時雨だけど、彼も木菟と同じで異様に目を引くものが頭と下半身についている。

 

 それが狼を思わせる獣耳と尻尾だった。


 茶色が目立つ髪の一部には、人が作り出すことのできる毛とは一味違う毛が生えており、その一部には元からある人間の耳とは違う、三角の耳があった。


 どうやらそれは狼と同じ性質を持つらしく、その耳は時雨の感情と無意識に関連しているようだった。

 例を挙げるなら。初対面の相手に敵意がないときはいつも耳を伏せている。

 これは下半身からも生えている尻尾も同じ。


 因みに、時雨の狼耳はちゃんと機能しているらしく、そっちの耳で聞けばとてもよく聞こえるらしい。

 ただ、今の時雨は人間と狼の耳が二つずつあることで、他の人よりも大きく音が聞こえてしまうんだって。それに苦しんでいた時雨を見かねて、ENDINGの研究者が制御装置を作ってくれた。


 性能としてはその制御装置を人間と狼耳のどちらかに付けることで、片方の耳を聞こえなくさせることができる。


 例えば、狼耳に制御装置を付けると、時雨は人間の方しか音が聞こえなくなって、狼耳の方からは何も聞こえなくなるという優れものなんだ。勿論、この逆も然り。

 それで、その装置というのがいま時雨が狼耳の方に付けている金色に輝いた三つのイヤリングなんだ。どういう理屈でそうなっているのか不明だけど、取り敢えず凄いよね。


 制御装置に関しては木菟も付けていて、かなり助かっているようだよ。


「モフモフ……」


 時雨は私に飛びつかれることを察知すると、長年の経験から予測して私へとふわふわな尻尾を差し出してきた。

 木菟と時雨に言い負かされて、元々無かった威厳をもっと失くしてしまったので、その辛さを癒してもらおうと、これでもかとこのもふもふな尻尾に顔をこすりつける。


 ……いや、本当に気持ちいからね。


「ありがとね、流石時雨だよ」

「別に……いつものことだろ」


 雫は尻尾に泣き縋っていて二人の顔が見えていないが、時雨は木菟に褒められたことと、こんな人騒がせで子供っぽいボスに抱き着かれたことで顔がムスッとしてクールぶっているが、その頬は赤く染まって、口元を右手で強く抑えていた。


 ―――それから、五分くらい時雨の尻尾をモフモフしていた。


「さてと、仕事が貰えないことが確定したし、これ以上は邪魔になるからそろそろ行くよ」


 少し名残惜しいけど、ある程度モフモフしたら離れるように立ち、話していた二人にもそう言った。

 すると、時雨は「そうかぁ」なんて笑顔で私の方を見ていたけど、その狼耳は後ろに伏せられている。


 これは不安や悲しみを示すサインだ。まったく素直じゃないねぇ。


「特に邪魔なんてなかったけどなぁ、もう少し居てくれても良いんだよ?」


 眉を下げて首を傾げてくるその仕草は、明らかに寂しいという感情を全面に押し出している。


 木菟は時雨と違って動物の部位から感情が伝わりづらい分、こうやって感情を把握しやすい仕草や表情、言葉をくれる。まあ、これは動物以前に人間として当たり前のことなんだけどね。

 本当に可愛い部下なんだけど、偶にそれが直球すぎてこっちがむず痒い気持ちにもなる。嬉しいんだけどね。


「次は結芽の所に行こうと思ってね。結芽なら頼んでいたものも出来ているだろうし」

「あぁ、サリーちゃん? だっけか。でもなんで結芽に頼んだんだよ。華澄が居ただろ?」

「華澄ちゃんは今旅行中なんだよ~。それに、あれくらいなら結芽も出来るって言ってくれからね。任せてみたんだよ」


 私がここまで説明すれば、時雨は納得した様に深く頷いた。

 最近、私の親友と一緒にENDINGとは関係ない仕事をしていたんだけど、その時に下手を打ってしまってとある大切な物を壊したんだよね。


 それで、華澄と呼ばれている女の子にその壊れたものを直してもらおうと思い立ったんだけど、タイミングが悪く休みを取って旅行に行っていたんだよね。


 どうやら明後日には帰ってくるらしいけど、すぐにでも修理をしてほしかったから部下である博士に相談してみたら快く受け入れてくれた。


 まあ、博士の腕前を心配しているわけではないし、それどころかかなり信用しているから修理には何も思っていない。


「それじゃあよ、途中でアロマも起こしてきてくれよ。今日は珍しく遅くてな」

「あ、リビングに置いてある朝食も持って行ってあげてくれないかな。多分、結芽は研究に夢中で食べていないと思うからさ」


 研究室に行くと聞いた途端に、二人は思い出したかのように頼み事を伝えてくる。

 断る理由がないので提案を受け入れたが、急に自分の頼みを連続で出してきたから少々困惑してしまった。


「……急だね。まあ、良いよ。優しい私が二人のお願いを聞き入れてしんぜよう」

「ハハッ! そりゃ嬉しいな。頼んだぜ」


 朝のせいなのか、それとも、他に原因があるのかは自分のことなのにも関わらず不明だが、テンションが可笑しい私に対して深く言及することもなく、そのまま言葉の意味をストレートに受け取って時雨は喜んでくれた。


 これは中々に出来た部下だ……。


 そんなこんなで執務室での用は済んだので、改めて二人に手を振りながら執務室を出ていく。

 出ればすぐに広がるのは長い廊下。

 またここを歩くのか。なんて落ち込んだけれど、そんな自分の表情は分かるくらいにニヤついていた。

 

 そっか、ハイテンションだったのは部下に頼られたからだったんだね。

 

 だって、可愛い部下にどんなことでも頼られるのは死ぬほど嬉しいからね!

 

 誰にも隠す必要のない笑顔を廊下に振りまきながら、私は次の目的地であるリビングへと歩いていくのだった。

                       

                        四

 

 長く続いていく廊下の中に他の木製の扉とは違う鉄製の扉が目立っていた。

 その鉄扉に掛けられているプレ―トを見てみると、やけに見事な達筆でこう書かれている。


 『研究室』と。


「もう、こんな所で寝ると身体を悪くしちゃうわよ」


 その中は鼻をつんざくような薬品の匂いが充満しており、白い壁には何があったのか焦げ跡が至る所についている。

 しかし、そんな部屋には相応しくない紅茶の良い香りが漂っていた。

 この場に似合った白衣を身に着けた白髪の女性は机にある二つのカップの内、兎の絵が描かれたマグカップをソファで寛いでいる、金髪にピンクのメッシュを入れた女の子に手渡した。


「薬品や火薬の匂いってなんだか落ち着くからな。それに、寝てても結芽が毛布を掛けてくれるだろ?」

 キャスター付きの椅子に女性が座った事を確認すれば、女の子は微笑みながらそう言った。

「もう……そうなんだけどね」


 女の子の言葉を聞くと女性は照れたのか、両手を頬につけて身体を揺らしている。

 くねくねと体を左右に揺らして照れだした女性を見ると、女の子は楽しそうに笑い、貰った紅茶に口をつける。


 意外と静かな部屋の中にズズッ、という音だけが響く。


 その音を聞いた女性も照れることをやめて、猫の絵が描かれたマグカップから湯気が立ち上る紅茶を飲みだした。


 そんな時、開くことのなかった鉄扉がキィッ、という甲高い音を立てながら開きだした。


「あ、やっぱり二人とも一緒に居たんだ」


 固く閉ざされていた鉄扉が開くと、組織のボスである雫がひょっこりと顔を覗かせる。

 そんな急に現れた雫に二人は一瞬だけきょとんとした様子を見せたが、入ってきた相手が親愛なるボスだと分かると嬉しそうに顔を見合わせた。


「うふふ、おはよう雫ちゃん」

「おはようだぞ! 雫‼」


 座っていた椅子から即座に立ち上がると、とびっきりの笑顔を見せながら二人はボスへと個性豊かな挨拶を済ます。


                       五


 執務室から出たあとは億劫になるほど長い廊下を歩いてリビングへと向かっていた。


 はじめの方で廊下は端から端までの距離は約八○○メートルもあるっていたけれど、その長さの廊下は

あと三つもある。

 アジトの構造は正方形に出来ていて、ドーナツみたいに真ん中には道がなく、食べる部分が私達の歩く廊下となっている。


 でも、ドーナツみたく真ん中に役割が無いわけではなく、穴の部分は各自の部屋だったり、これから行くリビングだったりと共同で使える施設が用意されている。

 もっと真ん中に寄っていけば違う役割の広い部屋が出てくるんだけど、ここはあまり使う事がない。

 それで、執務室を出て左方向へと少しの間だけ歩いて行けば、今度は壁に当たるのでそこを右に回る。

 

