96話
「お兄さん、まだ居たんだ」
夕日に照らされた紫色の髪が煌めいて、謎の少年『フォノス』の怪しさはより一層際立っている。なにより、それなりに戦闘経験を積んだ俺の後ろを何度も容易くとってくるこの隠密性…只者じゃない気がする!そして毛玉は、我関せずと俺の懐から袋ごとおやつを奪いとり、地面にばら撒いたあとに食べまくっている。
「また会ったな、謎の少年!」
「謎の…?ふふ、お兄さんは面白い人だね。僕はフォノスだよ。覚えてね」
「あぁ、分かった。フォノス君、俺はサトルだ。改めてよろしくな。今朝はありがとう!助かったよ」
にこやかに頷くフォノス。その後、二人の視線が自然と犬の毛玉に向いた。毛玉は俺から奪い取ったおやつを全てデストロイする勢いで、食べることに夢中だ。相変わらず俺たちのことは全く気にしていない。
「…お兄さんは、魔物が平気なの?」
「平気?とはどういうことだ?こんなに可愛いのに」
「……魔物って見ただけで、ヒドイことする人たちもいるでしょう。お兄さんは、そんなことしていないから気になって」
「魔物でも良い奴もいるだろうし、人間でも悪い奴だっているだろうさ。『魔物』だからっていう理由では命を奪おうとは思わないよ。襲われて仕方ないときや、第三者に被害が出ていてどうしようもないときは、遠慮なくやるけどね」
「お兄さん、面白い上に変わっているね」
「そうか?見てみろよ、このわんこ…じゃなかった。この魔物の動き…癒されるだろう?…俺は、魔物やヒューマン問わず、いつか、こんな子たちが安心してすごせる場所を作って、皆でゲームや楽しいことを沢山するのが、俺の今やりたいことなんだ。その延長線上にはなるかもしれないが、害の無い魔物が困っているなら、できる限り助けて行きたい」
満足そうに寝転がった毛玉犬をなでる。
「げぇむ?って何?」
フォノスはつられるように毛玉をなでた。毛玉はゴロンゴロンと寝転がって、なでる位置を指定してくる。それがまたかわいい!
「…ゲームは、皆を笑顔にする魔法の遊びだよ。そこには魔物も人間も関係ない。皆がテーブルを囲んで楽しく遊ぶ。…楽しそうだろ?」
「そんなこと…できるの?」
「正直、道のりは簡単では無いとは思う。でも、命が軽いこの世界に触れて、皆が、明日を生きていくことに必死なんだって実感することが多いよ。だから、全員は無理でも、少しでもそんな人たちの笑顔を作っていきたいなって。漠然とだけど、そう思う人間が一人いたって良いんじゃないかなって思ってね。助けてあげられる人は本当に限られているけど、何からできるかは分からないけど、それでも…俺は俺にできることをしたい」
「…」
「はは…会ったばかりの子供の君に、俺は何を言っているんだろ。まぁ、身勝手な俺のわがままさ。適当に受け流してくれていいよ」
「お兄さんの気持ち、目指す場所、すごく素敵だね。僕はその景色を見てみたい」
「フォノス君、ありがとう。子供たちも魔物も、皆で楽しく遊べるようになると良いね。さて、そのためにも、まずは実直に依頼を達成させて、実力をつけていかなきゃな~…お~よしよしよしよし……」
フォノスの顔は、いつの間にか微笑みが消えて真剣な表情となっていた。氷を連想させるほどの凍てつく表情は、何処か決意めいたものを感じる。
フォノスは毛玉をなでるのを止めて、立ち上がる。毛玉の犬は、あれ?もうなでるのやめるの?と言いたげな表情だ。こいつは中々に甘えん坊のようだ…それに、フォノスに懐いている。
「お兄さん、確か、依頼で良い人材を見つけて育てるって言ってたよね。その予定の人員は、もう決めてしまったの?」
「いや、まだ決めてないよ。さすがに学び舎にいる人全員は時間的に無理だから、人数と育成対象は、よく考えないといけないね。育成内容も、戦闘技能を強化する内容になるから、戦うことが苦ではない人を選ぶ必要もある」
「ねえ、僕じゃダメかな。僕、役に立つよ」
…お、どうやらフォノスはこの話に興味があるようだ。この子は個人的に少し気になっているから、育成して戦闘技能を強化させる対象者に選んでも良いとは考えている。フォノスは、学び舎で唯一、冒険者派閥でも騎士派閥でもない。一人で行動している所を見ると、群れるのも嫌いそうだ。適性で言うと、気づかれずに背後を取れる才能から、ローグ、スカウト系の戦闘スタイルに特化したものになるだろう。念のために確認だ。
「……フォノス君は、騎士や冒険者を希望しているんじゃないのかい?皆と一緒に居る様子が無かったからさ、ちょっと気になってね」
「うん、くだらない喧嘩に興味は無いよ。それに僕は一人のほうが好きなんだ。冒険者も騎士も…なんだか違うっていつも思っていた。グランのやり方も、ロマネの考え方も、なんだか合わなくて。だから、お兄さんが、僕の本当に成りたい者への、キッカケをくれる予感がするんだよ。だから、僕を選んでよ」
「そうだな…そこまで言うなら、もちろん考慮するさ。それに人数だって一人だけを育成する訳じゃない。最低でもひとつのパーティーを作れと言われているしな。明日、また俺のパーティーメンバーを連れてここに来る。だから、安心して待っていてくれ」
「うん、分かったよ。お兄さん…」
俺が即決しなかったからか、フォノスは少し不満そうにしゃがみ込み、毛玉をなではじめる。毛玉は、待ってましたと体を倒してなでられる姿勢をつくった。
「その魔物、隠して飼っているんだろ?先生に見つからないようにしなよ」
「…うん、先生はコボルト系の魔物とか近いタイプの魔物は苦手みたいだし。気をつけているよ」
俺はフォノスの頭を優しくなで、別れの挨拶を告げてから、その場を後にした。
……彼を育成するにしても、彼の性格や適性を考えると、パーティーに入って連携して依頼を遂行する―という柄じゃないだろう。なるべくフォノスの意見を汲み取ってあげたいから、どう育てるか、方針を練らなくてはならないな。とりあえず、宿に帰って仲間へ今日の出来事を報告しよう。