その音が消す
1話 その音が消す
誰も客が居ないライブハウス。
舞台にはキィボードが1台。
スポットライトが、演奏者の居ないキィボードにあたる。
そこへ演奏者らしい女性が。
髪は金髪に、伸びかかった黒髮が目立つウェーブがかったロングヘア。
青いタンクトップにデニムのミニスカート姿だ。
彼女がキィボードの前に立った。
「若いな、あの女。二十代、いや十代か」
「歳は関係ないだろう」
彼女が演奏を始めた。
「酷いなぁ。こりゃ耳が痛い」
「コレは曲ではないからな。まあ見てろって。コイツは人に聞かせる音じゃない」
バキ バキ バキバキッ
「なんだ、この音は? 天井から……」
「ラップ音ってヤツ。知ってるだろ」
「ああ、たまに聞くが、こんなに激しいのは初めてだ」
「効いている証拠だ。コレがホントのラップミュージックってかクククッ」
「つまんねぇぞ、ソレ。どこでも言ってねーか」
バキバキというラップ音に合わせて、音が組み合わせられ、曲になってきた。
その曲が軽快に演奏されてから十分程たつた時に。
うっおおおぁあー
という男だか女だかわからない悲鳴のような声がハウス内に響き渡りライトが破れた。
「終わった」
ボードから離れた演奏者の女性は、客席の一つにドシッと座った。
「本当だ。マジに店の中の空気が変わった。室温もまるで違う。さっきまで冷蔵庫の中みたいだった」
「だろう。信じてなかったのかよあんた。俺はウソは言わない」
「ありがとう。弁天寺!」
「凄いだろ、あの娘。どうだったエレ」
「思ったより手強かったな、五分で済むと思ったが……二倍増し。ギャラは倍欲しい」
二年前。
あたしらのバンドの初ライブは、高円寺の駅前商店街から、少し離れた所の小さなライブハウス「ヒカリ」だった。
ちょっと学園祭で演奏してウケて調子こいたあたしらは、プロになれると思い込んだんだ。
一般の客の前でやりたいと。
メンバーの一人のコネでココで一曲やらせてもらえることになった。
平日の夜、客なんてわずか。
十人いるのか?
多分ほとんどメンバーの友人だろう。
これじゃ学園祭の客以下だ。
学校の軽音部の幽霊部員だったあたしにバンドやるからと声をかけられた。
入部の時にピアノを幼少時からしてたと言ったのを憶えていた上級生でバンドのリーダー大雪先輩。
演奏を初めてすぐにスピーカーからハウリングが。
マイクの調節をし演奏を始めると妙なノイズが入る。
かと、おもえば歌ってもいないコーラスが聞こえたり。
しまいに歌の途中で店の照明が消えるというハプニング。
「なによ、コレ?」
まえからこのライブハウスには、噂があった。
昔、ここで演奏していたバンドのメンバーがこの場所で自殺し。その後ノリノリに演奏しているバンドの邪魔をするなどと言われていた。
そんな噂話がひろまり、この店から客やバンドが遠ざかったのは事実。
まあおかげであたしら高校生でも出演ができたのだが。せっかくのデビューライブが、邪魔されるのは頭にくる。
あたしは、おもいっきりある音を弾いた。
連打を続けたら、照明がついた。そして、メチャクチャに思えるキィボードソロを始めた。
そして。
「ワン、ツー、スリー、ハイッ」
と、ボーカルの大雪先輩にふった。
先輩は、歌を再開し、とりあえず一曲歌いきった。
ステージを降り、控室へ戻ると知らない男がドアのまえに居た。
スタッフの人ではない。
アフロヘアーにサングラス。二重あごに濃いあごヒゲをはやした大きな男だ。
見るからにサイズがあわない革ジャンにパンツ。
「どうもはじめまして」
と、男はあたしに名刺を出した。
名刺には名前とメールアドレスが書いてあっただけだ。
「べんてんじまもるといいます」
弁天寺、守か、ベンテン、テラモリじゃないのか。
「なんです、ようは、あたしなのかしら?」
「そうです。私、見ましたよ、キミの力」
「見た。力を……? なんなのよあんた」
「あんたナニ? ウチのエレになんのようなの」
気の強い大雪先輩の親友で副リーダーの田村先輩が、あたしの前に出て。弁天寺をにらんだ。
背の低い田村先輩は、にらむとというか見上げた。
「いくら、エレがカワイイからってナンパか、おっさん」
「なんなのそのピチピチの服着たおじさん」
ドラムのかたづけで、あとから来た田村先輩の同級生の佐倉さんだ。
あたしのバンドメンバーは、あたし以外三年生である。
「このデブいのがエレをナンパしてんだ」
「おい、べつにナンパしてるわけじゃないよ。俺はスカウトに来たんだ」
「スカウト!」
あたし以外のメンバーが声を揃えて言った。
つづく