 因みに、執務室がある廊下が正方形の左辺に当たる。


 そして、上辺に当たる廊下を歩くと、段々ともう一つの目的手地である研究室に辿り着くんだけど、今はリビングに行きたいからそのまま通り過ぎる。

 歩いていれば色々な扉が見えるけど、それも全て無視して十二分くらい歩いたら

 また右に曲がっていく。


 この廊下は右辺であり、また少し歩いて行けば自分の部屋へと戻ってきた。

 ここまで来ればあともう少し。というか、本当に遠いな。リビングに行くまでかなり掛かるんだけど。

 特に曲がる事もなくただ真っ直ぐに歩いて行くと、プレートに“リビング”と書かれた木製の扉が見えてきた。


 その扉へと近付けば、開ける前に履いていた革靴を脱ぐ。


「おはよ~」


 元気のない静かな声でリビングの扉を開ける。

 なんとなく感覚からリビングの中には誰も居ないと確信していたから、そこまで声を張り上げることも無く義務感で挨拶を響かせる。


 リビングに入ってまず初めに目に付くのは、毎日の様に食事を囲んでいる合成樹脂で出来た六人掛けの食卓テーブル、そして、同じ素材の六脚の黒い椅子。

 部屋は二〇畳であり、全体的に灰色と黒が混ざった木目をしたアクセントクロスが貼られていて、家具も大理石風の長方形テーブルが灰色のソファの前に置かれていたり、ソファの前にはテレビが埋め込まれ、一部の壁にはよく分からない絵画が貼られたりして、非日常的な空間が造られていた。


 多分、これは博士の趣味なんだと思う。この空間を作ったのは紛れもない博士だし。


 そんなことはさておき、目的である朝食でも取ろうかな。

 改めて食卓テーブルの上を見ると、美味しそうな二つのホットサンドがお皿と一緒に、サランラップに包まれて置かれていた。


「あれ、ない」


 思わすそう呟いてしまったが、すぐにシンクの方を見て納得する。


 一瞬、その残っているホットサンドが結芽の分なのかと考えたけど、私と寝ているであろうもう一人の部下が食べていない事を考えると、明らかに量が足りない。

 しかし、シンクの中に四枚の皿が置かれていたこと、狼の絵が描かれたマグカップが置かれていたから、もう他の皆は食べたんだと頭の中の疑問と合致した。


「え、珍しい⁉」


 まさか自分が立てた疑問と確信が合致するとは思わなくて目を丸くする。

 他の仲間達が朝ご飯を食べる事については何も驚く要素はないけど、いつも研究室に籠ってばかりの博士が朝ご飯を食べに来たのはかなりびっくりした。


「まあ、健康的だからいいか」


 疑問は無くなったけれど、もう一つだけ確認したいことがあるので、キッチンの近くに置かれた食器棚を開ける。

 棚の中には色々な食器が当たり前に存在し、その中でもコップやグラスが集結している場所に目を向ける、

 こんなことをして何が分かるのか、と疑問に思うかもしれないけれど、私達は基本的にマグカップを使っている。

 このマグカップは皆で買い物へと行った時に、描かれた絵は違うけれどお揃いで購入したもので、私も含めて律儀に使っているのだ。


 だから、マグカップの数を見て皆が起きているのかを確認することが出来る。


「お、一人を除いて起きてるねぇ」


 棚の中にあるマグカップの量を見てそう呟く。

 マグカップの数は二つであり、石川五右衛門が描かれたマグカップと鴉が描かれたマグカップだけだった。

 このことから推測するにアロマちゃんはとっくのとうに起きていて、朝食を取らない結芽のために朝ご飯を持っていって二人で朝食をとったということになる。

 なんだかスッキリした気分になり、うんうんと頷くと棚から石川五右衛門が描かれたマグカップを取り出すと、食卓テーブルの上に置いて近くにある冷蔵庫を開ける。


 冷蔵庫の中には大量のお菓子と幾つかの飲み物があった。

 その中からかなり量が減っているコーラを持てば、蓋を開いて辺りに炭酸の音を聴かせると、そのままマグカップの上で傾けて、白い中身を黒いコーラで適量になるまで染めていく。

 一定の量まで注がれれば、傾けていたコーラを戻し、これ以上液体が出てこないようにする。


 ペットボトルに入ったコーラはあともう一口で無くなる程度の量しか残っていなかった。


「……んぐ!」


 周りに誰も居ない事を確認すると、ペットボトルに口を付けて、入っていた残り僅かのコーラを口の中に流し込んでいく。

 五○○ミリリットルなら問題ないけど、一・五リットルのペットボトルをラッパ飲みするのは行儀悪いって怒られることあるよね。私もよくある。

 けど、今は誰も見ていないし、逆にこの僅かな量を残さない私を逆に褒めてほしい。


「プハッ!」


 一滴も残さずに全て飲み干すと、服の袖で口元を拭い、ペットボトル専用のゴミ箱へと投げ入れた。

 かなり満足したので、淹れたコーラと朝食を持たずにリビングを出ていく。

 何も持たずに何をしに行くのかというと、リビングから少し歩いたところにアロマという戦闘員ちゃんの部屋がある。

 他の部屋と違ってかなり近いから、特に苦言を呈する事もなく辿り着いた。


 部屋の扉は可愛らしい桜色であり、ひらがなで『あろま』と書かれたプレートが掛けられている。


「アロマちゃん、入るよ~」


 普段から勝手に開けて入ってきても良いとは本人からは言われているけど、流石にそう言うわけにもいかないので、最低限のマナーとして三回ノックをしてから部屋の扉を開けた。


「アロマちゃ――って、いないね」


 部屋を開けたとき、見渡さなくてもアロマちゃんの姿が無い事に気が付いた。

 彼女の部屋は白を基調とした壁で出来ており、物が散乱せずに綺麗に整頓されていることからい彼女の几帳面が伺える。


 まさしく女の子らしい部屋と言えるだろう。


 そして、肝心の本人は気配さながら姿すら見えないので、もう何処かに移動してしまったのだろう。

 ただ、朝に限りなく弱い彼女が起きてからすぐにベットまで綺麗に畳めるとは思えないけどね。

 

とにかく居ないことが分かったので、物色することもせずに部屋の扉を閉めてリビングに戻る。

 戻ればすぐにお皿に敷かれたラップを取り、マグカップも一緒にお皿からホットサンドを持ち出すと、次の目的地である研究室へと足を進めるのだった。


                       六


 中身が半分以上なくなったマグカップを研究室の入口近くにある小さな机に置いたら、目の前でにこにことしている白髪の女性と派手な髪色をしている女の子を交互に見る。

 二人共、時雨と違って尻尾が付いていないのに、まるで犬みたいに透明な尻尾をブンブンと振っている

のではないかと思うほど、にこやかな表情をしている。

 

 それが嬉しくて思わず私も口元を緩ませてしまう。


「おはよう、二人共。もしかしてアロマちゃん、研究室で寝てたの?」

 

挨拶をしてくれた二人にこちらも挨拶を返すと、間髪入れずに質問を投げかける。


「おう、そうだぞ。昨日の夜に研究室で結芽と話していたら寝落ちしちゃってな」

「ほんとびっくりしたわ、急に寝るんだもの」

「たはは、ごめんって」


 寝落ちした事を改めて指摘されると、両手を合わせて博士に謝っている。


 そんな可愛らしい女の子の名前は甘野(あまの) アロマ。


 ENDINGでは時雨の他に戦闘員を担ってくれている。

 不規則な生活をしているENDINGで有名だけど、この中だと時雨の次に健康的な生活を送っていると思う。ただ、いつも私やもう一人の部下に合わせて起きているから、眠そうになりながらも夜遅くまでゲームしたり、遊んだりしたりしている。

