15話 重い、重くない? 湯船DEガールズトーク
「おえっ……うっぷ……おろろろろろろ」
目の前で吐き続けるミレインへ回復魔法を掛ける。
俺の出力では気休め程度の効果しかないだろうが、やらないよりかはマシだろう。
「わたくし、ここまで酷い魔力酔いは初めて見ました……」
「アタシはそもそも魔力酔い自体を初めて見たな」
魔力酔い。別名魔法酔い。
魔法を使うと体内の三半規管という部位に負担が掛かるらしく、魔法を使いすぎると乗り物酔いに似た症状が出るという。
「アイリスはロングソードを魔法で作ってるそうだが……その、大丈夫なのか?」
「わたくしもミレインさんほどではありませんが最初は吐きまくりでしたよ、ゲーゲーです」
魔道士ならば本来はスクールや学生時代に、それこそ子供の頃から魔法を使うことで慣れるものなのだが、ミレインの生い立ちを聞くに冒険者になるまでほとんど魔法を使うことがなかったのだろう。
それにしたって吐きすぎだと思われるが。
「ほえー、ストマックを思いっきりぶん殴られた感じ?」
「まぁだいたいそんな感じです」
「あぁ……あれは辛い」
「ですねぇ」
「朝食べたもの全部出たぁ……うぐっぷ……」
これではまるで魔法というもの自体に触れるのが最近、そも魔法を使えるようになったのが最近といった風である。
つかさっきからアイリスとララノアは何の話してんの?
「うぇっ……だいぶ落ち着いてきたわ……っぷ……」
本当か? 顔面蒼白だし足腰ガクブルなんだけど?
「帰ったら早くご飯食べたーい、アルバスの奢りで〜」
ゲロだらけの地面に突っ伏して、その端正な顔をゲロまみれにしているであろうミレインは、右の手をこまねいて言う。
お、思ったより余裕あるな。
「そうか、じゃあ軽く哨戒して帰るぞ」
「哨戒?」
「哨戒ってなんです?」
「哨戒ってなんだ?」
三者三葉、口を揃えて異口同音。
こいつら……。
「哨戒だよ、哨戒クエスト。簡単に言うと安全確認的なやつだ、クエスト先の区画に設置されてるセーフハウスまでの見回りだな」
哨戒クエスト。
月イチ程度でギルドに所属する冒険者に発令される簡単な見回りみたいなものである。
基本的にメインのクエストのついでに行う。
「……セーフハウスは分かるか?」
俺の言葉に、3人はフルフルと首を横に振るばかり。
あっぶねぇ。
基本中の基本すぎて教えるの忘れてた。
「あー、セーフハウスってのはだな、各区画に複数配置されたモンスター避けの魔術式がエンチャントされた小屋のことを指す。どうしようもなくのっぴきならない事態になっちまった時の逃げ場っちゅーわけよ」
「なるほどね」
「セーフハウスの中には水とか食料とか簡易的なベッドなんかもあるから、夜明けまでそこで身を潜めたりすることも可能だ」
「なーほーですね」
「とりあえずそのセーフハウスまでの安全確認をこれから行うって感じで、おーけー?」
「理解した」
ほんとに?
「つまりそのセーフハウスに立てこもれば一切の金を使わず生きていけるってことね? おーけーおーけー! 未来の我が家のために哨戒クエストとやらをちゃんとこなすわよ!」
「えぇ……もういいよそれで」
その後、特に問題なくセーフハウスに着いた俺たちはそのまま街へと直帰することにしたのだった。
季節外れのスライム大量発生、凶暴化したフォレストベアー、極めつけには駆け出し平原でのデュラハン。
嫌な予感がしたから当番より早めに哨戒クエストを受けたんだが、杞憂だったかな?
