00.夜明け前
十歳の頃。世界はまさしく僕を中心に周っていた。
学校じゃちょっとしたヒーローだったさ。
『虫を取ろう』と僕が言えば、皆で雑木林まで自転車を走らせて、『あのゲームを買う』と言えば、皆がこぞって同じものを親にねだった。
僕の周りにはいつだって人が集まったんだ。
家に帰れば王子様だ。
穏やかな父と優しい母の下、柔らかな威厳と愛情をもって、大切に、大切に育てられた。
僕は両親に褒められたことしかなかった。彼らはいつだって僕の全てを肯定してくれた。
僕の家は世界一愛に溢れた家庭だったし、僕の友達は世界一面白い友達だった。担任の先生も、近所のおばさんも、愛猫のまるだって、みんなが世界一だった。
一体いつからだろうか、世界が勝手に周りだしたのは。
「お母さんとお父さん。どっちに付いて行くか、あなたが決めなさい」
その日、母が言った言葉を、僕はすぐには理解できなかった。
だって、今日もいつもと変わらない、素晴らしい日だったじゃないか。
食卓に座る父と母は、向かい合っているのに別々の場所に居る人たちみたいだった。
ひどく疲れた顔。僕の見たことない顔だ。きっと、見せてこなかっただけなんだろう。
世界は僕のいないところでも周っていて、今も僕が知らないどこかで、僕が知ることのない何かが起こっているのだから。
僕の前には分かれ道が現れた。今歩んでいる素晴らしき日々を外れて、どちらかを選ばなきゃならないんだ。
一方を選べば、もう一方への道は永遠に閉ざされる。そのことは幼い僕にも理解できた。
――唐突に迫られた選択。人生を左右する分岐点。
僕は母の問いに、何て答えたんだっけ――。