 彼女は十八歳の未成年で、童顔やその身長からよく小学生と間違われることがある。そんな彼女の身長は一四一センチメートルしかないんだ。なんとも可愛らしい。

 性格もかなり人懐っこく、誰とでもすぐに打ち解けてしまう愛嬌の持ち主であり、身長も相まって皆からは妹の様に接されている。


 因みに、アロマちゃんの金色に輝く髪色は自前だとしても、そのピンク色のメッシュは自分で入れていた。多分、好きな人に近付きたいんだろうね。


 それで、まあ、これまでの流れから分かったかもしれないけど、彼女もまた普通というものかかけ離れている存在なんだ。


 彼女の本質はその治癒能力になる。


 例えば、生物は怪我をした完全に治るまで時間が掛かってしまう。数時間だったり、数日だったり、ものによっては数か月、数年だったり。

 ましてや、中には治ることのない傷だってある。腕が欠損したり、足が欠損したり、最悪なパターンだと頭がぐちゃぐちゃになったり。


 後者に関しては確実に死に至る致命傷だ。誰だって死ぬ。私だって死ぬ。


 でも、この甘野アロマという少女は違う。どんな傷だろうがなんだろうが、すぐに何事もなかったかのように治してしまうのだ。

 例え、腕が欠損しても数分立てば生えてくるし、時間は掛かるけどぐちゃぐちゃになった頭も何事もなかったかのように治っている。


 それがどうしてなのかは分からないけれど、博士がアロマちゃんの細胞は常に増え続けており、そのお陰でどんな傷も治せるのではないかと考察していた。

 

どうやら活性化された細胞たちがアロマちゃんの中で増え、怪我した時に身体が意図して増えすぎた細胞を大きく再生に使っているから、アロマちゃんの怪我はどんなものでも治るんだって。よく分からないね。


 人間の細胞の数は約六〇兆もあると言う話だけど、アロマちゃんの細胞は調べられる限界まで調べたらその二十倍もあるらしく、アロマちゃん一人で二十人も出来る。


 要は欠損してもゲームの残機みたいに代わりがあるから、すぐにその細胞の分だけ治るということなのかな。


 あまりにも不可解な事が多いから、博士も出会った時から現在まで混乱していて、まだまだ研究中らしい。大変だね。


 あと、これは余談なんだけど、アロマちゃんは元々お偉いさんの所に居たお嬢様だったらしい。本人からはまだ詳しく聞いただけだけどね。まあ、聞くつもりもないけど。


「朝食はどうしたの?」

「それは私が持ってきたのよ。アロマちゃんは朝に弱いし、ちゃんと目が覚めるまで辛いだろうから、リビングから持ってきたの」

「へぇ~、偉いじゃん!」


 そう私が褒めると気持ち悪いくらいにくねくねと体を揺らし始めた。


 彼女は白宵(しらよい) 結芽(ゆめ)。二四歳

 うちの天才博士だよ。


 彼女も私や木菟と一緒にENDINGを経ち上げた者の一人であり、私達三人は創業メンバーなんだ。

 その喋り方からおっとりしたお姉さん的立ち位置に居るように思われるけど、実際はとても困った部下だ。もしかしたら私以上かもしれない。


 というのも、博士や研究者という職業柄なのかは分からないけど、とにかく好奇心旺盛で気になった事があれば理解するまでずっと調べている。


 それだけならまだ良いんだけど、たまにそんな好奇心が暴走することもあって、昔にそのせいでENDINGが崩壊寸前までいったこともある。あの時は戦闘員が居なかったし、人数も三人だけだったから本当に死ぬかと思ったね。


 あとは、一度でも集中すると何処かの執務担当みたく、テコでも動かない。

 完全に自分の世界に入ってしまっているから、どんなに危険な目にあっても気にせず、こっちの世界に戻すためには一度引っ叩かなければ帰ってこない。


 でも、良い人なのには変わりないよ。変人だけど。


 それで、彼女を語る上で欠かせないのが、その髪色と博士と呼ばれる所以である頭脳だ。


 結論から言ってしまえば、結芽の知能指数、つまりIQは圧巻の十万と言われている。


 何がどうしてそうなったのかは結芽の過去を話さないといけないけど、長くなりそうだからこの話はしないでおくね。勝手に話すのもアレだしね。


 それじゃあ、白髪はその頭脳に関係あるのかと聞かれればある。

 元々、結芽の髪色はちゃんと黒色だったらしい。


 けれど、色々とあってその高い知能を得たとき、賢すぎるが故に嫌な真実に気が付いてしまい、頭が良い結芽をよく思わなかった同僚たちから嫌がらせを受けたことでストレスが限界に達し、そのときに髪が急激に白くなったんだってさ。


 そのせいで、結芽が過去に名付けられた異名が『白色の頭脳』だった。


「そういえば、今日は随分と起きるのが早いのね、雫ちゃん」

「はっ! ねえ、聞いてよ、二人共~!」


 ひとしきり照れたあとは結芽が私に質問をしてきた。

 すると、その質問を隣で聞いていたアロマちゃんも確かに、と言わんばかりに頷いてこちらを見てきたので。その説明も兼ねて少しばかり愚痴を言わせてもらおう。

 ここで文句を言うと陰口みたいになって木菟に悪いから

 ちゃんと後から目の前でもう一回拗ねてやろう。


 愚痴を交えながら早起きした理由を話すと、二人はいかにも呆れたような表情になったり、明らかに顔が引き攣っている。どうやら何か言いたげだ。


 あ、これ私の味方が居ない系だ。


 全て言い終わると話を聞いていた結芽が呆れたように口を開いた。


「それは仕方が無いわよ、雫ちゃん。任務に行ったら必ずと言っていいほど怪我をしてくるんだもの。あの心配性な木菟が怒るのも無理はないわ」


 なんて呆れながらも何処か圧を感じる言い方をすると、今度はアロマちゃんが便乗するように話し始める。


「そうだぞ、雫が怪我してきた日にはみんな阿鼻叫喚なんだからな。それに、雫まで前線に出てきたら戦闘員の立場がなくなるから本当にやめてくれ……」


 可愛い顔を引き攣らせて結構まじめに懇願してきたアロマちゃんを見て、あははと乾いた笑いを口から出した。


「で、でもさ、探偵の方だってほとんど木菟が管理しているから自由に出来ないし、こっちの仕事も出来

ないとなると、私だけとても暇になるんだよ? 我儘になるのもしょうがないよねぇ」


 もはや誰も味方してくれない状況に不貞腐れ、大人気なく口元を尖らせる。


 何よりも辛いのは暇との戦いなんだよ。


「そうねぇ、私の研究も雫ちゃんにはちょっと難しいから出来ないものね」


 困ったようにそう言うと、結芽は左手を顔に当てて自身が使っている作業机へと目を移す。

 それに釣られて私とアロマちゃんも作業机に目を向ける。

 目を向けた先には。至る所に焦げた痕や元は白だったのだろうが薬品などの影響で黄ばんだ机が置いてあった。


 その上には見たことのない色をした液体や、まだ足しか完成していない未完成の人型ロボット、そして、新品同様に磨かれた一丁の拳銃が置かれてあった。


 そんな結芽の研究者としての仕事を間近で見て、思わず溜息をついてしまう。


 確かに結芽の言う通りだろう。どれだけ私が勉強できようが、どれだけ他の人よりも賢かろうが、その何十倍もの知能を持っている彼女からしてみれば、魅力的な能力も霞んでしまう。

