13話 状況的にも流れ的にもただの鬼畜なのでは?
「うぅ……おえっ……」
「汚い……汚い……」
「あー……その、お疲れ様ですアルバスさん!」
一目見て「おぉ、こいつ疲れてんな」みたいな顔で話しかけてくれる受付嬢さんに涙が出そうになる。
「後ろのお二人は?」
「死ぬほど疲れているんです、ほっといてあげてください」
「あぁ……」
俺の背後で共にグッタリとして、共にモンスターの体液に塗れ死にかけの魚のように口をパクパクさせているララノアとアイリス。
そしてそれを見てなにか気の毒なものを見るような受付嬢の図を尻目に、俺は今回の討伐依頼の報酬を分配しながら今日のことを思い出していた。
◇
「スライムの討伐?」
それは今朝のこと。
三人で良さげな依頼は無いものかと掲示板を眺めていると、アイリスが大手を振って持ってきたのがそれだった。
「はい! この前のゴブリン討伐では痛い目を見ましたからね! 今度こそというやつです!」
「むっ、スライムか……」
胸を張るアイリスとは対照的に、ララノアが露骨に嫌そうな顔をする。
ララノアはキンスラで痛い目見てるもんなぁ。
そりゃそんな顔にもなる、俺だってなる。
だがまぁ。
「悪くないんじゃないか?」
所詮はスライム。
しかもキングではなく普通のスライムだ。
いくら新人二人抱えようともスライム程度ならどうにでもなる、最悪二人を生き餌にして俺が鏖殺するのも悪くない。
スライム一匹で大体3000から5000ゴルほど稼げるのも良い、何匹出るかわからんが狩れるだけ狩っておきたいところだ。
「じゃあわたくし依頼受けてきますねー!」
言って、アイリスが受付へとダッシュ。
それを見てララノアがこちらへ抗議の目線を送ってくるが、それを無視して俺は依頼書を見て少し違和感を覚えていた。
「どうしたんだ、先輩? そんな難しい顔して」
「いや、この時期にスライムの討伐依頼なんて珍しいなってな」
「ほう。スライムとは季節や環境に関係無く常に発生するモンスターと聞いているが?」
そう、スライムとはどんな環境にも適応して年がら年中繁殖するモンスターなのだが。
「この前のキンスラ討伐依頼あっただろ、あれって複数体のスライムが混ざって生まれるもんなんだけどさ。あれが発生した後ってワンシーズンくらいはスライムの発生数が激減するんだよ」
研究者連中が言うにはキングスライムという上位種の発生によりかなりの数のスライムが淘汰されるからとか。
キングスライムが生まれる工程で相当数のスライムが呑まれるもとい、蠱毒のようなことが起きるからとか。
よく分からんがとりあえず数は減るらしい。
「だから珍しいなって」
「つまりイレギュラーか。ワクワクして来たな」
えぇ。
その割には足が凄い勢いで震えてるんだが。
うおっ、すごい勢い。やばいな人体ってこんな速度で足って震えていいんだ。
「ガッツリトラウマになってんじゃねぇか」
「ふ、ふふふ。こ、ここ、これは武者震いってやつだ先輩。ふる、震えてなんかかかかか」
「声まで振るえてきちゃったよ」
違和感と言えば、こんな美味い依頼が残っているのも違和感だ。
朝イチの依頼争奪戦でスライム討伐なんて一瞬で消えるだろうに、なぜ朝も過ぎたこんな時間に残っているのか。
なんかきな臭いような……。
「受付終わりましたよー!」
明るい声と共に帰ってきたアイリスによって俺の思考は終わりを告げるのだった。
「なーにこれ」
装備を整えた俺たちがやって来た草原にはスライム、スライム、スライム。
どこを見てもスライムが溢れており、各地で他の冒険者たちがスライム狩りに勤しんでいた。
ある者は棍棒で殴りながら飲まれ、ある者は赤魔法による面制圧を試み、ある者は集団で囲んで剣で核を壊すなど。
多種多様なスライムの狩り方が繰り広げられている。
「あばばばばばば」
あ、スライムの過剰目視でララノアが泡吹いて倒れやがった。
トラウマ無事悪化、と。
「スライム! スライム! 凄いですねアルバスさん!」
「いやすごいっつーか、流石に異常じゃねぇかなこれ」
テンション高めのアイリスが目をキラキラさせながらスライムへとハリボテロングソードを向けている。
それはもういつでもカチコミ上等とでも言いたげに。
このスライムの大群を見てそれが出来るの将来有望すぎでしょ、つかそのハリボテロングソードでスライムは無理があるだろ。
いやほんと。
「いいじゃないですかっ!稼ぎ時ですよこれ! ほら見てくださいよ、スライムの集団がひとかたまりで蠢いてます! 気持ち悪いですねぇ」
「言い方」
いや、うわ気持ち悪!
