第一幕:惨劇
「エリシア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
貴族学園内で開かれている、ダンスパーティーの最中。
私の婚約者であり、我が国の王太子殿下でもあらせられるナイトハルト殿下が、唐突にそう宣言した。
そ、そんな……!
「このような場でご冗談はおやめください殿下。みなさん困惑されているではありませんか」
この場にいる生徒や教師たちが、何事かとこちらを窺っている。
「もちろん冗談などではないさ、エリシア。君には本当に申し訳ないとは思っている。――だが僕は、もう自分の気持ちに噓はつけない! 僕は、真実の愛に目覚めてしまったんだ!」
「……!」
真実の、愛……?
三文芝居に出てくるような陳腐な台詞に、思わず眉間に皺が寄る。
あなた様は、ご自分の立場がわかっておられないんですか?
いずれこの国を一身に背負う立場でありながら、自由な恋愛が許されるとでも?
「うふふ」
「……なっ」
ナイトハルト殿下の隣に、不敵な笑みを浮かべながら、一人の女性が立った。
――それは私の親友である、男爵令嬢のマーガレットだった。
まさか、殿下の真実の愛の相手というのは――!
「――ガハッ」
「「「――!!!」」」
その時だった。
あまりの光景に、私は自分の目を疑った。
殿下が突如吐血し、その場に崩れ落ちたのである――。
殿下――!!
「イヤアアアア!!! ナイトハルト様アアアア!!!」
マーガレットが発狂し、殿下の身体に縋り付く。
「離れなさい!!」
そんなマーガレットに対して、学園長のサリバン先生が、よく通るバリトンボイスで怒鳴った。
「早く! 殿下を医務室へ!」
サリバン先生の指示で、ピクリとも動かない殿下は、担架に乗せられ運ばれて行った。
サリバン先生も殿下の後を追う。
あまりの一連の出来事に、場は水を打ったようになっていた。
マーガレットは、殿下が吐かれた床の血をぼんやりと眺めながら、「ナイトハルト様……。ナイトハルト様……」とうわ言のように繰り返している。
私もまるでフィクションを観ているかのような感覚に陥っていて、言葉が出てこない。
「エリシア!」
「エ、エリシア……」
そんな私に、侯爵令息のジェームズと、子爵令嬢のニーナが声を掛けてきた。
二人もマーガレットと同じく、私の親友だ。
「大丈夫か、エリシア?」
「エリシアァ……」
二人とも、私とマーガレットを交互に窺いながら、沈痛な面持ちをしている。
特にニーナなどは、今にも泣き出しそうだ。
「……ありがとう、二人とも。私は……大丈夫よ」
もちろんこれはただの強がりだ。
本当は今にも叫び出したいくらい動揺しているけれど、ここで私が取り乱せば、この場がさらに混乱することは必至。
未来の王太子妃として、それだけは避けねばならない。
……とはいえ、どうやらいろんな意味で、私が王太子妃になる未来は潰えたみたいだけれど。
「みなさん、どうか落ち着いて聞いてください」
少しすると、サリバン先生が憔悴した表情で戻って来た。
それだけで、これからサリバン先生が言おうとしていることが察せられて、胸がズグンと重くなった。
「……ナイトハルト殿下は、つい先ほど、死亡が確認されました」
「「「……!!」」」
嗚呼、やっぱり……。
「私の固有スキルである【医神の触診】は、触った相手の健康状態を正確に診断する能力だということは、みなさんよくご存知だと思います。その【医神の触診】で殿下を診断したところ、殿下は先ほど吐血される直前、強力な毒物を飲まされていたことが判明しました」
サリバン先生が、淡々とそう説明する。
ど、毒ですって……!?
「だ、誰ですかサリバン先生ッ!? 私のッ! 私のナイトハルト様を殺したのは、いったい誰なんですかサリバン先生ッッ!!」
マーガレットが鬼の形相で、サリバン先生に掴みかかる。
私のナイトハルト様、ね……。
「うん、それは――君ですよ、マーガレット」
「「「――!!?」」」
なっ……!
マーガレットが……!?
