89話
サリヴォルとの交渉を終えた後日。俺たちは宴に招待されていた。黄金の葉が輝く大樹の前にある大きな広場で、豪勢な料理がたくさん並んでいる。俺たちが座る席はいかにも特等席っぽい場所だ…料理も一段と手が込んでいて、世物が見られる舞台からも近い。今はサリヴォルが乾杯の音頭をとっている。
「―という経緯があった。先程も伝えた通り、サトルたちは我々の窮地を救ってくれた。ここに新たな友人が誕生したこと、感謝を込めて祝いたいと思う。この出会いと森の神に!」
サリヴォルが銀の杯を掲げると、皆それに合わせ、俺たちと森の神に掲げてくれる。音頭が終わるとそれぞれが思い思いに食事を手に取り出すので、俺も目の前にあるごちそうをいただくことにした。
まず目についたのは大きなトロピキス。甘くて美味しいフルーツではあるが、それの中身がくり抜かれており、そのまま料理の入れ物となっている。トロピキスを始めとした色とりどりな果物が入っており、とても瑞々しく美味しそうだ…。
「これは何という料理なんですか?」
サリヴォルはサリーとよく似た笑顔で説明してくれた。
「これは、お祝い事によく出している料理で、対外的な名前がないんだよ。そもそもがエルフがヒューマンを、本当の意味で歓迎して迎え入れること自体、私の記憶にも無いからね。皆は森の恵み、森の果物などそれぞれ分かりやすい言葉を使っているね」
話を聞きつつ、トロピキスに入っている桃色の果物をひとつ口に入れる。トロピキス以外の果物はまだ教わっていないが、これもうまい。口の中で弾ける果肉、甘さが疲れた体に染みるようだ。
「う、うまい!」
「ははは、気に入ってくれたか。もっとあるから、遠慮なく食べてくれ」
「ありがとうございます。サリヴォルさん」
交渉のあとからすっかりサリヴォルとも打ち解けて、楽しく談笑ができるようになった。まるで別人のような振る舞いに、近くに座っていたサリーが困惑している。
「ね、ねぇカルミアちゃん…オ、オヤジ…変なものでも食ったのかナ?」
カルミアは何となく察しているようだが―
「…さてね、でも…良かったわね」
「??何が良かったノ?」
「きっと、サトルが…いえ、何でもないわ」
当たり前だが、サリーは俺とサリヴォルの一連の話し合いについては把握していない。きっと彼女の中では里を独りでに抜け出し、俺たちと合流するような作戦を企てているのだろう…。そんなことをしなくても、もう大丈夫なんだけどね。
「あれ?あの鳥ってギルドの連絡用のじゃない?ウチ、ちょっと見てくる」
ギルドにはエルフの里に向かう旨を伝えていたから、何か用があれば向こうから鳥を飛ばしてくるはずだ。…ということは何かまた相談ごとだろうか…?最近は出張連戦続きだったから、もうちょっとゆっくりしていたいんだが……。
「サトル君~!やっぱりギルドの鳥だったよ~!」
イミスが片腕に鳥を乗せてきた。鳥の胸には『竜首のごちそう亭』という俺たちが所属しているギルドの紋章がついている。大型の鳥で長距離の移動でも難なくこなすらしいが、ルールブックにもこいつの生態については一切の記述がない。…いい加減名前を聞いておかなきゃなぁ。
俺はイミスの腕にとまった鳥の足元のビンから手紙を取り出した。大型の鳥の爪がイミスに食い込んでいるが、イミスは全く気にしていないし痛そうにもしていない。やっぱりレベルが上がると体も丈夫になるんだろうか…めっちゃ痛そうだけど。
「え~っと…なになに…?『こんにちは!貴方だけの受付嬢で―』(ここは今、読まないほうがいいな…)ゴホン…要約すると…『エルフの里の仕事が終わったらギルドに顔を出してほしい。次代の騎士と冒険者を育てる育成機関で、サトルたちが才ある子を見出す仕事を頼みたい…。その仕事の後、領主様へ顔合わせのご挨拶をお願いする』と…またスケジュール詰まってんなぁ」
俺の肩を掴んで、後ろから手紙を盗み読んでたサリーは興味津々だ。
「え!サトル先生になるの!?」
同じように後ろから顔を覗かせているカルミアは冷静に訂正する。
「…違うわよ、そんなこと一言も書いてない。恐らく、実力ある冒険者に目利きを頼むつもりだと思う」
イミスは鳥を上空へ飛ばし、手を払った。
「ウチは、あんまり実感ないんだけど…サトル君のパーティーて確かスゴイ実力なんだよね?Cランク…だっけ?」
「あぁ、元々は蛮族王討伐のための、捨て駒…体よく言えば一番槍みたいな扱いだったと思うよ。それでも一般的な冒険者よりは良い扱いだとは思うけど。ドワーフの専属鍛冶師もつけてもらっているしな。領主様への挨拶が叶うってことは、蛮族王にも動きがあった可能性が高い。宴が終わり次第、発つ準備をしよう」
そこまで話がまとまって、サリヴォルが声をかけてくる。
「どうやら、シールドウェストに戻るようだな。すぐに出てしまうのか?」
「えぇ、でも緊急ではないので、ゆっくり宴を楽しませてもらいます」
「おお、それは良かった…サトルくんたちに、是非見てほしいということで、里の者も出し物を準備しているから、もし良かったら見ていってあげてほしいんだ」
「もちろんです!」
俺とサリヴォルはまた握手を交わす。サリーはやっぱり目を丸くして俺たちのやり取りを見続けている。
「やっぱリ…オヤジの皮をかぶった魔物…?」
「…サリエル、聞こえているぞ。失礼なやつだな」
サリーの一言で賑やかになった場で、ゆっくりとした楽しい時間を過ごす俺たちだった。
* * *
薄暗い闇に紛れる小さな悪意。誰も居ない、まだ血の匂いこびりつく戦場跡で、大げさな身振り手振りを行う姿があった。
「グヌヌヌヌ!ここまで準備しておいて、大した被害も出せないとは!?わたくしめの完璧な作戦も無駄に終わってしまいました……このままでは、サトルめが、アイツが…チクショウ!!」
タルッコは両手をグルグルさせながら、片腕がないオークの死体を思いっきり蹴飛ばす。しかし、次の瞬間、蹴飛ばした自身の足がジンジンと痛みだすことに気がついて滑稽な姿を天に晒す。
「フング…!?ウヒョ…ふぅ、痛てぇ…ウヒョ…ウヒョ…」
痛みによって悔しい感情が薄れたのか、ある程度冷静になったタルッコは、手を顎に当てて考える素振りを行った。
「ふむぅ…しかし…サトルめは、強力な仲間をどんどん増やして強くなっていく…。対してわたくしめは一人だけ。…そうか!ならばこちらも対抗して仲間を増やせば良い…!!奴を良く思わないやつは絶対に現れる。それを利用すれば…ウヒョ…ウヒョヒョヒョ!!いける!いけるぞお!!」
どうやらタルッコの次なる悪事の路線が決まったようだ。彼に力を貸してくれる者は現れるのだろうか…?タルッコの怪しい笑い声が夜にこだまするのであった……。
* * *