なにあれもうキング並だろあれ。
いやしかし。
俺は草原を見渡し、しばし唸る。
スライムの大量発生自体は割とよくある、よくあるのだが。
この時期にこの規模は流石にちょっと初めてかもしれん。
なるほど、あんな時間まで依頼書が残ってるわけだ。
この量だもんなぁ、人手はいくらあっても足りてるなんてことは無いわけだわ。
「これは……一攫千金のチャンス来たな?」
「ですね!」
「な、なぁ。アイリスに先輩? やっぱり帰ってまたドブさらいでもやらないか?」
「無い」
「無いです」
「どぼじで」
涙と鼻水まみれでその美貌を台無しにしたララノアを放って、俺たちはそれぞれの得物を振りかぶる。
「うひょー! スライム狩りだああああああああああ!!!」
「嫌だああああああああああぁぁぁ!!!」
◇
そして今に至る。
早々にスライムの大群に飲まれ揉みくちゃにされたララノアはいいとして、割と乗り気だったアイリスまで被害者の会になってるのは何故なのか。
生き餌である。
「わたくしのロングソードが……マイソードが……」
スライムに壊され、蹂躙され、溶かされまくって最早原型すらないかつての相棒を抱き抱える姿に涙を禁じ得ない。
いやだってしょうがないじゃん、最初っから一番でかい集団に突っ込んで飲まれるとは思わねぇよ。
こっちとしてはデカブツは他の冒険者たちが削ったところを助っ人面してトドメ刺すつもりだったんだよ、そんな誰も削ってない状態のデカブツとか普通手出しするとは思わねぇのよ。
お陰で雑魚狩りじゃなくてデカブツ狩りに時間掛かっちまった。
スライムとはいえ、デカいとそれはそれで少しだるい。
複数個体が混ざりきってないせいで核が死ぬほど沢山密集してるのもちょっと生理的にキツいものがあった。
正味、混ざりきって核が一つになったキングの方が狩りやすいまである。
「おら二人とも、報酬分配すっからそこに並べ」
「あ、あのアルバスさん?」
「なんすか、受付さん」
「その、言いづらいんですけど……スライム塗れの若い女性にその態度はちょっと……」
あー。
ふと辺りを見回すとちょっと視線が痛い。
これじゃあまるで俺が女の子相手に無体してる鬼畜野郎みたいじゃ……いや、状況的にも流れ的にもただの鬼畜なのでは?
待て、このまま誤解を重ねればコイツらと組むのは不適格って噂になって新人研修辞められるのでは……?
新人研修中の新人女冒険者に無体しようとしてそれを咎められ、更に増長する研修担当冒険者。
それを見かねたギルド側が担当冒険者を変更。
俺は逃げ切れ、二人ももっとちゃんとした冒険者に教えてもらえる。
これだ。
誰も不幸にならない最良のオチ!
「ハッ、いいんですよ。コイツらにはこの位の扱いが正当なんです、なんならもっと酷く扱ってもいいまである」
「えぇ!?」
「なぁお前らもそう思うだろ! 私たちは酷く扱われてますぅって、なっ!」
「ふ、ふふ……アルバスさんったら、またそうやって冷たい態度でわたくしたちの覚悟を確かめようと。 キツい態度を取る割には報酬の分配割合がいつも私たちの分の方が多いですよね?」
おっと。
「フッ、流石は先輩だ……また照れ隠しだな? そんなこと言っても帰り道でずっと回復魔法をアタシたちに掛け続けてくれた事実は変わらないだろうに」
照れ隠しじゃないが。
「……あぁ良かった、私の誤解だったみたいですね。新人ちゃん二人とよくやってるみたいで安心しましたよ!」
「えっ、ちょっ待っ、違いますけど!?」
心底安心したみたいな声色で受付さんがその大きな胸を撫で下ろうわでっか。
じゃなくて、なんか変な誤解してないかこの人。
「俺はコイツらにそんなことしてないし、酷く扱うようなクソ野郎でですね」
「もう、嘘つかなくてもいいんですよ? こんな状態の二人がここまで信じていることが何よりの証拠じゃないですか」
「そうだぞ先輩。嘘はいけないぞ」
「そうですよアルバスさん、私たちは貴方と離れる気はありませんよ?」
クソッタレ、こいつらのせいで俺がただの照れ隠しで暴言吐く痛いヤツみたいになっちまったじゃねぇか。
「……で、その上手くやってるアルバスさんにお願いがあるんですけど〜」
「だから上手くやってな……お願い?」
受付さんの不穏な一言に思わず身体が固まる。
明らかに猫撫で声に上目遣いで期待を向けてくる受付さんの姿に二週間前のあの日を思い出す。
そう、それはアイリスを押し付けられたあの日だ。
「さて、報酬の分配終わったんで俺そろそろ帰ろ「あと一人ほど見て欲しい人が居てですね……」
俺帰ります!」
「まぁまぁ、そう言わずに! 今度の人は別に完全な新人とかじゃないですから!」
「ほう、それなら俺が担当しなくてもいいのでは?」
「えっ」
「えっ」
えってなんだよえって。
経験者なら俺が組むこともないだろうに。
「やー、その、ちょっと色々事情がありまして〜」
また訳ありかぁ……。やだなぁ。




