01-03 私と黒装束の遭遇
目を開けたら土砂降りでした。
「ったく、腹黒タヌキ殿のバカ野郎ううううう!!
休日返せえええええ!!」
怒鳴った声は家康公には届かない。
「はぁあ。」
どうにもならない状況に大きなため息を吐いてやった。家康公に聞こえるように。
こうなったら、あの家康公の気が早く変わることを祈るしかないのだ。
自分の格好に目を向けて、思わず目を見開いてしまった。
「ゲッ。」
Tシャツ、短パン、スニーカー。
そして左手には日本刀。
外に出るにはヤバイ格好だ。
現代なら確実に警察にお世話になる。
そして、過去なら同心に捕まる。
少なくとも、格好ぐらい着物が良かった。
あの家康公少しぐらい配慮してくれても良いと思う。まあ、無理だと最初からわかっているけどね。
そしてここは何処か?
雨が体を濡らす状況をどうにかしたいと思いつつ周りに目をむけた。
「えっ…。」
なぜか武器を持った黒装束の集団に囲まれていました。どうやら戦闘の最中に放り込まれたらしい。
目の前に黒装束集団、後ろに馬車と剣を持った青年。
人力車でなく馬車。
しかも、幌馬車ではなく西洋で王侯貴族が乗るような馬車。明治の世でも長崎か浦賀辺りにしか走っていないような感じの馬車。いや、これほど豪華なものは明治の日本には走っていないだろう。ということは日本ではない…?
建物を見ればある程度は分かるのではないかと周りを見回した。どうやら森か林の中らしく、生い茂る木々しかみえない。道は馬車が 3台くらい並走できそうで、思ったより広く凹凸も少ない。整備されているのだろう。
目の前の黒装束集団は皆同じ格好をしていた。黒いマントに黒のブーツに白い仮面。いや、マスクという方が正しいか。顔面を全て覆うオ○ラ座の怪人マスクだった。怖い…。そして怪しい。武器はそれぞれのようでRPGゲームに出てくるような武器を構えていた。
ゾクッ…
…何処かから視線を感じる。
見過ごさないように目を皿のようにして探した。
あっいた…。
黒いシルクハットのような黒い帽子に生地が良さそうな黒い外套に身を包んだ鳥人間が木々の間からこちらを見ていた。
おそらく人間だろうが、つけているマスクが鳥ぽかった。口の部分がくちばしの様に長く尖っており、目の部分は黒いアイピースがはめ込まれていた。
本当に怖い。
木に隠れてこっちを見てるんですよ。
夢に出てきそう…。
いきなり現れた結に周りにいた御者や黒装束集団の目が集まっていたが、一人がこちらに向かって弓を射た。
それが合図になり、ほかの黒装束が動き出す。
御者が軽くその弓を除ける。
カッ!
鞘で矢を軽く受け流す。どうやら黒装束集団に敵認定されてしまったらしい。
まずいな…。ささっと抜け出したかったのに…。
ビュ
槍を振り回してひとりがこちらに向かって突っ込んできた。ギリギリまで動かない。待つ。槍が半径1mに入った。今だ。身を低くして右に避ける。足を敵の左足に引っかかるように添えることを忘れずに。
「グッ…。」
右足を咄嗟につき、持ち堪えた。雑魚ではないらしい。しかしそれでは遅い。一気に間合いを詰めて懐に飛び込み愛刀を抜きつつ切りつける。
「ぐはっ」
大男の身体が木こりになぎ倒される大木のように倒れた。
カラーン
左手の鞘のほうで槍を横にはじき飛ばすことを忘れない。
「ふう。さっさとトンズラするワケだったのに…。
まあ。こうなったからにはしょうがない…。」
乗りかかった船だ。助太刀することにしよう。
いきなり放り込まれた世界だから味方は多いほうがいい。
約5分後。
豪雨はウソのようにやんだ。
ザッ
Tシャツの端を切り裂く。
懐紙が無いので、刀についた血と脂を拭き取った。
この状況で平然となんで対応できるかって?
舐めないでほしい。
これでも、幕末にタイムスリップしていた経験があるので。
何度も修羅場を通って来たつもりです。
それよりもここが日本らしくない気配がする方が問題なんです。
見てください。
あの日本に無さそうな武器たちを。
無駄に細い剣、かと思えば持ち上げのも片手でできなそうな大剣。
ほら、それに三日月のようの曲がった刀。
どこだここ?
