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第七幕:女神

「あなたねぇ、自分の身分わかってるの?」

「……」


 人気のない貴族学園の校舎裏。

 私はそこで、数人の上級貴族令嬢グループに取り囲まれていた。

 ……ハァ、マジウゼェ。


「ええ、わかってますとも。私はしがない男爵令嬢ですから、身の程を弁えて生きてるつもりですけど?」

「クッ、その態度が弁えてないって言ってるのよ! しかも私の婚約者に色目使うとか、下級貴族の分際で調子に乗るんじゃないわよッ!」


 それは誤解だ。

 私はこの伯爵令嬢の婚約者に、色目なんか使ってない。

 向こうが勝手に言い寄ってきただけ。

 まあ、自分で言うのもなんだけど、私は男好きする顔立ちをしているし、胸も大きい。

 男が口説きたくなるのも、無理はないと思うけど。

 でも、私は婚約者がいるのに他の女に手を出そうとするような、軽い男は眼中にないの。

 確かに金持ちの男は好きだけど、やっぱり私だけを一途に愛してくれる、ロマンス小説に出てくるヒーロー役みたいなスパダリじゃないと。

 こう見えて私は、ロマンチストなのよ。

 とはいえ、それをバカ正直に説明しても、この手の女は引き下がるわけないしなー。

 どうしたもんかな。


「チッ、何とか言ったらどうなのよ!? この売女がッ!!」

「キャッ!?」


 激高した伯爵令嬢が、私に思い切りビンタしてきた。

 思わずよろけて腰をついてしまう。

 いってーな……!

 上級貴族の割には、随分野蛮じゃんか。


「ハハッ、いいザマよ! この、売女がッ! 売女がッ! 売女がッ!!」

「うっ……!」


 倒れた私のことを、伯爵令嬢が泥まみれの靴で容赦なく何度も踏んでくる。

 あーあ、私の家は没落寸前の貧乏男爵家だから、この制服買うだけでも一苦労だったのに、どうしてくれんだよ……。


「おやめなさいッ!」

「「「――!!」」」


 その時だった。

 よく通る凛とした声が、辺り一面の空気を震わせた。


「あ……、エリシア様」


 その声の主は、この学園内の令嬢の、トップオブトップと言っても過言ではない、公爵令嬢のエリシア様だった。

 エリシア様の後ろには、エリシア様といつも一緒にいる、侯爵令息と子爵令嬢も控えている。


「そんなはしたないことをして、あなたには貴族のプライドというものがないの? ああ可哀想に。綺麗なお顔がこんなに汚れてしまっているじゃない」

「……!」


 エリシア様は懐から取り出したハンカチで、私の泥まみれの顔をそっと拭った。


「そ、そんな……! ダメですよエリシア様、私なんかのために! ハンカチが汚れちゃいます!」


 多分このハンカチは、私なんかじゃ一生手が届かないくらい、高価なものに違いない。


「ふふ、構わないわ。ハンカチは汚れを拭うためにあるんだもの。――それよりも、そこのあなた」

「ヒッ……!?」


 エリシア様に睨まれた伯爵令嬢は、青ざめてガクガクと怯えている。

 オイオイ、さっきまでの威勢はどこにいったんだよ?


「次にこんなはしたない真似をしたら、どうなるか、わかっているわよね?」

「ハ、ハイッ!! ももももも、申し訳ございませんでしたぁ!! い、行くわよあなたたち!」


 涙目の伯爵令嬢は、仲間たちと共に逃げるように去って行った。

 ハハッ、ダッセェの。


「あなた、お名前は?」


 エリシア様が、太陽みたいな笑顔で、私に手を差し伸べてくれた。


「あ……、マーガレットです。ロイエンタール男爵家の、長女です」

「そう、マーガレット。よかったら私、あなたとお友達になりたいのだけど、よろしいかしら?」

「……え?」


 友達?

 私と友達になりたいって言ったのか、この人?


