82話
しばらく先行するトリエントに同行する。案内の護衛をしつつ、おしゃべりを続けているうちに、チャーオスとは隔たりのない関係が出来つつある。
「サトルさん、やっぱりトリエントは墓の方角に向かっています。そろそろ到着する頃かと」
「あぁ、やはり墓になにかあるのだろうね。でもトリエントは何故墓まで向かっているのかな」
「ウチらを案内しているつもりなんじゃ?」
「案内役のぼくの役割が…」
「まぁまぁ、こうやって楽しくおしゃべりできてるし、良いじゃないか」
そうこうしているうちに、ひらけた場所に出てきた。そして、その場でトリエントは停止し、自身の体を揺らしている。この場所になにかあることを教えたがっているのかもしれない。トリエントの前まで歩いてみると、目の前には手入れされた花畑に数々の墓標が。ここが例の墓場だろう。花畑には色とりどりの花が咲き乱れており、風が花びらを運んでいく。抜けた花びらはすぐに生え代わり、絶えず花びらが舞い続けるこの場所は、とても落ち着く場所だった。
「エルフの里に向かってから何度目の絶景か…本当に驚かされる」
「うふふ、サトルさん。あれは共通語で再生の花と言います。生命力が強く、枯れても一晩で再生します。墓に添えることで、また巡り会えるようにと…願いを込めるんです」
「なるほど、だから再生なのか」
目的を忘れ、しばらく皆でその景色を眺め続ける。言葉は無いが、この風が吹く音に心を預ける時間はとっても大切なものだと思えてくるから不思議だ。
気がつくと、俺たちがさっき追い払ったトリエントたちや、いつの間にか復活したドライアドが集まってきている。皆、赤い目ではなく通常状態だ。
すると、花畑の奥にある雑木林から、ガサガサと何か音が聞こえてきた。
「……む、サトル、気をつけて。何か変!何か、来る」
カルミアが抜刀し前に出る。林をかき分けてきた姿は一見、人のようだ。だが、やがて全容が明らかになるとそれは間違いであることに気がつく。かつては美しい金色の髪であったのだろうか、今では真っ白に色が抜けた地面に触るほどの長髪。緑色の肌で、顔はシワと憎悪に溢れている老婆の顔。ボロボロのローブに長い手には鋭い爪…そして何かの骨を持っている。こいつは…特徴からしてグリーンハグだ。
グリーンハグは本来、枯れた森の奥に生息するという魔物だ。ハグシリーズとも言われ、それぞれ対応した地形の魔物を操ることで知られている。海ならシーハグ、深き闇ならナイトハグなど、バリエーションが多い。人の赤子をさらっては食べることで増殖するという混沌の存在。馴れ合うことなど不可能だ。
「カルミアさん、イミスさん!奴はグリーンハグという魔物です。爪が鋭くて、幻を見せる魔法を使うらしいので気をつけて!」
グリーンハグは俺たちを確認すると、しわがれ声で何かを呟く。
「ひとつさらってはひとつふえ、ひとつさらってはひとつふえ、ひとつさらってはひとつふえ」
「なんだ…?」
グリーンハグはブツブツと訳の分からない言葉を呟いている。
「ひとつさらってはひとつふえ…おや、もりびとのまほうがとけている。これは、いけない。もうふやせないじゃないか。はかもふえないじゃないか。かなしみもふえないじゃないか」
「おい、お前…グリーンハグだろう。何故こんなところにいる!何が目的だ」
「…」
グリーンハグはしばらく黙るが、やがて骨で墓標を叩きながら呟く。
「かなしみをふやすため」
「何故だ」
「しれたこと」
グリーンハグは手に持った骨を掲げて魔法を唱え始める。トリエントたちの目が怪しく光り、苦痛の悲鳴を響かせる。操るつもりか!
「カルミアさん、グリーンハグの魔法を妨害できるかい?トリエントたちを操るつもりだ」
「任せて!」
「イミスさんはチャーオスさんを守ってもらえるかい?」
「頑張る!スカーレット、いくよっ」「はい、マスター」
カルミアはたったの一歩で接敵すると、ハグが持った骨を斬りつける。骨はスッパリと半分になり落下。集束しつつあった怪しい光は霧散し、トリエントやドライアドの目が正常になる。やはり、あれが原因だったんだ!
「ぐげ!?はやすぎて、ばけものか!」
お前が言うなというツッコミが喉まできたがグっと抑えた
「でもふやす、でもふやす、でもふやす。どうしてもふやすかなしみを」
ハグは半分になった骨を大きな口でバリバリと噛み砕いて両腕を器にして吐き出した。それを媒体に魔法を発動する。予備動作がなく、妨害の指示が遅れてしまった。
「きりふだは、さいごまでとっておくもの」
ハグの魔法が発動すると、辺りに白い霧が立ち込める。ハグの姿は数倍ほど大きくなって目の前に現れた。それだけではない…俺たちを囲むように、沢山のハグが現れたのだ!