「ハァァッ!!? どうして私がナイトハルト様を殺さなくちゃいけないんですか!? 私とナイトハルト様は、愛し合ってたんですよ!?」
「動機は私にはわかりません。ただ、状況証拠的に、あの場で殿下を殺害することが可能だったのは、君しかいないんですよ」
「――! そ、それは……」
嗚呼、確かに……。
「私は職業柄、全校生徒の固有スキルを把握しております。ですが、公衆の面前で、誰にも気付かれずに特定の相手に毒を飲ませることなど、君の固有スキルである【妖精の裏道】以外では不可能です。君の【妖精の裏道】は、手に触れているものを、数メートル先までテレポートさせる能力でしたよね? 君はその力で、オブラート等に包んだ毒の粉末を、あの瞬間殿下の胃に直接テレポートさせたのです」
「しょ、証拠は!? 私が殿下を殺したという、証拠はあるんですかッ!?」
「それはこれから調べます。いずれにせよ、現時点で君が一番の容疑者であることは揺るぎのない事実。申し訳ありませんが、身柄を拘束させていただきますよ」
「そ、そんな……!」
「連れて行きなさい」
「「「ハッ」」」
「嫌!? 離して!? 離してよッ!」
サリバン先生の指示で、屈強な教師たちによって連行されるマーガレット。
「本日はこれにて解散です。各自速やかに寮に戻って、自室で待機するように」
そう言うなりサリバン先生は、ふうと溜め息を吐いてから立ち去って行った。
辺りは再び、静寂に包まれた。
「……参ったな。まさかマーガレットが犯人とはよ」
ジェームズが頭を掻いて、歯を食いしばる。
「しかもエリシアを裏切って、ナイトハルト殿下を寝取ってたなんて、酷いよ……」
ニーナは唇を震わせながら、マーガレットが連行された方向を睨みつけている。
私たち四人は、学園内でいつも一緒に行動していた親友同士だったので、ニーナはマーガレットが許せないのだろう。
「……いえ、多分マーガレットは犯人じゃないわ」
「っ! ハァ!?」
「ど、どういうこと、エリシア!?」
二人が大きく目を見開いた。
「だってマーガレットが犯人だとしたら、わざわざあんな自分に容疑が向くような場で犯行に及ばなくても、もっと他にいくらでも怪しまれずに殿下を殺害するチャンスはあったはずよ」
「な、なるほど。確かに」
「それにやっぱり動機が不明よ。マーガレットは私から殿下を寝取って、気分アゲアゲだったはず。殿下を殺害する理由が、彼女にはないわ」
「気分アゲアゲって……。相変わらずお前の語彙は独特だよな」
「おそらく犯人は、マーガレットに容疑が向くよう、敢えてあのような場で犯行に及んだんだわ。そしてその犯人は、きっとこの学園のどこかにいる……」
「……マジかよ」
「で、でもエリシア、じゃあ犯人はどうやって、殿下に毒を飲ませたっていうの? サリバン先生が言ってたように、マーガレットの【妖精の裏道】以外で、そんなことができるとは到底思えないんだけど……」
うん、ニーナの言うことももっともよね。
あの時殿下の近くにいた人間は、マーガレットだけ。
吐血する直前まで殿下は元気ビンビンだったし、誰かから毒を飲まされた気配も一切なかった。
一見不可能犯罪に思えるけれど……。
「それはこれから調査するわ。とりあえずサリバン先生に頼んで、マーガレットに話を聞かせてもらいましょう。――二人も手伝ってくれる?」
「……いや、俺は反対だよ、エリシア」
「――!」
拳をグッと握りながら、そう吐き捨てるジェームズ。
ジェームズ……!?
「仮に犯人が別にいたとしても、マーガレットがお前から殿下を寝取った事実は消えるわけじゃないだろ? これはある意味、自業自得だ。お前のことを裏切ったマーガレットに、神様が罰を与えたんだよ。だからわざわざお前が骨を折ってまで――」
「いえ、それは違うわよジェームズ」
「……!」
キッパリとそう言った私に、ジェームズが困惑の色を浮かべる。
「これは神様の仕業なんかじゃない。れっきとした人間の犯行よ。だから私は貴族の端くれとして、その犯人を許すわけにはいかないの。――それこそが、貴族の矜持だもの」
「……エリシア」
「マーガレットとの落とし前は、犯人を捕まえた後にキッチリとつけるわ。だから今はとにかく、犯人捜しを最優先にして、手を貸してもらいたいの。お願い、ジェームズ」
「……まったく、敵わないな、お前には。わかった、協力するよ」
「ありがとう、ジェームズ、恩に着るわ。ニーナも手伝ってくれる?」
「う、うん、もちろんだよ!」
「ふふ、ありがと」
よし、首を洗って待っていなさいよ犯人。
絶対にあなたを捕まえて、耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやるから――!