「ふぅ…。」
カチャ
愛刀を鞘にしまう金属音がその静けさの中にこだまして聞こえる。周りを見回し、腰を抜かして後ずさりしている男の前襟を掴み上げる。顔の反面のマスクが割れている。
漆黒の瞳に引きつけられ男は言葉にならない声をあげる。
「ッッッッッヒイイ。」
「ああ?なにやってんだよ。馬車囲んで…。暗殺かよ。そう言うの卑怯って言うんだよ。」
「ぐふっ」
柄を男の鳩尾に押し込む。
その時、後ろに人の気配を感じ振り返る。そこには赤く染まった先ほどの御者がいた。この人、ただの御者じゃないと思う。だって擦り傷ひとつないんですよ。
黒装束集団は30人くらいいたはずなのに。
この人は敵なのか、味方なのか。
研ぎ澄まされた静寂が張りつめた空気を生み出す。
御者が口を開いた。
「力添え頂きありがたかった。」
あっ…。
今言葉がわかった。
「あのっ。私の言葉わかりますか?」
私はずいっと近く。
「はぁ…。」
御者の眉間のシワができる。
「この国の名前はなんですか?」
「サイリニア王国と言います。」
ますます御者の眉間のシワが深くなる。
「さいりにあ…。聞いたことないですね。
プロセインとかローマ帝国と知りませんか?」
ヨーロッパでもないのか…。
何処なんだろう?サイリニナ王国なんて今まで聞いたことがないんだけど。
「存じません。」
「そうですか…。」
何ということか…。
とりあえずは言葉が通じることだけでも良しとするか。
どうしよう。
働き口を斡旋してくれないかな。
家康公のおかげでしばらくは戻れなそうだし。
「あるじが会いたいとおっしゃられている。
どうぞお入りください。」
御者が馬車の扉を開けた。
「それは預からせていただきます。」
御者は首根っこを掴んでいた男を指差した。
「ありがとうございます。死んではいないので、重要参考人になると思います。」
気絶した男を渡す。
ゴク…
結はその豪華な馬車の階段に足を掛けた。
ずる
あっころぶ…
ガン
はい。
見事、馬車の床に頭からツッコミました。
馬車の床は絨毯のようなもので硬くはなかったのだがかなりの勢いで打ちつけたので大きなタンコブができていることは簡単に想像できた。
ああ…恥ずかしすぎて頭があげられません。
パッタン
ズッコケたのを見なかったことにするかのように、馬車の扉が閉まった。
あぁお嫁にいけない。
ん?
すると、いきなり後ろから柔らかいタオル生地に包まれ、抱き上げられた。
「ゔぁ?」
いきなりのために思考が停止する。
頭からタオルを掛けられていたため苦しい。
「ぐっぐるし・・・。」
必死に結は酸素を求め、タオルの中から顔だけ出した。
「ふうう。助かった。」
タオルの上から添えられていた腕が結の漆黒の瞳に映った。
「んん?」
結はそのまま天井を見るように上を見上げた。
すると、焦げ茶髪でちょび髭を生やしたおじ様が翠玉の瞳を結に向けていた。
「黒髪に黒眼…珍しい。」
目が細められる。
きれーな瞳。
思わず魅入ってしまった。
「お主珍しい色合いをしておるのう。」
一瞬思考が停止していたが、あちらからこちらに戻ってくる。
「はっ…どちら様でしょうか?
離して頂けないでしょうか?」
きれーな瞳のおじ様の腕の中から抜けようとするが、悔しいことに抜け出せない。
暴れれば暴れるほど背中がその立派な脂肪様に食い込む。ひぃい。
耳元でおじ様がやさしく囁く。
「震えてるな。」
美声…。
なんてことだ。
お巡りさん。つかまえてくださあああい!
ちなみに震えているのはおじ様のせいです。
「離れえええええい!!おじ様に抱かれる趣味は御座いません!」
暴れるが、腕の中から抜けだせない。
お腹はあれだが、腕についた筋肉は武道の類を嗜んでいる者だった。
「お主、ほんとに口が悪いのう。
娘がそのような言葉を言うものではないぞ…。」
すると、いきなり結の頬に手を添えたと思うとヒゲジョリジョリ攻撃を開始した。
結の精神力はヒゲジョリジョリ攻撃の前に無惨に倒れ去ったのだった。
※鳥人間がつけていたマスクについて…ペストマスクがモデルです。中世ヨーロッパで黒死病の流行った時に医師が自分が感染しないためにつけたマスクで嘴部分には様々な薬草が詰められておりガスマスクのような役割を果たすために作られたそうです。調べて見てください。みなさんの今日の夢に出てくことでしょう。
再編中