55話
「それでは、これよりブローンアンヴィルを救った英雄と、王の側近によるデモンストレーションを行います!」
松明が等間隔に配置された闘技場の特等席で、ドワーフの王らしき者がやってきて着席した。左右にはこの町の町長とミスリル鉱石の町長が座っているようだ。ドワーフの王は毛むくじゃらで顔が隠れており、ヒゲが他のドワーフよりも複雑に編み込まれているのが分かる。金色の王冠を被っており、手に持った錫杖には様々な宝石がついている。紫色のローブと相まって貫禄が十二分に出ていた。
「…うむ、始めてよいぞ」
王がそう呟くと、松明と武器を持ったお付きの人を連れ、まずはカルミアが登場した。カルミアは青白い色をした防具を身に着けており、防具は相変わらず、最低限急所のみを守るタイプだ。ただし、守る部分にはふんだんに竜魔吸石が使われている。武器は片刃剣の中でも刀型を採用したようで、鞘に収まっているため、まだ完全にはその全容が明らかにはなっていない。
カルミアの人気は俺が思っていた以上に凄まじく、登場と同時に会場の皆が立ち上がって拍手をしたり、エールやドワーフ焼きを片手に応援している。…そうか、町のヒーロー的存在だもんな…。いや、俺やサリーもちょっとは活躍したけどね?もっと褒めてくれても良いんだよ?ドワーフは戦士や剣士といった、真っ向勝負するタイプが大好きなんだろうなぁ…。まぁ、カルミアが一番の戦力であることは否定しないけどね!
「ブローンアンヴィルからグリックの親玉を見事追い出し、ただ一人の犠牲を出すことなく竜魔吸石の鉱脈を守った英雄、カルミア様です!」
会場の熱気が一気に爆発して、紹介の後半から殆ど視界の声が聞こえなくなる。
「さま……皆様、お静かに!お静か~に~!」
静まる様子が無い会場。司会は諦めてため息をひとつ…次の紹介を始めた。
「さぁ、英雄の相手は、やはり英雄でなければ釣り合いません。お次はミスリル鉱石の町から代表して、我ら王の護衛依頼も担当するこの御方!サザンカ様です!」
紹介を受けて反対側の入り口からやってきたサザンカ。白銀に輝く長い髪をなびかせ、白銀の防具と相まって輝いて見える。白銀の鋭い目は自信に満ち溢れている。
防具はカルミアと全く同じ、急所のみを防御するタイプで、これまた武器も片刃剣だ。ただしカルミアとは違って、剣は幅広いタイプで、剣の腹には魔力をよく通せるように複雑な模様が刻まれている。…間違いない、メイガスが使うタイプの魔法剣だ。
カルミアは鋭い眼光をより険しくして、相手を見定め呟いた。
「姉さま…」
姉と呼ばれたサザンカは、暫くカルミアを見つめていたが、やがて口を開いた。
「カルミアか…?一族の出来損ないが、どうしてここにいる」
カルミアは強く拳を握って、歯をくいしばる。
「…私はもう、出来損ないではない……」
「ふん…口では何とでも言える。討伐の件もどうせ、パーティーの助けがあってグリックを討伐したのだろう。お前一人では何もできまい!」
サザンカはカルミアに指をさして、自信満々に言い放った。
「…助けがあったのは、否定しない。だけど、私はもう立派な剣士として戦っている!」
「そう言って誇り高いメイガス一族から逃げたのは誰だ?ろくに魔力も使えず、体力もない。戦場に出れば一太刀入れるので精一杯な剣士が?聞いて呆れる」
「…」
「お前が英雄などと何かの間違いだ。担がれただけだ。お前の努力など何の意味もない、お前の気持ちなど知らない。才能のある私がメイガスの族長として、才能の無いお前に宣言しよう。お前は弱い!」
会場が静まり返っている。カルミアはお付きの人から黙って刀を受け取って、後ろに下がらせた。それぞれの付き人が会場から十分に離れたタイミングで、それまで黙っていたカルミアが口を開いた。
「…何とでも言えば良い。今に分かるから…私が私でいられる、私の努力を認めてくれる。そんな人が見ていてくれるから。だから、私は絶対に負けない」
俺にくれた腕輪によく似たものをカルミアも着用している。腕輪にそっと手を添え、話を続けた。
「…望んで英雄と呼ばれた訳では無いし、そう言われるために助けている訳では無い。私は私を信じてくれる者のために……サトルのためにこれからも戦うだけだから」
カルミアが刀を両手で持って眼の前にかざし、ゆっくりと鞘から刀を引いた。すると、刀から辺り一面を照らすような光を放ち、松明に照らされた会場全体が一瞬だけ明るくなった。解き放たれた刀は、カルミアの闘気に呼応するように、青白く輝き、その身を顕にしたのだ。
刀は通常の物よりも刃渡が一回りも二回りも長く、一般的な剣士が持ってもまともに扱えないような業物を片手で軽々しく持っている。刃は神秘的と怪しさを織り交ぜたかの様な刃文をうかべており、魔力のせいか、全体からモヤモヤとした霧を出している。
サザンカは、カルミアが持つ見たこともない刀に目がいって、あまりの業物に言葉を失うが、はっと気がつくように我に戻ると冷や汗をかきながら剣に魔力を宿した。
「ふん…どんな業物でも使う者が使いこなせなければ意味がない。その様な長さでは満足に振り回すこともできまいよ…【秘術集積・フレイミング・バースト】」
サザンカの剣は手の魔力からつたって、剣の腹の模様をたどり、赤く燃え広がり瞬く間に炎を宿す剣となった。…あの模様は魔力を通しやすくするものだったのか。てっきりモヒカンドワーフと同類の、意味のない模様かと思ってたが……【秘術集積・フレイミング・バースト】は自信の魔力を消費して剣に魔法を付与するメイガスの技だ。魔力によって威力が上がるので、レベルが高ければ高いほど素のステータスで威力も引き上がっていくのだ。
「それでは、試合を始めます」
両者が剣を両手持ちにかえて、腰を深く落として全く同じ構えをとった。静まり返った会場に両者の目線がぶつかり合う―
「はじめ!」