「セオドア様、好きです!」と言い続ける私の秘密
「今日も素敵です、セオドア様!好き!」
美しいプラチナブロンドの髪に宝石のような青い瞳をキラキラさせながら、今日もステラはセオドアに告白をする。
「残念ながら俺は君が好きじゃない」
冷たくそう返されてもステラはへこたれない。だって毎日のことなのだから。
ステラは自分に残された僅か時間を悔いなく過ごすために、今日も明日も明後日も、時間が許す限りセオドアに愛を囁くのだ。
* * *
事の発端は4年前。当時まだ14歳だったステラは自国メリューラを裏切り、隣国のルクディルに亡命した。自国の情報を隣国へと渡し、ステラは身分を捨てて隣国で侍女として働き始めた。
幸いメリューラでも似たような仕事をしていたため、侍女の仕事にはあっという間に慣れた。そんな中、ステラは侍女として働いているお屋敷のひとり息子であるセオドアに恋をした。黒い髪に赤い瞳。切れ長の瞳にスっと通った鼻筋。程よく筋肉のある均整のとれた身体。
─── ずっとずっと恋焦がれていた相手
(ああ……!やっと会えた)
それからは侍女として働きながらもセオドアを見かけると笑顔で告白をする。残りの期間を無駄にしないためだ。初めはセオドアに対して無礼だと言っていた人もいたが、告白をするだけで何もしないステラに周りの人たちは何も言わなくなった。そしていつしかステラの叶わぬ恋を応援する人も出てきた。
「聞いたわよ、またセオドア様に告白したみたいね?」
「ええ、もちろんしたわ」
「呆れた。よくそんなに告白できるものね。私だったら絶対に心折れて二度とセオドア様の前に現れることなんてできないわよ」
「それはサラがよわよわのメンタルをしているからじゃない?私なんて今日で1200回超えたわ!毎日セオドア様に告白できるなんてこんなにも幸せなことなんてないのに」
洗った洗濯物を干しながら清々しく言うステラ。そんなステラに「回数まで数えてるの……?というか鋼のメンタルすぎる……」とサラは言う。メンタルが常人よりも強いのはステラだって分かっている。だからこうして今、ここにいられるわけで、何度もセオドアに告白できているのだ。
「そんなに何度も告白しなくてもいいんじゃない?だってセオドア様は19歳。ステラは18歳なんだから。まだまだこれからでしょ」
「……そうね。……これから、ね」
ステラは残りの期限が迫ってきているのをひしひしと感じる。けれど時間は止まってはくれない。だからステラは告白をし続けるのだ。
* * *
「おはようございます、セオドア様!今日は珍しくお早い起床ですね!ですがそんなセオドア様も好きです!」
「……ああ、だが毎日言っているように俺は君が好きじゃない」
「もちろん存じていますよ!それよりも朝食にしましょう。今すぐ用意しますね!」
今日は1321回目。もちろん今日の告白も失敗である。けれどステラはそんなことを気にもせず、るんるんな気持ちで部屋を出る。セオドアが食べる朝食を厨房まで取りに行って、シェフの人達に味見と称してパンを貰うのもいつもの事だ。
けれど今日は少しだけ違った。カートを引きながらセオドアの部屋に向かうステラに見たこともない侍女がステラのポケットに手紙を入れてすれ違ったのだ。ステラはすぐに振り向き、その侍女を見ると、その侍女は声を発することなく口パクをした。
『主からのお手紙です。必ず一人で中身を確認してください』
侍女は何事も無かったかのように前を歩き始めたため、ステラも朝食が冷めないうちにセオドアの部屋へ届けた。ステラの心は今も冷めていく朝食のようだった。
いつものように素敵なセオドア。起きたばかりで気だるいのか、雰囲気がいつもよりも柔らかい。けど、そんなにセオドアもステラは好きだ。
セオドアが食事をしている時、ステラは別の仕事をしに侍女たちが集まっているホールへと向かうが、今日は自室へと戻り、周りに人の気配がないことを確認しながら貰った手紙の封を開ける。ここに来るまでに心臓がドクドクと脈を打っているのがよく分かる。
(ああ、とうとう来たのね……)
手紙をペーパーナイフで開けて中身を取りだす。高級な紙で書かれた文字は美しく、教養のある人物が書いたことが伺える。ステラは緊張しながら手紙を読み進めていく。
手紙を読み終えるとこの生活の終わりが見えてしまい、涙が出そうになった。しかし、そもそも期間限定の生活だということは分かっていたし、それはここに亡命した時から決めていた。
「あと1週間か……」
無意識にこぼれ落ちた独白は静かな部屋によく響いた。ステラは気分を入れ替え、読んだ手紙を机の上に置いたまま部屋を出た。そして次の仕事のためにホールへと向かった。
開かれたままの手紙には
『約束の日が近づいてきました。残りの時間を大切にお過ごしください。貴方の勇気ある行動に感謝します』
と書かれていた。
* * *
「ちょっとステラ!こっちに来てー!」
「どうしたの、サラ?」
「これから皇宮に行くことになったんだけど、礼儀作法が分からなくて!!だから教えて欲しいの!」
「そういうこと。もちろんいいよ」
「ありがとう、ステラ!」
お使いにでも行くのだろう。カゴを持ったサラはいつもよりも綺麗な服を着て、髪を一つにまとめている。そんなサラにステラは毎度のように皇宮の礼儀作法を教えていく。
「ここでは足を引いて腰を下げるの」
「こ、こう?」