「い、いえいえいえ、そんな恐れ多い! 下級貴族の私如きが、あのエリシア様と……!」

「ハッ、エリシアはそんなこと気にするタチじゃねーから大丈夫だって」

「そうそう、私だって子爵令嬢だし」

「……」


 エリシア様の取り巻き二人が、屈託のない笑顔を浮かべる。

 この二人の顔だけで、エリシア様が本当に身分に分け隔てなく友達として接しているのがよくわかった。


「ふふ、そういうこと。どうかしら、私とお友達になってくれる、マーガレット?」

「……は、はい、私なんかでよければ」


 私はエリシア様から差し出されていた手を、ギュッと握り返した。


「よし、じゃあ今から私とあなたはお友達! 友達なんだから、私のことはエリシアって呼んでね。あと、敬語もやめてちょうだい」

「そ、そんな……! 流石にそれは……」

「むう」

「――!?」


 途端、子どもみたいな膨れっ面になったエリシア様に、思わず心がくすぐられた。

 ハハッ、可愛い。


「……わかったよ、エリシア。これでいい?」

「ええ、バッチグーよ!」

「バッチグーって……」


 何だよその語彙。




 ――こうしてこの日から私にとって、エリシアは太陽になった。

 ずっと独り暗い世界に閉じ込められていた私に、エリシアは光を与えてくれた。

 私は元来無宗教だったけれど、今なら毎日神様に祈る人たちの気持ちがわかる。

 エリシアは私の、女神とも言うべき存在になっていた。


「えっ!? あなたもピーマンが苦手なの、マーガレット!?」

「ええ、あんな苦いもの、食べるやつの気が知れないよ」

「わかるぅ! 農家の方々には申し訳ないけれど、ピーマンだけはどうしても食べられないのよねぇ」


 こんな感じで、私の女神様は、今日も愛らしい。




「フフフ」

「?」


 そんなある日のことだった。

 人気のない渡り廊下で、ニーナが一人で紙を眺めながらほくそ笑んでいた。

 ニーナ?


「どうした? 何かいいことでもあったの、ニーナ?」

「っ! マーガレット!? な、何でもないよ! あっ、私用事あるから、もう行くね!」

「お、おい」


 慌てた様子で、逃げるように走って行ってしまったニーナ。

 だが去る直前、私はニーナの持っていた紙の内容が少しだけ見えてしまった。

 どうやらその紙は、ニーナが【名探偵の報告書(ホームズアイ)】で出したもののようだった。

 そしてその名前の欄には、エリシアの婚約者である、ナイトハルト殿下の名前が書かれていた――。


「ニーナ……」


 私の中に、暗い靄のようなものが広がっていく感覚がした。

 嫌な予感が全身を支配していたが、どうか気のせいであってほしいと、この時は願っていた。




「なぁ、いいだろう、ニーナ?」

「もう、ダメですよナイトハルト様、こんなところで」


 ――!!

 あれから一ヶ月。

 私の祈りも虚しく、嫌な予感は当たってしまった。

 校舎裏でナイトハルト殿下が、ニーナの腰に手を回しながら甘い言葉を囁いている現場を、偶然目撃してしまったのだ。

 この瞬間、私は全てを悟った。

 ニーナはこっそり【名探偵の報告書(ホームズアイ)】で得た情報を使って、殿下に取り入ったに違いない。

 【名探偵の報告書(ホームズアイ)】にはその人物の好きなものと嫌いなものが、ハッキリと記載されている。

 その情報さえあれば、殿下好みの女を演じることなど、児戯にも等しいことだろう。

 ――だが、言わずもがなこれは、エリシアへの明確な裏切り行為。

 以前聞いた話によると、ニーナも私と同じく、上級貴族にイジメられていたところをエリシアに助けられ、それ以来友達になったらしい。

 だというのに、こんな恩を仇で返すようなやり方、絶対に許せない――。


「あなた様はまだエリシアの婚約者なのですから、そういうことは、婚約破棄が済んでから、ね?」

「フフ、わかったよ。予定通り、来週のダンスパーティーの最中に、ビシッと婚約破棄してみせる。そうなれば君と僕は、晴れて婚約者だ」

「アハハ、やったぁ。嬉しいです、ナイトハルト様ぁ」


 馴れ馴れしく殿下に抱きつくニーナを見ていたら、私の中で何かがブツンと切れた。


「では、僕はもう行くよ。またね、ニーナ」

「ええ、また」


 ――!

