毎回こうやって問題を先送りにしている気がする
「私が来たわよ」
恩納が家に来てしまった。両手の荷物を見るにどうやら本気で夕飯をご馳走させるつもりらしい。
「いや、だからさ……」
なんでそんなことするんだよと聞きたかったが俺が何かを言う前にずかずかと玄関を踏み越えて台所の方に向かってしまった。文字通り勝手知ったる他人の家というわけだ。
しかし、やはり動機と目的は気になる。人が行動する時、こうなって欲しいどうなって欲しいという望む結果というものがあるはずだ。無私の行動は美しくとも無目的の行動はただのアホだ。
だからこそ俺はあの事件以来今まで、恩納に対して何も望んだことはない。恩納の方からも恩の押し売り(押し返し?)はされたことがない。何か要求はないのかと問われたことは合っても大きなお世話をしてくることはなかったのだが……。
「カレーでいいかしら?」
「お、おう。冷蔵庫の中のモンとかは適当に使っていいから」
うーむ、しかし髪をくくった姿は珍しい。俺はうなじ萌えなんだ。
「どうした?ジロジロ見て。まさか今さら私のエプロン姿に見蕩れているわけでもないでしょう?」
「そんなことはないと思うぜー。いいじゃんエプロン女子」
おっと思わず素直な言葉が漏れてしまった。それこそ今さら褒め言葉一つで照れるような間柄でもねー。しっかしテキパキ行動する恩納を尻目に少年ジャンプを読んでるっていうのも落ちつかないぜ。俺が手伝えることなんて得にないから仕方ないんだけど。
かといって全く無視してジャンプを読み進められるほど図太くもないので漫画を読むふりをしながらこっそりと料理の方に目を向ける。なんつーか、楽しそう……だな?口は相変わらずの真一文字で表情は変わらずなんだが目つきというか……長い付き合いだから雰囲気でわかる。突然来訪だったけど恩納が楽しそうだからまあいいか。
「さて、あとは煮込むだけよ」
作業が一段落したのかこっちに振り返って宣言してきた。それはもう宣言としか表現のできないほど確固たる物言いだった。
「相変わらず手際いいな。俺よりよっぽどうちの包丁を握ってるだけはあるな」
「それは言われるまでもあるけど0と比べられても褒められてる気はしないわね」
なんでそこで微妙に冷たいリアクションなんだよ。俺にどうしろっつーんだよ。
「そんなことより、漣君。私はできる女だからあなたのしたいことを先んじてさせてあげることもできるのよ」
そう言うと恩納はまっすぐに右腕を差し出してきた。つい反射的に俺も右手でその手を握ってしまった。
「まさかあなたが手フェチだったとはね漣蓮……!」
「なんでだよ!本当に手を出されたから思わず取ってしまっただけでそもそもお前は何をさせたかったんだ!?」
呼び捨てになってるじゃねーか本気で引かれてるよ。ちょっとショックだ。うなじフェチのことはバレないようにしよう。
「フン、どうせあなたのことだから目的がどうとか何が狙いなんだとかそんなくだらないことを考えているんでしょ」
「それが本当だとしてその右手は何なんだよ」
「どうせ、夕飯代をおばさんからもらっているんでしょう」
「金銭目的!?いやまあいいよそれならそれで」
ん、と右手をさらに突き上げてあまりにも堂々と要求する様はあまりにもかっこよかった。仕方がないのでポケットから折れた千円を取り出す。
「仕方ねーな。今回はこれで納得してやる」
「駄目よ。全部出しなさない」
今回は諸事情でちょっと多めにお小遣いをもらってたことがなんで分かるんだよ。やっぱ俺の知らないところで母さんと通じてるだろ。
「クソっ」
パシっともう一枚の千円札を荒っぽく受け渡す。
「あら、汚い言葉遣い。おほほほ」
勝ち誇ってわざとらしく笑ってるけど口角が上がってないし眼尻が上がってるせいですっげー邪悪に見える。というか見下されてる感が半端ない。
「現役女子高生のぴちぴち手料理の価値を考えればこれくらい安い買い物でしょう」
ぴちぴちの手料理ってなんだよ。活きが良くてなによりだ。
「いくら希少価値が高くても押し売りには違いないんだよなあ」
確かに世間一般から見たら「良い思い」をしてるだろうしクラスの男子連中にバレでもしたら面白い目に合わせられること間違いない。
「だからさあ、周囲に勘違いされるようなことするのはやめようぜ」
「それは一体全体どういう意味かしら」
全く心当たりはないわねと小首をかしげながらそっぽを向いて口笛を吹く始末だ。お前さあ……。
「今日だって青崎が言ってただろ。俺達が付き合ってるんじゃないかって。距離感が近すぎるんだって。普通、現役女子高生の手料理は意中の相手とかに振る舞われるもんだろ」
「迷惑だったかしら」
「端的な回答をするなよ。お前の考えを教えてくれよ」
なんで。なんでお前はこんなことをするんだ?いつもどおりいつもの疑問符が俺の頭を横切る。何度も何度も何度も理解できない疑問が頭の中で渦を巻く。命の恩人だから?だから生みの親に感謝するように命を与えてくれたことに感謝するって?それで?何でもお願いを聞くしそれとも関係なく甲斐甲斐しくお世話をするのか?進路も人生設計も投げ出してたら世話ないだろ。
「キャッシュが必要だっただけよ」
スッパリと頭の中のもやもやを打ち払う一言だった。有無を言わせぬ口調。これを出されるといつも俺はこれ以上の追求ができなくなっちまう。
「ほら、花の女子高生は何かと入り用なのよ。それにこれは練習だから。まさか本番本命を頂けると思ったのかしら?」
にやりといたずらっぽく笑みを浮かべる。まったく生き生きとした表情しやがって。
「迷惑だったかどうかはカレーの味次第だな。お前は料理上手だし心配はしてないけど」