7話 剣士と喧嘩屋はスクールへ、おひとり冒険者には黒い封筒を
『新人研修その3! 職業訓練スクールに行ってみよう!』
職業訓練スクール。
通称『スクール』と呼ばれるそれは、近年の冒険者の死傷率増加を鑑みた国が創設した冒険者がそれぞれ生業とする職業に応じた技術を習得することの出来る場、らしい。
金は掛かるが、新人のうちはクエストとスクールを交互に組むことでその時その時で必要となる知識や技術を学ぶそうだ。
例えばララノアなら拳闘士としての戦闘技術。
アイリスなら剣士としての基本動作。
『スクールはいつでも君を待っている! さぁ、勇気を出して門を叩く時は今だ!!!』
そんな謳い文句を信じたわけではないが……ゴブリン討伐クエストを経た翌日、俺はあの二人を三日間スクールに通わせることにしたのだ。
した、というかもう金持たせて行かせた。
基礎ミッチリ三日間お泊まりコースで一人三万ゴル、二人で六万。
安くは無い金額だが、これで二人にマトモな知識を教え込めるなら安いもんだと自腹を切った俺の判断は間違っていないはずだ。
そんな訳で三日間の休暇が出来た俺はと言えば。
「ん〜、美味い!」
一週間振りの一人メシに舌鼓を打っていた。
やはり、モノを食べる時は誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだなって。
独りで、静かで、豊かで「やーやー。まーた一人でご飯を食べているのかーい?」あ……?
どこか気だるげで、眠そうな女の声と同時、それが唐突に後ろから人の顔を覗き込むように覆い被さってくる。
ニンマリとゆるく口角を上げ、整っているはずの表情を崩した、銀髪ロングの女の紅い瞳と目が合って。
「………………」
無視。
俺は無言で隣のテーブルに移る、これが正解のムーブだと経験が語っている。
「わぁ、逃げた〜。相席、失礼するねぇ〜」
うわっ、隣に来やがった。
「他にも席は空いてますが」
「えー、そんな寂しいこと言わないでおくれよ。キミと私の仲じゃないかぁ、ねぇ?」
「アンタとそんな親しい関係ではなかったと思いますけどね、国家指定冒険者殿?」
「えぇー冷たぁい。他人行儀は辞めてくれよぅ、前に一緒に組んでバケモンを殺した時はもっと仲良くしてくれたじゃないのさー、ねぇ、アルバス?」
「はぁ……なんすかアンダーさん」
「メアリーだよ、メアリー。ほらぁ、さんはい?」
アンダー、メアリー・アンダー。
この町唯一の星級冒険者であり、未だ王国内に36人しか存在しない国家指定冒険者の一人。
それは国家指定冒険者とは王国により地位と権力を与えられた冒険者、有事の際に矢面に立たされる生ける国家兵器である。
「何ってなんだよぅ。んふふ、ただは私は知り合いが一人で寂しくご飯を食べている様子が面白くて面白くてぇ。しょうがないから同席してあげただけじゃあないか」
言って、銀髪をバサりと払うメアリー。
綺麗な仕草のはずなのに、見ていると鳥肌が立つのはなぜだろう。
「久しぶりの一人メシなんでパスで」
「そーそー、聞いたよアルバス。パーティー組んだんだってねー?」
人の話を聞かねぇなぁ!
