6話 モンスターを狩るだけが冒険者ではない
デュラハンの一件から一週間。
俺たちは採集クエストや迷い猫の捜索、ドブさらいなどの雑務クエを一週間やり続けていた。
モンスターを狩るだけが冒険者では無い。
ギルドにて受注できるクエストは簡単なおつかいからモンスター討伐のような危険な物まで多種多様だ。
果てには複数パーティによる超大型モンスターの多人数討伐依頼まで来ることもある。
今の時期なら王国付近に現れるドラゴンはまさにそういったクエストに当たるだろう。
冒険者たるものドラゴンキラーを目指せ! と言いたいところだが、新人のうちは討伐依頼だけではなく色んな依頼を受けて経験値を稼ぐのが鉄則。らしい。
『新人研修その2 討伐クエスト以外も受けてみよう!』
とまぁ、そんな参考書のアドバイスをそのまま一週間実行してみた訳なのだが。
全っ然稼げないことしか分からなかった。
いや、新人二人からすればその日の飯代と風呂代にちょっとした収入を稼げるからいいのかもしれないのだが。
一日働いて1万4000ゴルはないだろ……。
まず朝晩の飯代で2000ゴル、そして風呂代で3000ゴルの合計5000ゴルが一日で吹っ飛ぶ計算だ。
飯は朝晩1番安いD定食、風呂は時間少なめお湯少なめ。
そしてそんな節制で残りはたったの9000ゴル。
モンスターを一体狩ればゴブリンでも5000ゴルは稼げるだろう、十体狩ればそれだけで5万だ。
こんだけあればギルド提供のオンボロテントではなく2万ゴル出して冒険者専用安宿に素泊まりできるくらいにはなる。
勿論、稼ぎは依頼がある前提。
だがしかし、野良モンスターを狩ってその素材や魔石を売るだけでもまあまあの稼ぎになる。
というか稼ぎにしていた、新人の頃の俺はそうやって生計を立てていたのだ。
そんな事実に直面した俺は耐えられなかった。
人は1度上げてしまった生活水準を下げることは出来ないのだ。
故に、本来であればあと一週間ほど簡単な依頼で済ませる所をショートカットすることにしたのである。
「お試し! お試しでパーティー組みましょう!」
「お断りします」
ギルドの飲食スペース───窓際のテーブル───にて朝のコーヒーをキメつつ、もはや日課になりつつあるアイリスからのアタックを今日も今日とて断固拒否。
うーん、一日が始まったな。
「なんでですか!? わたくしがソロになってもいいんですか!?」
「いやだからさ、他の人と組めばいいじゃん」
「むーりーでーすー!」
まるで駄々をこねる子供のようにアイリスが俺の肩を掴んで前後に揺らしてくる。
ぐりんぐりんと揺れる度、窓から射し込む陽の光に彼女の紅い瞳が乱反射して凄く眩しい。あと、引き寄せられる度に胸が当たってるからやめてくれ。
やめてくれ。
「おはよう。朝からやってるな、アルバス先輩」
「おう、おはよう。朝の挨拶ついでにアイリスを引き剥がしてくんない?」
背後からの声に揺られながら振り返ると、呆れ気味に両の手を揺らしながらこちらへ向かってくるエルフが居た。
防御力がいかにもなさそうなショートパンツからスラッと伸びた脚、上半身には動きやすさ重視の革素材の防具を纏っている。
そして腕にはガントレット。
拳にはメリケンサック。
今日も今日とて喧嘩屋エルフことララノアは、これ見よがしに『私は近接格闘職です』といった軽装でもってこちらへ向かってきていた。
相も変わらず弓と矢は持つ気が無いらしい。
「アタシの膂力じゃ無理だな、諦めてくれ」
「行動する前から諦めるのやめろ! エルフ流喧嘩術が使い所を求めて泣いてるぞ!」
「なぁ、先輩。そろそろ諦めたらどうだ? うちのパーティーには前衛は必須だろう? アタシが前衛、アイリスが前衛、先輩が後衛兼前衛でバランスもいいじゃないか」
バランスって字を辞書で引いてこい。
「バランスって字を辞書で引いてこい」
あんまりにもあんまり過ぎて心の声がそのまま出ちゃったぞおい。
なんでそんなしたり顔でアホなことが言えるんだよ。
「大丈夫だ、アタシはアタシの脳を信じている」
「ちょっと自問自答くらいはしろ」
コイツの頭の中はどうなっているんだろうか。
思わずため息をつきそうになるがグッと我慢する。
「つーか、お前の言う編成だと俺の仕事が多すぎるだろ。せめて中遠距離の魔道士、もしくはパーティーの生命線たる白魔道士をだな」
「ほう、パーティーを組む前提で話を進めてくれるのか」
「えっ!?」
「期待に満ちた目線を送って来てるところ悪いが違うからな、アイリスさん」
その言葉によりアイリスの手に込められる力が強くなった気がががが痛だだだだだ!
