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完結編 44話


 死…


 それは誰にでも起こることだ。だが、起こる直前まで、誰一人とて真剣に向き合うことのないものだ。起きてほしくないものほど、見たくないものほど、無意識に考えないようにしてしまう。


 だけどいざ直面してしまえば、その淵に誰かがいるってことが、これほど幸せなことはない。俺のじいちゃんが、そんなことを言っていた、それを、思い返していた。


 ・・


 「サトル…!!あなた、やっぱり…!」


 カルミアが俺の肩を掴んで、顔を覗き込む。頬と頬が触れ合いそうなほど近いから、なんだか照れてしまう。こんなときでさえ。いや、こんな時だからこそ、か。


 「改めて見ると、本当に、きれいな、顔だね。そしてまっすぐな、目だ……ごは…うう」


 「何ばかなこと言ってるの!」とカルミアが叱咤し、「もう喋るんじゃない!傷が悪くなるだろう!」とアイリスが震えた声で叫ぶ。


 「うそ…うそよ…サトル!」「サトル!?」


 「……!」


 仲間たちが俺を呼ぶ声がこもって聞こえる。


 意識が薄っすらと、カルミアの輪郭がぼやける。


 (俺は…これで…終わりか)


 誰一人欠けることなく、大好きだった人を守れた。


 何一つ悔いなく、この世界を救った。


 それなら、もう


 十分じゃないか。


 * *


 * *


 ふと、病室にやってきた母の姿を思い浮かべる。


 (お母さん、俺は貴方に自慢できる息子に、育ちましたか……誇りある道を、歩めましたか)


 この世界に来る前に、あった唯一の心残りだった。


 こんな俺をここまで育ててくれた、大切な人だ。


 正直言えば、こういった形で天国で再会はしたくはなかったが、きっと怒られることはない。だって俺は、最後まで信じた道を進み続けることができたから。時間軸はどうなっているか分からないけど、きっとまた、会える気がする。


 暗闇の中、一筋の声が届いた気がした


 * *


 *サトル……サトル……*


 (アナウンス…さん……?)


 * 貴方は まだそこへ向かうべきではありません *


 意識がおぼろげに戻ってくる


 アナウンスさんにも、感謝を伝えなきゃならない。


 (アナウンスさん…俺は、あなたの希望を叶えることが、できたようですね。……そう、きっと俺は、こうするべく動き、戦っていたんだ。でも、君がいなければ、俺は結局のところ、どこかのタイミングで力及ばず、大切な人を失っていただろう。だから、まずは伝えたいんだ。……ありがとう。)


 *……いいえ、感謝を申し上げるべきは 私です*


 * … …だからこそ、あなたは、これから先、ルールブックの…そう、ルールの上ではなく、本当の意味で解放され、幸せになる権利があります。私のダイス上の運命ではなく、その先へ。ただし、そこは私の観測できる範疇を超えるため、何が起きるかはわかりません。真に、あなたは自由になるでしょう *


 (生き返らせるとか、そんな話ですか。…俺だけ特別扱いなんて、許されないでしょう……)


 * 確かに、摂理に反する行為です。ですが貴方は節理を正すためにその力を使いました。本来は長く生きられた命を、その全てに捧げました。*


 (出来るんですか。そんなこと。もうルールブックは、使えません。あなたとの繋がりも、きっとすぐに途絶えるでしょう)


 * 無条件で世界の節理を曲げることはできません。私の力は、もはやあなたへ届かなくなってきています。故にこれから行うのは暫定的な処置。あなたが生きるという目的を達成するための処置。それに、同意していただく必要があります *


 (……なぜ、同意が必要なのです)


 *それは……場合によっては、死ぬことよりも辛い結果が待っているかもしれないから…です。*


 (どういうことです…?)


 *サトル、あなたの生命力は底をつき、あなたの精神はやがてこの星、スターフィールドを去るでしょう。それを暫定的に防止することができれば、あるいは。……あなたは今まで私が分け与えた類まれぬ体を持ちます。特別な体の崩壊を防ぎ、長い間休ませてあげることで……つまり……あなたを一時的に『石化』させ、その生命力を蓄え、私の神性を『長い期間』受け取り続ければ、死を逃れることができるのです*


 (生命力を蓄えるための石化…死ぬのを防止するために、仮死状態になるってことですね)


 *そう解釈していただいて、結構です*


 (長い期間といいましたね。それは、どれくらいですか?)


 アナウンスさんは、長考の末、答えた。


 * 分かりません *


 (……わからない?)


 * このようなことは前例がないのです。ひょっとしたら1日かもしれません。1年かもしれません。場合によっては100年かもしれません。永遠とも思える時間かもしれません。あなたが使った力は、それほど大きなものだったのです *


 (それもそうだ…あれは、神のごとき力だった。そう易々と使えるものじゃない)


 *ですから、生き返ったそのとき、あなたを慕う人間が生きている保証がないのです*


 (これ以外の方法は?)


