スクリーンより輝くもの
電車で揺られながら考える。
六花はどんな私服を着てくるのだろうか。彼女のことだ、勿論どんな服を着ても似合うだろうが……。
雑誌に載っているようなストレートにおしゃれなファッションなのか、はたまた、ゴスロリや地雷系を筆頭とする、サブカルチックな方向性なのか、そのボクっ娘口調に合わせて、ボーイッシュなパンツスタイルなんて可能性もあるかもしれない。
――アリだなアリ。大いにアリだ。
目的地である千葉有数の大型ショッピングモールの最寄駅、待ち合わせ場所であるJR海浜豊砂駅に着く。
遠目からでも白髪とブルーの瞳が良く目立っていたので六花はすぐに見つかった。
「長太郎くん、もっはろー!」
「おう、もっはろー……」
そして、肝心の六花の服装はというと、意外にもいつも通りの、学校指定のブレザーにスカート姿だった。
そんな俺の思考を察したのか、六花は申し訳なさそうに言う。
「実は、あんまり着れる服持ってなくて……」
「そうなのか?」
そうは言っても、全くの一着も持っていないということはあるまい。
我々オタクの言う「着る服がない」は、本当に一着もない大ピンチの時だが、どうも女子の言う「着る服がない」は、その日のシチュエーションに対して、「着ていきたい服がない」という意味らしいからな。
六花なら何を着たとしても似合うのだろうし、正直に言えば、私服姿の六花を見たかったというのが本音だが……。
それはそれとして、驚くほど制服が似合うやつだ。
似合いすぎていて、ひょっとして、おぎゃあと生まれてきたその瞬間から制服を着ていたんじゃないかと思わされるくらいだ。
「なら、六花の服も見ていくか」
「いいの? ボクが勝手に長太郎くんの外出についてきただけなのに」
「服の買い物なんて、自分じゃしないからな……女物なら尚更。むしろ新鮮でいい経験になる」
それに、デート回での服選びは定番だからな。
「そう言うことなら、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな」
「ああ、荷物持ちならまかせとけ」
そう言うと、六花はくすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「じゃあ、今日はどれだけ買い物しても大丈夫そうだね」
……さて、腕二本で荷物を持ち切れるだろうか。
どうも六花といると、腕を酷使してばかりな気がするな。
◇
ショッピングモールに入った俺たちは、早速映画館のフロアへと足を運んだ。
一帯に広がるキャラメルポップコーンの匂いが映画館に来たことを実感させてくれる。
俺はこの匂いが嫌いじゃない。
「ここが映画館かー!」
六花は物珍しそうにあたりをきょろきょろ辺り見回していた。
「……もしかして、来たことないのか?」
「うん、だから今、結構ワクワクしてたり」
そう言いながら六花は隅の方に置かれたガチャガチャを眺めたりしていて、実に楽しそうだ。
「今からあれを見るんだよね?」
そう言って六花は、宇宙服を着た男が一人、真っ白な惑星に佇んでいるポスターを指さした。
「ああ。なんでも、SFとヒューマンドラマの要素が合わさって最強……って感じの作品らしい。SFだから、聞き慣れない概念なんかもでてくると思うが……そこはまあ、六花なら大丈夫だろ。ただし、もし熱でぶっ倒れそうになったら早めに教えてくれよ?」
「はは、わかってるよ」
それから俺たちはペアセットのポップコーンを買うと席についた。
「長太郎くん、これ美味しいよ!」
六花が早速、もしゃもしゃポップコーンを食べている。リスみたいだ。
そして、最近また長くなった気がする上映前のコマーシャルの時間が終わると、いよいよ映画本編が始まった。
その圧倒的な迫力の映像美は圧巻で、気づけば俺は、まるで意識がスクリーンに吸い込まれたんじゃないかと思うほどに映画に見入っていた。
地球に危機が迫っている。そんな状況説明から物語は始まり、次第に舞台は宇宙へと移っていく。
次第に緊迫感のあるシーンが続いていき、たった一秒の遅れが地球の命運を左右するような、手に汗握る展開に、ようやく一区切りがつき、俺はようやくふぅ、と息を吐くことができた。
ここまで、あっという間に感じたが、恐らくちょうど中盤を超えた辺りだろうか。
すると、随分と喉が乾いていたことに気づいた。
……そう言えば、映画が始まってから、ずっと飲まず食わずで見入っていたのか。
さすがは、数々のレビューサイトで持ち上げられているだけあるな……一瞬たりとも目が離せない。
俺は、視線をスクリーンへと固定したままコーラをすすり、ポップコーンへと左手を伸ばす。
すると、手がこつんと何かに当たった。
反射的にそちらへ視線を向ける。
思えば、映画が始まって以来スクリーンから目を離すのは、これが初めてのことだった。
そこには、少し照れ臭そうに右手をさすりながら、俺を見つめる六花の姿があった。
「(やっとこっち見てくれた)」
