第二幕:面会
「マーガレットに面会、ですか?」
「はい」
自室で待機するよう命じられていたにもかかわらず、学園長室に押し掛けた私たちを、サリバン先生はやれやれといった様子で出迎えてくれた。
だが、マーガレットに面会させてほしいという申し出には、流石に渋い顔をした。
さもありなん。
でも、ここで諦めるわけにはいかないので、じっとサリバン先生の返答を待つ。
顎に手を当てて無言で俯いたサリバン先生は、少しすると意を決したように、こう言った。
「……わかりました。君の立場であれば、いろいろと納得できないのは当然のことでしょう。特別に、少しの間だけなら、マーガレットとの面会を許します」
「あ、ありがとうございます!」
よし、駄目元で言ってみた甲斐があったわ。
「ですが、あと数時間もすれば、警察がここに駆けつけます。そうなればほぼ間違いなく、マーガレットは王太子殺害の筆頭容疑者として連行されるでしょうから、そのつもりで」
「……重々承知しております。それまでに、真犯人を見付け出せばいいだけの話ですわ」
「ふふ、君は本当に強いですね。――では参りましょう」
いいえ、サリバン先生、私はただ強いフリをしているだけです。
本音を言うと今でもまだ、ナイトハルト殿下が誰かに殺害されたというショックから立ち直ったわけではありません。
私と殿下はあくまで政略結婚の間柄でしたが、それでも長年婚約者として共に過ごしてきた相手なのです。
男女の情はなくとも、家族としての情のようなものは持っていました。
しかもその婚約者を、よりによって親友の手で寝取られていたのです……。
本当は今にもこの場から駆け出して、夜空に向かって「フザけんなこのクソボケ共があああああ!!!!」と叫び出したい衝動を、必死に抑えているのです――。
「……何の用よ」
学園の地下にある、特別指導室という名の牢屋に監禁されているマーガレットの前に、私たちは立っていた。
元々あまり行儀のいいほうではないマーガレットだが、今は牢屋の中でいつにもましてやさぐれており、大股を開いて私たちを睨みつけている。
「あなたにいくつか訊きたいことがあって。……まず最初に、ナイトハルト殿下の真実の愛の相手があなたというのは、本当なの、マーガレット?」
「ククク、だったら何だっていうのよ? 文句の一つでも言うつもり? 私は何も後ろめたいことはしていないわ。ナイトハルト様から言い寄られたから、それを受け入れただけ。私はナイトハルト様に選ばれた女なんだから! アハハハハ!」
マーガレットは勝ち誇ったような高笑いを上げた。
「テメェッ……!!」
そんなマーガレットに、ジェームズが喰って掛かる。
「やめてジェームズ、時間がもったいないわ」
「で、でもよ、エリシア……!」
「あなたの気持ちは嬉しいけど、今は一刻を争う事態なの。お願いだからわかってちょうだい」
「クッ……」
渋々ながらも、ジェームズは引き下がってくれた。
ありがとう、ジェームズ。
「では二つ目の質問よ。ナイトハルト殿下を殺害したのは、あなたなの、マーガレット?」
「そ、それは違うわッ! 私にはナイトハルト様を殺す動機がないじゃない!」
うん、その点は私も同意見よ。
「むしろ動機なら、ジェームズこそが一番怪しいわ! だってジェームズは前から、エリシアのことが――」
「オ、オイ、余計なこと言うんじゃねぇッ!」
ん?