 *ありません*


 そういうことか。生き返ったとて、カルミアたちと二度と会えないのであれば、俺はきっと残りの人生を空白と共に埋めることになる。それはきっと、本当に辛いだろう。


 だが1%でも希望があるなら、カルミアたちが今も待っていてくれるなら


 彼女たちが悲しむくらいなら


 リーダーである俺が、ちょっと頑張ってもバチは当たらないんじゃないか。


 また、彼女たちに会いたい。


 きっと、俺にはもう何の特別な力もない。普通の男になるだろう。


 それでも、俺は、みんなと一緒にいたいんだ。


 ・・・


 ・・・


 (アナウンスさん、俺、決めたよ。石化を受け入れる)


 *よろしいのですか*


 (うん、少しでもチャンスがあれば、それをつかむために全力を尽くす。それがきっと、夢を叶える第一歩になるって信じてるから。結果が伴わなくてもいい。俺は、すべてをやってからきっと後悔したいんだと思うからさ)


 *……わかりました。石化まで、少し時間を与えます。仲間と最後に話をする時間を設けるといいでしょう*



 * * *



 そこで、目が覚めた。


 最初に映ったのはカルミアが上からのぞき込むような姿だった。どうやら膝枕されていたようだ。


 「サトル!!」


 「うう……うん?」


 体をゆっくり起こして、辺りを見る。


 大粒の涙を零したカルミア。わんわん大泣きするサリー、うずくまるイミスと下を向いて震えるフォノス。やれやれと肩をすくめるが、まぶたが赤く腫れるアイリス。


 「みんな……まったく。しょうがないな」


 (どんだけ悲しんでるんだよ…みんな……言いずらいじゃないか……)


 すぐにみんなが集まり、俺を囲って笑顔を見せる。アナウンスさんの力によるものか、俺の体は微かに光っていた。


 アイリスが「もうダメかと思ったぞ、サトル…うっぅ」


 と言葉を続けようとするが、声が震えており、続きがうまく喋れていない。


 俺は自らの頬を何度か叩き、真剣な表情を作って言う。


 「本当に……心配かけてごめんなさい。でも、みんな、聞いてほしいことがあるんだ」


 ・・・


 ・・・


 それから、夢とも幻とも思えない、アナウンスさんと話したことをすべて伝えた。


 俺の出自も含めてだ。


 「…つまり、お前はまた眠りにつくんだな。その、これから……」


 アイリスが言葉を詰まらせながら言った。


 「そうだね…もうそろそろだと思う。時間を、もらえたんだ」


 カルミアが俺を抱きしめ、震えて言う


 「ダメ……お願い……」


 彼女の頬が触れ、俺の首筋を濡らした。


 心臓が苦しくなる思いだった。彼女が涙を流したことなんて、今まで一度もない。


 (カルミアさん…必ず帰るよ…)


 抱きしめ返してあげる。できる限り、優しく。


 すると彼女の体が震えているのが分かった。どんな敵を相手にしても、それこそ悪魔が相手でも震えひとつ見せなかった彼女がだ。


 背中をとんとんしてあげる。


 「うわあああ~ん!サトルゥ~~~!!」


 サリーも負けじとくっついてきた。鼻水まで垂らして、美人の顔が台無しだった。


 「サリーさんも……ほら、鼻かんで」


 ポケットから、ボロボロで使い物にならなくなったハンカチを出す。


 「あ……ぼろぼろだね。…ごめんね?」


 「うぇええ~!それじゃふけないよォ~!サトルゥ~!!」


 「サリーさん……それじゃ鼻水がふけなくて泣いているみたいだ。あはは…ってて……」


 力なく笑うと少し傷が痛んだ。


 フォノスは崩れ落ち、地面を打ち付ける。


 「ドライアドのせいだ……お兄さんが消えてしまう。すべてあいつのせいだ!!」


 「待って、フォノス。……待ってくれ。確かに、ドライアドは間接的な原因だ。でもね、遅かれ早かれ、この悪意は何等かの魔物や人を使って、この星を食い物にしたに違いないよ。それも弱みを握ってだ。俺だったかもしれないし、君だったかもしれない。たまたま、不死性をもつドライアドがターゲットになったんだ。それがやつのやり方だっただろう。だから、彼女を恨まないでやってほしい。目を覚ましたら、優しくしてあげてほしい。やっと、悪意から脱したんだからさ。それに俺が力を使ったのは、俺が、みんなを守りたかったからだよ。ほら、怒ってないで。こっちにおいで……」


