99話
俺には今、ふたつのクラスチェンジ能力を持っている。ひとつは通常のクラスチェンジ。そしてもう一つは、カルミアやサリーたちに行った特別なクラスチェンジだ。現時点ではこの二つが判明している。
通常のクラスチェンジであれば、無条件で発動可能。ただし、条件は緩いがマルチクラス化は出来ないし、クラスの自由は効かないといった制約がある。
『特別な』クラスチェンジ発動は何らかの条件が必要なうえ、タイミングはいつも突然だ。発動条件が厳しい代わり、通常のクラスチェンジとは一線を画す性能を持つ。既存のクラスを組み合わせ、オリジナルクラスとして昇華させる上に、成長率は人外レベルまで上昇し、特別なスキルを生み出し、クラスチェンジ成功時には何らかの特典が発動する…と、非常識極まりない強力な効果を持っている。
そして、今…目の前で起きたクラスチェンジの事象は間違いなく『特別』なものだ。カルミア、サリーやイミスの時も、そうであったように、共通する点は『強い意志』だろう。もちろんそれだけではない。カルミアの時なんかは好感度というフレーズが脳を過ったことを覚えている。俺とのつながりも大切なのだろう。
例に漏れず、特別なクラスチェンジ時には世界が止まったように灰色となる。今はフォノスがチンピラへ向けて駆け出す瞬間で停止している。チンピラも、憎たらしい表情のままだ。
この停滞時間があるから、どうクラスチェンジするかをじっくり考えることができるのだ。
「さて、フォノスはどのクラス適正があるんだろうか」
*警告 対象フォノスはカルマが『混沌』の存在です。本当にクラスチェンジを行いますか*
「ん…?」
こんな警告は今まで見たことがない。ただし、カルマというのは知っている。ファンタジーTRPGのゲームでは、カルマという仕組みがある。カルマは個人の性格や価値観を簡単に示したもので、キャラクターの意思決定に関わるアイデンティティーだ。
カルマは複数種類存在し、基本的に『秩序』『善』『中立』『混沌』『悪』から二つの組み合わせによって決定される。例えば、『秩序』にして『善』であれば、困っている人を放っておくことは絶対しないし、泥棒や殺人を是としない。『混沌』にして『悪』であれば、全く逆の行動を取る。TRPG上に出てくる魔物は大抵がこれだ。
他にも『秩序』にして『悪』。『混沌』にして『善』。『真なる中立』といった珍しい組み合わせも存在する。
自分で言うのもなんだが俺は『善』の部類に入るはずだ。…入るはずだ!
そしてフォノスは『混沌』という属性に部類することが発覚した。『混沌』とは簡単に言えば無秩序のことで、法に縛られない者を指す。取り分け悪の属性にもなりやすい属性のため、注意が必要なのかもしれない。
…ただ、俺はこの短い期間であったが、フォノスが悪い奴だとは思えなかった。『混沌』にして『悪』があるというならば、それこそ目の前にいるチンピラのことだろう。もしくは、フォノスとお友達の毛玉犬を守れなかった俺自身が悪と言われたほうがしっくり来るくらいだ。
「いいよ、『混沌』だからとかそんなの関係ないよ。俺はフォノスをクラスチェンジさせる」
*フォノスのクラスチェンジが承諾されました リストを展開 クラスは下記の通りです*
*
ネクロマンサー
ヘクスブレード
インヴィジブル・ブレード
ナイトストーカー
スレイヤー
ファントム
マインドスパイ
アサシン
*
う~ん…見事に混沌である。リストに表示されたクラスは大体が悪役上等なキャラが好むタイプのクラスだな。ネクロマンサーなんか悪そのもので、町中でこれ系統の魔術でもぶっ放そうものならすぐに指名手配されて人生終了しそうな勢いだ。スターフィールドの世界に沿ったものであれば、ネクロマンサーは、戦闘能力は期待できるのだが、死体を使う魔術ばかりだからね…そんなことをフォノスにさせられない。