「腰はもう少し落として。あと服の裾を持つのは少しでいいわ」
「うーん、難しいわね」
「皇族がいるところなんだもの。仕方ないわ」
上手くいかないサラにステラは苦笑いしながら答える。お手本として見せられたものを見る時は簡単そうなのに実践してみると思うように体が動かないことはよくある。そういうのは回数をこなして慣れていくしかない。ステラの場合は環境が環境だったため、体が覚えてしまったのだ。
「ほんと、ステラって一体どこでこういうのを学んでいるの?私たちって同じ平民よね?」
「……そうに決まってるでしょ。ただ機会があっただけ。それに私たちはここの侍女よ。それ以上でもそれ以下でもない」
「まあ、そうね。……あっ、そろそろ行かないと!ステラ、ありがとう!」
「うん、気をつけて」
転ばないかヒヤヒヤしながらステラはサラが馬車を乗り込むのを見届ける。サラが何気なく放った一言。あれはステラの心に一瞬のざわつきを生ませたことをサラは知らないだろう。
(今は、私も平民よ。もう、祖国を捨てたんだから)
ステラは辛い過去を思い出しそうになった。あの暗い部屋。誰も来ない寂れた場所。10年以上もいたあの場所はステラが最も恐れている場所だ。誰も来ないと怖いし悲しいのに、誰かが来ると同時に怯えてしまう。そんな矛盾した場所。今は無いとわかっていても。
「大丈夫、大丈夫。もう怖いことなんてない……っ」
震えそうになる体を必死に押さえつけながら、そう自分自身に言い続けた。そのとき普段なら人の気配に敏感なステラならすぐに気づくはずなのに、すぐ後ろまで人が来ていても気づかなかった。だから急に後ろから話しかけられて素で驚いてしまった。
「───ステラ?どうしたんだ、こんなところで」
「だれ!……あ、セオドア様でしたか。すみません、集中していて……」
「それよりも大丈夫なのか?顔色が悪いが」
そう言われて手鏡を差し出されて初めて、自分の顔色が青白いことに気づいた。
「あっ……、ほんとだ。すみません、こんなみっともないところをお見せしてしまって」
「……何かあったのか?」
「!いいえ、なにもありません。そういえば私とした事が本日はまだセオドアを好きと言っていませんでした!」
なかなかタイミングが合わず、セオドアに告白できていなかったことを上手く利用としてこの場を抜け出そうとすると、セオドアはステラの右手を引いてステラの腰を掴んだ。
「!!?!」
「言いたくないなら言わなくても良いが、無理して笑おうとするな。前から君は無理に笑うくせがある」
「そ、そんなことは……」
「何年間告白され続けていると思ってる。それくらいのことはわかる」
そう言ってセオドアは掴んでいた腰を話して、執務室へと続く道を歩いていった。呆然としたままだったステラは立ち去っていくセオドアを悲しそうな瞳で見つめながらポツリと言った。
「そういう優しいところが好きなんですよ」
ステラの心の声は誰かの耳に届くことはなく、静かに消えていった。
* * *
今日はセオドアが皇宮のパーティーへと招待された日であり、ステラの約束の日でもあった。どういうわけかステラの手紙の送り主はセオドアを通してステラもこのパーティーへと招待したらしい。いや、同伴者として許可されたと言った方がいいのか。けれどどちらにせよ、今回のパーティーではステラはセオドアとともに皇宮へと行くことになった。
「もういいよ、サラ。それにみんなも。どうせ同伴者、まあ従者みたいな感じだから。公爵夫人にドレスは借りたけれど、私みたいな人間にはいくら化粧をしても変わりはしないわ」
「そんなことないわよ!今日のステラはどこかのお姫様みたいに綺麗だわ!なんて言ったて私たちが支度を手伝ったんだから!」
サラの言葉に合わせてステラの支度を手伝った他の侍女たちも頷く。ステラはそれに苦笑いしながら鏡に映る自分を見つめる。
ハーフアップにされたプラチナブロンドの髪は緩く波を打っており、澄んだ青い瞳は宝石のように輝いている。それに合わせて借りた深い青色のドレスは何十にも重なったレースが美しく、気品が感じられる。
(''美姫''と言われたお母様にそっくりね……。瞳の色だけは似なかったみたいだけど)
ステラは母親に似ており、もしここにステラたちを知っている人がいたらすぐにステラのことも知られてしまうだろう。
「さあ、準備は終わったわ!あとは楽しんできて!」
「……別に仕事に行くのだけれど……?」
「何言ってるの!せっかくなんだから楽しまないと!感想待ってるからね!」
「……うん、分かった。───今更だけどサラ、みんなも今までありがとう。優しくしてくれたこととても嬉しかった。みんなと過ごした日々は私の宝物だわ」
「なに今生の別れみたいなこと言ってるのよ!ほーら、セオドア様が待ってるわ。行ってらっしゃい!」
笑顔で送り出されてステラも笑顔で「行ってきます」と答える。サラたちはステラがこのまま帰ってくると思っているのだろう。けれどそんなことは起きないとステラは分かっていた。
(今日が人生最後のパーティー。私はここで最後の役目を果たす)
今までの嘘みたいな楽しい日々を思い出すと涙が出そうになる。けれどせっかく化粧をしてくれたのだからと、目に力を入れて階段をおりる。階段下には既にセオドアが待っていた。
「随分と遅かった───っ!」
「?どうしましたか」
「っなんでもない!」
