93話
シールドウェストの大通りには、幾つもの出店があり、武器から食べ物、日用品から一風変わった商品まで…実に品揃えが豊富だ。最近は武器防具がよく売れるらしく、冒険者たちが剣や防具を選んでいる様が日常となっている。武器ではないが、ここで、俺はちょっとした秘密兵器を購入しておいた。
秘密兵器の購入後、教会へ向かったが思っていたよりも近くて目立つ場所にあり、迷うことは無かった。大通りから少し脇道に歩いた場所に、大きな教会と横長な建物が併設されている。受付のお姉さんが話していた通りだ。
教会は一般的な作りだが、戦の神と思わしき像が屋根からこちらを見下ろしている。この像がヘラヘクス神とやらなのだろうか。戦というくらいだから筋骨隆々な男性の像と思っていたが、凛々しい女性の像だった。身に着けている装備品からも美人な戦乙女といった感じ。何となーく、目つきの鋭さがカルミアと似ている気もする。
「さて、入ってみるか」
教会に入ると、ステンドグラス調に照らされた幻想的な空間が広がっていた。日差しがガラスを通すことで、実に色綺羅びやかな雰囲気が出ていて素晴らしい。
奥にある教壇まで足を運ぶが、誰かがやってくる様子がない。誰もいないのかな?俺だけの足音が寂しく響いている。耳をすませると遠くから子供の声が聞こえる。
教会に人っ子一人居ないので、もしかしたら授業中なのかもしれない。誰も居ない教会というのも趣があって堪能していたいが、ここでゆっくりしていたら目的が果たせなくなってしまうからな。併設されているという学校側に行ってみようかな?
「お兄さん、誰?」
振り返ると、いつの間にか後ろに少年がポツンと立って俺を見上げていた。見かけは12歳くらいだろうか。濃い紫の髪に、紫の瞳。知性を感じさせる落ち着いた表情は、何を考えているのか読むのが難しい。本当に子供なのかと思わせる、感情を表に出さないような抑揚少ない喋り方をしていた。服はボロボロの白シャツにズボンを着用している。孤児だろうか……後ろに立たれて声をかけられるまで、少しも気がつかなかった。
「こんにちは、俺はサトルだよ。今は冒険者をしていて、Bランクまで昇格したばかりだ。ここには、依頼で来たんだ。君は?」
「僕はここで戦いを学んでいる。孤児だよ。赤ん坊の時に捨てられていたらしいから、本当の名前は分からない。ここでは『フォノス』って皆が。ところで依頼って?」
「そうか……。そうだね、ここの子なら別に話をしても問題はないか。冒険者や騎士見習いの君たちの中で、有望な人を見つけてきてほしいっていう依頼を受けてね」
フォノスは少しだけ考えた素振りを見せて、やがて併設されている学び舎へ指をさした。
「それなら、今は皆授業中だよ。みんな、あそこにいるから」
「ありがとう。フォノス。少し顔を出してみるよ」
フォノスはその場から動かず、学び舎へ向かうサトルの背中をじっと、見定めるように見つめ続けた。
「有望な…人、ね…」
俺は、教会からそのまま学び舎へ向かった。ちょうど座学をしている班と、外の広場で訓練をしている班がいるので、廊下から座学をしている様子を確認する。
教室では先生らしき人物が、空中に魔法陣を投影させ、何かの魔法について教えており、それを二十人余りの生徒が観察していた。
「ですから、魔法というのは詠唱や魔法陣を敷くことで威力や効果量をあげることができます。反対に、詠唱や魔法陣を用意せずとも魔法を行使すること自体は出来ますが、威力が不安定であったり、思いもよらない結果を招く場合があります。実践では相手が詠唱や魔法陣を敷く時間はないでしょう。そういう場合に発動を安定させる媒体として杖や本を利用することにより…おや?」
「ど…ども」
そりゃ見知らぬ人がいきなり授業の様子を見に来たらこうなるか…。先生らしき人は授業の進行を止めて、廊下に出てくる。生徒たちは皆興味津々な感じで先生についてきた。
「困ります。こちらは部外者は立ち入り禁止なんですよ!」
「あはは…ですよね。実は―」
「先生~!変なおじさんと知り合いなの~?」
俺はおじさんじゃねえ!内心イラっとしつつ訂正する。
「お、俺はまだ若いですよ…?ですから、冒険者ギルドから派遣されてですね。それで―」
「アハハ!見ろよ!おっさんが焦ってるぞお~!!」
「ねぇねぇ、何で本持ってるの~?大人なのにお勉強しに来たのお~?大人なのに今更~?」
俺はおっさんじゃねぇ!あと焦ってねぇ!あと今更のお勉強でもねぇ!
「…依頼破棄したくなってきた」
先生から俺に対して送られる疑いの眼差しは、やがて同情の眼差しになり、生徒を注意し始める。
「あぁ……こら!あなた達!今依頼って仰っていたでしょう!失礼な態度はおよしなさい」
「先生が怒った~!」「逃げろ~ヒュ~!」
生徒たちは、逃げるように教室に戻る。前途多難だなぁ…