ヘクスブレードは魔剣と契約して戦うという一風変わったクラスだ。とても魅力的だが、ウィザード系に入るクラスであり、技は呪いをかけたり派手なものが多い。フォノスは先天的に隠密に特化しているため、他のクラスと組み合わせることを考えると、少し考える余地がありそうだ。まぁ、どのクラスでもすごいことにはなるだろうが…。他にもローグ系を中心としたクラスが揃っている。何よりも、彼が今守りたいものを守れるようにしてあげなきゃな……よし、決めた。
「フォノスのメインクラスを『スレイヤー』サブクラスを『アサシン』に設定」
アサシンについては、イメージがつきやすいかもしれないが、スレイヤーは、あまり知られていないクラスの一つだ。
スレイヤー最大の特徴は[宣告]というスキルにある。これはスレイヤーだけに許された強力なスキルで、効果は『宣告した相手へあらゆる有利が働く』というバフ&デバフ一体型スキルの一種だ。スレイヤーから[宣告]された相手は無条件に不利を被ることになる。基本的には[宣告]は発動後に防ぐ方法は存在しないとされている。一度[宣告]された場合、どちらかの対象が死ぬまで効果は永続する。同時に[宣告]できるのは『一人まで』である。
[宣告]の発動条件は、敵に言葉をかけるだけで成立する。発動条件も無いに等しい。…と、ここまでは良いこと尽くめのスレイヤーだが、もう一つがスレイヤーの長所であり短所でもある。
スレイヤーというクラスにチェンジした場合、『宿敵』を設定する必要があるのだ。『宿敵』の対象は何でも良いが、クラスを拝命する者が決める必要があり、条件が狭ければ狭いほどその効果は高くなっていく。
たとえば、スレイヤーの『宿敵』を生き物にした場合、生き物全てにメタを張ることができるが、その効果は非常に小さいものになる。逆に、特定の人物や特定の種族に絞ることで、非常に強いメタを張ることができるのだ。スレイヤーの[宣告]は原則的に『宿敵』にしか使えない。そして、それ以外の敵に対してはアドバンテージは取れない。
厄介なことに、『宿敵』は一度決めると二度と変更ができない仕様だ。
これは、スレイヤーの設計自体が、メタを張るようなクラスであるためだ。オーガにメタを張るなら、オーガスレイヤーとなり、対オーガでは無類の強さを誇るだろう。ドラゴンならドラゴンスレイヤー、コボルトならコボルトスレイヤーといった名称になる場合が多い。
そう…きっと、このままでは、きっとフォノスは、迷わずチンピラスレイヤーと化してしまうだろう!!それではいけない…きがする!チンピラスレイヤーは何となく違う!
そこで俺はアサシンを選択した。アサシンはイメージ通りなクラスになる。アサシンのメインウェポンは主に[急所攻撃]と[毒調合][不意打ち]の三つだ。
この三つのスキルは『宿敵』以外と戦う際に、戦闘能力を引き上げるうえで、非常に役に立つスキルになる。[急所攻撃]は本来の攻撃に追加ダメージを与えるもので、その威力は絶大だ。その代わり発動条件が厳しく、相手から何らかの有利を取っている場合に発動できる。
[毒調合]はサリーの調合スキルとほぼ同じだが、サリーと違って毒しか調合できない。専門職ではないため、サリーの調合よりも効果は低くなるはずだ。[不意打ち]は相手が気がついていない場合に発動できるスキルだが、今回の戦闘では使えない。
アサシンには、素早く目的の場所へ移動できる能力がデフォルトで備わっているため、クラスに組み込めば素早さはブーストされるだろう。毛玉犬を真っ先に助けるなら、この足の速さは外せない。
どのクラスも魅力的で迷う結果となったが、フォノスの先天性と今回の状況を考えて、最善の手を俺なりに考えてみた結果だ。…どうなっても俺が責任をとってやるさ!
*対象 フォノスのクラスは『スレイヤー』『アサシン』が選択されました*
*統合によりオリジナルクラスを生成 クラスの名称が『ディストピア』となります*
*クラスチェンジの特典として、アイテム:活人剣と殺人刀が与えられました*
黄金に輝くペンを取り、キャラクターシートへクラスを書き写す。
「さぁ…君の可能性を魅せてくれ!!」
そして…灰の世界が崩れ去った!