後ろを振り返ったセオドアはステラを見ると動きを止めて、頬を赤くした。あまりの挙動不審さにステラは心配になる。けれど前を向いて歩き出してしまったため、ステラは仕方がなく後に続いた。
用意された馬車に乗り込もうとすると先に乗り込んだセオドアに手を差し出されて、ステラは目を丸くしたが、嬉しそうに微笑んで手を取った。久しぶりとも言えるドレスは思いのほか重く、馬車の小さな段差を登るのも大変だと思っていたのだ。
「ありがとうございます、セオドア」
「……別に。ただパートナーだからな」
「そうですね。ほんとうに私は運がいいようです。セオドア様のパートナーとなれるなんて」
「……ふん。───出発しろ」
セオドアのかけ声で馬車は動きだした。さすが公爵家で使われている馬車だ。揺れがほとんどなく、椅子もふわふわで長時間座っていても疲れにくくなっている。
移り変わっていく景色を窓から眺めながら、ふと、セオドアを見つめた。正装したセオドアはまさに理想の王子様といった感じで、女の子なら誰もが憧れそうだ。
(ほんとうに、私は運がいいわ。最後にこうしてセオドア様の素敵な姿を見れるなんて……)
そこでまだセオドアの正装について感想を言ってなかったことに気がついた。
セオドアの黒髪と同じ黒色の服は瞳と同じ色をした赤い刺繍が所々に施されていて、とても美しい。成長期を迎えてからセオドアは一気に美丈夫へと成長した。それこそ求婚の後が絶たないくらい。けれどその求婚をすべて断り、セオドアは未だに婚約者が居ない。
(全ての求婚を断ったことを知った時、愚かにも私は喜んでしまったのよね……。でも、今日が終われば、私はこの感情を捨てることができる)
ステラは窓の外を見つめたままのセオドアにいつものように声をかけた。
「言い忘れていましたが、セオドア様は今日も素敵ですね!このお姿を絵かなにかで描写したいくらいに……!」
「……君はいつもそう言う。毎日言われるとその言葉が嘘か本当か分からなくなる」
「むっ、本当ですよ。帰ったらご自分の顔をよくご覧になった方がいいです!」
「鏡はいつも見てるはずだが……?」
「見ててそんなことを言うなら、セオドア様は視力検査を受けた方がいいですよ!」
主従関係のあるステラとセオドアだが、これがお互いの素。だからセオドアも不敬だと言わないし、ステラもついつい言ってしまう。しかしそれはセオドアが自分の容姿に無頓着なせいだ。
なんだかんだ笑っているセオドアを見るとステラは心に暖かいものが広がっていく。そしてそれと同時に、こんな言い合いができるのも最後だという苦い感情も広がっていった。
馬車が会場である皇宮に着くと、馬車に乗る時と同じようにセオドアはステラの手を取って下ろしてくれた。皇宮所属の侍女に案内され、ステラたちはホールで行われているパーティー会場に着いた。パーティーは扉越しでも聞こえるほど賑わっており、プロの演奏家が響かせるハーモニーはきれいだ。
「───準備はいいか?」
セオドアにそう尋ねられ、ステラは一つ深呼吸をすると扉を見つめながら「はい」と答えた。
扉が開かれると賑わっていた声が一斉に止み、全員がステラたちを見る。その視線は様々だ。好奇心、興味、妬み、蔑み。このときセオドアはパーティーに慣れてないステラはこの視線に耐えられないということを忘れていた。だからすぐにステラを心配そうに見たが、帰ってきたのは微笑みひとつ。
「───!」
(こんな視線は痛くも痒くもない。実際に手を出してくることを恐れている人達に怯えることなんてないわ。あそこほど怖いものを私はないと言えるから……)
ステラからすると可愛い視線だ。だから下を向くことなんてない。1歩1歩を堂々と歩いていく。セオドアが隣でエスコートしてくれているから、だからステラは怖くない。
「───よくこの視線の中、堂々としていられるな。俺は幼い頃から晒されているから大丈夫だが、君の場合は怯えてしまうかと思った」
「ふふっ、私、メンタルだけは誰にも負けない自信があるのです。だからこの程度問題ありません」
2人は前を向きながら小さく口を動かして、周囲に気づかないように囁き合う。けれど表情は決して変えない。やがて周囲の人たちが各々のパーティーを再開すると、ステラは息を吐いた。
「ふう、セオドア様の顔に泥を塗らないように気をつけていましたが、もう大丈夫ですか?」
「ああ、悪かったな。普段誰も連れそわない俺が君を連れて来らこうなるだろうとすぐ分かったはずなのに……」
「気にしないでください。本当にあの視線は大丈夫でしたから」
ステラはテーブルに置かれているシャンパンを手に取ってテラスへ向かう。そのあとをセオドアは静かについてきた。周囲に二人しかいなくなるとステラはテラスの手すりに体を預け、シャンパンを飲んだ。
「───……セオドア様、私、とても嬉しいんです。こうしてセオドア様といられることが……」
「……どうした、急に」
「あなたはずっとずっと私の光だった。だから私は前を向いて歩けた」
「?それはどういう───」
セオドアが疑問を口にした途端、会場は一気に盛り上がった。おそらく皇族が入場してきたのだろう。このパーティーの主催を務める人たちが。ステラはにこりと笑った。
「セオドア様、ご挨拶に向かわれたほうがいいかと。私は正式なパートナーとして招待された訳ではありませんし、この国の貴族ではありませんので皇族の方々の前にはいけません」
「だが君をここに置くていくなんて……」
