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88話


 ゴブリンたちによる突然の特攻襲撃を被害なく鎮圧し、グリーンハグがトリエントやドライアドを操っていた件をもバッチリ片付けた俺たちは、里でちょっとしたヒーローとなっていた。最初のアウェイ感が嘘のように皆が笑顔を向けてくれる。ずっと嫌な態度をとっていたダインや一部の住民の軟化はしなかったが、そこそこ上出来だろう…。それに、後日に感謝の宴を行ってくれるようだ。


 そして、サリーが召喚した再生力抜群の花…?は、危害を加える様子がないことと、里から離れる様子がないので、そのままにしておくことになった。巨大な青い花から覗かせる大きな一つ目をギョロギョロさせて、どこに動いてもじっと見つめてくるので不気味なのだが…サリーは『青いお花ちゃん』という名前をつけて喜んでいた。名前がついた看板まで作って『お花ちゃん』の足元に置き、水やりを始める始末。相変わらずである。


 今は、依頼の報告とサリーの件でサリヴォルと話をつける必要があるので、ほぼ使用感のない応接室に、俺一人でお邪魔していた。皆は自由行動中だ。ここにヒューマンを入れることは滅多にないとのことで、最低限の信用は勝ち取ったと見ても良いだろう。里の中央に鎮座する巨大な大樹の中はもちろん床も壁も木一色で、木の香りが漂う。綺羅びやかな調度品などはないが魔道具で明るく照らされた空間は、広々とした秘密基地みたいだ。


 サリーの父、サリヴォルはサリーと同じ青い髪だが顔付きは精悍そのもので、値踏みするような鋭い目が俺を突き刺してくる。


 「…フム、グリーンハグが一連の原因だったと」


 「えぇ、強敵でした。あと、エルフを恨んでいるような口ぶりでした」


 サリヴォルは報告を聞きながら、何かを作っている


 「醜悪さ故の嫉妬か…エルフという種族への渇望か…混沌の魔物と相容れることなど出来はしないが、狙われた方はたまったものではないな…さて、里の英雄へは報酬を渡さねばなるまい。……当初の予定通り金貨でも良いかな?」


 「そのお話ですが、報酬は全て破棄で問題ありません」


 サリヴォルは、はぁとため息をついて深呼吸をしたあと、手を止めて目頭を押さえつつ首をふる。…察したのだろうか


 「…何が狙いだ」


 「その代わり、と言っては無粋ですが…サリーとの旅を続けさせて欲しいのです。本人も望んでいることです」


 「やはりか…」


 サリヴォルは、うーんと唸って天を仰ぐ。


 「彼女は俺たちの大切な仲間です。短い期間で、たくさんの助け合いがありました。サリーなしの旅なんて考えられません。どうか」


 俺は椅子から立ち上がって必死に頭を下げた。こういう姿を見られたくなかったのもあって一人で来たのだ。サリヴォルは暫く天井を見つめていたが、ポツポツと語りだす。


 「…サリエルが、どんな理由で君と旅を始めたのかは分からないが、あの子は我が血を分けた子だ。いつもの喧嘩の延長で――まぁ、大樹に置いてあった金品を持ち出して、勝手に家出していたのは知っていたが、それでも可愛い子であることに違いはない。おてんば娘がすぎるがね。……何処へ行ってしまったのか検討もつかなかったよ。できることなら、ハイエルフのトップとしての仕事を全て投げ出しても、探しだしたい一心だった。無意識にそう考えるくらいには愛情を注いできたつもりだ。理解は、されないがな」


 サリヴォルはふっと寂しさが混じったような笑みを浮かべ、何かを作る作業を再開した。


 「我が子が帰ってきたとき、ハイエルフを超越した強き魔力を得ていて困惑した。薬程度しか作れない子をここまで引き上げた存在は一体何なのだと。そして、君に懐いている姿を遠目から見てしまって、何ともいえない気持ちが湧いた。我ながら、里を救ってくれる人に対する態度ではないと思っていたが、どうしても抑えがきかなかった。ヒューマンに当たりが強いダインをつけたのも、私の判断だ。そこは謝罪させてくれ。すまなかった」