「耳が早いことで。 えぇ、1ヶ月の期限付き、なんなら勝手に組まれただけです」
「あぁ、それも知っているよぅ。そして今、そのかわいいかわいいパーティーのお二人をスクールへ送ったところも知っているよぉ」
「いや本当に耳が早いな、早すぎでは?」
「まぁ、視ていたからねぇ」
「…………はい?」
コップを置く。
箸も止まる。
頭も止まる。
「視てたって……どこを?」
「ん? 全部」
「全部!?」
「うん。ギルドで報酬もらって〜、二人が『三日!? 無理ぃ!』って騒いで〜、荷物まとめて〜、君が財布から金を出すとき顔がちょっと死んで〜」
「最後余計だわ!」
メアリーはケラケラ笑いながら紅い瞳を細める。
笑ってるはずなのに目の光が死んでるっぽくてなんか怖い。
「いやぁ〜あれはいい顔だったよ。うん、あれはちょっと絵に描いて保存したい」
「人の財布事情を保存しようとするな」
「そうカリカリしないでよぅ。だって気になっちゃうじゃん? キミが急に“育てる側”なんてキャラ変起こしてるからさぁ」
「勝手にキャラ変認定するな」
「だって昔のアルバスなんて、『新人育成? いやーパスで!』だったじゃん?」
「俺の知らない過去の俺を引っ張り出すな」
「なのに今は〜? ほら、スクールに送り出してぇ、おこづかい渡してぇ、
“いってらっしゃい、困ったら先生に言うんだぞ”って顔してたでしょ〜?」
「してねぇよ!?」
他の客がちらっと見るくらいには俺が声を張ってしまった。
メアリーは口元を押さえて笑いながら、実に愉快そうに嫌味な声で続けた。
「うんうん、いいお父さんになれるよぅキミ」
「ならねぇわ」
「じゃあお母さん?」
「もっと違うわ!!」
はぁ……くそ、ペースを乱される。
「で、そんなストーカーみたいな真似してまで何なんすか」
言うと、メアリーはようやく「そうそう、本題ねぇ」と胸元から黒い封筒を取り出した。
テーブルに落ちる黒。
嫌な色。
「指名依頼。キミ宛て。おめでとぉ」
「はい解散! 冗談お疲れ様でしたー!」
俺は秒で席を立つ。
が。
メアリーは腕を伸ばして俺の襟をひょいっとつまんで座らせた。
「はい逃亡失敗〜。もう一回どうぞ」
「やだよ! 黒い封筒とかロクなもんじゃねぇんだよ!!」
「うん、ロクでもないよぅ。わかってるじゃん」
黒封筒。
それはギルド、もしくは王国からの特別依頼だ。
依頼主は匿名。内容は他言無用。危険度は高い。期間も長い。制約も多い。
要するに、面倒の塊。
「キミ、少し前にデュラハンを逃したでしょ〜」
「……は? まだそれどこにも報告してねぇぞ」
おもわず声が低くなる。
さっきの視ていたとは理由が違う。
「はは、まぁ落ち着きなよぅ。私の友達がねぇ、あのデュラハンをずいぶん気にしててさぁ。今回はその、軽いペナルティみたいなもんだよぅ」
「ほーん。じゃあ返すわ。そんなデュラハン知らねぇし」
「息を吐くように嘘をつくねぇ……」
知らん。見てない。何も聞いてない。
証拠は無い。押し通す。
逃げ切って「いーや、君は逃げ切れないよ」うわっ。
「心を読むな!」
「証拠なんていくらでも作れる、分かるだろぅ?」
「なっ……」
「さて、依頼の話を」
「俺は一言も了承してねぇんだが!?」
と、ここでメアリーはコホンとわざとらしく咳払いをした。
「まぁまぁそれはさておき」
少しだけ声が低くなる。
「スクールに行った二人には、内密にねぇ?」
「……なんで?」
「だって言ったらアレでしょ? 二人して『アルバスさまぁぁぁぁ行かないでぇぇぇぇ!』って泣きついてくるでしょ? 邪魔じゃん?」
「いや来ねぇよ……いや、ララノアは来るな……アイリスはなんなら着いてくるまであるな……」
「んふふ、ほらねぇ?」
「ちょっと納得しちまった俺が悲しい」
「まぁ……だから内緒ね?」
紅い瞳がにこぉ……と細くなる。
笑顔が怖ぇ。
「じゃ、はい。開けよっか。だいじょぶだいじょぶ。最悪でも死ぬだけだから」
「全然だいじょばねぇ!!」
こうして俺の平和な三日間は、一口も消化されることなく終わりを告げたのだった。