「大丈夫ですよ。それにそんなに時間はかからないでしょう?」
「まあ、おそらくは」
「ならここで待っています。ですからご挨拶に行ってきてください」
納得の行かなそうなセオドアの背をステラはグイグイと押して会場に戻らせた。公爵家であるセオドアが最初に挨拶しないとそれ以降の貴族は挨拶ができないのだ。
「───ああは言ったけど、本当はもう少し夢の中にいたいだけ。存在が許されない私の残りわずかな時間を……」
ステラは今頃皇族に挨拶をしているセオドアに真実を知られるのを恐れていた。
* * *
(早くステラのところに戻らないと)
セオドアは皇族が腰掛けている上段を目指して早歩きをする。その途中で声をかけてくる貴族が何人もいたが「陛下に挨拶をしないといけないので」と言うとサッと目を逸らして散っていった。
(皇族が来たら挨拶をするのは一般常識。それを妨げようとするなど言語道断だ)
頭の悪い貴族たちに苛立ちながらセオドアは上段へとたどり着き、片膝を着いて挨拶をした。
「アイゼイア公爵家のセオドア・アイゼイアが皇帝陛下並びに皇太子殿下らにご挨拶申し上げます」
「おお、よく来てくれたな。最近顔を見ないから心配していた」
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません。ただ風邪をこじらせてしまったため、屋敷で療養していました」
「そうかそうか。ここに来れたようだと無事療養は終わったようだな」
「はい」
「うむ、……では今宵のパーティーは楽しんでくれ」
セオドアは一礼をして次の貴族に場を譲るためにその場を離れる。そのとき後ろから皇太子に声をかけられて足を止めた。
「どうかしましたか、皇太子殿下」
「あ、いや、……小公爵のパートナーはどうしてるかと思ってな……」
「?テラスで休んでいると思いますが……?ところで殿下とステラはいつの間に知り合いとなられていたんですか?今回のパーティーにステラを連れてくるように手紙に書かれており驚きました」
「……!そうだな、彼女は……恩人だ」
「恩人、ですか?」
恩人という皇太子から滅多に聞かない単語を聞いてセオドアは素直に驚いた。そして一介の侍女であるステラがいつ皇太子の恩人になったのか、疑問が深まるばかりだった。
「……ステラはいつ貴方の恩人に───」
「すまない、小公爵。その話はもうじき分かるだろう。今は彼女とパーティーを楽しんで」
皇太子はそれだけ言って強引に話を終わらせた。また元の場所に戻ってしまったため、セオドアはそれ以上聞くことはできず、仕方がなくステラのいるテラスに戻ることにした。
ステラは右手にシャンパンを持ったまま、皇宮の庭園を見つめていた。その瞳は悲しそうな、寂しそうな色を宿しており、普段の明るいステラからは考えられないものだった。いや、普段のステラは本来の色に着色していた姿なのかもしれない。
(なにが、君をそんなにふうにさせるんだ)
ステラには笑っていて欲しい。そう心のどこかでセオドアはずっと思っていたことだった。
* * *
(綺麗な景色。祖国を裏切って得たものがこれっていうのは良かった。……でも私のこの呪われた血筋は生きていてはいけない。この景色を壊しかねない)
虚無感に襲われながら前を見つめていると、誰かが近づいてくる気配がした。ステラが振り向く前にその気配の主はステラに話しかけた。
「待たせたな。思ったよりも足止めが多くて来るのが遅くなってしまった」
「セオドア……。大丈夫です。むしろ誰もいないこの空間は何も気にすることなく楽でしたから」
「───そうか。ところで、先程皇太子殿下に君は殿下の恩人だと聞いたが……、それはどういう意味だ?」
「───!まだ、待ってください。あと、すこし、少しですから」
ステラがセオドアには知られたくなかったこと。それをセオドアは知ろうとしている。だからステラはセオドアに駆け寄り、必死に答えた。
「君は何かを恐れている時がある。それは一体なんなんだ……?」
「っ……!」
「言いたくないなら言わなくていいとは言ったが、さすがに知りたくなってきた」
「そ、それは……。あ、曲が始まりましたね」
ステラが言い淀んでいると、ダンスが始まる曲が流れ始めた。簡単なステップの曲や難しい曲のステップ。ステラはセオドアからの追求から逃れるためにセオドアの手を引いてホームに戻った。
「セオドア様、踊ってくれませんか?」
「は、何を言って……。俺はまだ君から答えを聞けていない」
「───セオドア様の望みはもうすぐ叶います。ですから最後に私の願いも叶えてくれませんか?」
「…………はあ、分かった」
「ありがとうございます」
セオドアはステラの手を引き、巧みなステップでリードしていく。今ステラたちが踊っている曲は比較的難しいステップが多く、踊っているペアは数少ない。だから必然的に注目の的となる。
「さすがセオドア様ですね、ダンスが上手です。おかげで楽しく踊れています」
「───君も予想以上にダンスが上手い。侍女になる前は平民だったはずだが……?」
「……そうですね。でも大勢の前で踊るのは初めてなので、上手くリードしてください」
「わかっている」
音楽に合わせてステップを踏み、ステラは大きくターンをする。来ているドレスがふわりと舞い、見ている人を魅了した。
(こんなに楽しいものだったのね、ダンスは……。ダンスを踊っていて楽しいと感じたことなんてなかったのに……)