 手をとめて頭を下げるサリヴォル。…うーむ、お父さんゆえの歯がゆい思いが爆発してしまったということか。こうして謝ってくれたし、俺は問題ないと思っている。ここまで素直になれるなら、サリーにもそう接すれば良いのにとは思ってしまうが、まぁ、娘には素直になれないのだろうなぁ


 どうやらサリヴォルが作っていたのは飲み物のようだ。良い香りが部屋中に広がってきた。少しの沈黙のあと、やがて椅子に座るように改めて促されて、机に二つの飲み物が置かれた。俺は軽く目礼して椅子に座り、お話を続ける。


 「全然気にしていないといえば嘘になりますが、娘思うが故ということであれば、ある程度の理解は示したいと思います。それに、過去にヒューマンとは色々あったとチャーオスさんから聞きました。そんな中でいきなりヒューマンが現れたら、そんな態度になるのは仕方がないですよ」


 俺は机に置かれているハーブの香りがする飲み物を飲んだ。サリヴォルが淹れてくれたハーブティーだ。甘味は殆どないが口の中がスッキリする。


 「そうか。すまないな……。君のように理解のある者もいるのだなと、認識を改める必要がありそうだ。それで、その―サリエルの件だが…里の長としては、そんな恩ある君へは最大限の配慮を示さねばならん。一方で、とてもじゃないがその条件はのみたくないという気持ちもある。――ひとりの親としては、娘に危険な旅や痛い思いをしてほしくはないし、目の行き届かない所で男と共にいることはあまり好ましくはない…と」


 「…そうですよね」


 「娘は幼い時に私の妻と死別していてね。その時から喋り方は妻の真似をするようになった。妻の遺言で、笑顔でいること…そして皆を助けて笑顔にすることを忘れないようにしなさいと言われてからは、それをずっと守るように生きるようになった。上っ面だけの笑顔を見ているのが、本当に辛かった。でも、帰ってきた我が娘は、『本物』の笑顔だった」


 「…」


 「君という存在は娘にとって、希望なのだろう。そして…何よりも、君は里の救援に駆けつけてくれた存在でもある。そして、里の皆から歓迎されない中で、危険な任務をこなしてくれた。更にはくだんのゴブリン襲撃に際して防衛に尽力し、里の破壊を防止してくれた。君の仲間の強さには、正直驚いた。エルフの里総出でかかっても君たちを押さえることなど出来ないだろう。サリエルの魔力も、君の存在が大きく関与していることは想像がつく」


 「困っている人を助けるのは当然ですから」


 「君という奴は…。ふぅ。正直、心配で仕方がないが、君以上の適任が居ないのも事実だ。これ以上の強い護衛など、検討もつかない。放っておいても我が娘は、また里から抜け出してしまうだろう。それならば、強く正しくあろうとする者のそばに置いたほうが、幾分かは安心だと考えることにした。サリエルも、だいぶ懐いてしまっているしな…。だから、その、なんだ。…娘を、…頼んだ。…どうか仲間として受け入れてあげてほしい」


 「もちろんです。彼女は俺たちの大切な存在です。言われなくてもそうしますよ」


 俺はサリヴォルと握手を交わした。


 「あぁ、サトルくん。それとこれを…」


 サリヴォルはいつの間にか用意していた袋を握手ついでに手渡してくれた。中身を見てみるとギッシリと金貨が入っている。


 「これは…良いのですか?」


 「あぁ、娘の件と里を救ってくれた件は全く別だ。それに」


 「それに?」


 「エルフは、感謝と、笑顔を忘れない生き物だからな」


 今までずっと、かたい表情だったサリヴォルは、サリーによく似た『本物』の笑顔を見せてくれた。




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