完結編 38話
ドライアドは地面を見つめたまま、俺たちの接近を許す。完全に負けを認めているようだった。
「もう終わりだよ、ドライアドさん」
「……その、ようですね。……数多あるアーティファクトに匹敵する奇跡の実りはすべて使い果たし、私としての能力も封じられてしまったようです」
ドライアドはため息をついて「あなたを、もっと早く、殺しておくべきでした」と付け加え、とどめを刺せ、と言わんばかりに両腕の蔓を広げる。
だが、俺は対話を望んだ。
「すこし聞いてくれないかな……戦っている最中も、あなたの境遇について、ずっと考えていたんだ。自分だったらどう動いたんだろう、繰り返される絶望や失望ってどれほど大きいものなんだろうってさ」
「……」
「本当に、考えるだけでも恐ろしくなったよ。君が実際に歩んできた道は、痛みは、俺の知る由もないと思う。だからこそ俺は、君に救われてほしいって思っている。一番辛い時でも、それでも考えることをあきらめたくないんだ。希望を持ち続けたい」
「サトルさま……人は愚かな争いをやめないでしょう。私はもう、疲れたのです」
「ドライアドさんの言うように、確かに人は過ちを繰り返す生き物だと思う。人の命は限られた時間しかない。だから個人が経験から学べる範囲は限られている。記録は記憶に叶わず、往々にして個々の経験や見え方、解釈によって曲解され、過ちの一歩となる」
「…」
「でもそれは、君が歩んできた経験や積み重ねてきた努力すべてが無駄だったということではない。と俺は思うんだ」
「私の努力が、無駄ではなかったと?実際に繰り返されているのです」
俺は頷き、答える。
「あぁ、そうさ。君と俺が出会ったのは、君が辛抱強く耐え続け、救いを探し続け、たくさんの可能性と共に生まれた結果だ。道が途絶えているように見えても、繰り返されているようにみえても、実際には続いているって信じたいんだよ」
「意味が分かりません」
「……単刀直入に言うよ。君には、俺の国の参謀になって欲しいんだ」
ドライアドが驚愕し、アイリスがため息をついた。
「……!?」
「サトル…その魔物は人類の敵だ。今までのツケが払われることなく生きてていいやつじゃない。分かっているのか?今すぐに木を切り倒すべきだ」
アイリスの意見は最もだろう。彼女は罪は償うべきだ。だが、未来永劫、一種類の体罰を以て償う必要はない。償い方にも、次期、手段、内容、適切な方法は考えられる。
「もちろん、けじめをつけることは必要だと思う。ただそれは、今後ずっと、その罰則を適用し続けるという方法は適切じゃないと、俺は思う。彼女の本質は共存であったはずだよ。方法がちょっとだけ不器用だっただけでさ」
ドライアドはうつむいたまま何も言わなくなってしまった。
「…ドライアドさん。あなたが悠久の時を生きるというのなら、その力で人の支えとなればいい。遠くから見守るのでも、敵として滅ぼすのではなく、あなたが人の側で教え、導けば、あなたの『経験』を以て、俺たちの後に続く子供たちは、大きな知識とあなたの経験を併せ持つことができるんだ。……今までの領主はそれができなかった。だけれど、俺は国王だ。国の方針は俺が作れる。だから生まれなんて、些細な壁でしかない。今一度、チャンスをくれないだろうか?ちょっとした罰ゲームだと思ってさ、付き合ってよ。こんな結果は今まで『一度』だってなかったんでしょう?」
手を差し伸べて、根気強く彼女の返事を待つことにする。
「そ、それは……わ、わたしは……」
ドライアドは、どうしていいのか分からないといった様子だった。こういった提案が本当に想定外だったのだろう。魔物である自身が受け入れられるはずがないと、どこかあきらめていたのかもしれない。
優しい風が、彼女の頬を撫でる。大樹の木の葉が、彼女の手元にヒラヒラと落ちた。
しばらくそれを見続けていたドライアドは、ゆっくりと、確かめるように頷いた。
「わかり…ました…。もう一度だけ、信じてみます。…他ならない、あなた様の頼みですから」
「うん……ありがとう」
言葉を交わし、心地よい静寂が続く
突如しわがれた声がそれを破った。
「これでは台無しだ…」
何処からか声がしたのだ。
「誰だ!?」
俺の声を合図に、パーティーメンバーが戦闘態勢に入る。
「サトル、あの人」
カルミアが指した先、大樹の横に、ポツリと姿を現すローブを深く被った初老が、いつのまにか棒立ちしている。まるで、写真を切り取って張り付けられたような場違いな不自然さと不気味さだ。
「それの、所有者だよ」
ガサガサした不快な声は、どこか作り物のように感じた。かろうじて見える皮膚はシワシワで、それ以上に…
「おぞましいオーラだ…」
この老人が発するオーラは、デオスフィアそのものの『悪意』を煮詰めて凝縮したかのようなものだった。当然ながら、デオスフィアに深く関係していることは、言葉を会すことなく理解できる。
老人は俺の言葉を気にも留めず、ドライアドへ視点を向けた。
「失敗した…失敗してしまった」
ドライアドはその言葉を受け、震えだす。
「も、申し訳……ございません」
(関係者か…?彼女を従えているようにも見える。所有者と言っていたが…彼女は怖がっている)
当然ながら、今までこんな老人がいた形跡なんてない。こんな危険な森の中を布切れひとつで歩きまわるなんてできやしない。只者ではないことは明らかだった。




