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毎朝の登校風景

 俺は中学生の頃クラスメイトの恩納結(おんのうゆい)を助け命の恩人になった。


 助けたんだから仕方ない。きっかけは彼女が拐われたことだ。宗田理やはやみねかおる、ズッコケ三人組が愛読書だった俺は大人しく警察に任せればいいものを地道な聞き込みなんかを行いいくつかのヒントを見つけた。詳細は省くが友人たちの助けも借りて(よせばいいのに)恩納を拐った犯人と対峙し、彼女を助け出した。


 恩納からしたら俺は間違いなく命の恩人だし、俺にはよく感謝の言葉をくれるのだが俺と合うことは喜ばしい思い出ではなく辛く苦しい記憶の想起を促してしまっていた。つまり、こんな感じだ。



「あら、漣君。2日ぶりね?今日も学校に行けることを貴方に感謝しないと。貴方がいてこその私の体だもの。いつも言っているけれど、私は貴方のお願いなら何でも一つ聞くって決めてるんだから気兼ねなく、ね?」


「だあああああ!!月曜の朝から辛気臭え顔でぬっとでてくるなあ!」


 平均的男子高校生と同じ上背を持った恩納は若干俺より視線が高い。いやそれはどうでもいいか。とにかく毎朝毎朝この調子なのだ。なんでもいいのよ遠慮しないで?どんな願いも一つだけ応えてあげるって己はランプのジンか!


 そもそも一つだけ叶えるっていう目的に偏執しすぎて同じ高校に来るわ、毎朝家までくるわでこの通りだ。恨まれているのか感謝されているのかどっちが大きいのか未だに測りかねている。中学生の時、下手な行動を取らず大人しく警察に任せていたほうが恩納が怖い思いをしないで済んだ可能性はあるが無事に救出したんでマジで勘弁してほしい。


「あはは~結ちゃんは眼鏡のフレーム変えるだけで印象変わると思うな~」


 こっちは幼馴染の咲。こっちはこっちで旧くからの腐れ縁だ。家も隣だし小学校からの連続同クラス記録を更新している。恩納と違ってポニテちびで見るからに機敏なスポーツタイプ。黙っていれば儚げな恩納とは大違いだ。毎朝この三人で登校する光景はもはや様式美と言っても差し支えない。


「フフッ私の一番美しい姿は漣君だけが知っていればいいのよ、ねぇ?」


 ねぇ?じゃねえよ。そりゃあ三人でよくツルんでるから私服が垢抜けていることも知っていますよーだ。


「ツレないわね。もしかして漣君はインポなのかしら……」


「ブフォオ!?」

「ぷぷぷぷっ!」


 なんでそうなるんだよ!?ていうか虫も殺せない文学美少女の見た目でなんてこと言うんだ。同じ図書委員の山田くんが聞いたら卒倒しちまうぞ。


「あら、文学美少女なんてうまいこと言うじゃない。そんな美少女になんでも言うことを聞くって言われてるのに?年頃の男女が揃って何もしないのってもはやなにかの病気じゃないかしら」


「やめろやめろ朝っぱらから話題が下世話なんだよお前は!咲もなんか言ってやれ」


 ほとほと呆れてしまうぜ。全く真面目に付き合うほうが馬鹿らしい。


「そうそう、さっくんが朝勃ちしてるのは確認したことあるから病気じゃないよ」


「咲山咲さん!?」


 だめだ恩納のボンクラが咲にまで感染っちまってる。いや本当に普段はこんな品のないやつじゃないんだが。中学からの悪ノリっていうかガキのころのテンションが…いややっぱ恩納の悪い影響だわ。


「ふぅん?」


 上から下へ恩納の舐めるような視線が突き刺さる。どこみてんだよ。


「さっくんは彼女が欲しいとは思わないの?」


「はっ、そりゃ欲しいさ。さっさとツレを作ってお前らの過剰な干渉から離れたいっての」


 ずんずん前を歩きながらそう答えた瞬間背後の温度が急激に冷えた気がした。


「ねえ、漣君?」


 ぐっと力強く肩を引っ張られ無理矢理後ろを振り向かされる。


「お、おうなんだよ」


「ねえ、私、本当に貴方に感謝しているのよ……?貴方がいなければ私はここに存在していなかった。私が何かを為せるとしたらそれは全て貴方のおかげ」


 姿勢の関係で完全に恩納を見上げる形になってしまう。呟くように囁くように恩納は続ける。


「『貴方のどんな願いも一つ聞く』貴方がどんなに茶化しても私は本気だからね」


 声はその小ささに反してとても力強く確信に満ちていた。咄嗟に目をそらそうとしたがいつの間にか両頬を手でしっかり抑えられてしまっていた。じーっと見つめられる。俺はなんて答えるべきだ?


「あーっと」


「ほ、ほらー!もう早くしないと遅刻だよーっ!」


 気まずい間は咲の叫びでかき消された。ひとまず真っ赤な顔をした咲の一声に助けられたらしい。というか恩納のやつ咲の存在忘れてただろ。なんか照れてそっぽ向いてるし。恥ずかしいのはこっちの方だっての。


「さっさと行くか学校」

「おぉー急ぐよさっくん、結ちゃん!」

「早いってば咲さん」


 大げさなジェスチャーの咲が先行した瞬間俺にだけ聞こえるつぶやき声が確かにあった。ドスの利いた低く小さな声で


「このヘタレ野郎……!」


 そんなこと言われましても、別にお前は俺のこと好きなわけじゃないだろ。

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