83話
霧が立ち込めると墓地の中央にいる俺たちを囲うように、大量のハグが出現した。これは、恐らくハグシリーズが得意とする幻惑系の魔法だろう。そうでなければ、ハグが魔法を放ったタイミングで、カルミアたちに気が付かれることなく大量に出現する訳がない。
「カルミアさん、イミスさん!奴は幻を見せていると思う。本物を見極めて攻撃しないと!」
「…ふっ!」
カルミアがハグの幻影の一部に攻撃を繰り出すが、幻影が消えてまた同様のハグが近い場所に現れる。やはり幻惑系の魔法だ。消えた数だけ増殖してしまうからキリがないな…。
「サトル君!ウチはどうしたらいいの!?」
「ちょっと待ってくれ!考えている」
イミスはチャーオスを守りつつ、幻影を攻撃しているがやはり有効的な方法ではないようだ。幻影だらけで一体一体を攻撃しても意味がない。
…サリーがいれば、レッサーポリモーフィズムで全体の姿を無害なものに変化させるなり、この間新しく覚えたコンフュージョンという魔法で混乱させることもできるけど、今は無い物ねだりしても意味はない。
相手に付け入る隙を与えてしまったのがまずかった。ハグはここぞとばかりに決意を込めて魔法を唱え始める。
「えるふのさとは、いらないものだ。そのさとのにおいがするおまえたちも…[アシッド・モーボール]」
ハグの鋭い爪の先に、ドロドロとした緑色の魔力が集まっていく。勢いよく腕を振り下ろすと、魔力を宿した緑色のボールはそれぞれ俺たちに向けて分離して飛ぶ。酸か毒の魔法か!?
「あれに触れちゃダメだ!」
カルミアは横っ飛びで回避、イミスチャーオスを担いでバックステップする。俺は持っていた本でガードする。本と相手の魔法がぶつかった瞬間、シュ~っと溶けるような音。そして、鼻がツーンとして頭までクラクラするような匂いが充満する。もちろん本は無事だ!憎たらしいほど頑丈ですごいね!…しかしこれは、ステータスが低い者が当たったら骨になるやつだろう。ステータスが高ければあらゆるダメージは低減されるが、無傷とはいかないだろう。
「あぁぁぁ、はずしたかはずしたかはずしたか」
ハグは頭を抱えて激しく取り乱している。連続攻撃されてたらまずかったが、相手がこういうタイプで助かった。
一体一体倒しても、すぐに幻は復活するから本体を特定することができない。カルミアは対人の一対一で無類の強さを誇るが、こういう相手とのシチュエーションは得意ではないのかもしれない。無理やり全員斬ることもできるだろうが、相手がまだ隠し玉を持っている可能性も考慮して、体力は温存させたい。…ならば
「イミスさん、スカーレットさんの力を借りて地面に拳を思いっきりぶつけることはできるかい?…うまくいくか分からないけど、やってみたいんだ」
「サトル君が言うなら大丈夫だよ!見ててね。…スカーレットっいくよ[シンティクシィ・オフェンシブフォームチェンジ]!」
イミスを守っていた防具が全てパージされ、右腕に集まっていく。この前は巨大な腕に変形していたが、今回は一回り小さいが十分に巨大な腕に加えて、ハンマーを持っている。材質は、もちろんスカーレットが変形しているだけなのでそれに準じている。
「さらに~!オプショナル・アタックフェーズ[勇気のオーラ]!」
腕とハンマーはまたたく間に赤いオーラを発して破壊力も増大する。
「マスター!いつでもいけます」
「うりゃあぁぁ!」
イミスは形成された巨大な腕を力いっぱい振り下ろしてスカーレット製のハンマーを打ち付ける。ハンマーの威力は赤いオーラで増大しており、地面と触れ合った瞬間に陥没し、そこから地割れが発生する。地面も一度だけ大きく揺れた。
大地が揺れると共にハグの幻影は大きく姿勢を崩し、あちこちで転んだりドミノ倒しのように倒れたりして、イミスが起こした地震の衝撃だけで幻が次々と消えていく。
「やっぱりそうか!幻は、転んだり強く触れたりするほどの衝撃だけで消える!」
幻を生成する速度が早かったから、幻自体に多くのリソースを割くことはできないとは睨んでいた。でも、ここまで簡単に霧散させることに成功したのはイミスの力がハグの想定を超えていたからに他ならないだろう。
ハグの幻影はほとんど消え去り、残りもカルミアが走り回っては刀で両断し霧散させていく。残りは奥に潜んでいた一体だけだ。
「ばれたばれたばれた!まだ、ころしたりないのにいいいい!?」
「イミス!今よ!」
「カルカル、オッケー!」
狼狽するハグへ向けて、イミスはハンマーを振り上げて大きく飛躍する。
「はぁぁぁっ…受け取って!」
カルミアは空宙へ飛び上がるイミスへ、[電光石火の構え]で練り上げた雷の如き、鋭い氣力の全てを明け渡した。イミスの体はバチバチと電撃を発して、ハンマーへとその力を集束させる。
「もっと上へ…!」
「勇打雷鎚、一球入魂……ヒロイックぅ・オブ・トールハンマーぁああ!!」
天空より放たれる裁きの一撃が、ハグの顔面を完全に捉え直撃した!ハグの顔はスローモーションのように歪みきって、イミスのハンマーが振り切られると同時に横方向へ吹き飛ぶ。大きな木々に何度も直撃するが、勢いは留まるところを知らず、その全てをなぎ倒す。とある頑丈そうな大岩にぶつかって、ようやく勢いは停止するが、大岩も半分以上陥没している。
「切り札は、最後まで…でしょ?」
「おのれ、ぐふ…まだ、ま…だ…ころ…し………」
イミスはハンマーを肩に担いでウィンクを決めた。それを見届けたグリーンハグは、そのまま息絶えた。最後まで対話は成立せず、今となっては里を襲った理由を知ることは出来なかった。ただ、ここの里に住まうエルフを強く恨むハグの悪事は、もう二度と起こらないだろう。
「イミスさん、カルミアさん…お疲れ様。ふぅ、サリーが心配だな…」
敵を倒して俺の周囲を跳ね回って喜ぶ姿や、再生の花を見て無邪気に笑うサリーのイメージで脳内がいっぱいになり、寂しさがこみ上げてきた。
「この花…ひとつだけ、もらっていこう。そしたらサリーも喜びそうだ」
青い髪に似合いそうな空色の花を選んで、立ち上がった。
*イミスがレベルアップしました*