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ぼくらの平行世界間戦争  作者: 吉田玉石
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1.見知らぬ男


 ――その日はいつも通りの一日だった。


 大学で講義を受け、夕日が落ちる頃にバイト先に向かう。一年と少し前、進学で上京すると同時に働き始めた飲食店だ。

 もうすっかり慣れた業務を終えて帰路についたのは、夜も深くなってきた午後十時頃。

 住居である古い賃貸アパートの一室は、大学にもバイト先にも歩いて行ける距離にある。

 最初は利便性を感じていたが、今は狭い生活圏を往復する日々に少しだけ嫌気がさしているのが正直な心情である。

 だが学生の身分でおいそれと引っ越しなど出来るはずも無く、今日も今日とて物静かで退屈な住宅街の路地を歩いているというわけだ。


 代わり映えの無い、いつも通りの一日。

 異変を感じたのは、その帰り道だった。携帯電話の電源を入れ、バイト中に届いていたメッセージを確認していると、その中に珍しく父からのものを見つけたのだ。

曰く『無事に帰れたかな? 保険証が再交付され次第、また連絡するよ。以後気を付けるように』とのこと。

 文脈から判断するに、どうやら僕が健康保険証を無くしたと思われているようだが、全く身に覚えのない事だった。そんな連絡はしていないし、僕の保険証は今もきちんと財布の中に入っている。

 『無事に帰れたかな』の部分も分からない。実家は電車を乗り継いで一時間半ほどで行ける距離だが、最後に帰省したのは昨年末。もう半年も前のことだ。

 送信先を間違えたのかと思ったが、僕が幼い頃に両親は離婚しており、今は僕と父の二人家族。父の扶養に入っているのは俺だけなので、父が僕以外の保険証を扱うことなど無いだろう。


 ――もしかすると、僕を騙る何者かによって、詐欺行為が行われているのかもしれない。


 降って湧いた疑念の下、すぐさま父に電話を掛ける。だが、延々と呼び出し音が聞こえるばかりで、父の声を聞くことは叶わなかった。勤勉な父の事だ。この時間に床に就いていても不思議ではない。


 電話を切り、二棟並んだ二階建てのアパートに辿り着いた時――二つ目の異変に気付いた。

 二階の角、僕の部屋の明かりが点いているのだ。

 消し忘れなどあり得ない。家を発ったのは昼前。東南に向いた日当たりの良いあの部屋では、日中に電気を点けていることなどほとんど無く、今朝もそうだったはずだ。


 ならば、どうして――。まさか、誰かいるのか……?


 不安に駆られるがままに、錆びついた鉄骨階段を早足で上がり、ドアの前に立つ。耳をすますと、ドアの向こうで何かが動いた音がした。


 途端に心臓が喧しく脈打ち、呼吸が浅くなる。首筋には不快な汗が滴った。怒りにも似た恐怖を覚え、心の内はかつてないほどに騒がしい。

 それらを押し殺すよう深く息を吐き、覚悟を決めてポケットから鍵を取り出す。

 そして、小刻みに震える指で、ゆっくりとドアノブに近づけていくと――鍵穴に達する前に『ガチャリ』と内側から鍵を開ける音が聞こえた。

 次いで、何かを考える間もなく、ドアが開かれる――。

 そこに立っていたのは、僕と同じ顔をした男だった。

 そいつはただ呆然と立ち尽くす僕を一瞥し、ふてぶてしく笑うと、こう言うのだ。


「よう、俺はお前だよ」


 その声もまた、僕と変わらぬものだった――。



 『ドッペルゲンガー現象』

 医学的に『自己像幻視』とも呼ばれるそれは、その名の通り幻覚の一種とされており、自分自身の姿を自分で見たり、同じ人物が同時に違う場所に出現することを指す現象である。

 古くより肉体から精神が分離、実体化したものだと語られ、ドッペルゲンガーの出現はその人物の死の前兆だと信じられてきたという――――。

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