12話 本当によく分からない人
大牙猿の死骸処理という地獄の作業を終え、森林内にあるセーフハウスにて一夜を明かした俺たちは、夜明けと共に森を後にした。
街に戻ると、ギルド前でメアリーが大きく伸びをする。
「はい、じゃあ私はここまで。今回は楽しかったよぉ〜」
「楽しかったのはお前だけだぞ」
「寂しいこと言うなよぅ、一夜を共にしたくせに〜」
「……はいはい、もう帰れ帰れ」
「むぅ、ツレナイなぁ。また黒封筒持ってきちゃうぞう」
「あー、はいはい、楽しかった楽しかった」
どこか不満げな顔でメアリーはひらひらと手を振り、気怠げに歩き出す。
去り際に。
「じゃ、今度は一人メシじゃなくて一緒に食べよぉねー」
「お断りだよ!」
言って、メアリーは去って行った。
最後までよく分からない女だったなぁ。
「はぁ……」
そうため息をつきながらギルドへ入り、依頼報告を済ませることにする。
「はい、確かに。指名依頼の達成、並びに大牙猿の討伐、間違いありません。
お疲れ様でした、こちら報酬の150万ゴルになります」
「ひゃくまっ……ゴホン。じ、じゃあいつも通り、報酬の半分は孤児院にお願いします」
額の大きさに思わず声が上ずってしまった。
黒封筒のメリットがこれである。
かなり高めに設定された報酬、さらに基本的に国やギルドの上からの依頼故に年末のボーナスの査定にも響くので達成さえ出来れば結構美味かったりするのだ。
まぁ、だいたいめんどくさいし難易度が高すぎるから基本は受けたくないのだが。
「はい、承りました。
それにしても凄いですね、大牙猿と言えば中級冒険者のパーティーでも全滅の可能性があるとされる程のモンスターを相手に活躍だなんて」
「……いや。俺はほぼ見てただけっすよ」
「え、見てただけ……? え?」
「見てただけです、ほとんどあの女……あー、メアリーさんが戦っただけです」
「いえですが、調査書の特記事項にメアリー様の印と一緒にアルバスさんの活躍が書かれていますよ?」
「えっ?」
「彼の活躍と助けがなければここまで楽な調査にならなかった。丁寧な仕事に感謝する、と」
「そう、ですか」
本当に……よく分からん人だ。
◇
二日後。
夕暮れ時のギルドの食堂にて俺は二人の帰りを待っていた。
が、全然帰ってくる気配がない。
まぁ、宿に直帰してる可能性もあるからそれはそれでいいのだ。
別に待ち合わせしていた訳でもなし、あと一時間待って来なければ帰るとしよう。
なんて考えながら適当に頼んだサンドイッチをつまんでいると。
「おやパイセンじゃないっスか!」
「あ? おー、クレインじゃねぇか!」
赤髪を無造作に立たせ、鈍金の目をキラキラさせた青年が、よく通る声と共に食堂の雑踏をかき分けて近づいてくる。
「ちわーッス! 今日もいつも通り一人って感じッスか!」
「ハッ! そう言うお前さんは逆にいつものお仲間はどうしたんよ?」
「アイツらッスか? ブチがまたケンカ売られて、カマーセが止めに入って、セコバイが財布落として泣いてるんで、はい! 全員散ってるッス!」
「おー……お前んとこ相変わらずだな……」
「そういやパイセン聞きましたよ! また一人でダンジョン潜ったらしいじゃないッスか! どうして俺たち……いや、俺を誘ってくれないんスか!」
「え、いや一人の方が美味いし」
「美味い不味いの前に死んじゃうって毎回言ってるじゃないスか! いくら蘇生保険に入ってるとはいえ非信者は月イチ蘇生が限度なんスから」
「大丈夫大丈夫、回復魔法あるし。それに回復薬もちゃんと買い込んでるぞ」
「そんな無駄な金使わなくて俺一人居れば全部事足りるって言ってるんスよ! 俺こう見えてもフェニクス教会所属の僧侶なんスから!」
そう言って、クレインは演劇もかくやといった風に胸を張る。
教会所属僧侶。
その肩書きはこの王国において正当なヒーラーであることを意味する。
教会非所属の僧侶との違いは多岐に渡るが、大きくは二つ。
まず、その信用度であろう。
厳しい学科試験と人格テスト、そして厚い信仰心を持つものでないと教会に所属することは出来ない。
その厳しい条件を乗り越えただけでもある程度の信用を得ているが、フェニクス教がこの王国において国教であるのもあって更に信用度は跳ね上がる。
次に回復魔法の無償利用と回復薬の格安購入権利だ。
教会所属僧侶は回復魔法を使用する際に教会へと使用料を払わなくていいのである。
本来は年に一回、一年分の使用料を払わないといけないところなのだが、教会所属僧侶はその使用料が免除されるのだそうだ。
また回復薬も上級までなら7割引きで購入出来るそうな。
クレインの言う通り、パーティーに一人いるとかなり助かる美味い話ではあるのだが。
「……その話はまた今度な」
「じゃあ普通に俺らの仲間になってください! 絶対後悔させません、毎日楽しく冒険者やりましょうや!」
「おう、それもまた今度な」
「はあああああああああ……通算128回目! 俺はまだ諦めないッスからね」
わざとらしくガッカリと項垂れるクレインを尻目に俺はサンドイッチをかぶりつく。
うーん、マスタードが程よく効いてて旨い。
「んじゃ、俺はそろそろアイツら助けに行ってきますね。
また次会ったら誘いますからそん時はよろしくッスす!