 それに、彼女の研究を手伝おうにも大きな問題があるのだ。


「手伝いくらいは……なんて言いたいけど、周りのロボットで十分だもんね」

「そうなのよ……」


 落胆するように肩を落とせば、今度は作業机の隣へと目を移す。

 彼女が使っている作業机の左側には大きな棚があるけれど、右側には先程の製作途中であるロボットの完成品と思われる人型ロボットが三体も整列している。


 今は動かずにきちんと並んでいるけど、結芽が研究を始めるときに自動的に動き出す。

 実際は勝手に動くわけではない。


 結芽が独自に編み出したアプリで操作するから、大抵は結芽の思い通りに動いてくれるんだ。


 だから、私が付け入る隙なんて少しもない。


「……なんか可哀想だな」


 小さな身体を伸ばすと哀れみな目を持って、アロマちゃんは気を落としている私の肩へとポンと置いてきた。

 あれ、なんだかあまりにも惨めすぎて少しだけ泣きそうになってきたなぁ。


「あ! そ、そうよ、雫ちゃん。頼まれていたものが出来ているわよ‼」


 気を落としまくって暗い雰囲気を醸し出している私に気を遣ってくれたのか、結芽は慌てたように机の上にあった一丁の拳銃を手に取って見せてきた。

 彼女が持っているピカピカに磨かれた重厚感溢れる黒色の拳銃。他の人が見ても特に何かを思う事はないだろう。

 だけど、私はその拳銃を見て今迄の暗かった気持ちが嘘のように晴れてきた。


「サリーちゃん!」


 二日間ほど離れていた可愛らしい相棒の名を叫ぶ。


「はい、どうぞ」

「わ~! 本当にありがとう‼」


 先程と違って明らかにテンションが上がった私を見て、結芽は安心したようにホッと胸を撫でおろすと、持っていた拳銃を慎重に渡してくれた。


 博士である結芽に頼んでいたことは銃の修理だったんだ。だけど、気を利かせてくれてボディも綺麗にしてくれている。物凄く嬉しい。

 普段、私も丁寧にメンテナンスをしているけれど、壊して修理を頼んだ時には出来ていなかったから、代わりにここまで丁寧に扱ってくれると凄く嬉しいし、ほんとに助かる。


「確か、それってM93Rだっけ?」


 カチャカチャと壊れた部分を弄繰り回していると、アロマちゃんは首を傾げてじーっと私の拳銃を見つめている。


「そうそう! ベレッタ社が出した三点バーストの拳銃。なんてったって、このフォアグリップが見た目の格好良さを増幅させているよね‼」


 愛銃であるサリーちゃん、もといベレッタM93R。


 この拳銃はベレッタ社と呼ばれる銃を製造している会社が一九七七年に開発した、対テロリズム・要人

警護用の機関拳銃なんだ。


 銃身長は一五六ミリメートル、使用弾薬は九×十九ミリメートルパラベラム弾。装弾数は二十発と一五発の二種類があって、私の二〇発の方を採用している。


 この子のベースが既存のベレッタ92という拳銃で、色々と類似点が多いんだ。そして、M1951Rの後継として製造されたの。


 一番の特徴は他の拳銃にはない三点バースト――三連続の射撃――が搭載されていること。

 機関拳銃と言われていることからフルオート射撃を思い浮かべるかもしれないけど、この拳銃はフルオートを廃止して、それに代わる三点バースト機構が組み込まれている。


 三点バーストの利点は、フルオートに比べて連射時の制御が比較的易しく、弾の消費も節約できてセミオート――単射――よりも高火力というものがある。あとは連射サイクルが非常に速いことかな。


 そして、大型のトリガーガードの前端に折り畳み可能なフォアグリップが取り付けられているんだ。 

 これがあることで、両手でリコイル――銃の反動や反発――の衝撃を両手で吸収することができる。


 でも、トリガーガードが大型化したことでトリガーの前部の空間が大きくなり、不意の接触によるトリガー誤作動の危険性は増すことになるね。


 私もそのせいで色々とあってサリーちゃんを壊したわけだし。


 まあ、ただこれのお陰でM93Rの格好良さが増幅しているんだけどね。私は大好き。


 あとは他にも特徴的なマズルブレーキというものがあるし、まだまだ他にも言いたいことがあるけど、これ以上は長くなりそうだから気になるなら自分で調べてみてね。


 因みに、サリーちゃんの名前の由来はベレッタM93Rの3Rから来ているんだ。

 可愛いでしょ。


「ガンケースも返しておくわね」

「うん! 本当にありがと~!」


 自分でも分かるくらいに満面の笑みを浮かべながら、隣に居るアロマちゃんに愛銃を自慢していると、その様子を見ていた結芽が長方形の黒い箱を返してくれた。


 ガンケースというのはその名の通り銃を収納・運搬するためのケースのこと。


 ガンケースにも色々な種類があって、材質が異なったり、ライフルを入れる細長いものがあったりする。

 今渡してもらったものはハードケースというもので、私の物はアルミニウムで出来た高い耐久性を持った優れもの。


「マガジンも壊れていたから新しく中に入れておいたわ。使ってちょうだいね」

「え、ほんと⁉ マガジンはいくつあっても良いから助かるよ‼」


  かなり嬉しい報告をされてウキウキしながらケースを作業机に置かせてもらうと、ロックされている施錠を解除する。


 ケースを開くと、結芽に言われた通り新品のマガジンが切り抜かれた黒色のスポンジに埋め込まれていた。

 ハードケースの中身には銃を保護するためのスポンジが敷き詰められていて、そのスポンジを自分が持っている銃の形に切り抜いて収納するの。

 だから、私のケースに入っているスポンジもサリーちゃんが入るほどの窪みが空けられている。


 その開いた穴に愛銃をはめ込んだら、静かにケースを閉じ施錠しておく。


 仕事は出来なかったけど、愛銃が返って来たからどうだっていいね。そういうことにしとこう。


 興奮して思わず喋りすぎたので、乾いた喉を潤すために小さな机からマグカップを取り、口元に持っていく。


「そういえば、雫はこれからどうするんだ? 今日は表の仕事も無かった気がするんだが……」


 無自覚なのか、それとも、わざとそれを行っているのかは不明だけど、あざとく首を傾げたかと思えば、口元を緩ませながら質問投げかけてくる。

 その口からは可愛らしい八重歯がチラリと見えていた。


「暇だから外にでも行こうかな」

「あら、良いじゃない。最近、楽園都市の方で新しいケーキ屋さんがオープンしたのよ。お金渡すから人数分買ってきてほしいわ」

「ケーキか! 私もあとでお金返すから買ってきてくれ!」


 私達の話を聞きながら紅茶を啜っていた結芽は、私が外に行くことを口にした途端に紅茶を置いて食いついてきた。

 

結芽は特段甘いものが好きというわけじゃないけど、どうやらケーキは別らしく、都市部の方に行った時にはよく好んで食べている。あと紅茶にも合うから食べているらしい。


 そして、隣で話をしていたアロマちゃんに至っては、誰よりも甘いものに目がないほどの甘党であり、ケーキという単語が飛び出してくると目をキラキラと輝かせている。


「別にお金は良いよ~。こういう時くらいはボスである私が奢るからさ」


 作業机の端に置いてあった財布を取ろうとした結芽を言葉で優しく止める。


 止められた結芽はかなり申し訳なさそうな表情をして何か言おうとしていたが、それを言った私の心情を察してくれたらしく、出そうになった言葉を呑みこんで、両手を合わせて謝ってきた。

 私の発言を同じく聞いていたアロマちゃんは、私の心情を深く考えずに言葉の通りに受け入れ、嬉しそうな表情をしている。


「ほんと? ごめんねぇ、そのお言葉に甘えさせていただくわ」

「ありがとな、雫!」

「うん‼ どんどん甘えちゃってよ!」


 ポンッ! と胸を叩けば、誇らしげにそう言った。


 しかし、内心はそこまで穏やかではない。こういう時に少しでもボスっぽいところを見せておかないと私の心がぶっ壊れてしまう。


 まあ、奢ることでボスの威厳が保てるのであれば苦労はしないんだけどね。


「私はチョコが良いな……」

「うふふ、あそこのケーキは抹茶も美味しいらしいわ」

「色々と買ってくるから、帰ってきたら皆で食べようね」

「うん!」


 ケーキに想いを馳せているアロマちゃんの呟きに結芽と一緒に微笑むと、そのまま流れるようにケーキの話に華が咲いた。

 私達の華は萎むことなく、各々の仕事なんて忘れるほど盛り上がりを見せるのだった。


                      七


 ケーキの話からいつの間にか女子会になって早一時間。

 