「私のことが、どうかしたの、ジェームズ?」
「だ、だから、何でもねえってッ! 俺は犯人じゃねえ! 信じてくれよ、エリシア!」
「え、ええ、もちろんよ」
ジェームズが殿下を殺すとは、とても思えないもの。
そもそもジェームズの固有スキルじゃ、あの状況で殿下を毒殺するのは不可能でしょうし。
「あ、そうだ! あなたの【女神の懺悔室】なら、私の無実を証明できるじゃない! 【女神の懺悔室】で、私が犯人か質問してよ、エリシア!」
確かに私の固有スキルである【女神の懺悔室】の能力は、「はい」か「いいえ」で答えられる質問に対して、正直に回答させるというもの。
【女神の懺悔室】なら、マーガレットの無実を証明することは可能だろう。
――だが。
「あなたも知っての通り、私の【女神の懺悔室】は、一日一回しか使えない貴重なものなの。確かに【女神の懺悔室】を使えば、あなたの無実は証明できるけど、それでは真犯人を見付けるのが遅くなってしまう。【女神の懺悔室】は、真犯人へのトドメの手段として使いたいのよ」
これは警察が来るまでに真犯人を見付けられるかどうかの、スピード勝負なのだから。
「そ、そんな……」
絶望に打ちひしがれたような表情になったマーガレットだが、すぐにハッとした。
「でも、てことは、あなたは私が犯人じゃないと思ってくれてるってこと、エリシア?」
「ええ、そうよ。あなたが本当に犯人だとしたら、自分に容疑が掛かるあの状況で犯行に及ぶはずがないもの。あなたはズル賢いから、そんなおドジさんな真似はしないはずだわ」
「おドジさんて……。相変わらずの語彙。ま、まあ、それならいいわ。じゃあ一刻も早く、真犯人を見付けてよね!」
「言わずもがなよ。その代わり、あなたにも協力してもらうわよ、マーガレット」
「な、何をすればいいの?」
「差し当たり、ニーナの【名探偵の報告書】であなたの個人情報を調べさせてちょうだい。マーガレットだけなじゃく、ここにいる全員、【名探偵の報告書】を受けてほしいのだけれど、よろしいかしら?」
ニーナの【名探偵の報告書】は、目の前にいる相手の個人情報を紙にアウトプットさせるという、強力無比なもの。
この手の事件捜査においては、最強のスキルと言っても過言ではない。
「え、ええ、いいけど……」
「俺もいいぜ」
「私も構いません」
「よろしい。では早速お願いできるかしら、ニーナ」
「わ、わかった!」
ニーナはマーガレットに右の手のひらを向けた。
するとニーナの目の前に、一枚の紙が出現した。
「はい、これ」
「ありがとう、ニーナ」
ニーナから紙を受け取る。
そこにはこう記されていた。
氏名:マーガレット・ロイエンタール
性別:女
年齢:17歳
誕生日:5月6日
身長:163.5センチ
体重:53.2キロ
好きなもの:お金・綺麗なもの・アップルパイ・金持ちの男
嫌いなもの:貧乏・勉強・ピーマン・金持ちの女
固有スキル:【妖精の裏道】(能力:手に触れているものを、2メートル以内の任意の場所にテレポートさせる)
ううん、相変わらずゴイゴイスーなスキルだわ。
ニーナは将来、凄腕のスパイとかになれそうよね。
……それにしても、好きなものが金持ちの男で、嫌いなものが金持ちの女、か。
つまりマーガレットはずっと前から、私が嫌いでナイトハルト殿下が好きだったのね……。
親友だと思っていたのは、私だけだったってこと、か……。
おっと、今は感傷に浸ってる暇はないわ。
「ニーナ、他の方の分もお願い」
「了解」
ニーナは自分自身も含めた、この場にいる全員の情報をアウトプットさせ、私に手渡してくれた。
それぞれ、以下のように記されていた。
氏名:エリシア・サザーランド
性別:女
年齢:17歳
誕生日:7月7日
身長:158.7センチ
体重:49.1キロ
好きなもの:秩序・読書・クレープ・誠実な人
嫌いなもの:弱い者イジメ・浮気・ピーマン・自分勝手な人
固有スキル:【女神の懺悔室】(能力:一日一回だけ、「はい」か「いいえ」で答えられる質問に対して、正直に回答させる)
氏名:ジェームズ・ハーヴェイ
性別:男
年齢:17歳
誕生日:4月21日
身長:184.2センチ
体重:73.3キロ
好きなもの:祭り・動物・ハンバーグ・芯のしっかりしている女
嫌いなもの:勉強・ホラー・セロリ・チャラい男
固有スキル:【心の対話】(能力:動物と会話ができる)
氏名:ニーナ・クラレンス
性別:女
年齢:17歳
誕生日:8月31日
身長:153.6センチ
体重:46.1キロ
好きなもの:刺繡・小動物・甘いもの全般・包容力のある男
嫌いなもの:運動・暴力・ギャンブル・大声を出す人
固有スキル:【名探偵の報告書】(能力:目の前にいる相手の個人情報を紙にアウトプットさせる)
氏名:ライアン・サリバン
性別:男
年齢:52歳
誕生日:12月25日
身長:175.8センチ
体重:63.3キロ
好きなもの:生徒の笑顔・スポーツ観戦・お酒・背の高い女
嫌いなもの:蜘蛛・高い所・甘いもの全般・噓をつく人
固有スキル:【医神の触診】(能力:触った相手の健康状態を正確に診断する)
ふむ、やはりこの場にいる人間に関しては、マーガレット以外にナイトハルト殿下を殺害可能な人はいないように思えるわね。
サリバン先生がマーガレットを筆頭容疑者だと断定したのも、さもありなんといったところだわ。
でも、きっと何かしらのトリックがあるはず。
そのトリック、絶対私が暴いてみせるわ――。