◇
ギルドの受付の一角、そこは夕方の雑踏とは切り離されたように静かだった。
それは何故か。
理由は二つ。
受付口の向こうで書類をめくっている初老の男がギルドマスター通称ギルマスであり、ここでは彼がルールで、彼が喧騒を嫌うから。
そしてもうひとつは今が丁度夕飯時であり、ほかの冒険者たちはギルマスから逃げるよう、早々に精算を済ませて食堂に向かっているから。
ギルマスは俺を見ると眉を上げる。
「新人三名の同行評価報告並びに哨戒報告、確かに受けとった。アルバス、ずいぶんと助けてあげているんだね?」
「いえ別に。ボーナスのためゴホン、もとい新人に死なれたら目覚めが悪いだけですから」
「くっくっくっ、目覚めが悪いか」
ギルマスの手が止まる。くつくつと、笑いが堪えきれないといった様子で。
俺は肩を竦めた。
仏頂面でございって雰囲気だけど意外と笑うんだよな、この人。
「で、どうかね? あの三人は」
「ララノアはモンスター相手に対する恐怖感さえどうにかなればかなり動けるかと」
初日のキングスライムにて植え付けられたトラウマさえどうにかなればララノアはかなりやれるはず、多分。
伊達に喧嘩屋を名乗っていない。体捌きや体幹、動きのキレだけで見れば中級上位と遜色無いだろう。
あとは経験と良い仲間を見つければいずれ上級冒険者になるタイプの人種と見た。
「まぁ、弓や魔法を使わないエルフ初めて見ましたが」
「あぁうん、あれはビックリするよね。私も初めて見たよステゴロ趣味のエルフ」
「次にアイリスですが、力が強いですね。とにかく力が強いです。武装錬金魔法で武器をその場で創り出せるのも強みかと」
アイリスの力の強さは正直怖い。
雑用依頼中に腕相撲挑んだら手の骨にヒビが入った時は小便チビるかと思ったわ。
一切の強化魔法無しで中級上位に迫る膂力に武器さえ着いてくれば確実に上級冒険者に届くだろう。
「アイリス・ジルバード、武装錬金……まさかあの家のな……」
「ギルマス? どうしました?」
「ん? ああ何も無いよ。で、最後のひとりは? あとギルマスは辞めてね?」
「ミレインさんは……どうなんでしょうね。魔力量だけで言えば上位冒険者に張りますけど、それ以外が一切伴っていません。短絡的な性格と常識知らずも併せてチグハグという印象です」
ギルマスはペンを走らせながら、小さく笑った。
「前二人と比べると随分と酷い言い草じゃないか。魔法に巻き込まれたのがよほど響いてると見える」
「…………。まぁそれは置いといて、あの魔力量はかなりつかえますよ。ただ、まともに魔法を使ったことがないらしく、大きな魔法を使うと魔力酔いがかなり激しいですね」
実際問題、ミレインはよく分からない。
駆け出しにしては頭のおかしい量の魔力、その割には魔力制御が甘く魔法もノーコン。
あの魔力量を持って産まれてきたなら本来は慣れてるはず魔力酔いもおかしい、まるで自分の魔力に振り回されてしまっている。
「自称異世界転生者、とも聞いたが?」
「ニホンという国からやって来たこの世界の救世主らしいですよ?」
「…………」
「…………」
沈黙が場を支配する。
「ま、それは置いておいてだ」
苦笑いとも憐憫とも取れる表情をこちらへ向けると、ギルマスは記入済みの紙を閉じた。
「今日の同行評価、確かに受理した。あと半月、任せたぞ」
「ボーナス期待してます。ボーナス期待してますからね」
「あ、あぁ、期待しておくといい。働きには報いを与えるのがギルドだからね」
しゃあっ!
思わずガッツポーズを取ってしまう俺へ、ギルマスはなんとも生暖かい目を向けてくる。
「あの、なんすか?」
「いや何、随分と愉快な反応だなと思ってね。新人との毎日は良い刺激になってるかな?」
「……仕事なだけです」
俺は返答を濁して受付を後にした。
食堂に来てみれば、夜飯の匂いとそれに伴って喧騒が押し寄せてくる。
三人は今頃、大衆浴場だ。
俺抜きで何を話していることやら。
なんとか俺抜きで仲良くなってくれねぇかな……。
◇
湯気が白く立ちこめる大衆浴場は、こちらまた夕刻の喧騒とは無縁の静けさに包まれていた。
広い湯船の表面を照らす灯りがゆらゆら揺れ、三人の肌に淡い光を落とす。
ミレイン、ララノア、アイリス。
アルバスのパーティ(仮)に所属する、まだ若い三人の冒険者が、肩を並べて湯に浸かっていた。
ミレインは肩まで湯に沈めて、小さく息を吐いた。
その吐息はすぐに湯気の中に溶けて消える。
「いや〜、お風呂っていいわよねぇ……アルバスの奢りってのがまた気持ち良さに拍車をかけてるわぁ……」
異世界転生者だということを自慢げに語ってしまったが故に浮いていた彼女は今日まで大衆浴場の存在を知らずにいた為、その気持ちよさは一入である。
また、浮いていた自覚はあったしそれでもいいと思っていたが特別扱いというのは結構、精神的に疲れるものであった。
自らひけらかしたのに疲れたとは贅沢な物言いであり、彼女としてはチヤホヤされたかっただけなのでやはり贅沢な物言いである。
「ミレインさん、今日はどうでしたか?」
「悪くはなかったわね、久しぶりに大技を撃てたのも気持ち良かったし」
あんなに吐いていたのに?
