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5話 待て。違う、勘違いするな

「っ!!! 《ワープ》!!!」


 二人が俺の後ろに移動したと同時に、ザンッという音が先程まで彼女らが居た場所に響く。

 危なかった、あと少しでも遅れていれば二人はやつと同じく首無しになっていただろう。


『むっ、娘共を斬ったつもりだったのだが。カカカ、阻止されてしまったわい』


 デュラハンの持つ頭がカラカラと笑う姿に妙な悪寒、違和感を覚える。


 ここまではっきり喋るタイプのアンデッドが居るのか?


 喋るアンデッドがいること自体は知っていたが、ここまでハッキリと人の言葉を解すタイプはなかなか聞かない。

 アンデッドロードであったり、リッチーならまだしもこんなデュラハンが。

 ……生かしてギルドに持ち帰ったらボーナスとか貰えないかな。


「アルバス先輩!? 突然何……っ!? デュラハン!?」


「ブクブクブクブク」


「ララノア様!?」


 焦るアイリスに泡を吹くララノア。

 彼女らをさらに《ワープ》で後ろに移動させながら《プロテクション》で魔力の壁を作り《超硬化》を重ね掛けして最低限の守りを固めさせ、軽く思考する。

 この二人を守りながら街に帰れるだろうか、そりゃ無理だ。

 ここから街までの距離をデュラハン相手にして撤退戦をするとかどんな罰ゲームだろうか、確実に俺の魔力と体力が足りない。

 じゃあ一人でさっさと帰るか、俺の足なら余裕で奴を振り切れるはずだ。

 二人を囮にして更に逃走時間を稼ぐことも出来るだろうし、新人二人が死んで俺は晴れてソロに戻れる、が。

 駄目だ、それだけは絶対無理だ。


 そんな胸糞悪いことしたらこの後の人生が、飯が不味くなっちまう。


 何より、今生きているのはあの二人の犠牲のおかげだと思う自分の姿が情けなさすぎる。

 そんなんならまだ、二人に絡まれる方がマシだ、随分とマシだ。


 しゃーない、殺すかぁ〜。


『腹ァ決まったかよ、小僧』


 こちらの様子を伺っていたデュラハンが機嫌良さげに言う。

 武装は右手に持ったバスタードソードのみ、あとは全身をフルプレートアーマーに包んでいるだけか。


「待ってくれるなんて優しいっすね、そのまんま見逃してくれたりしません?」


『カカ! 腑抜けたことを抜かすな! このハンドラー、出会った生者を』


「あっそ」


 なにか言おうとしたデュラハンの両目へ目掛け、足元に転がっていた小石を蹴り飛ばして腰に差したダガーを引き抜く。


 どうするか。そんなことは決まっている。


 ここでコイツを倒して三人で街に帰るのだ。

 我ながら冴えた案だと思う、なんて平和的で安全な案だろうか。ははは。


『不意打ちとは卑怯なっ!』


 どの口が言ってるんだか。

 上手いこと目潰しを食らって憤慨するデュラハンがやたらめったらにバスタードを振り回している。

 それを尻目に俺は強化魔法を掛けていた。


 ーー《筋力強化》《筋力超強化》《敏捷強化》《敏捷超強化》《耐久強化》《耐久超強化》《魔力量増加》《武装強化付与》《視力強化》ーー