だんだんと曲がラストスパートに入ってくる。ステップはさらに複雑なものになり、周りで踊っている人達は余裕が無さそうだ。しかしセオドアもステラも楽しそうで踊っていた。
「随分と余裕そうだな。この曲は社交界でも難しいと言われる曲のはずなのに……」
「練習しましたから。───セオドア様、貴方は知らないかもしれませんが、貴方の何気ない行動のひとつで私は心から救われました。だから私はあなたを守りたいと思った」
楽しそうに踊っていたはずのステラが泣きそうになっていることにセオドアは顔を歪めた。そんな顔なんてさせたくない、笑っていて欲しいと。
「───君は本当に何者なんだ。なぜ、そんなに……」
「今まで、ありがとうございました。あなたに出会えていなかったら私はここにいないでしょう」
「何を言って───」
「セオドア様、好きです。私はこれからも貴方の幸せを願っています」
ステラは自らセオドアからのリードを外れ、ダンスを終わらせた。会場から湧き上がる拍手にステラは一礼をする。そして、ステラを申し訳なさそうな瞳で見ていた皇太子に歩み寄った。皇太子はそんなステラに苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに皇太子として宣言した。
「止まれ!今この時をもって罪人であるステラ・メリューラを拘束する!」
「「「!!??」」」
突然の出来事に貴族たちは驚きを隠せない。そんな中、ステラは抵抗することなく騎士に捕えれる。上段に座ったままのほかの皇族たちもステラを悲しそうに見ていた。
「ステラ・メリューラ……?」
セオドアの信じられないという一言。けれどそれが本来のステラの名前。ただの平民であるステラではなかったのだ。ステラは一時的に騎士に手を離してもらい、パーティーにいる人に向けてカーテシーをした。
「初めまして、皆さん。私の名前はステラ・メリューラ。メリューラ王国の王族であり、唯一の生き残りです。そして愚かにも貴国に戦争を仕掛けようとしていた愚王の娘でもあります」
「なっ……!」
セオドアは驚きを隠せなかった。ステラが4年前に自国に戦争を仕掛けてして敗戦した国の王族の生き残りだったとは。けれど泣きそうに微笑むステラを見て、それが真実なんだと嫌でも分からせられる。
(もうすぐ真実がわかるというのはこういうことだったのか……!)
セオドアは無意識に手を強く握りしめた。そしてステラと皇太子の動向を見る。
「私は本来、メリューラの王族としてあの時に殺されるはずでした。しかし貴国に祖国の情報を売って、一時的に亡命し、この国で数年間だけ暮らすことを許可されたのです。そうですよね、皇太子殿下?」
「ああ、貴方がそう願ったから……」
「ですが、約束した期限は今日をもって終了しました。皆さん、今宵は私に素敵な夢を見させて下さり、ありがとうございました」
ステラはそれだけを言い残し、騎士に連行されて会場を出た。
* * *
(明日には直ぐに処刑されるでしょうね)
連れてこられた牢屋でステラは横になりながら自問していた。この牢屋は貴族が罪を犯した時に使われる貴族専用の牢屋で平民のそれとは比べ物にならないほど環境が整っている。正直、罪人にこんなことをしても無駄じゃないかと思う時もあるが、処刑される寸前まで快適に過ごせるのはありがたいことだ。
「私は過去に選んだ選択を後悔なんてしてない。だから死ぬことに悔いはなにもない。私の光、セオドア様を救えたことだけがなによりも私の中で誇らしいもの」
ステラは胸に手を当てて、ここに来ることになる前の出来事を思い出していた。
ステラはメリューラ王国の第4王女として生まれた。けれど母親は後ろだてのない平民。つまり、油断すればすぐに命を刈り取られる環境に、ステラは日々直面していた。
ステラの母親は後宮一の美姫と言われた美しい妃だった。だから父親であるメリューラ国王も目をつけた……。
踊り子としてパーティーに招かれた日、ステラの母親は皇帝のお手つきとなり、ステラを身ごもった。後宮へと無理やり入れられ、誰一人と味方の居ないなかでステラを出産し、育てていくことは心労に溜まったのだろう。ステラが7歳の頃、ステラの母親は流行病にかかり、あっけなく死んでしまった。
唯一ステラの味方だった母親は死んでしまい、国王もステラには興味が無い。そんなステラにほかの妃たちは虐める対象として目をつけた。
「ほら、さっさと準備して!!いつまで私を待たせる気!?」
「ひっ、ご、ごめんなさい」
「またお仕置されたいのかい!?」
「そ、それは……」
「嫌ならさっさと準備して!母親の死んだお前を誰が見てやってると思ってるの!?」
「ご、ごめんなさい!」
怒鳴られるのは当たり前。蔑まれるのも当たり前。暴力を振るわれるのも当たり前。全てがあたりまえの世界で、ステラの心は徐々に壊れていった。
(なんのために、私は生きているの……。誰も求めていない私の存在。いる必要なんてなにもない)
雨が降りそそぐ中、ステラは一人庭に出て、光を写していない濁った瞳で同じく濁った空を見つめた。このまま遠くに行けたらどんなにいいだろうと。
「───この世から消えてしまいたい……」
ステラが最後の光さえも失いそうになっていると、一人の少年が突然やってきてステラを雨の当たらない屋根の下へと連れていった。意味がわからなかった。
(この子は誰なの……?)