 時刻はもう九時を優に超えている。この時間は戦闘員である時雨とアロマが任務に出向くはずなのだが、その肝心の戦闘員の一人がボスや研究員と一緒に話をしていた。


 このままずっと研究室に居るのではないかと思うほど、三人は楽しそうに話し込んでいるが、もう一人の戦闘員がそれを許さない。


「あそこのスイーツ屋さんもねぇ、クリームが上品で美味しいんだよぉ!」


 話すことが楽しいあまり雫の甲高くなった声が室内に響く。

 それと同時に研究室の鉄扉が音を立てて開いた。


「スイーツもいいけどよ。まずは任務が先だぜ、アロマ」

「時雨⁉ ちょっと待て、今何時だ!」


 私達の話を聞いた時雨は、室内に入ってくると困ったように笑いながらアロマちゃんへとそう告げる。

 そして、時雨と真っ先に目が合ったアロマちゃんは、ガタンッと椅子を倒すのではないかと思うほどに勢いよく立ち上がると、青ざめた様子で自身のスマホで時間を確認している。


 時刻は九時二十八分。

 

 任務に行くのは通常であれば九時だ。約三十分もオーバーしてしまっている。


 因みに、研究室に時計なんて物は置かれていない。


「い、いま着替えてくるから待っててくれ!」

「あぁ、ゆっくりでいい。またあとでな」

「ごめん‼」


 軽く時雨に手を合わせて謝ると、さきほどまで一緒になって話していた私達は最早眼中にないようで、慌ただしく研究室かアロマちゃんは出て行った。

 そんなアロマちゃんを見て、時雨は妹を見るかのような優しい瞳で見送ると、にへらと口元を緩ませている。


「そっか、アロマちゃんって今日任務だったのね。引き留めてしまったわ」

「私も話すのに夢中で忘れちゃってたよ……ごめんね、時雨」


 いや、ほんとに忘れてた。元々私は時雨から『起こしにいってくれ』なんて頼まれていたのに、そのことをアロマちゃんに伝えるのを忘れてしまい、あろうことか話すのが楽しくなってそのまま時間まで話し込んでしまった。


 何も知らない結芽も仕方がないとはいえ、本人はどうやらそう思ってはいないようで、バツが悪そうな表情をしている。


 しかし、二人して罪悪感に包まれたような暗い雰囲気を出していることに気が付いた時雨は、きょとんと眼を何度も瞬きさせていたが、すぐに暗さを微塵も感じさせない豪快な笑いを響かせる。


「なっはっはっは‼ なんだそれ! そんなん謝る事じゃねえよ。俺も呼んできてくれなんて頼んでねぇ

し、そもそも知らなかったんだったらしょうがねえだろ」


 ひとしきり笑ったあと右手で浮かんだ涙を拭えば、優しい声色でそう励ましてくれた。

 色々とちゃんとしなかった私が言うのもなんだけど、時雨がこんなことで怒るような人間ではないことくらい分かっていたのだが、それでも少しは咎められると思っていたから、時雨の言葉にはかなり安心した。


 チラッと結芽の横目で見てみれば、結芽も同じように時雨の言葉を聞いて安堵したらしく、眉を下げ、口角を小さく吊り上げている。


 ……まるで子犬みたい。


 暗かった雰囲気から明るいものになったことに気が付いた時雨は、リラックスしたように首をポキッと一度だけ鳴らすと、右手を上げてひらひらと揺らし私達に向ける。


「んじゃ、俺はアロマんとこ行ってくるわ」

「ん! 任務頑張ってね‼」

「帰ってきたら私の所に来てちょうだいね。行ってらっしゃい」


 うぃー、なんて気の抜けた返事をすれば、時雨は私達の目の前から消えた。


 ドタバタと騒がしくなっていた時間も、戦闘員の二人が居なくなれば嘘のように静寂が顔を覗かせる。

 その心地の良い静けさに乗じて。私と結芽はマグカップに口を付ける。

 研究室の中には嚥下音と陶器を置いた音だけが反響していた。


 うぇ、炭酸が抜けて、ただの砂糖水になっている。


 マグカップを置いたあと、私は「んー」と両手を組んで、長い間座っていたことで凝った体をほぐすために上へと伸びをする。


「ふう、これから研究するんでしょ。今はなに作ってるの?」

「そうねぇ、最近は新しい薬品づくりに励んでいるわ」


 口に手を当てて上品に笑うと、結芽はさっきみた奇怪な色をした液体が入っているフラスコを指差した。


「……あれってなんなの。毒?」


 あんまりにも人体に害しかなさそうな色をしているから、思わず毒を疑ってしまう。

 薬品の色を上手く言い表すのは難しいんだけど、強いて言うならこの世の憎悪を詰め込んだような色をしている。とにかくおぞましい。


「うふふ、毒じゃないわ。れっきとしたエナジードリンクよ。まだ試作品だけどね」

「あ、飲むんだね……え、あれ飲めるの⁉」


 かなり食欲が失せるような色をしているから出来れば飲みたくないなぁ。


「でも、まだあまり美味しくないのよねぇ」

「え、あ、飲んだんだ」


 いちご味にでもしようかしら、なんて額に手をつけて困ったように呟いた。


 そりゃ制作した本人なんだから、その試作品の味を確認するのは妥当なんだろうけど、よく死人が出そうな色をした液体を口に出来るね。

 私ならどれだけお金を積まれても飲めないと思う。だって怖いもん。


「そういえば、これから外に行くのよね。私が木菟に言っておきましょうか?」


 困ったような表情から一変して、急にそんな事を私へと言ってきた。

 その言葉にどうしようか考える。


「ん~、いや、自分で言ってくるよ。こういう時にでも話しておかないとね」

「ふふ、そうね。木菟も喜ぶと思うわ」


 私がそう答えると、結芽は嬉しそうに微笑んだ。

 机に置いてある中身が少量だけ残っているマグカップを顔を上げて勢いよく口に流し込む。

 そして、中身が無くなったことを確認したら立ち上がり、マグカップと机にあるガンケースを持つ。


「それじゃ、私もそろそろ行ってくるね」


 立ったことで目線より下に居る結芽へとそう告げると、まるで母親のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて左手を振ってきた。二歳しか変わらないのにね。


「行ってらっしゃい」

「うん、またね~!」


 手を振ってくれたことと見送りの言葉に対しての返事になるように、大きく右手を振ってとびっきりの笑顔を見せる。

 そして、後ろを振り向いて入ってきた鉄扉を開ければ、またあの長い廊下へと足を踏み込んだ。


 どうしよ、動くのは好きだしこの廊下を歩くのは慣れっこなんだけど、また結芽が居る研修室に戻りたくなってきた。


 誰かが近くに居る静けさから、無駄に広い廊下をぽつんとただ一人で歩いているだけになったせいで、心の奥底からとてつもない寂しさが湧き出てきた。


 でも、何かを言ったところで状況は変わらないので、寂しさを受け入れてこれから行く部屋について考える。


 まずはこのまま右に行って私の部屋に行こう。


 先に木菟が居る執務室に行ってもよかったんだけど、まずはパジャマ姿から外服に着替えてから言った方が、そのまま真っ直ぐ外に行けるから楽なんだよね。

 というわけで朝以来の自部屋に戻るためにこの廊下の景色を見るのも飽きるので走って戻ろうと思う。


 とはいっても、ここから私の部屋までは近いんだけどね。まあ、結局は気分だよ。


「よ~し……」


 走るためにその場に止まり、屈伸をして軽いウォーミングアップを始める。


「ゴー‼」


 そして、体が温まったら前をしっかり見て足に力を込めれば、スタートダッシュを決め込む。

 正直、ENDINGの中だった一、二位を争えるくらいには足が速いと自負している。

 狼の遺伝子が混合している時雨もその性質からかなり速いけど、ハッキリ言って負ける気はしてこない。


 一応、まだ紹介していない子も速い事に速いけど、それは本気を出してくれたらの話であり、普段はだらけきっているから中々その速さをお目に掛かる事は出来ない。というか、彼の本気を見たことが無い。