 同時に多数の強化魔法を使うのは本来は悪手であるのだが、今はそれを無視して掛け続ける。

 基本的に強化魔法は引き算だ、多数の強化を掛けるのではなく《強化》のひとつで全ての強化項目を引き上げるのが最良である。


 ーー《リピート》《リピート》《リピート》《リピート》ーー


 何故ならば、強化魔法は掛けた量によってそれに応じた振り戻しがあるのだ。

 ひとつなら何となく身体がダルいだとかで済むが、それが複数重ね掛けとなると話が変わってくる。

 五を超えれば肉体はその強化に違和感を覚え出し、十を超えれば骨は軋むし肉は断裂し始める。

 悲鳴を上げる身体を、懐から取り出した回復薬をがぶ飲みすることで何とか誤魔化してとりあえず準備完了。


『カカカカカカ!!! 目潰しをしてくるから逃げるのかと思えば! なんとまぁ夥しい数の強化魔法を掛けるものじゃ』


 流石はアンデッド、目ん玉を思いっきり潰してやったのにもう視力が回復してやがる。


 俺が掛けた強化魔法の数は本来は九つであるが《リピート》を使ってさらに増やしていた。


 《リピート》は自身に掛けられた強化魔法を倍に増やす代わりに効果時間を半分に減らす魔法だ。


 これによって俺には百を超える強化魔法が掛けられたことになる、効果時間は3分強……なのだが肉体はそれに耐えられずどこかで壊れるだろう。痛い。

 だが死にはしない、肉は裂けるし骨は碎けるし死ぬほど痛いが死にはしない。痛い痛い。

 これで痛っ、ダメなら切り札を使わなければならないが痛い痛い痛い痛い!

 出来れば切り札はあの二人には見せたくいや待ってもうすごい痛い、やばい痛い痛い痛い!


『狂気の沙汰だのう……! 儂に勝つ為に命を捨てるか!?』


「拾うんだよ!」


 言って、俺は力強く地面を蹴る。

 駆け出した右脚がひしゃげて骨が剥き出しになるが、肉体に残った回復薬が後追いで治療を始めているので気にしない。流石はギルド謹製の高等回復薬、治療速度が違う。


 駆け出した姿勢のままにデュラハンの胸元へと接敵、左手に持ったダガーを逆手に持ち替え奴の頭を弾き飛ば。やべ読まれていた。

 ギリギリでデュラハンに頭を空へと投げられてしまう。

 上空へと注意を払いつつ今にもこちらへとバスタードを振り下ろさんとする奴の股下を這うようにして左側面へ移動し、間合いギリギリから胴体へと右廻し蹴りお見舞い、その反動を利用して更に距離を取る。


『かはっ!?』


 時間差で蹴りの威力が伝わったのか、空を舞う頭が血反吐を吐いていた。首は繋がってないのにどういう構造なんだろう。


 あれ。


「落ちてこない……?」


『余所見っ!』


「してねぇよ!!!」


 妙に滞空時間の長い頭に返答しながら、こちらへ突っ込んでくる胴体から繰り出される刺突を紙一重で躱す。躱す。

 時にはダガーでバスタードを受け流してみたりもする。


『カカカカカカ! どうしたどうした!』


 妙と言えばこちらも妙だ、こちらは100を超える強化魔法を掛けているのにそれでも紙一重でしか躱せないのはおかしいだろう。

 というか、先程よりもデュラハンが明らかに速い。


 どうなっている?