ステラの疑問は少年が持っていたタオルを髪にぐしゃぐしゃと当てたせいで口にできなかった。ずっとお互いが無言の状態。けれど雨の音しか聞こえない今の空間をステラは嫌いではなかった。
少年は一通りのことを終えて満足したようにため息をついた時、ステラは咄嗟にその手を掴んで尋ねた。
「ねえ、あなたはだれ?ここは王宮よ。かぎられた人しか入っちゃいけないはず」
「俺はこの国の人間じゃない。隣国のルクディルからきた貴族だ」
「ルクディル……。本でよんだわ、とても大きくて美しいくにだって。───そっか、あなたはこの国の人間じゃないのね」
「ああ。ところで、きみはどうしてこんな雨のなかひとりで濡れていたんだ?」
「……っ、だって、だれも私をひつようとしてないから。生まれてきちゃ、いけなかった存在なの、私は……!」
また一人で帰ればステラは物置部屋へと押し込まれて寂しく夜を過ごす。暴力を振るわれることを恐れながら、誰も来ないことも寂しく思う、そんな日々が。
「だからっ、消えたかった!そしたら、お母さんのところに───!」
「ばかなことを言うな!生まれてきちゃいけないなんて、だれが言ったんだ!君の母親がそういったのか!?」
「ち、ちがう……。お母さんは私を大切にして、くれてた」
「だったら親がかなしむようなことはするな!命は俺たちがもっている中で最も大切なものなんだ!」
少年はそう言ってステラの顔をむぎゅっと挟む。そして無理やり口角をあげさせた。
「わらうんだ。そんな不幸な顔をしていたら不幸しか訪れない。だからわらうんだ」
「むりだよ……っ。だれも私をいない存在としてあつかう。もう、耐えられないよ!」
「───だったら俺が君を必要としてやる」
この一言がどれだけ当時のステラを助けただろう。ステラは涙を流しながら呆然と目の前の少年を見つめた。真っ直ぐな赤い瞳。何者にも屈しない強い光を帯びた瞳はステラを明るく照らした。
「……ほんと……?あなたが、私を必要としてくれる……?」
「ああ、だからもう泣くな。───いつか、君をここから連れ出してやるから」
「うん……!ありがとう!あなたの名前はなに?」
「俺は……セオドアだ」
「セオドア……。すてきな名前ね。あなたにぴったり!───……あっ、雨が止んだわ」
「そうだな」
どんよりとしていた雲が晴れて、空には七色に輝く虹がかかっていた。
「セオドア、あなたは私の光だわ。ありがとう!あなたがいる限り、私は怖いものなんてないわね!」
「そうだといいな」
「うん!それじゃあ、ばいばい!また、遊びに来て!」
「ああ。───ってちょっと待て、名前は!」
ステラはもう走り出していてセオドアの声は届かなかった。セオドアはそんなステラに手を振り返して空にかかる虹を見つめた。
そしてその日からステラはほかの妃たちによる虐めにも耐え続けた。以前のような希望も何も無い中ではなく、セオドアというひとつの光を胸に宿して。
課せられる無理難題なレッスンや教育。端くれ者の王族だが、王族としての品位は求められ、ステラは常に努力をし続けた。そして多くのことを覚えていくと同時に、この国の闇を知ってしまった。
重税や悪政をしき、常に民は搾取され続ける。王は国民を道具としてしか見ておらず、民が死のうと関係ない。周りにいる妃たちも同類だ。けれど宰相や一部の大臣だけはことの深刻さを分かっていた。けれど進言しても聞き届けて貰えなかった。
ステラはその事実を知り、また来てくれると約束したセオドアのために、いい国にしようと自分に割り当てられた数少ない予算を城を抜け出して民に分け与え続けた。王女だと分かればきっと民は今までのように心を開いてはくれない。だから身分を隠すことには細心の注意を払った。
そんなとき、愚かにもステラの父親・国王はセオドアがいる隣国のルクディルに戦争を仕掛けようとしていたのだ。いや、ほぼ仕掛けたと言っても間違いはないだろう。メリューラよりも大国で美しいルクディル。王はそれに目をつけた。
ステラは王のせいで美しい、セオドアがいるルクディルが汚されるのは嫌だった。だから宰相たちに黙って国の機密情報を盗み出し、ルクディルへと渡った。そして戦争を止めるように頼み、民を解放するように懇願した。