 そんなこんな視界が走っていることによって、素早く移り変わっていくと見慣れた扉が見えてきた。


「ん~、よいしょっと。タイムは十一秒くらいかな」


 見慣れた焦げ茶色の扉の前で勢いよく止まる。これを外でやってしまったら、止まった時の勢いで身体が砂利まみれになるから、一人の時は良いとしても周りに誰か居る時はやらないようにしないといけな

い。


 前にやったときはかなり注意されちゃったしね……。


 過去の記憶に浸りながらも目の前の扉へと手を掛ける。


「ただいま、我がルーム! またすぐ居なくなるけどね!」


 返事があるわけでもないのに大きな声でそう言えば、持っていた物を黒色のパソコンデスクに置いておく。

 そして、急ぐように部屋の隅にある狐色のタンスへと向かう。

 一般的な両開きのタンスであり、開けてみれば当然入っているものは衣類と幾つかの拳銃が飾られているだけ。その他に目立つものはない。


「どれにしようかな~」


 普段から気になったものがあれば、ネットでも現実でも後先考えずに購入してしまうので、タンスの中に限らず部屋には変な物が大量にある。

 勿論、服も例外ではないのでタンスから溢れ出しそうなほど服やズボン、下着が置かれているのだ。そのせいで外に行くときはいつも何を着るか迷ってしまう。


「あ~でも、今日はバイクで行きたいしなぁ、これにしようかな」


 最近乗れていなかった愛車の存在を思い出した。

 バイクに乗るなら露出のある服装は危険だし、出来る事なら安全性があって格好いいファッションにしたい。

 そう思えば、綺麗に畳まれた黒色のレザーパンツを大量の衣服の中から取り出す。

 これは言わずもがな革で作られたパンツ。しかも、これはバイク用に作られているものだから、膝を守るためのプロテクターも装備されている。

 まあ、中にはプロテクターが無いものもあるけどね。


「じゃあ、上もお揃いにしないとねぇ」


 次に衣類の中から取り出したのは、レザーパンツの上半身にあたる黒色のレザージャケット。巷ではよく革ジャンと呼ばれているね。

 これもパンツと同様、革で作られたものであり、中にはプロテクターが装着されたものもあるけど、私が持っているものにはそれは搭載されていない。つまりはただの革ジャンだ。


「中は……これでいっか」


 なんだかいちいち中まで考えるのも面倒になってきたから、適当に目を付けた白生地のTシャツを取る。

 あとはこれらに合った帽子でも持っていけばいい感じになると思う。

 全ての服をタンスから取り出せば、手際よくパジャマから外服へと着替えていく。


 そういえば、少し前のこと。私の部屋に隠しカメラが仕掛けられていたんだよね。


 ベッドでゴロゴロして居た時に上を向いたら、たまたま部屋の隅がキラりと光ったのを確認したんだ。それがなんとなく気になって調べてみたら、まさかの小型カメラが部屋の片隅に埋め込まれていたってわけ。


 そのことをすぐに木菟と結芽の二人に相談してみたら、ただの変態か他の裏組織が侵入して仕掛けたのかもしれないから、色々と出所を調べて対策するってブチ切れていたなぁ。


 結局は未だに隠しカメラを仕掛けた犯人は見つかっていないんだけどね。

 でも、あれは流石の私でも鳥肌が立ったな。だって怒っている二人の鬼が見えたんだもん。ほんとにあの時の二人は怖かった。


「あとは化粧……めんどいなぁ」


 服を着替えたら棚に置かれている化粧箱へと目を向け、明らかに嫌そうな声を出す。


 正直、私は化粧が好きではない。


 何をどのくらい顔に塗るのか、何が私に似合っているのか等々、そういうことはちゃんと理解している。だけど、化粧品を使うために鏡を見たら、途端に頭で描いていた理想がぐちゃぐちゃになってしまい、一気にやる気が消失する。


 だから、私は化粧を好まない。


「よし、やんなくてもいいや!」


 化粧箱から目を逸らせば、壁に掛けられたレザーキャップとリュックサックを取り、リュックの中に帽子を入れたらそのまま背中に背負う。

 とっくの前から財布とバイクの鍵、手袋はリュックの中に入れてある。


 あとはそうだね、サリーちゃんを持っていくかどうかだ。どうして迷う必要があるのかというと、普通

に考えれば持っていかない選択肢が頭を独占するのだろうけど、外には様々な危険があるから身を守るために持っていった方が色々と便利なのだ。


 というのも、何故か変に絡んでくる人間が多い。ここ最近はそういう人間も減ってはいるけれど、やはり一定数そういう輩が居る。それが怖いもの見たさなのか、遊ぶ半分なのかは分からないがやられた側は溜まったものじゃない。


 ほんと、何回ネットに晒し上げられたことか。外だとあまり騒ぎを起こせないから勘弁してほしい。


 それで、拳銃を常備しておけばそういう人達の牽制にもなるし、なにより今の世の中はなにかと物騒なのだ。


 だから、身を守るために銃があったら安心……なんだけど。


「周りにバレたらアレだしなぁ」


 一応、拳銃を所持していい免許を取っておけば扱っても問題ないし、なによりその免許証は財布の中にちゃんと入っているから警察に疑われても対処は容易に出来る。

 だけど、良くも悪くも私達は変に有名人だから、街中でそんな代物を出してしまったSNSで大袈裟に取り上げられてしまう。

 今じゃ高校生でも持っているのにねぇ。


「はあ、置いてこ」


 つまらなそうに言葉を吐けば、ガンケースを開けて愛銃を取り出し、壁に付けられたガンラックにサリーちゃんことM93Rを飾る。


 中に入っていたマガジンもガンラックの下に置いてある箱に入れ、ガンケースは適当に立て掛けておく。


 よし、準備はこれで終わりだ。


「レッツゴー!」


 全ての準備が終わった事を改めて確認すれば、外に行ける楽しみで心をウキウキとさせながら部屋を出ていく。

 いつもならこの廊下を歩くのは億劫になるけど、外に行くのなら話は別だ。

 部屋と部屋を跨ぐのなら確かに面倒だけど、外に行くんだから軽い準備運動だと思えば気が楽になる。

 まあ、まずは木菟が居る執務室にまた行くんだけどね。


「あ、マグカップ……」


 机に置いてきてしまった。リビングに置いていきたかったのに、帰ってきてからで良いか。

 そんなことを思いながら、やや早歩きで執務室へと向かうのだった。


                        八


 廊下をただ歩くのも暇になってしまうので、スマホでこれから行くケーキ屋さんの場所やそこに着くまでの時間、周りに何があるのかを調べていたら、いつの間にか執務室の前についていた。

 道中、研究室の前を通ったから結芽にも挨拶していこうと考えて鉄扉を開けたんだけど、

 なんか結芽が発狂しているような笑い声を上げながらハンマーでロボットを叩いていたから見て見ぬふりしてきてしまった。


「木菟~。暇だから遊びに行ってくるね」


 執務室と書かれたプレートが掛けられた扉を開けて入ると、未だにパソコンと睨めっこしている木菟へ早々に要件を伝えた。


 ちゃんと休憩しているのかな、うちはブラックではないはずなんだけどな。


「うん? あぁ、気を付けて行ってらっしゃい」


 私の声に気が付くと、パソコンと睨めっこしていた顔をこちらに向けて、無表情だった顔から一気に親しみを感じられるような笑みを浮かべた。

 実際、本当にただ外出することを報告するだけだから、ここで話を終わらせて早速外に向かってしまっても問題はない。


 けれど、それをしてしまえば最後、木菟は確実と言っていいほどに拗ねる。


 厳密には拗ねてはいないし、簡単に報告してあとも表情はいつもと変わらずにニコニコとして見送ってくれたけど、翌日にあったときにはなんかこう……木菟から出ているオーラが暗くなっている。


