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ぼくらの平行世界間戦争  作者: 吉田玉石
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3.取り留めの無い、朝/夕


「長岡ぁ。時間だぞ」


 カン、カン、と喧しい音に重たい瞼を開くと、そこにはフライパンの底をお玉で叩く西川の姿があった。


「……相変わらず、早いんだな」

「何言ってやがる。俺が元居た世界じゃもうとっくに出社して、そろそろ朝礼が始まるって頃合いだぜ」


 西川は呆れたようにそう言うと、卵とベーコンを炒めただけの粗末な朝食をテーブルに持ってくる。

 ――彼が現れてから今日で三日目。僕らはお互いを名字で呼び合い、それなりに打ち解けていた。

 それぞれが歩んできた人生を共に語り合って分かった事は、やっぱり僕らは別の人間だということだ。

 異なる環境で異なる経験をしてきたのだから、そうして形成された人物像も全く異なったものになる。考えてみれば当たり前の事だ。


 別の人間。そう思ってからは、打ち解けるのは早かった。

 僕らは性格も、言葉遣いも、好きな食べ物や音楽の趣向に至るまで違っている別人だけれども、やはり根っこの部分の感性は似通っているのだ。平行世界の自分という注釈を取っ払えば、それはもう気の合う友人に他ならない。


 そういうわけですっかり気を許してしまっている僕は、いつの間にやら奇妙な居候がいる生活にもストレスは感じなくなっていた。あの異質な嫌悪感も今ではもう無くなっており、それどころか家族に抱くものと同等の親近感まで覚え始めているのだ。

 ただ、食費は二人分の支出だし、人を部屋に招くことも出来ない。それに、僕だって一人でやりたい作業があるのだから、いつまでもこの状況を許容しているつもりは無かった。


「――それで、何か分かったのか?」


 西川が作ったやたらと濃い味付けの朝食を口に運びながら、問う。

 日中、僕が大学やらバイトやらに勤しんでいる時、彼もまた元の世界に帰る手がかりを探していたそうなのだ。


「いやあ、これがさっぱりだ。そもそも何を調べればいいのかも分からん。お前はどうすれば平行世界に行けると思うよ?」

「……皆目見当も付かないな」

「だろ? この世界に来た時と同じように、気が付けば元の世界に戻ってることを期待するくらいしか出来ねえよなぁ……」

「おいおい、諦めないでくれよ。分かってると思うけど、僕が滞在を許すのは――」

「一週間、だろ? そんで、今日で三日目。……はあ」


 西川がげんなりした様子でため息を吐いて、机に突っ伏す。


「こりゃもう、海外に出るしかねえかなぁ。同じ世界に同じ人間が二人存在しても、片方が異国に居れば問題ないだろ」

「……僕のパスポートは使わせないよ」

「大丈夫、お前だって覚えてるだろ? 小学校の水泳の授業で、誰が一番長く泳げたかを」

「海を泳いで渡るって? 一番近い韓国だって千キロほど離れてるんだぞ。馬鹿言ってないで、早く何らかの解決策を見つけてくれよ」

「へいへい」


 西川が手をひらひらと振りながら、気の抜けた返事を返す。

 ふと時計を見ると、始業の時間まであと二十分ほど。ギリギリまで眠り、寝起きのまどろみが残ったまま大学の敷居を跨ぐ現状を鑑みると、大学のすぐ近くに住んでいることはデメリットのようにも思えてくる。


「じゃ、僕はもう出るから。君も出かけるなら戸締りはしっかりね」

「はいよ、いってら」


 僕が着替えを済まし、簡単に頭髪を整えた後、台所にて食器を洗う西川の背に向かって言うと、彼は首を振り向かせ、にこやかな笑顔を持って僕を見送る。


「あと、なんかやたらと率先して家事をやってくれてるけど、面倒だったら別にいいよ」

「そうはいかねえよ。俺ぁ食って寝るだけの存在なんて、赤子だろうと許しちゃおけねぇ」

「いや、赤ちゃんはいいでしょ。乳飲み子が家事を手伝い始めたら恐ろしいよ」

「はは。まあともかく、他にも何かあったら言ってくれ。世話になってる以上は全力で手を貸すぜ」


 西川が爽やかに笑って言い放った言葉は、一片の建前や打算も含まれていない、心からの言葉に思えた。

 ――不自由はあるけれど、こんな生活も悪くは無いかな。

 そんなことを考えながら部屋を出て、鉄骨階段を降りる。


 澄み渡った空の下では初夏の日差しが無遠慮に照りつけ、はるばる南から渡ってきた風が新緑の香を運んでいた。昨今では五月の真夏日も珍しくなくなった。今日も暑くなるのだろうか。

 僕は未だ夢心地の足取りで、すっかり慣れ親しんだ道を進み始める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、ねえ!」


 大学の構内、本日最後の講義を終えて帰路につこうかというところで、そんな声を背後から掛けられる。

 顔を見ずとも、声の主が誰かはすぐに分かった。彼女の声だけは間違えまい。


「ああ、どうしたの?」


 振り向いた先に立っていたのはもちろん、想像した通りの人物。

 カールのかかった長い髪に、端麗な顔立ち。淡色のワンピースの上からトレンチコートを纏うその装いからは品や落ち着きが伺えるが、実際は明朗で快活な内面を持ち合わせている女性だ。

 名前はカンナ。――僕の恋人だ。


「今日、亮くんの部屋行っていい?」

「今日はバイトだよ」

「その後!」

「ああ、それなら別に――」


 そこでふと思い出す。僕の部屋に居座る彼の存在を。


「……ごめん、うちは無理。そういえば、親戚の子が泊まりに来てるんだった」

「親戚? ふーん……」


 訝しげに見てくるカンナ。この理由は少し無理があっただろうか。

 だが僕そっくりのあの男の事を、なんて説明すればいいのか。彼女は僕の家庭事情を知っているのだ。双子の兄弟なんて説明では納得しないだろう。見つかれば面倒な事態になる。ならば、絶対に会わせるわけにはいかない。


「えーと、なんかあと四日間くらい泊まってくらしい」

「へー……、ふーん……」


 なにやら目を細めて、疑い深そうにジロジロと僕を見る。


「な、なんだよ。しょうがないだろ。そういうわけで、その間は僕の部屋は駄目だから」

「亮くんって、嘘が下手だよねぇ……」


 カンナがため息交じりに漏らした言葉に、思わずぎょっとする。


「……分かるの?」

「とーぜん! ま、やましい事をしてる訳じゃなさそうだから別にいいけど。何か事情があるんでしょ?」


 そう言ってカンナが飾り気のない笑顔を向ける。彼女はやむにやまれぬ事情を察し、無用な詮索などはしてこなかった。つくづく、僕には過ぎた女性だと思う。


「あ、もう行かないと。じゃあまた今度ねっ」


 手を振って講義室へ駆けて行くカンナの姿を、僕は見えなくなるまで見送った――。



場面転換は使わないなどとうそぶいたことを、ここに深く謝罪します。

これからも多用する可能性がございますので、一度自分に決めたルールに例外を作ると、このような事態になってしまうという悪例として参考にして頂ければ幸いです。

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