幸いにもルクディルの皇帝はそれを聞き届けた。メリューラは地図から消え、ルクディルの一部となり、民は以前のような困窮した生活を送らなくなった。そしてメリューラの王族は一人残らず処刑された。もちろんその中にステラも入っていた。けれど戦争を止めようとした功労により、皇帝が一つだけ願いを叶えてくれると言ったのだ。
「願いを言ってみよ、ステラ第4王女よ」
「……でしたら、私に四年間だけの自由をください。そのあとはメリューラの王族としてこの世から消えます」
ステラの発言に皇帝は片眉を上げた。てっきり処刑を取りやめて欲しいと言われるのかと思っていたのだ。
「お主が願えば処刑も取りやめることができるぞ?」
「いいえ、それはなりません。私の体にはあの愚かな王族たちと同じ血が流れています。この血がある限り、メリューラの元国民は怨み続けるでしょう。だから私はこの世から消えなければいけません」
「ではなぜ四年間だけの自由が欲しい……?」
「私は今年で14歳。あの4年で成人となります。成人したら消えたとしてもメリューラの元王族として利用されてしまうかもしれません。ですから成人するまで自由が欲しいのです」
生きることを諦めいる訳でもないし、死ぬことを諦めている訳でもない。皇帝はステラの奥底にある感情を上手く読み取ることができなかった。
「いいだろう。お主の願いを聞き届ける。して、その4年間はどう過ごすつもりだ?田舎にでも引っ越すか?それとも首都で生活を?」
「それもいいかもしれませんが、私は侍女になりたいです。セオドア様の侍女に」
「セオドア……?セオドアというとセオドア・アイゼイアか?」
「はい。あの方は私の光ですから。最後にあの方にお会いしてこの世を去りたいのです」
ステラは探していたセオドアが公爵家の一人息子だと知り、侍女としてセオドアの役に立ちたいと思っていた。
「……わかった。ではこちらからの恩情として公爵家で働けるように手配しておこう」
「───!ありがとうございます、皇帝陛下」
そうしてステラはステラ・メリューラという名前を捨て、平民のステラとして公爵家の侍女となった。
(セオドア様は覚えていなかったみたいだけれど、それでも構わない。私が覚えているし、セオドア様が忘れていようとも私の光というのは変わらないから……)
ステラは夜が明けて行くのを牢屋から差し込む小さな光でわかった。
* * *
ステラが処刑される日。その日もあの人同じように雨が降っていた。
「罪人ステラ・メリューラ。メリューラ王国王族の生き残りとして処刑する!」
「はい」
広場で行われる処刑には思いのほか多くの国民が集まっていた。ステラはそんな彼らを横目で見ながら処刑台へと上がっていく。処刑台が見えるように立てられたテントの中には皇帝や皇太子がいた。彼らは何だかんだ、ステラことを見守っていてくれたのだ。
(ありがとうございました)
ステラはぺこりと頭を下げた。そしてギロチンに首かけようとした時、広場に「その処刑は取り止めだ!」と声が響いた。ステラが好きだと言い続けた、セオドアの声が。
(どうして、ここに……!?)
ステラは最後を見られたくなくて、皇帝や皇太子にセオドアがここに来ないように頼んでいたはずだった。
(それなのにどうして……)
意味がわからないまま、ステラはこちらに近づいてくるセオドアを呆然と眺める。ステラがあの日、希望の光を見出したときと同じ赤い瞳を。
「なぜ、ここにいるですか!皇帝陛下や皇太子殿下にお願いをして……!」
「ああ、だが元王族のステラの声と公爵家の俺の声とでは皇帝は俺の方を優先したんだろう」
「そんな……っ」
「だがもう大丈夫だ。君は処刑されない。だれもそんなことを望んでいないからだ」
「そんなはずない!だって私は彼らと同じ血が流れているもの!」
「よく民の声を聞け!」
そう言われてステラは静かに処刑台へと集まっている民を見た。その中にはステラがかつて身分を隠して助けていた元メリューラの民もいた。
「王女様!死なないで下さい!」
「俺たちを救ってくれた王女様なんだ!助けてやってくれ!」
「王女様を殺したら許さない!」
(え……、これ、は……?)