お疲れッした!!」
「ん、またな」
クレインは相変わらず太陽みたいに明るかった。
駆け出しの頃、こいつに背中を預けられて以来ずっと、こうして俺を仲間に誘い続けてくる。
そして俺はそれを断り続けていた。
こいつやその仲間たちと毎日馬鹿みたいに騒いでってのも悪くは無さそうだが、どうにも自分がそこに居ることを想像できない。
つーかやっぱ報酬山分けとかナイワー。
「「アルバス先輩!」」
危うくアンニュイな思考に飲まれそうになる頭へと入ってくる二つの声、そして視界へと入ってくるは元気に手を振る二つの影。
拳闘士ララノアと、剣士アイリスだ。
「「ただいま(戻りましたわ)!!」」
「おう、おかえり」
さっき勧誘を断った口で今度はおかえりとは、なんとまぁ都合のいい口である。
「で、スクールはどうだったよ?」
ララノアは胸を張る。
「アタシは学んだ……!」
「おぉ?」
「スクールのご飯は凄く凄く美味しいっ!
特にあのアーク・ボアのステーキは最高だった……!」
「えぇ……」
それ飯の感想じゃん?
次にアイリスが手を挙げた。
「わたしくは……分かりました」
「おーアイリスはちゃんと学んで来「わたくしは枕が変わると入眠できないということを」
えぇ……」
それただの文句じゃん?
嘘だろコイツら。
まさか、何も学んでいない?
六万も出したのにこの体たらくとか聞いてないんだが。
聞いてないんだが。
「俺の六万……! 俺の……!」
思わず頭を抱える俺の手を引くバカ二人は笑って言う。
「さぁ、アタシたちの帰還を祝ってご飯でも食べよう先輩!」
「食べましょうアルバスさん!」
わぁ、良い笑顔。
人の金使ってスクールに行った結果飯と枕の感想をぶつけておいてこんな顔で笑いかけてくるとかもうこいつら分かんねぇよ俺。
いっそぶん殴って嫌われる方向性の方がまだ気持ちよくソロに戻れるんじゃないか?
「先輩? 死んだ顔でプルプル震えながらアタシたちを見つめてどうしたんだ? 腹でも減ってるのか?」
「ララノア様、アルバスさんはきっとわたくしたちが帰ってきた喜びに打ち震えているんですよ。男児三日会わねば寂しくて死ぬ、です」
「ほー、アイリスは物知りだなぁ」
「えへへ」
えへへじゃねぇよ。
つかお前らにそこまでの思い入れないよ俺。
どう反応すればいいんだよ俺。
……………………。
「はぁ……。飯、行くかぁ」
◇
ギルド食堂は夜がピークタイム。
依頼を終えた冒険者たちが金を落とすかき入れ時。
そんな彼らの笑い声や怒声が飛び交う中、俺達は隅のテーブルに陣取っていた。
「あ、アルバスさん? ほ、本当にこんなに食べてよろしいのですか……?」
「あぁ、いいぞ」
「せ、先輩? アタシたちそんなに金持ってないぞ……?」
「あぁ、構わん。
全部出してやる。
おかわりもいいぞ」
「「い、いっただっきまーす!!!」」
テーブルに満載にされた料理に目を輝かせた二人が同時に食べ始めるのを見てから俺も食べ始める。
考えるのをやめた俺は、二人に飯を奢っていた。
人に飯を奢るのは嫌いではない。
腹いっぱい食べてる姿を見るのも、嫌いじゃない。
何よりも今の俺には先日の報酬の残りがあるのだから!
こういう泡銭はパーッと使うに限る、貯蓄に回しても意味は無い。
金とは貯めるのではなく、使うためにあるのだ。
「先輩、追加頼んでいいか!? ステーキとハンバーグとビーフシチューをだな……!」
肉しか食わねぇなこいつ。
ララノアと出会ってから俺の中のエルフ観がどんどん壊れて言ってる気がする。
「おー、いいぞ」
「恩に着る!」
次にアイリスが両手にフォークを持ちながら言う。
「アルバスさん、わたくしもお願いします! スイーツ盛り合わせと、アイスと、プリンと……!」
「おーおー、甘いもんばっかじゃねぇか」
「スクールで禁止されてたので……!」
そりゃ太るからな。
「美味いな先輩!」
「お腹いっぱい食べられるって幸せですね!」
幸せそうな顔してんなぁ。
それにしても。
三日、三日か。
三日前までこいつらと毎日飯食って依頼こなしてたんだよな俺。
改めて見ると美人だよな、こいつら。
ララノアは相変わらず一心不乱に肉へかぶりついているが、碧い瞳は氷のように澄んでて、腰まで垂れた金髪は食堂の灯りでもよく映える。
エルフ特有の線の細さもあって見た目は完全に少女体型なのに、ショートパンツに革の上半身防具、武装はガントレットとメリケンサックというゴリゴリの殴り装備。
近くにいるとほんのりメープルの甘い香りがするのがまたなんかこう、ズルい。
で、アイリスはというと。
肩までのウェーブがかった銀髪に、宝石みたいな紅い瞳。
あからさまに育ちの良さが滲み出てる上に、普段はフルプレート着てるくせに今日はラフな普段着といった感じの妙にシルエットが出る服のせいでグラマー体型がよく見えて目に毒だ。
ま、肉体強化も出来ないくせに素で中級冒険者並の膂力がある相手をそういう目で見れないが。
……うん、美人だよな。やっぱり。
ってことは、素行さえ問題無ければ引く手数多だよなぁ。
早くベテラン勢帰ってこねぇかな、もしくは引き取ってくれる奇特なヤツらでもいい。
「どうした先輩?」
「アルバスさん?」
まぁ遅かれ早かれ最悪あと二週間もすりゃ解散だ。
こうやって他人と飯食うのも残り二週間。
「いや、なんも。俺もなんか追加で頼もうかなってな」