 いかにも私は拗ねていますよ~、って伝えているかのようなオーラ。


 それが出ているとなんだか申し訳ない気持ちになるので、今日もたわいのない話をしてから出る事にしよう。

 まったく可愛らしい部下だこと。


「うん! それとさ、これから都市部の方に行ってケーキを買ってくるんだけど、木菟が何ケーキが良い?」


 外出の報告から話を広げるために、さっき調べていたケーキの話題を投げかける。

 すると、白々しく驚いたように目を見開けば、嬉しそうに私の質問について答えを考えだしだ。


「そうだなぁ、無難にショートケーキが良いかな」

「お、良いね。珈琲にも合うしねぇ」

「ふふ、そうだね」


 見るからに楽しそうな表情をすると、木菟は先程まで書類制作をしていたはずのノートパソコンをパタリと閉じた。


 どうやら、このかまってちゃんな部下なまだまだ話し足りないらしい。そんなにも話したいと思ってくれていることは嬉しいけど、素直にそう言ってくれればいいのに。


 そんなことを思いながら私達は色々な話を始めた。


 ――かなりの時間がこの執務室の中で経過したと思う。


 いつしか外に行くという目的を忘れて彼と話し込んでいた気がする。

 外に行って何処を周るのか、何か欲しいものはあるか、外で誰と合うのか、これから木菟は何をするのか、仕事を寄越せ、少し前に食べた朝ご飯が美味しかったこと。


 そんなことを沢山話していた。


 執務室に付けられた時計の短針は十一時を指している。


「それでね、れんれんがその水たまりにはまって……あ」

「ふふ、蓮さんも大変だね」


 身振り手振りで過去に何があったのかを大袈裟に伝えていたら、改めて木菟が使っていたノートパソコンに目が向いた。


 すると、閉じていたパソコンがいつの間にか開いていることに気が付く。


 どうやら色々なお話が出来て木菟は満足した様子。心なしか木菟の後ろには翼と一緒にキラキラとしたオーラが見えてくる。

 そうなれば、彼とのお話はもうおしまいだ。


 そろそろ仕事をしなくてはならない時間なのだろう。


「あ、もうこんなに時間が経ってる! そろそろ行かないと……」


 今度は私が白々しくスマホを開いて申し訳なさそうな態度を取った。

 しかし、木菟はそれをどうとも思っていないのか、依然としてキラキラとした明るいオーラを纏いなが

ら口を開く。


「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに……でも、ここで引き留めるのも駄目か。改めて、行ってらっしゃい」

「うん。ケーキ楽しみにしてて! それじゃ、行ってきます!」


 彼の発言にどの口が言っているのだろうと思ったが、満足そうな彼の表情を見て私もとびきり笑みを浮かべながら手を振れば、執務室をあとにする。


 廊下に出てまず初めに思うのは、「もう少し話したかったなぁ」というもの。


 なら話せばいいだろうなんて思われるかもしれないけど、ノートパソコンを開いたということは、満足したからそろそろ仕事を行うという意味になる。

 普段から何故か組織の面倒事を一心に請け負ってくれている木菟だけど、やっぱり毎日が仕事漬けだとストレスが溜まってくるんだと思う。


 あ、ちゃんと休日は設けてあるよ。


 執務担当も、博士もなんでか無視しているけどね‼


 それで、自業自得ではあるけれど、その仕事をストレスで私と話すことで癒されているんだと思う。


 自意識過剰だとは思うが、私ってなんやかんや愛されているからね。なんでそこまで愛されているのかは分からないけど、ボスなんだから愛されたり、尊敬されたりは当然のことだよね。

 ただ一つ懸念点があるとするならば、さっきも言っていたけど私がまだ話し足りないことだ。というか、仕事をしてようとなんだろうと話せば良かった。


 なんでこっちが木菟のために気を遣っているんだろう。


 なんか、自分の被害妄想ではあるけど、木菟は確実に女泣かせの素質があると思う。

 女性に対して思わせぶりな事ばかり言って勘違いさせるんだけど、後々木菟には好意的な気がないことが相手に伝われば、最終的に女性側が発狂するみたいな。木菟は無意識だからなんで相手が発狂しているのか分からないから、そこもすれ違うって言うね。


 絶対あると思うんだ。


 まあ、本当に女性に対して好意があったら、アロマちゃんが嫉妬しちゃうから駄目なんだけど。


「ん? あぁ、あの部屋は……」


 部下に対して死んだほうがいい妄想を繰り広げながら、執務室を右に曲がってそのまま玄関へと直行していると、もはや第二の私の部屋と行っても過言ではない新人が寝ている部屋が見えてきた。


 灰色の扉に掛けられたプレートには、でかでかと『新人‼』と書かれている。


 あの部屋はまだ紹介していない最後の部下――特殊戦闘員が使っている部屋なんだ。


 第二の私の部屋って言ったのは、言葉通りにそのくらい私もこの部屋で寝泊まりしているからだ。たしか一昨日も此処で寝ている。


 私の寝相が悪いせいで起きた時に部屋がぐちゃぐちゃになっていたのは流石に部屋の主か怒られてしまった。


 このまま部屋に突入して新人を起こすのも良いけど、彼の仕事は夜からなので今はまだ寝かせてあげよう。

 特殊戦闘員の紹介は彼が起きてからするよ。

 ……新人め、命拾いしたな。

 

 とにかく今は外に出よう。それに、彼の部屋が見えたということは玄関も近い位置にある。

 戦闘員の部屋は玄関やリビングなどの共同部屋に近いんだ。私達と違ってよく外に出たり、帰ってきたりする仕事だから、移動がしやすいようにと結芽が考えて設置してくれた。優秀。


 それで、新人の部屋が一番玄関に近い所に存在していて、少し歩けばもう玄関に着いてしまう。

 いいなぁ。


 そんなこんなで歩いていると、あっという間に観音開きの木製扉へと辿り着いた。

 これが地下アジトの出口であり、入口にもなる。


 此処に関しては特に語ることがないから、さっさと開けて上に行こうか。


 問題はこの扉を開けた後にあるしね。


「んいしょ!」


 やはり一番長く使われている扉だからか、扉と壁を繋げている金属部品の蝶番が徐々に錆びてしまっており、建付けが悪くなっていて少し開けづらい。


「あぁ、ウォーミングアップにしてはやりすぎだなぁ」


 扉を開けた先にあったのは、何の変哲もない階段があった。

 これまで非常識なものを見たり、聞いたりしたら急な普通の階段に親近感が湧くかもしれないけど、これを上るこっちの身からすれば、逆に何も無いからこそ困る。

 というのも、私達が根城にしているこのアジトは地下五十メートルに位置していて、上から下に行くのにも、下から上に行くのにも全てが階段だから物凄い労力が掛かってしまう。

 だからちょっとだけ、いやかなり上ることに嫌悪感を覚えてしまう。仕方が無いんだけどね。私達が住む前からこのアジトはこんな地下深くにあるんだし。


「はあぁ……行くかぁ」


 深い溜息をついたら、覚悟を決めて階段を見つめる。

 あまりにも長い事を知っているからこそ足が竦んだが、半ば強引に足を動かせばその長い階段を上っていくのだった。


                       九


 足を進ませてからどのくらいの時間が経ったのだろう。

 

 手すりを掴みながら一歩、また一歩と足を踏み込んで考える。


 どれたけ上ったとしても、ずっと景色が変わらない折り返し階段にはそろそろ嫌気が差してくる。体力には自身がある方だったが、ここまでくれば永遠のような長い階段を上っているせいで身体的疲労よりも精神的疲労の方が辛い。 