ステラは必死に自身の処刑をやめるように懇願する民を見た。父王に何をされても従って、搾取され続けた彼らが自らの意思で立ち上がってくれたのは嬉しかった。けれど……
「だめ、なんです。私は生きてちゃいけないっ!」
「そんなことないです!姫様は私たちのために戦ってくれたじゃありませんか!宰相様にも聞いています!」
「───え……。宰相……?」
「王女様!」と声がした方を向くと、4年前と余り変わらない姿の宰相たちがいた。彼らはステラと同じく国民を助けようとしていた側だった。
「王女様、生きてください!我々は王女様がいたことで今も生きていけるのです!ですから我々からその光を奪わないでください!!」
「っ、宰相……」
みんながステラを助けようと声を上げてくれている。その事実がステラを明るく照らそうとしている。
「陛下、これだけの元メリューラの国民がステラ王女の処刑を取りやめて欲しいと願っています。今これを無視して処刑すれば、次は国内での暴動が起きかねません」
「うーむ、そうだなあ。しかし、ステラ王女は元とはいえ王族。そしてその過去は複雑だ。どうしたら良いか……」
「陛下、答えは出ているんですから勿体ぶらないでください」
セオドアに睨まれ、皇帝は「すまんすまん」と笑いながら謝る。その姿にセオドアはため息をこぼし、皇帝に確認した。
「ステラ王女の処遇は先日確認した通りでいいんですね?」
「ああ、ただしそれはステラ王女が承諾すればの話だがな」
「分かっていますよ」
ステラの知らないところで二人の会話は進んでいく。困惑を秘めた瞳でセオドアを見上げると、セオドアはステラの前で片膝をついた。思わず「は……?」と心の声が出てしまうくらい、セオドアは皇帝以外には膝をつかないことで知られている。
「な、なにをして……!」
「ステラ王女殿下。君に生きて欲しいと願っているもの達は君が思っているよりもたくさんいる。そしてそれは俺もだ。
───だからどうか、俺と結婚して欲しい」
「…………けっこん……」
「ああ」
「……セオドア様、頭をどこかにぶつけたんじゃないですか!?じゃなきゃ、こんなこと言うはずが……」
「結婚」というワードに現実逃避と思考停止をしていたステラだったが正常値に戻るとすぐさまセオドアの言葉を否定した。セオドアは今まで遊びでもなんでも軽々しくそんなことを言ったことは無い。だからこそ、ステラにはその言葉の重みがわかる。
そのとき、セオドアはおもむろに口を開き始めた。
「───俺は、小さい頃メリューラに行ったことがある」
「───!」
「そのときに雨のなか一人寂しく打たれている少女を見かけた。その少女は美しい青い瞳をしていた」
「…………」
「どうやらその少女は死のうとしていたらしい。当時はよく分からなかったが、後になってその少女は王女であり、王族間で虐げられていることを知った。俺は浅はかにもその少女に『俺がきみを必要としてやる。いつか、きみを連れ出してやる』と言った。公爵家の出身である俺がいくら望んだとしても他国の王族までに関与できないというのに」
「……っ」
「そのあとのことは知らない。ただ、その少女が俺の無責任な一言でも光を見つけて前を進んでくれていることを願うしかなかった」
セオドアは優しくステラの頬を拭った。ステラも気づかないうちに涙が流れていたのだ。
「あのときの少女は君だったんだろう、ステラ」
「───っせお、どあ……さま」
「すまない。皇帝陛下の話を聞いて君があの
少女だと知ったんだ。来るのが遅くなってしまった……」
「うっ、ひっく……」
「ステラ、もう一度言う。俺と結婚してほしい。そしてあの約束を今果たさせてくれ」
「っでも、私は……っ!」
ステラはその夢のような言葉に頷きそうになる。けれど元王族がどれほど扱いにくいか、ステラは知っている。そんな苦労をセオドアにも陛下たちにもかけたくなかった。
───でも、ほんとうは
「ステラ、俺は君の本心が知りたい。ステラは本当はどうしたい。俺はそれを叶えてやる。ステラの心配することは俺が全てを排除する。だからステラ、本心を教えてくれ」
「わた、しはっ……!」
流れてくる涙を必死に拭いながら小さく、それでも心の底にある願いを言った。
「生きたいっ、セオドア様と生きたいよ!まだ生きていたい!!」
ずっとずっと秘密にしていたステラの本心。いつかは処刑されると思って自分にも気づかれないように隠してきた本心。それをたった今、ステラは暴露した。
「わかった。ではその願いを叶えよう。陛下も問題ないですよね?」
「うむ。こちらとしてもステラ王女を心配していた。まだ幼い王女が死を確信している姿など、哀れで仕方がなかった。けれど、そなたが共にいてくれるというなら安心だ」
「死がふたりを分かつまで、共にいることを誓います」
「ああ、ふたりに祝福があらんことを」
民はステラの処刑が取りやめになったことに歓声を上げ、宰相や大臣たちもステラに祝福を送っていた。
「さあ、帰ろう。君の家はもうあるだろう?」
「はい、セオドア様!」
降っていた雨は止み、あの時はひとつの虹だけだった空は今回は2つの虹がかかっていた。
* * *
「今日も素敵です、セオドア様!寝起きでもかっこいいなんて!好きです!!」
「俺もそんなステラが好きだ」
「嬉しいです!」
ステラの日々の日課である告白はあの日を境に連勝続きだ。
「私を救い出してくれて、ありがとうございました。今でもセオドア様は私の光です」
「ステラも俺の光だ」
「ふふっ、ではお互いが大事な光ですね」
ステラは心から笑えるようになった。そしてそれをセオドアは嬉しそうに眺めていた。