だめだ、このままじゃ肩が砕かれちまう!
「《ワープ》!」
「あっ!」
ミシミシと肩から嫌な音が鳴り始めたので堪らずワープ、アイリスの手元から抜け出しすぐ隣の席へと飛ぶ。
大きく空振りする形でテーブルへと突っ伏したアイリスが恨めしげにこちらを睨みつけてくるが、俺は一緒に飛ばしたコーヒーカップを傾けて無視を決め込む。
「……それ無しにしません? わたくし、魔法使えないので不公平だと思いまーす」
「アイリスさんには武技があるだろ? 《縮地》使えばイーブンだぞ」
「「……………………」」
暫しの沈黙。
お互いに一挙手一投足を見逃さないように見つめ合う。
だが、ララノアののほほんとした声がそれを切り上げた。
「で、先輩。今日もまた薬草の採集や猫探しのクエストをやるのか?」
「ん…………あぁ、その事なんだが。今日からまたモンスター討伐系のクエストを受けようかと思うんだわ」
「おっー! いいですねっ!」
「ふむ、その心は?」
「モンスター討伐以外で得られる経験なんてたかが知れてるからな、やっぱ冒険者ならモンスターを狩ってなんぼだろう」
もちろん建前。
単純に金が欲しいだけだ。
いや建前抜きにしても、実際のところ討伐クエ以外で冒険者が生計を立てるのが難しいという事情もある。
よし、いいタイミングだし軽くクエストについて説明してみるか。
「コホン、アルバス先輩の〜クエスト講座〜」
「なにか始まりましたよ、ララノア様」
「なんか始まったぞアイリス」
久しぶりに裏声出したせいで喉が痛いがまぁいい。始めよう。
「基本的に───────」
───────基本的にモンスター討伐クエスト以外のクエストには色々な問題や条件、専門知識などが求められることが多い。
例えば護衛クエスト。
文字通り護衛対象を目的地まで護衛したりするクエストだ。
この種のクエストは依頼主が貴族様や商人であることがほとんどの為、ものすごく報酬が美味いのだが、彼らにツテがある固定の面子しか受けることが出来ない。
稀に新規の依頼主が現れることもあるが本当に稀であり、基本は既存依頼主から話を聞いて依頼してくるので俺達一般冒険者に白羽の矢が立つことは無いのだ。
一部の者だけが美味い汁を啜るクエスト、それが護衛クエストだ。
次にマップ作成クエスト。
こちらは街外の担当地区に毎日潜り、冒険者やギルド向けのマップを作成するクエストだ。
テンプレに沿ってマッピングするだけの簡単な仕事なのだが、それ故に報酬が美味しくない。しかも拘束時間が長いのでコスパも悪いと来る。
更に追い討ちをかけるようにマップ作成を生業とする業者まで存在するのだ。
不味い、長い、存在理由が感じられないといった問題があるクエスト。
それがマップ作成クエストなのだ。
最後に雑務クエスト。
これは文字通り雑務だ。
薬草の採取、迷い猫探し、ドブさらい、防壁の清掃、釣り、その他諸々。
とかく冒険者であれば誰でも出来るアルバイトのようなものであり、報酬もそれと同じレベルのゲロマズクエスト。
それが雑務クエストだ。
上記の三つ以外にもダンジョン探索クエストなんてものもあるが、これは今の俺たちに関係ないのでとりあえず投げておく。
俺一人なら受けてもいいが二人が死にかねない────
「────とまぁ、こんな感じだ」
「説明が長い」
「目が滑ります」
……………………。
「……ゴブリン討伐行くぞぉ!!!」
◇
ゴブリン。
それは人間の子供くらいの体躯の小鬼型モンスター。
臆病かつ卑怯な性格で知られており、膂力は弱いが罠作成や騙し討ちなどお手の物の厄介な雑魚モンスター……なのだが厄介と呼ばれる所以はそんな所ではなく、とある習性が起因している。
厄介な習性、それは群体だ。
一体〜十体の群れで行動し、必ず多対一で狩りを行うのである。
新人冒険者がゴブリンを舐めて掛かり全滅なんてことも少なくない。