囁くように言われ、ドクンと心臓が跳ねる。
「(……まあ、映画だからな)」
そりゃあ、スクリーンを見てるのが普通だろう。
「(そうだね。じゃあそろそろボクも、映画の方に集中しようかな)」
そう言って六花は視線をスクリーンへと移す。
俺は乱れた呼吸を落ち着かせるように、深呼吸してから画面へと向き直ろうとした。
――そのはずだった。
なのに、俺はなぜか未だ、六花の横顔を見つめていた。
スクリーンに視線を戻そうとしても、まるで金縛りにでもあったかのように俺の視線は動かなかった。
ひょっとして、今度はスローモーションどころか、時間そのものが止まってしまったのではないかとさえ思った。
だが映画は依然、通常と変わらない速度で進んでいた。
動けずにいる間にも、スクリーンの明かりが、六花の横顔を様々な色に照らしていく。
――気づけば俺は、エンドロールが流れきり、劇場に再び灯が灯るその瞬間まで、六花を見つめ続けていた。
「ふあ〜……」
六花が伸びをした。
なぜこうも六花の事を目で追ってしまうのか。
俺はその理由にようやく思い至った。
「……なあ六花、目が合うまでひょっとして、ずっと俺の方見てなかったか?」
尋ねると六花は照れ臭そうに笑って言った。
「バレちゃった? 長太郎くん、ずっと画面見てたのによく気づいたね」
――そう、さっき六花と手がぶつかった際、彼女は「やっとこっちをみてくれた」だとか「そろそろ映画に集中しようかな」と言っていた。
それは、スクリーンを見る事に集中していたのなら、それは絶対に出るはずのないセリフだ。
――もしかすると六花は、手があたるその時までずっと、俺の横顔を見ていたんじゃないだろうか。
――俺が六花の横顔から目が離せなかったのと同じように。
それに気づいた時。落ち着きかけていた動悸は、かつてないほどに激しく、けたたましく脈打ち始めた――。
◇
劇場を出たときにはもうすっかり昼時で、俺たちは、ハンバーガーショップに入り、昼食をとることにした。
「見て、長太郎くん、すっごくおいしそう」
六花がチーズバーガーの包みを開いて目を輝かせている。
俺からすれば、なんの変哲もないいつも通りのバーガーだが、どうも六花はジャンクフードにあまり馴染みが無いらしく、ハンバーガーを食べることすら初めてらしかった。
それにしても、映画を見終わってからというもの。六花の一挙手一動を目で追ってしまう。
すらりと長い指でポテトを一本だけ摘み、口に運ぶ六花。
気に入ったのか、今度は、三本指で、何本かまとめてポテトを口へと運んだ。油がほんのすこし唇について妙に艶かしい。
かと思えば、今度はバーガーにかぶりついたものの、器用に食べれず、唇の端にケチャップをつけていた。今度は、無邪気な子供みたいだ。
「ん? ボクの顔に何かついてる……?」
あまりに見すぎていたせいか、流石にバレてしまっていたらしい。
「……ケチャップ、ついてるぞ」
俺は自分の唇の端を、トントンと指差す。すると六花はその意図に気づいたようで、たちまち頬を赤らめた。
「もう、早く言ってよ……」
……ああクソ、六花はなんでこうも可愛いんだ。
それから六花は、嬉々として映画の感想を語ってくれたが、後半スクリーンを一切見ていなかった俺は当然曖昧な返答しかできなかったのが心残りだ。
昼食も食べ終わると、話を切り上げるべく、俺は六花に尋ねた。
「午後からは六花の服でも見に行くか? そうだ、気になるブランド? とか店とかは無いのか?」
「うーん、特にない……かな。ボク、ファッションのこととかぜんぜん詳しくないから」
「なるほど、そうきたか」
出来ることなら力になりたいが、ただでさえファッションに興味のない俺が、女子の服など分かるはずもない。
「……自分がどんな服が好きなのかもいまいち分からないから、きっと決めるのに時間がかかって、迷惑かけちゃうと思う」
六花が苦笑しながら言った。
「そんなボクと買い物なんて、長太郎くんも面倒でしょ? だから服選びの話はなしにしようよ。……そうだ、なんだったらもう一本映画見ない? うん、それがいいよ」
なるほど、確かにそれは面倒だ。本当に、いつ終わるかわからないだろう。
「――なら、どんな服が好きなのか分かるまで、色んな店回ってみるか」
「……え?」
「何にもわからないなら、とにかくいろんな店見まくって店員に聞きまくって、試着しまくれば自分の好きな服も、似合う服も自然とわかってくるだろ?」
「……本当に、いいの……?」
「今朝言ったろ? 俺が女子の服選びに付き合うことなんざ、今後一生ないかもしれないんだ。なら、物書きの端くれとしては、経験しておかない訳にはいかないだろ?」
リアリティが作品に命を吹き込むんだって、岸辺露伴先生も言ってたしな!
なにより。何店舗も巡るということは、それだけ色んな服装の六花を見ることができると言うことだ。こんな機会、絶対に逃してなるものか。
すると、六花がへにゃりと表情を崩して笑った。
「ありがと、長太郎くんっ!」