 殿下と別れたニーナが、こちらに歩いて来た。

 クッ……!


「ちょっと、ニーナッ!」

「――! ……マーガレット」


 思わず私は、ニーナの前に立ちはだかった。


「もしかして見てたの、今の? まったく、下級貴族は本当に、マナーがなってないわね」

「あんたには言われたくないわよ。親友の婚約者を寝取るような真似、貴族の端くれとして、恥ずかしくないの!?」

「クク、何を綺麗事を。いい? 所詮この世は権力が全てなのよ。権力を持っている者なら、何をしても許されるの」

「……!」


 ……ニーナ。


「そしてもうじき私は、この国でトップクラスの権力を得る! 何せ王太子殿下の婚約者になるのだもの。そうなったらもう、エリシアにもデカい顔はさせないわ」

「デ、デカい顔って……!? エリシアは一度だって、そんな横柄な態度は取ったことないでしょ!?」

「フン、あなたはエリシア信者だからわからないのよ。――あの女はね、心の底では、常に私たち下級貴族を見下してるのよ」

「そ、そんな……! そんなわけないじゃないッ!」

「いいえ、そうに決まってるわ。あの女が私たちを可愛がってるのは、か弱い犬や猫を愛でてるのと同じことなの。ああやって弱い存在に手を差し伸べることによって、自尊心を満たしてるに過ぎないんだわ。……それがどれだけ私たちに、惨めな思いをさせてるとも知らずにね」

「……」


 嗚呼、どういう人生を歩んできたら、こんなにひねくれた考え方をするようになってしまうんだろう……。

 私の人生も決していいものとは言えなかったけど、ニーナよりはよっぽどマシだったんだなと、今なら思える。


「……それでもこんなこと、私は絶対許さない」

「フン、許さなかったら何だっていうの? あなたみたいな男爵令嬢(底辺)に、どうこうできる力があるとでも思っているの?」


 ニーナは勝ち誇ったような顔を、私に向けた。


「……」

「フフ、ほらね? 何も言い返せないでしょ? まあ、精々来週のダンスパーティーを楽しみにしておくことね。――私が王太子の婚約者になる瞬間を、あなたも祝福してよね? アハハハハ!」


 耳障りな高笑いを上げながら、ニーナはゆっくりと去って行った。

 私は血が滲むほど自らの拳を握り締めながら、日が暮れるまで無言でその場に立っていた――。




「――ガハッ」

「「「――!!!」」」


 そして迎えたダンスパーティー当日。

 ナイトハルトがエリシアに婚約破棄宣言をした瞬間、私はさも自分がナイトハルトの婚約者かのように振る舞ってから、ナイトハルトを【妖精の裏道(フェアリーミスチーフ)】で毒殺した。

 あーあ、マジで婚約破棄しやがったよこのクズ。

 思いとどまったら、命までは取らなかったのに。


「イヤアアアア!!! ナイトハルト様アアアア!!!」


 発狂した演技をしつつもこっそりニーナの顔を窺うと、ニーナはこの世の終わりみたいな絶望した表情を浮かべていた。

 ククク、ざまぁ見ろ。

 これであんたは残りの人生全て、後悔に苛まれながら生きていくことになるんだ。

 それは確実に、死ぬよりも辛い。

 ――これが私の女神を穢した、あんたへの罰よ。



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