 しかし、その辛かった繰り返し作業もようやく終わりが見えた頃だ。


 足を動かすのも辛くなっていた時、ふと上を向いてみればコンクリートだらけの壁とは違う雰石造りの壁がチラチラと見えている。

 ようやくそれが見えた瞬間、一定のペースで動いていた足の速度が速くなる。


 一段、また一段と何度も、何度も階段を駆けていった、すると。


「つ、着いたァァァ‼」


 その長かった道のりは終わりを迎えたのだ。


 は~、本当に長かった。序盤は良かったけど中盤からは歩けば歩くたびに太腿とふくらはぎが悲鳴を上げるんだもん。いい加減泣きたくなったよね。


 同じく悲鳴を上げていた腰を叩きながら、着いた場所を見渡すとそこは壁が石で出来た一本道。目の前にはこの仄暗い石造りの雰囲気にそぐわない白い光が漏れている黄色のドアがある。


「はあ、行こう」


 ここにはもう滞在したくはないので、さっさと痛む足を叩いて前へと歩いていく。

 コツ、コツと革靴の足音が八回響くと、あっという間にその光が漏れた扉に辿り着いた。そのくらい階段から近い場所にある。

 そして、念願の地上へと繋がる扉に手を伸ばせば、嬉しさと疲れを噛み締めながらそのドアノブを下ろした。


「も、もう無理……」


 扉を開ければ全身の力が抜けるようにダークブラウン色の床へと両手をつく。


 厳密に言えばまだ外ではない。


 はじめに説明する事を後回しにした表の仕事があるでしょ? まあ、もう既に答えはアロマちゃんとの会話で出てきているんだけどね。


 そう、私達が表でやっている仕事というのは、依頼や悩みを受けて事件を解決する今話題のうれっ子探偵なのだ‼


 それで、この場所は個人や法人の依頼を実際に受ける機関。


 “探偵事務所OPENING(オープニング)


 裏がENDINGで、表がOPENING。中々に洒落ているでしょ?


 部屋の中を見渡せば全体的にダークブラウン色の家具が設置されており、部屋に中心には一つのテーブルを囲う四つの椅子が置いてあった。

 周りには飲み物やお菓子を保存するための小さな冷蔵庫だったり、来客が多かったとき用のためにソファが置いてあったり、書類を保管するための棚が置いたりしてある。至って普通の探偵事務所って感じ。


 そして、私が一番推している部分があるんだけど、それは窓にブラインドカーテンを採用していること。


 やっぱり探偵といえばブラインドから外を覗くシーンだよね! アレがなかったら探偵とは言えないよ。


「はあ、ようやく少しは落ち着いてきた」


 未だにジンジンするふくらはぎを撫でたら、息切れも起こしているせいで吐息多めでそんなことを呟いた。

 廊下が長いことも問題だけど、あの階段の方がよっぽど問題だね。

 地下の方は疲れてきたらどこか適当な部屋で休めばいいけど、階段に関しては景色がずっと同じなせいで休んだ気がしない。


 というか、気が狂うわ。


 帰ったら結芽に相談してみようかな。地下に住んでからかなりの年月が経ったけど、やっぱりあの階段だけは慣れないな


 よいしょ、なんて小さく掛け声を出したら、痛みのせいで苦汁を嘗めたような表情で立ち上る。

 

 こんなことをしている場合じゃない。


 早く外に行かないと遊ぶ時間が無くなってしまう。


 パンツについた埃を軽く払うと、事務所の中を進んでいく。

 中は普通の一軒家程度の広さしかないため、少し歩いただけで玄関へと着く。なんだか、広い廊下を歩いてきたせいで狭く感じるね。

 玄関は引き戸なのでガラガラと音を響かせながら開けた。

 すると、中では決して感じられない心地の良い風に身体が包まれた。


「……気持ちいい」


 あの地獄のような廊下、階段を通ってきた体は当然のように汗ばんでおり、そんな体に涼しい風が当たったので疲れていた体が癒される。

 いくら結芽の技術でアジトの中が換気されているとはいえ、この爽やかな空気は外じゃないと感じられない。


 スゥー、ハァー、と肺の空気を循環させるために深呼吸を始める。


 新鮮な空気が体に入ってきたら、役目を終えた空気が入れ替わるように出ていく。

 気持ちのいい空気を取り込んだことで疲れていた思考が癒され、すこしぼやけていた視界がクリアになれば改めて外に足を踏み入れた。


 季節はもう春先だ。ちゃんと外に出てみたら春特有の暖かい風が私の頬を撫でる。


「相変わらず静かだね。ここは」


 昔はこの寂びられた町にも人が住んでいたのだろう。見渡す限りにある一軒家やアパート、マンション。ここからだと見えないけれどかつては子供達で賑わっていた公園。そんな人工物を照らしてくれる街灯の数々。


 しかし、今はどうだろうか。


 まるで存在が忘れ去られたかのような静寂が町全体を覆いつくし、建物はおろか人までもが居なくなっている。


 かつて住んでいたのであろう住民たちは、いまや都市部の方へと一斉に引っ越してしまっているようだ。そのせいで、この町は一気に過疎地域となり、建物は手直ししてくれる人物が居なくなってしまったから老朽化が進んでしまっている。


 だから、私は憐みを込めてこう呼ぶ。


「ねぇ、聞いてるの? “死んだ町”よ」


 私の問いかけは虚しく、吹いた風によって掻き消されてしまった。


 何処か心にわだかまりを覚えながらも、気を取り直して私は事務所の横へと向かう。


「お、今日も健在だねぇ」


 向った先にあったものは黒のボディに赤のラインが入った一台のバイク。


 事務所の横にはメンバーの各々が使う車やバイクが停められている。勿論、私のバイクもね。


 その駐車場に停まっているのは、木菟が主に使っているグレーのWR-V。


 小さいボディの中に十分な広さの後部座席と実用的な荷室キャパシティを確保している。シンプルなデザインだけど、シンプルだからこそ使いやすい。一応、共有の車ではあるから私も使えるけど、車よりもバイクの方が楽しいから私は運転しない。


 その隣にはあと二つバイクがあって、スーパーカブC125とCBR250RRが停められていた。

 どちらも私達のバイクであり、カブの方は新人君のもので、CBRは私の愛車だ。


 いまは置かれていないけど時雨の愛車、W800もある。あのバイクは二人乗りも出来るから後ろにアロマちゃんを乗せて仕事に向かったんじゃないかな。


 リュックの中からバイクの鍵を取り出せば、一緒に皮手袋も両手に嵌める。


「CBRちゃん……!」


 私の愛車、CBR250RRは二五〇㏄クラスのスーパースポーツバイクで、軽量な車体と直列二気筒のエンジンでとても走りやすい機体となっている。


 それに、車体も小さいから私のような女性でも乗りやすいし、燃料タンクの容量は十四リットルも入るから燃費も心配はない。


 あとはとにかく格好いい!


「よし……!」


 愛車の座席に置かれたフルフェイスの黒ヘルメットを頭に装着すれば、いよいよ目の前に居る愛車に跨った。


 こうなればあとは出発するだけだ。


 鍵をバイクに差し込んで回すことでロックを外し、メインスイッチをオンの所へと回す。すると、バイクに付いているメーターが近代的に光り出した。

 そして、ギアがニュートラルになっていることを確認すれば、最後にスタータースイッチを押す。


「……ッ‼」


 その刹那、脳が解けそうなほどのエンジン音が辺りに響きだした。


 幾度となくこの愛車を乗り回してきたけれど、やっぱりいつだってこの瞬間は興奮を覚える。


 エンジンが掛かれば、ゼロだったギアを一連ギアに入れる。


 次に、アクセルを少し捻ってエンジンの回転を上げ、クラッチレバーを少しずつ話して良く。この光景はバイクを知らない人でも見たことあるんじゃないかな。

 そうすれば、徐々にバイクが前進するから五メートルくらい進めば、クラッチレバーを完全に手から離す。


 これでもう準備は終わり。あとは目的地まで道に沿って走るだけ!


「さいっこう‼」


  さてさて、これから向かう目的地なんてもう既に決まっている。

 研究室で話した結芽とアロマちゃんの約束を果たすために向かうよ。


 この日本の中心、そして、私が生まれ育った故郷。


 “楽園都市HEAVEN(ヘブン)”にね‼

世界観、拳銃、バイクなど色々と説明が不十分なものがありますが、これから精進していこうと思います。ここまで読んでいただきありがとうございます

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