 なんて考えていると背後からアイリスの声が響く。


「アルバス先輩! デュラハンは頭を狙ってください! 頭という枷が無い胴体は恐ろしく速く、強いんです!」


 ははーん、なるほどね。


 確かにあんなお荷物持ちながらじゃ、そりゃ動けないわな。盲点盲点。

 普段はデュラハンなんて隠密スキルで頭に一撃入れるだけで終わりだったせいだろう、すっかり思考から落としてしまっていた。


 どうしたもんかな。


 強化魔法によって強化された今なら頭の位置まで跳ぶのは容易だろう。

 しかしそれを大人しく見ているとは思えん。


『儂の弱点を知ったところでどうする? 攻撃を躱しながら此処へはこれまい?』


 空から降り注ぐ勝ち誇ったような笑い声を適当に流しつつ、更に速度を上げバスタードを振るう腕に一太刀。


「おっ?」


 するとどうだろう、強化されたダガーは想定していたよりも鋭く、フルプレートのアーマーをまるでプリンのように容易く斬り裂いて見せた。


『なにっ!?』


「っと、これはこれは」


 二撃、三撃。

 腕を斬られたことで精彩を欠いたバスタードの連撃を躱しながら、スパスパとアーマーごと胴体を捌いていく。あ、これ楽しい。


 アンデッドとはいえ肉体があるのだ。であれば。


『クッ! がはっ! ちょ、待っ!』


「弱点なんて叩かなくてもよォ! 頭以外を切り刻んで再起不能にすればさァ!問題ないよなァ!?」


『痛っ……ぐえっ、おごっ!?』


 連撃、連連撃。

 右腕を胴体から切り離し、次に左腕、両脚。

 切り離した四肢を更に細かく斬り刻むと動きがドンドン弱々しくなっていくのが分かる、流石にここまでバラバラになるとアンデッドでも回復できないのかもしれない。

 デュラハンといえば強靭な肉体とアンデットの特性である不死性が強み、ならばそれをそのまま真正面から潰す。


『この魔王ぎっ!? 幹部がぁっ! 何故こっいぎゃあ!?』


 あぁ、いいね。

 これなら切り札を使うことなく殺れそうだ。


「臨時報酬いっただきまぁーす!!!」


「ヒッ……」


『舐めるなよ小僧がっ!!』






 ◇






『もういっそ殺せぇ。殺してくれぇ』


 叫び疲れたのか諦めたのか、頭だけとなったデュラハンが力なく呟く。


 俺はと言えば、強化魔法が切れてしまいその場で仰向けに倒れていた。

 バキバキに砕けた骨が、裂けた肉が回復薬の直接投与によってじわりじわりと修復される感覚は如何ともし難い。

 有り体に言うと物凄く痛い。本当に痛い。

 痛みとはある地点超えると痛いを通り越して無痛になると言うがあれは嘘だ、だってこんなにも痛いんだもの。


「あの、ソロっていつもこんな感じなんですか……?」


 横にちょこんと座るアイリスが青ざめた表情で聞いてくる。

 いつも、いつもかぁ……いつもならそもそもこういう手合いと出会う前に逃げるだろうなぁ……。

 もし仮に殺らなきゃいけなくなったらそこはもう切り札を切る、そんだけだろう。


 そういえばララノアは何処だろう、あ、まだ《プロテクション》の中で気絶してる。同じ景色を昼間にも見た気がするぞ。


「いつもって訳じゃないんだけどな、稀によくあるぞ」


「はぁ……稀なのかよくあるのかどっちなんですか」


「稀だ、稀。そんなに怒った顔しなくてもいいじゃないか」


 ムッとしたような少し不満げな表情でアイリスは答える。


「あ、いえ怒ってないです。なんでこんな危ないことをしてるんだろう、と思っただけです。化け物とか命知らずだとか思ってないですよ?」


 それは思ってるのと同義だと思う。


「命を捨てる気なんてないし死ぬつもりもないんだけどな」


 それに、昔からこういう生き方なのだから仕方ない。

 あぁ、そうだ。

 昔のことを少し話せばわかってくれるかもしれない。


「少し、昔話をしようか」


 言って、昔のことを思い出す。


 幼い頃から街の外に出ては魔物を狩ってレベルを上げる日々だった。

 俺は捨て子で、赤子の頃に孤児院に捨てられていたという。

 その孤児院はとてもじゃないが裕福とは言えない、貧乏ジリ貧孤児院。

 王国からの援助金もあったがそれらは全て院長の袖の下、俺達には何も還元されなかった。

 故に俺は自分で金を稼ぐことにしたのだ。


 そう、モンスター狩り。


 7歳になった頃から夜な夜な孤児院を抜け出しては雑魚モンスターを狩っていた。

 モンスターを倒すことで手に入る魔石を売り払って日銭を稼ぐ日々だ。


「それは…………」


「あぁ、最初は辛かった。けど段々余裕が出てきて稼ぎも大きくなって来てな。そうそう、血の繋がってないけど妹が居てな? そんな妹と外で飯を食べられるくらいには稼いでたんだぜ? ははは、楽しい日々だった」