とはアイリスの心ツッコミである。
「魔法を打つ時は今度からはもう少し離れた位置で頼む、ほんとに頼む」
「…………」
「なぜ無言なんだ!?」
ララノアの悲痛な叫び虚しく、ミレインは湯船に顔を埋めて素知らぬふりである。
「アルバスさんとはどうです? 上手くやって行けそうですか?」
「そうねぇ」
ひと呼吸おいて。
「ま、事前の情報で聞いてた話だと正味、新人の何も知らない女の子を侍らせてる変態って感じだったわね。けど、そうね、口が悪い割には面倒見のいい人って感じで好きよ、私」
ケラケラと笑いながら、ミレインは話す。
アルバスという存在は異世界からやって来たミレインにとってある種、新鮮なものであり、非常に印象的だった。
異世界転生者であることを軽く流され、邪険ではなくただの面倒臭い普通の後輩として扱ってくる普通の人間。
この世界に来て初めて普通の扱いを、悪く言えば雑な扱いをされたのが却って好印象であった。
「……二人はさぁー、アルバスの事どう思ってるの?」
そんなミレインの言葉に、ララノアは湯面をぱしゃりと手で払い、静かに笑う。
喋り方も、湯気の中ではどこか柔らかい。
「どう、か……先輩は優しい人だよ。内心どう思ってるかは分からないが、あの日───」
言って、ララノアはアルバスと出会った日を思い出すように話す。
あの日、キングスライムに飲まれたあの日。
無茶な立ち回りと虚勢。
舐められたら終わりという信念が元に、一匹狼を貫こうとしていたあの日。
そしてそんな彼女を助け、なんやかんや一緒にいてくれるアルバスという人間。
「───ギルドの連中と馴染めなくて、それでもいいと独りでやって行ける、行けなくちゃと思ってたアタシをあの人が拾ってくれたんだ。だから、優しい人だと思ってるよ」
湯に映るララノアの目は、意外なほど静かだった。
隠そうとしても隠しきれない、深い敬意が揺れている。
「ふぅん、アイリスちゃんは?」
アイリスは長い銀髪を指先で梳き、静かに吐息を零した。
控えめで、しかし熱のこもった声で言う。
「……わたくしにとってアルバスさんは安心できる存在、でしょうか」
その言葉には誇張はない。
アイリスの頭の中には鮮明に焼き付く記憶。
アルバスとデュラハンとの狂気の戦い。
彼の戦いを誰より近くで見た彼女にとって、アルバスという男は実像よりも大きなものとなっていた。
「アルバスさんはわたくしを導いてくれる光……正義。あの時のあの顔、それにあの動き……普通ではありませんでした、どう見たって格上の相手にあんな勝ち方……ふふふ、気づいたらわたくし、目を離せなくなってしまって」
「なんの話?」
「アイリスも先輩に命を助けられたことがある話」
「あーそういうね」
「ご自身の身体を壊してまでわたくしたちを助けようとした精神性……照れ隠しのツンもかわいくて……はぁはぁ、絶対に逃がさない」
アイリスの胸の奥に居座っているものは。
憧れと、焦がれと、依存が入り交じった感情だった。
「力が強いだけが取り柄の馬鹿なわたくしを、それでもいいと言って(言ってない)パーティを組んでくれた(組んでない)。ですので、わたくしにとってアルバスさんは安心できる存在なんです」
その声音は、柔らかく微笑んでいるのに、どこか底知れぬ熱を孕んでいた。
ミレインは思う。
こいつら重〜、と。
ララノアは命を拾われ、アイリスは在り方を肯定された。
そして湯気に包まれた浴場の片隅で、何も知らないアルバスは逃げ場を失おうとしていた。
「重い、重くない……?」
ミレインの呟きに、ララノアはあっけらかんと答える。
「そうか? ミレインはそんなに太ってるように見えないが」
アイリスも静かに頷く。
「ええ。ミレインさんは太ってませんよ」
「そういう話じゃないんだけどなぁ……」
湯は静かに揺れ、外では夜の気配が深まりつつあった。




