95話
「皆さん!集まって下さ~い」
ドメーヌが生徒たちを集める。先程教室にいたガキンチョ共とは違って、皆秩序だっていて乱れのない動きで整列を始め、手を後ろにまわして待機する。歳は皆同じくらいの子供なのに、こちらの子供たちは礼節正しく、教育が行き届いているように感じた。たまに訓練に来るという騎士が、頑張って指導したおかげだろうか?
整列が終わり、先頭に出たリーダー格っぽい獣人の女の子が大声を発した。
「傾聴!」
リーダー格っぽい獣人の女の子は、ポニーテールでまとめた茶髪から覗かせた狼の様な耳を、先生がいる前方へと向ける。尻尾は左右に揺れていて何だか先生を慕っているように感じた。
先生は慣れていない様子で、オドオドし始める。
「あ、あの~…何時も言ってますが、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですので…」
「いえ!私たちは教えを請う側の人間!そのようなことはできません!先生っ!!何か要件があったのかと思われますがっ!どうなさいましたかっ!!」
「はひぃ!?」
リーダーっぽい女の子は一語一句大きく、無駄にハキハキとした軍人めいた口調で話す。先生は声に驚き、さらに萎縮した様子で、俺に目で訴えるように助けを求める。…ドメーヌは大声が苦手なのかな?
「ドメーヌさん…俺が代わりに話します。俺はサトル。実は―」
俺は依頼で先んじてこちらへ来たこと。依頼内容の要点をかいつまんで説明を行う。俺が話している間も、全員がそのままの姿勢を維持し、じっと穴が空きそうなほど俺を見続けるもんだから、プレッシャーが凄い。
「お話は分かりました!ということは!先生!!」
「ひい!?ですから、その大声は驚くので、いつもやめてくださいと―」
「先生!!これは我々に課された査定の一環なのでしょうか!?」
ん?査定ってなんだろう…横からになるが聞いてみよう
「ちょっとごめん。査定ってなんだい?」
「はっ!サトルさん!説明致します!数年に一度、この学び舎では一定の技能を満たした者が居るかどうか、という目的で、様々な分野においてテストを行っています!」
「ふむ?これもテストの一環なんじゃないか…ということかな?」
「はっ!テスト内容は色々あり、我々騎士はマナーや規律に関する部分を定期的に抜き打ちされますが、今回はサトルさんがご指導下さるのでしょうか!」
俺は依頼内容を思い出す。才能ある子を見いだしてほしい…と言われていたが、冒険者の立場である俺に依頼するくらいだし、達成条件もギルドの依頼をクリアすることだから、この子たちの戦闘能力を見いだしてあげることを期待されているのは間違いないだろう。であれば…
「ごめん。俺はそういったマナーは最低限しか知らないんだ。冒険者という立場なので、戦闘技能に関するお手伝いしか出来ないと思う。話を聞く分に、騎士に必要なマナーや規律の部分については別の人が斡旋されるんじゃないかな。それでも良ければ後日、パーティーメンバーを連れてくるよ」
「はっ!承知しました!戦闘技能であっても騎士たる者、達成しなくてはならないと考えております!!是非ご指導のほど、よろしくお願いします!」
「そういえば君の名前は?」
「はは!申し遅れてしまい申し訳ございません!私は『ロマネ』と申します!」
なるほど、冒険者候補のリーダーが『グラン』そして騎士候補のリーダーが『ロマネ』か…
「よろしく。ロマネ。ところでグランとは仲良くしているのかい?」
「いえ!!仲悪くしております!!!」
今までで一番ビシッとした声が響き渡った。なるほど…机で踊っていたアイツとは仲が悪いらしい。それもそうか……
これでこの学び舎の生徒全員の様子と関係性は軽く確認できたと思う。冒険者志望と騎士候補の派閥で、かなり両極端な雰囲気を持っていると感じた。冒険者志望の子は、ノビノビと育っていて身体能力にも優れている子がいる…しかしマナー的な部分でちょっと問題がありそうだ。騎士候補の子は優等生で個人的には好感が持てる。ただ、身体能力では冒険者の子には劣るかもしれない。全員の育成に入りたいところだが、そうなると期日が足りないな。さて、どうするか…。
「色々話を聞かせてくれてありがとう。先生とお話するから、ゴニアを続けてほしい」
「はは!こちらこそ、感謝致します!全体、水分補給!完了次第位置について、あと二セットマッチ!」
騎士候補たちはそれぞれ統制された動きでゴニアを再開する。
「ドメーヌさん、今日は突然の訪問にも関わらず、ありがとうございました。後日、パーティーメンバーと一緒にお伺いします」
「いえいえ、とんでもないです…。生徒たちのこと…よろしくお願いします。」
その後、ゴニアを見学しつつ、ドメーヌと雑談を楽しんだ。どうやらドメーヌは幼少期に大型のコボルトに襲われた経験があって、耳と尻尾を見ると怖くなってしまうという裏話まで聞けた。なので、決してロマネが苦手という訳ではないらしい。彼女もそれを察してか、あまり近づいたりはしないが、常に気にかけてくれるという。
日も傾いて来た頃合いだったので、皆に軽く声をかけて学び舎を出る。
宿へ帰ろうと教会入り口を出たところで、俺は犬型の小さな魔物に遭遇した。稀に町の中に迷い込む魔物がいるが、こいつは危険性がなさそうだ。全体的に小さくて丸々している。茶色い毛がモフモフでくりっとした目を輝かせ、更にベロまで出してこちらを見ている!
「よ~しよしよしよしよし…」
俺は無意識レベルでしゃがみ込むとその毛玉の虜になってしまっていた。…あぶねぇ、こいつ…天然の魅了を持っていやがるな。可愛すぎるぜ…!
生徒たちにあげる予定だったワイロ…ではなく、パンクズのお菓子(秘密兵器)を懐から出す。数も少ししか無かったから、結局渡さなかったんだよなぁ。生徒内で大きく二つの派閥が出来ていたから、片方にあげるのも悪い気がしたんだ。こいつになら遠慮なくあげてもいいだろう!
「ほ~ら、うまいか?」
「バフ!バフバフ!」
毛玉は食べながら鳴き声をあげて、地面に散らばったパンクズを全て平らげる。キョロキョロと残りを探して、無いことに気がつくと、実に切なそうな目で俺を見ている。…っく!?手が勝手に…残りのお菓子へ!?
「お兄さん、まだ居たんだ」
教会に入ったときに出会った不思議な少年と、また遭遇した。