 なんとなく、少し照れくさくて笑ってみる。

 たまには昔話の自分語りも悪くない。


 そういえば妹の奴は元気にしているだろうか。

 俺が冒険者学校に在学中に王立騎士団に才能を見初められて王都へ迎えられた妹よ、よく狩りに着いてきて俺を困らせた妹よ。

 血は繋がってないけど、元気にやってくれてるとお兄ちゃんは嬉しい。


「あの、アルバス先輩!」


「ん?」


「わたくし、やっぱり貴方のパーティーに入りたいです!」


 なんだかものすごく可哀想なものを見るような目でアイリスが何か言っている。


「いやだからな、俺は一人の方が性に合うというかだな」


「ダメです! 今の話を聞いて決心しました! アルバス先輩は放っておいたら何処で死ぬか分かりません! わたくし、命の恩人が何処ぞで野垂れ死んでるかも知れないと思いながら生きたくないです!」


 酷く失礼な事を言われている気がする。


「いやいや、冒険者なんていつ死ぬか分からないんだから気にするなよ」


「ダーメーでーすー! それにわたくしがソロになってしまいます! ソロは嫌です! ソロは嫌なんです!」


「……命の恩人云々は建前でそっちが本音か?」


「ま、ままままっさかー!」


 あからさまかっ。

 冒険者始めてからまだ一週間なんだから前衛なんてどこも欲しがると思うけどなぁ。


「まさかアイリスさんや、もうなんかやらかしたの?」


「……………………いいえ?」


「間が長ぇ!」


 ─────ヒヒヒーンッ!


「「!?」」


 不意に馬の嘶きが響く。

 同時に馬の駆ける音が近付いてきたと思うと、それが姿を現した。


『やっと来たかっ! コシュタ!』


 音の正体はデュラハンの相棒であり、同じく首なしの魔物。

 おかしいとは思ったんだ、デュラハンの癖して何故馬に乗ってなかったのか。

 まさか緊急離脱用、もしくは不意打ち要員として馬を使うとは頭を使いやがる。

 くそっ、まだ身体が回復し切ってねぇ。


「逃がすか!《キューブ・プロテクション》!」


 発動と同時、正立方体の魔力の箱でデュラハンを捕らえる。

 が。

 魔力の練りが足りてないせいで首なし馬のひと踏みによってそれは無惨にも破壊されてしまう。


『今日の恨みは絶対に晴らすからなぁ! 小僧、覚えておれ!』


 デュラハンは首なし馬の引く荷台に乗ったかと思うと。


『さらばっ!』


 言って、あっという間に地平線の彼方まで駆けていってしまった。


「行ってしまいましたね」


「ああっ! 俺の臨時ボーナスが……! パーティー解約金がっ……!」


 こんなことなら身体が回復し切る前に無理にでも殺しておくんだった……!


 いや、ないものねだりはやめよう。

 それにアイツは恨みを晴らすと言った、つまりはまた来てくれるということだ。

 ならそん時ぶっ殺そう、ヨシ!


 さて、と。


 おもむろに立ち上がり、何となく地面を踏みつけたり腕を回してみる。よし、なんとか街には帰れるな。


「とりあえず帰るか」


「待ってください、何を有耶無耶にしようとしてるんですか! わたくしを仲間に入れて下さい!」


「しつこい奴だな、嫌だよ駄目だよお断りだよ」


「なっ!?」


 その場でへたり込み、涙目でショックを受けているアイリスはとりあえず無視し、未だに起きないララノアを起こすことにする。


「おら、ララノア起きろ」


「ハッ! デュラハンに襲われる夢を見たような?」


「夢じゃねぇよバカヤロー」


 眠気まなこでウトウトするララノアを軽く小突きながら、軽く何があったかを話す。


「また助けられたのだな……」


「はっ、新人が一丁前に責任感じてるんじゃねーよ。これは俺のワガママでやったことで、あえてお前らを助けたんだからな」


「わかった、そういうことにしておこう」


「待て。違う、勘違いするな。俺はただ、お前ら二人を置いて逃げた後の惨めな人生が嫌なだけでだな───」


「わかっているさ。先輩は本当に優しいんだな」


「んなっ!?」


 断固抗議しようとするも、ニマニマと笑ってララノアは未だに立ち上がらないアイリスに駆け寄っていってしまった。


 俺は別に優しくない、はずだ。

 そのはずだ。


 なにやら釈然としないがとりあえず、俺たちは帰路につくことにした。


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