故にゴブリンは初見殺し、新人殺しなどと呼ばれている。
とはいえ、油断しなければ雑魚は雑魚。
しっかりと気持ちさえ引き締めれば、そうそう負けることのない勝てる相手なのだ。
だというのに。
「はぁ……何故なのか……」
ゴブリン討伐クエストの目的地であるざわめきの森にて、二つの叫びが響いていた。
片やゴブリンの団体様───感知数十体───へと素手で突っ込むエルフの叫び、片や1匹のゴブリンへと意気揚々に突っ込むセイバーの叫び。
「雑魚に負けるアタシではないぞ! 突撃ィ!」
「わたくしも負けてられません! ゴー!」
この一週間で分かったことがふたつある。
ひとつは稼ぎの少なさ、そしてもうひとつは我がパーティーの弱点である。
弱点、それは職業の偏りだ。
以前は前衛二人と後衛俺でバランス良く行くと思っていたが、あまりにも浅はかだった。
「あっ、アタシの装備を取るなァ! あぁっ、ガントレットがっ!!!」
「わたくしの剣技に着いて来、あぁっ! 折れた!!!」
武器を取られて振り回される二人を囮に、俺はと言えば《潜伏》を使用して二人に纏わりつくゴブリンへと弓を射りながら、自身の見通しの甘さを嘆いていた。
「よーし、そのままヘイト稼いでいてなー……」
きっと今の俺はすごく死んだ目をしていることだろう、あまりにも作業感が酷い。
何よりも新人二人を囮に使うのは気が引ける。
いやまぁゴブリンの群れを見つけるやいなや勝手に自滅した二人が悪いのだけども。
なーんで勝手に突っ込むかなぁ。
「「助けて(ください)先輩!」」
「わーったよ!」
─────大分減ってきたゴブリン共へ向け、弓を引く。残り二十三体。
ステゴロエルフ、パワー系セイバー、オールラウンダー狩人。
ララノアは今のところ突っ込むことしか出来ないモンク以下の何か。
アイリスは力任せの剣さばきで精彩に欠ける、しかも勝手に突っ込むし剣は何故かハリボテのなんちゃってセイバー。
俺はと言えばソロ前提の動きしか知らないし二人を止められず、指示が後手に回りやすい後手後手リーダーである。
機能不全を起こした前衛、そもそも多人数の指揮なんて分からないソロ冒険者のリーダ、こんなん根本的に終わっているのだ。
─────矢をつがえ、放つ。ダガーを投げナイフのように投擲。残り十体。
見通しの甘さと言えばもうひとつあった。
それは二人の弱さだ。
まさかゴブリン程度に負けるほど二人が弱いとは思っていなかった。
いや確かにゴブリン程度とは言え!
気を引き締めて真面目に掛かれば勝てる相手とは言え!
雑魚とは言え!
数が多ければ脅威にはなるんだろう。
だがしかし近接戦特化の二人ならもっとやれるはずだと思っていた。
ララノアの喧嘩術は対人を想定した技術であり人型モンスターであるゴブリンに刺さるはずだと、アイリスの馬鹿力なんて言葉にするまでもないと。
そう思い込んでいた。
──────そもそも俺は一人でやってきた人間なんだから他人の力を信じるとか向いていないんだよな。
言い訳がましいがそんな自分の尺度で測ってしまった。
なんて浅はかだったのだろう。
結果はあまりにも無惨。
「これで……ラスト!」
言って、最後の一匹となったゴブリンの眉間へと矢を放つ。
放たれた矢は想定通り、眉間へ。絶命。
ゴブリンの絶命と辺り一帯の索敵を確認し、俺が《潜伏》を解くと、こちらに気が付いた二人が駆け寄って来たのでいつも感覚で横へ避ける。
「おっと」
あ、今のは避けちゃダメなやつか。
「「………………」」
「わーった! わーったから! 胸くらい貸してやるから! そんな目で俺を見るな!」
言うや否や、ドンッ! ガバッ!ギュッ! ボキンッ!と音が鳴りそうなほど強く抱き締められた。
涙とか鼻水がすごい勢いで服に擦り付けられてる気がするが、今は許そう。
「……飲みいくかぁ」