16話 上級冒険者捜索クエストなんて受けるわけねぇだろうが! と思っていた時期が俺にもありました
一週間明けでの朝。
新人研修のラスト一週間の開幕である。
ギルドの掲示板は今日も人で溢れていた。
討伐、護衛、採取、運搬。
いつも通りの紙切れが、いつも通り並んでいる。
「おーおー、朝から争奪戦だなこりゃ」
我先にと美味しいクエストを取ろうとごった返しになる中を突っ込んでいく冒険者仲間を見ながら、俺はといえばそれを一歩引いた所で眺めて笑う。
ひと月前の俺だったらこの嵐のごとき争奪戦に突っ込んで行っただろう。しかし、今の俺にそんな元気は無い。
腹が減った。
普段から余計な現金を持たない主義の俺は生活に必要な諸費用と家賃以外の給料を全て積立基金と貯蓄に回していたのだが、それが仇となった。
貯蓄を崩せば腹を満たす程度どうとでもなるが、貯蓄の桁が増えることに快感を覚えるとかいうクソくだらない理由で金を下ろせずにいる。
普段ならそれでもクエストやモンスターの討伐報酬でどうにか賄えていたが……。
こちらも三人に多めに報酬を分配してるせいで雀の涙もいいところだ。
「くだらねぇプライド……だから俺は一人でいいんだよ」
吐き捨てるように小さく呟きながら、俺は掲示板の喧騒から少し離れた端へと視線を伸ばす。
掲示板の端っこの方には値段は安いが難易度の低いクエストや、難易度の割には報酬が安いクエスト、そして単純に面倒くさいものなどが多く掲示されており、そんな人気の無いクエストを吟味する。
その中で、妙に目に付く一枚があった。
上級冒険者パーティ遭難につき、捜索協力者を募る。
「……ふぅん」
上級冒険者パーティの捜索とか厄ネタ臭ぇ……。
正味、上級冒険者レベルが遭難とかどんなモンスターが出るんだよって話。
つかこんな東の果ての辺境に上級冒険者が遭難するポイントなんてそうは無い。
俺は鼻で息を吐き、内容を流し読みする。
発生地点は駆け出し平原北側、森の奥。
最終確認時刻は一週間前。
生死不明。
発見できなくても参加報酬あり。
「あれっ……悪くない」
正直な感想だった。
見つからなくてもいい、というのはつまり。
成果を求められていない、ということだ。
極論、森を歩き名前を呼び痕跡を確認して帰るだけ。
なんなら痕跡を確認しなくても捜索をしたっていう事実さえあればいいのだ。
危険度は低く見積もられているのが気になるが……。
ギルド側としては上級冒険者が帰ってこない理由を
「道に迷った」「負傷して動けない」「何かのトラブル」
などと判断している可能性がある。
いやまぁ、上級冒険者がその程度の理由で帰って来れないなんてありえなくね?
とは思うが。
新人三人を連れて行くクエストとしては正直美味すぎる。
浅い所を漁って帰るだけ、ピクニックみたいなもんだ。
捜索クエスト。
戦闘は避けられる。
経験値になる。
しかも見つからなくても金が出る。
「……よし、取るか」
上級冒険者捜索クエストなんて受けるわけねぇだろうが!
と、考えてる時期が俺にもありました。
俺は依頼書を引き剥がし、受付へ向かう。
いやでもなぁ……。
紙を持つ指に、微かな違和感が走った。
「……上級、だよな」
小さく呟く。
上級冒険者。
それもパーティ単位。
一人や二人なら分かる。
夜の森での事故も、油断も、判断ミスもある。
だが、パーティごと音信不通。
危険指定が低い。
緊急扱いでもない。
そして何より。
「……見つからなくてもOKってのが美味すぎる」
まるで最初から、見つかることを期待していないみたいじゃないか。
上級冒険者だぞ?
そこらのどこにでもいるような、それこそ俺たちみたいな中級冒険者じゃないんだぞ?
冒険者全体で見れば低級と中級が六割を占め、残りの四割の三割が上級冒険者。
このレベルの存在を雑な捜索クエストで消費するか?
やっぱきな臭いな。
俺は歩きながら、頭の中で先週の哨戒クエストのことを思い返す。
季節外れのスライム。
フォレストベアー。
駆け出し平原でのデュラハン。
あの時感じた、胸の奥に引っかかるような嫌な予感。
このクエストは捜索クエストなどではなく、ただの死体拾いなのではないか……?
「……まさかな」
偶然だ。
考えすぎだ。
上級冒険者が、そんな簡単にどうこうなるわけがない。
……最悪、俺一人でなんとかしよう。
俺はそう自分に言い聞かせて、受付に依頼書を……置かずに掲示板に戻した。
「やっぱねぇわ」
俺一人なら受けてたが、今は新人3人のお守り中。
こんな怪しいもん受けてたまるかよ!