 フォノスはとぼとぼ歩いて俺の横に胡坐をかいた。不貞腐れているのか泣いているのかどっちつかずな様子だ。


 (大きくなったね…)


 身長が大きくなったフォノスの頭を撫でるのは苦労する。


 だけど、彼の目はあのとき孤児院であったままだ。


 「フォノス、いいかい…これから先、お姉さんたちを支えてあげるんだ。…君は俺の弟だろう?だからきっとできる…俺は信じてるよ。君ならできてるって……ね?」


 「……うぅ!!いやだよ!!お兄さん!!行かないで…」


 フォノスは泣き崩れてしまった。


 「イミス…?」


 彼女は俺の説明を一文字一句漏らさないように、つぶさに即席のゴーレムへ回路を書き込むように文字を掘っていた。


 「ウチ……絶対にあきらめない。みんながあきらめても、ウチだけは絶対に。あなたの石化が避けられないのなら、それをいち早く回復させる方法を探すだけよ。あなたを守護したのは、間違いなく主神のアカトネイター様。その信仰を増やせば、あるいは……」


 「前例がないって言ってたからね…どうかな?でもありがと―」


 俺の言葉を被せるように、叫んだ。


 「それでも!!」


 「……」


 「それでも……ウチは!!ぜったいに、ぜ~~ったいにあきらめない!!それまでさよならもお礼なんかも、受け取ってやるもんか!サトルのバカ!」


 ぷいっと背中を向けて何かを書き込む作業を再開する。だけど、所々、鼻をすする音がした。


 (きっと顔を見られるのは嫌がるだろうな…)


 「そうだね…ありがと―いや、違うね。イミスさん。……あとは、任せたよ。俺が誇る、世界最高の技師なんだから」


 「…っ!」


 イミスはビクっと肩を震わせ、何度も背中越しに鼻をすすった


 「俺の仲間、こんな調子だから、しばらくは領地を任せてもいいかい?アイリスさん」


 アイリスは頷き、震える声で答えた。


 「あぁ…任せろ。お前がいなくても、ソード・ノヴァエラは立派な領地に育ててみせるから」


 「よかった……シールドウェストが初めで、目を覚ました場所が君の屋敷で、本当に良かった」


 「……あぁ」


 アイリスは歯を食いしばって涙をこらえる。


 ゆっくりと立って、一人ひとりにハグをした。


 ・・・


 ・・・


 どれほど時間が経っただろうか。


 心地よい静寂の中、みんなの顔を眺めていると


 やがて


 足元から灰色に染まり始める。


 「…!」


 カルミアの拳が震えるが、それを直視したら泣いてしまいそうなので、見ないように強がって話す。


 「……始まったか。みんな、巻き込まれないように、離れてくれ」


 一歩、二歩、ゆっくり、仲間と距離をとった。


 「……俺は必ず帰ってくる。それが数日か、数年か、はたまた、君たちがいなくなった世界の話なのか、それはアナウンスさ……神様にもわからない。だから約束はしない」


 「……」


 「でも、希望を持って生き続けている限り、チャンスが、可能性があることを忘れないでほしい。誰しも、つらい過去のひとつ、ふたつを抱えて生きている。……ここにいるみんながそうだ。そんな折に、くじけそうになるかもしれない、本当に心の余裕がなくなって、出口がないように思えるかもしれない。でも、君はひとりなんかじゃない。同じ時間を過ごした仲間だ! ……俺の物語はここで終わるかもしれないけど、君の、希望そして、何かの力になってくれれば、それに勝る幸せはない。だからどうか、つらいときこそ、前を向いて、希望を持って生きてほしい。俺にできることは限られているかもしれないけれど、一人じゃない。俺がついているってことを、どうか、忘れないで。……共に歩んだ時間は、決して無駄なんかじゃないから」


 石化が、腰の付近にまで迫ってきた。


 もう、時間がない。


 (このまま棒立ちで石化するのも、よくないな…どうせ形が残るなら)


 俺はボロボロになったルールブックの最初のページをめくる。


 大好きなTRPGの冒頭には、これから物語を作りだす者たちへの称賛と、激励が込められていた。


 この一文から、とある文字が書かれたページを開いて、みんなに見えるように前に突き出し、指を文字に当てる。


 『起きたことを受け入れるだけではなく、どうすればいいかを考えるためには、どうすればいいか』


 この文字を指した辺りでもう体の大部分はルールブックと共に石化しており、動かない。


 (間に合ってよかった)


 最後はやっぱり。


 笑顔じゃなきゃね。


 ・・


 「サトル!!……あぁあああああああ!!!」


 最後に聞こえたのは誰の叫び声だったのか。


 もう知ることもできない。



 ―こうして俺は



 ―仮死状態に入った。



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