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元ソロ冒険者はソロに戻りたい 〜山分けしたら報酬が減るだろうが! 俺は一人でいいんだよ!〜  作者: りっぴー


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11話 星は凡人に惹かれて

「……さて、と」


 巨大な大牙猿の死骸を前に、アルバスは深いため息をついた。


「あのーメアリーさん、マジでこれ全部俺一人でやらなきゃダメ?」


「しょうがないねぇ、アルバスは。私も手伝ってあげようじゃあないかぁ」


「よし、じゃあ半分こで「現場監督」

 なんて?」


「私、現場監督」


「あぁ、現場監督か。なら指示をいや待て労力は俺一人じゃねぇか、なに早速腕組んで親方面してんの?」


「んふふ、現場監督は立派な役職だよぅ?」


「結局動いてるの俺だけじゃねぇ?」


「そうだよ?」


「開き直った!?」


 言うだけ言ってメアリーは木に背中を預けてストレッチしながら、アルバスの奮闘を涼しい顔で眺めていた。


「はぁ……」


 大牙猿の死骸は巨大で、血も大量。

 部位切り取り、魔石の回収、簡易な防腐魔法の書き込み、血に誘われるであろうモンスター対策の結界の展開、ギルドへの搬送依頼の刻印、これら全てがアルバスの役目だ。


 メアリーは、というと。


「おーい、アルバス。そこ、心臓の近くの肉が重いから気をつけてねー? 落とすと足もってかれるよ〜?」


「現場監督殿が手伝ってくれたら助かるんですが」


「んふふ、知らなーい」


「この現場監督使えねぇ!」


 怒鳴りながらも作業は進む。


 魔石を取り出し、血を払い、包む。

 死骸の後処理は淡々と進んでいく。


 その間、メアリーの紅い瞳はどこかぼんやりとアルバスの背中を見ていた。


 相変わらず、普通に働いてるとただのちょっと器用な冒険者なんだけどねぇ。

 けど、その奥に誰にも知られたくない私だけの彼がいる。


 それを思い出した瞬間、メアリーはほんの少しだけ、その紅い瞳を細めた。






 ◇




 あれは、去年の春。


 東の街ジパング近郊で発生した魔物の大災害と呼ばれる案件。

 超級指定魔獣三体、上級指定群生種数百、そして災害級と分類された怪物。


 彼女─────国家指定冒険者メアリー・アンダーは、その中心へ派遣された。


 そこで。


 彼女は初めてアルバスを見た。


 血まみれで、

 足を引きずり、

 笑いながら前に進むその男を。


 最初は、ただの馬鹿な凡人が無理無茶無謀をしているのだと思った。


 だが。


 メアリーの視界に飛び込んだのは、およそ人間がやってはいけない戦い方。


 肉体強化の限界を越え、踏み込むたびに脚が砕ける。

 砕けた脚が、同時に治る。

 皮膚が裂け、筋肉が飛び出しても、すぐに再生する。


 回復薬の過剰摂取による再生速度、いくら治ると言っても痛みは消えないはずなのに。

 男は一歩も止まらなかった。


 あれは……戦闘じゃない。

 生存か、破壊か……それだけの為の動きだ。


 肉体の使い方が正気じゃなければ魔法の使い方も正気の沙汰じゃなかった。

 火属性で体温を跳ね上げて強制的に身体能力を底上げし、

 水で足裏の摩擦を消して加速し、

 雷で神経を焼く勢いで反射を促進し、

 土で足場を作り、

 風で衝撃を逸らし、

 光で壊れた身体を無理矢理つなぎとめ、

 闇で微弱な毒を常に相手へ浴びせる。


 ありえない。普通の冒険者なら魔力量が先に尽きる。

 ましてや七属性全てに適性があるのもおかしな話だ。

 だが、男──アルバスはやってのけていた。


 だが所詮は凡人。


「あっ」


 一瞬、アルバスが潰されたように見えた。


 否、潰されたのだ。


 しかし、次の瞬間には潰されたはずの地面から何事も無かったかのように立ち上がったのだ。

 その足元には確かに潰された痕跡であろう血溜まりを作りながら。


「なに、あれ」


 今確かにアルバスは死んだはず。

 メアリーの魔眼にも彼の『死』はハッキリと視えていた。

 だが生きている。


 アルバスは壊れてしまったダガーナイフを捨て、素手で災害級魔獣の脚へ何十、胴へ何百回と飛び込み、肉を削り、肉を殴り、蹴り、血を浴び、吹き飛ばされても即座に治ってまた走った。


 その姿は正直、狂気だった。


 普通なら死ぬ。

 あんな戦い方は、身体も精神も数秒で壊れる。

 なのに。


 アルバスは生き残った。


 そして、災害級を倒した。


 倒してしまった。


 ただの中級冒険者が、ただの凡人が、だ。


 回復薬を何十本も砕き、

 肉体を壊す速度より早く再生しながら、

 痛みに顔一つ歪めずに。


 それは、メアリーから見ても恐怖だった。


 ……アレを見ちゃったら、そりゃ気になるよねぇ


 魔法の天才、国家指定冒険者。

 人智を越える魔力量と才能。


 そんな自分から見ても。


「アイツは、私とは別の方向におかしい」


 本気でそう思った。


 だからこそ、興味を持った。


 あの日のアルバスは、あの瞬間は。


 人間じゃなかった。


 ただ、ひたすらに生き残るための物。


 それが怖くて、

 面白くて、

 気になって、

 目が離せなくなった。






 ◇






「……メアリー?」


 アルバスが振り返った。

 死骸を処理する手を止め、眉をひそめている。


「ん? どしたのアルバス。私の方見てボーッとして?」


「いや、なんか不気味な顔で笑ってんなって」


「え?」


 メアリーは目を瞬かせ、少し演技っぽく口元に柔らかい笑みを浮かべる。


「あはは、ごめんごめん。ちょっと前のこと思い出してた」


「前?」


「キミと初めて会った時のこと」


 アルバスは訝しげに目を細める。


「……なんでまたそんなことを」


「んー」


 彼女は紅い瞳でアルバスを見つめ。


「キミはどうしてさっき死にかけてたのかなぁって」


「どうしてって……そりゃあ俺がただの中級冒険者で相手が上級指定モンスターだったからだろ」


「まぁ、うん。でもねぇ」


 メアリーは小さく笑う。


「やっぱりあの日の君を知ってると、ねぇ?」


「さっきも言ったが、あの日なんて俺は知らないしアンタと初めて組んだのは去年の秋だ」


「へぇへぇ、そういうことにしておいてあげようねぇ」


 その言葉に釈然としない感情を抱えつつ、アルバスはまた死骸へと目を向けた。

 そんなアルバスを面白そうに見つめながら、メアリーはやはり柔和な笑みを浮かべる。


「それにしてもさぁ〜、国家指定冒険者に絡まれる栄誉を君は理解しているのかい?」


「知らん。もう暫く絡んでこなくていいぞ」


「いや絡むよ。だって面白いから」


「アンタほんと失礼だよな」


「んふふ、褒めるなよ〜」


「褒めてないが」


 言って、アルバスは再び作業に戻る。


 その背中を、メアリーは静かな目で見つめていた。


 あぁ、また見たいねぇ。

 あの戦い。

 あの狂気みたいな笑い。


 あーあ、また死にかけてくれないかなぁ。

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