悪いが貧乏クジは他の誰かに引いてもらうことにしよう。
◇
「……などと思っていた時期が俺にもありました」
あぁ、目の前に広がる森がまるでウェルカムとでも言わんばかりに大口を開けた化け物に見える。
どうしてこんなことに……どうして。
「いやぁ〜、捜索クエストよ捜索クエスト!」
人の気なんて知らず、森の入口にある切り株を腰を掛けたミレインが両手を伸ばし、思い切り背伸びをした。
「戦わなくていい、見つからなくてもいい、なのにお金は出る! 最高じゃない! 良いクエストを見つけて来たわね、私!」
「……うるさいよバカ、勝手にクエスト受けて来やがって」
そう、どうしてこんなことになったのと言えば……ミレインが勝手にクエストを受けてしまっていたのである。
一度受けたクエストは後から拒否すると違約金が掛かるため、懐が寂しい俺は泣く泣く受けざるを得なかった。
本当なら適当な討伐クエストで三日分位の飯代を稼ぎたかったところだったのによぉ。
「いいじゃない、アルバス。冒険者の仕事は楽に限るわ、あとモチベね、モチベ」
「あんな怪しいクエスト受けるべきじゃないんだよ。お前あれだろ、ポイント付くからって買う必要の無いものまで買うタイプだろ」
「細かいわねぇ」
ミレインはそう言って、ローブの袖をぱたぱたと振る。
昨日の魔力酔いが嘘だったかのように、顔色はやけにいい。
「ミレインさん、本当に大丈夫ですか?」
先日の様子を思い出したのだろう、アイリスが心配そうに声をかける。
「大丈夫大丈夫! 今日は大技一回しか撃たないし」
「え?」
「一発なら誤射よ誤射」
微妙に噛み合わない会話。
まぁ、元気ならいいだろう。
アイリス、ゲロの処理はお前に任せた。
「今回は探索だ、敵に遭遇しなければ問題ない。そうだろう、アルバス先輩?」
いつものようにメリケンサックとガントレットを両の腕に宿したララノアが腕を組みながら言う。
自信満々、余裕綽々といった表情である。
どこからその楽観的な判断が出てくるのか小一時間は問い詰めたい。
「いやしかしだな……」
「そうそう。森を散歩して、名前呼んで、帰るだけ」
「ついでにお金がもらえる、と」
「楽勝だな」
「楽勝よ」
「楽勝ですね!」
三人とも、特に気にした様子はない。
それどころか、ちょっとした遠足気分ですらありそうだ。
「なぁアルバス先輩」
ララノアがバックパックを背負い直しながら声をかけてくる。
「上級冒険者、というのは凄いのか?」
「あぁ、俺達とは比較にならないぐらいにはな。上級冒険者ってのはな─────」
──────上級冒険者。
それは冒険者の中でも三割程度しか存在しない強者。
下級、中級、上級、星級と階級分けされているが、冒険者のその半数以上は下級と中級で人生を終える中でその半数を越えた者たちが上級冒険者。
下級、中級と上級の違いはその圧倒的戦力である。
上級冒険者一人と街の騎士団連中がイコールになるレベルで上級冒険者は強い。
『上級冒険者、それは優れた魔法使いであり、それは優れた戦士であり、それは優れた力を持つ者である』
とは、ギルドの受け売りだが、あながち間違っては無い。
星級に関しては神話の再現だの、国=星級だの、昼を夜にするだの、そもそも論外であるので割愛。
「ふむ……ならば、私たちが捜索するまでもなくひょっこり帰ってくるやもしれんな?」
その言葉に、ミレインが大きく頷く。
「そうそう! 多分寝過ごしたとか、飲みすぎたとか、そんなオチよ」
「上級冒険者をなんだと思ってんだよ」
「人間?」
「えっ? いやまぁそれはそうなんだが……」
困惑する俺を見てアイリスがくすっと小さく笑った。
「アルバスさんが一緒なんです、わたくし、何も心配していませんよ」
「あ、そう」
俺の一体どこにそんな信頼を置ける部分があるんだろうか。
今も妙に熱い視線を送ってきているが、彼女にそんなに信頼されるようなことをした覚えが一切ない。
やめろ、そんな目で見てくるな。
言葉を返しながら、俺は内心で息を吐く。
掲示板で感じた、あの引っかかり。
最近きな臭い森。
上級冒険者パーティ遭難。
見つからなくてもいい探索。
新人三人を連れて行っていい状況か、これ。
いや受けちまったもんはしょうがないのだが。
「いいか、今日は探索だけだ。何かおかしいと思ったら、すぐ引き返すからな」
「はーい、リーダー」
「了解だ」
「わかりました!」
三者三様、軽い返事。
ミレインなどは、すでに鼻歌まじりで歩き出している。
「よーし、楽して稼いで、夜はご飯よご飯!」
……フラグ立んなよ。
「何か言った?」
「何でもない」
こうして俺たちは、拭えない違和感を持ちながら森へと向かうことになったのだった。




