81話
人外という言葉が適切なほどの凄まじい戦闘を目撃したチャーオスは、終始口をぽかーんと開けっ放しだった。カルミアが血振りしながらこちらへ向かってきたタイミングで、ようやく我にかえる。
「…っは!?トリエントは!ドライアドは!?」
「大丈夫です。トリエントは吹き飛ばされましたが、命を奪うほどのダメージは受けていないはずです。ドライアドはアレ自体が依代のはずなので、本体の大木が無事であればまた復活します…チャーオスさんはご存知のはずでは…」
「そ、そうでした。すみません。あまりにも強烈な戦闘だったので、つい心配になってしまって。彼らは、ぼくたちを守ってくれている存在だったので…」
「なるべく傷つけたりしないように善処します。必ず解決しますので、ご安心を。…次は、トリエントやドライアドが出てきた方角が怪しいので、そこへ向かってみようと思います」
新手のトリエントとドライアドも目が赤く光っていた。ドライアドの依代はカルミアが消滅させてしまったのでどうか分からないが、無力化させることで目の光は正常に戻り、大人しくなる。それであれば、本質的な変化というよりは、意図せず魔法などで操られている可能性を考慮した方が良いだろう。暴れている原因が少しだけ絞れてきたな。
「サトルさん、気をつけてください。ここから先はエルフの兵たちも、トリエントたちに阻まれて進めなかった場所です」
「この方角の奥地には何かあるのでしょうか?」
「えぇ、とは言ってもエルフたちの墓以外は何も無かったかと記憶しています。里の者も、用がない限りは、森の奥地には行きませんし…」
「なるほど、墓ですか…」
アンデッド系なら、たしかに魔物を操ったりできるかもしれない。しかし、アンデッドは暗くて光の当たらない場所を好む。光り降り注ぐ森であり、神聖な大樹の近くで元気に活動しているとは考えづらいな…。まだ情報が必要だ。
「サトル君!さっき枝を斬り落としたトリエントが動き始めたよ~」
「む…」
カルミアは警戒を強めて俺とチャーオスの前で刀を構える。しかし、トリエントは構う様子もなく、足代わりの根を使って、森の奥地にゆっくり向かっていく。
「方角は新手のドライアドが来た場所と同じか…追ってみよう」
のそのそと前をゆっくり歩くトリエント。俺たちを攻撃する素振りも全く見せないし、それどころか道中にある野生の果物を頭上の枝を伸ばして採り、俺たちに分けてくれた。こうしてみると可愛げがあるように見えてくる…魔物にしては本当に温和な性格であることが分かる。殺意のこもった攻撃を放ってきた相手とは思えないよなぁ。
「この果実、うまい。カルミアさんとイミスさんも食べてみなよ」
「…私は大丈夫」
「ウチは食べたいかも。……うん!?みずみずしくて美味しい!?」
チャーオスは興味深そうにしている。このオレンジ色の果物が珍しいのだろうか?
「チャーオスさん、どうしました?」
「いえ、トリエントは我々エルフと友人の関係ですが、我ら以外にトロピキスを贈ったのは初めて見ました。彼らは森を守る存在で、警戒心が強いはずなのですが…少なくともぼくは初めて見たんです」
「これ、トロピキスって言うんですか。とても美味しいです」
トロピキスの味は前世で言うところのマンゴーに近い。手の平に乗るほどの大きな実で、オレンジ色の分厚い皮に包まれており、ミカンのように取り除いて食べることができた。部分によっては熟れていてマッタリとした口溶けがたまらない。実の外は味が濃く、実の中央はあっさりとしていて、食べ終わる頃には口の中もスッキリしているので、あと一口、あと一口…と食べたくなる味だ。素晴らしい!
「はい、ぼくたちの里付近でたくさん自生しているので、あまり地元で食べる人はいないのですが、ランスフィッシャー付近ではとても人気なんですよ。とはいっても、向こうに到着する頃には結構熟してしまっているので、サッパリとした風味を楽しめるのはここだけなんです」
「自生しているものだけ交易に出すんですか?」
「…元々は実をつけたトリエントたちが定期的に里まで来てくれていたんです。そのお礼として、木々の手入れを我々でやっていました。だから、自分たちで探す必要もなかったのですが…」
なるほど…トリエントはただの名も無い大木だけではなく、様々な木に宿るのだろう。その中で、トロピキスの実をつける大木が偶々トリエントとなったということか。面白いな…話を聞く限りだとそいつも操られてしまっているのだろう。
「トロピキスだけではなく、薬効のある実や葉もトリエントの力に頼っていた部分もあったので、今は交易に十分な量を供給できず…物資の買付も満足にできません」
「武力的な意味でも、生産的な意味でもトリエントは里を守る重要な魔物だったということですね」
カルミアが吹き飛ばした相手が心配になってきたな…。今後はやり過ぎないようにしなくては