完結編 37話
激しい金属の擦れ合う音と爆発が混じり合った後、靄が晴れる。
彼女が守りきった場所以外は大きく地面が抉れており、付近で戦っていた残りのシャンブリング・マウンドは消し飛んでいる。
驚くべきことに、ドライアドが繰り出した無数の武器の攻撃を防ぎきっただけではない、彼女とヴァーミリオン自身も無傷であった。デジャヴは感じたが、あれから本当に血のにじむような努力を続けた彼女の力量が今、形として現れたと言ってもいいほどの結果だった。
「どうだ!ウチとウチのヴァーミリオンの力は、最強なのよ!」「なのデス!!」
二人(正確には一人と盾だが)で胸を張ると、イミスは俺に微笑む。
「サトル…逃げずにウチの後ろで信じてくれて、ありがとう」
「こちらこそ、守ってくれてありがとう。そして、君以上に信頼できるゴーレム使いはいないよ。最初の選択は間違っていなかった。君がパラディンでいてくれて良かった。今、本当にそう思っているんだ」
「えへへ♪」
こちらに対してドライアドの顔色は悪い。手を振り下ろした姿のまま、驚愕している。
「まさか、ここまでの能力があろうとは…計画の大幅な修正が必要ですね」
(これで決着がつくものだと思っていたのだろう。そして、今までの領主はそのように始末され、彼女の描く規定通りの循環の輪に入れられていたはずだ。だが、俺たちはそうはいかない)
(彼女が作り出してくれたチャンスを無駄にはできない)
俺はカルミアとフォノスに合図を出すと、ドライアドの注意を引く。カルミアは強く跳躍し、フォノスは姿を消した。
「その計画を実行させるわけにはいかない。ドライアド、いくぞ!」
ドライアドは顔を顰めて、鋭い無数の蔦を地面から走らせる。地を割りながら迫るソレはまさに畏怖そのものだ。
「サリーさん!いけるか![レイ・オブ・フロスト]!」「おしゃ~!まかせテ~![グレーター・リエゾン・シェイプシフト]!」
俺は基礎的な氷魔法を唱える。といっても相手に向けるものではない。砲筒を作るためだ。練習の成果もあり、ものの数秒で完成し、魔力を込める。サリーもそれに合わせ、腕だけを竜化させ、砲を包み込むように支えて莫大な魔力を流す。
「隙だらけですね!」とドライアドが蔦を操作し、俺とサリーに向けるがそれも届かない。アイリスが「私がいなければ、そうだろう」と返し言葉に剣撃を加え、蔦の動きそのものを完封した。どうやら彼女の技は武器の形を問わないらしい。恐ろしい技である。
蔦はピタリと動きを止め、一瞬で崩れるように枯れてしまった。
「今だ!いくよ!サリーさん!」「あいよ~サトルゥ!」
魔力が収束し、砲から光が煌めく。狙うは大樹本体。
「む…!」
ドライアドは機微を読んで危険を察知したのか、攻撃の手を止め、数多ある奇跡の実りを自身の近くに寄せると、門のような大きな障壁を大樹の前に作り出した。奇跡の実りは形を変え、地鳴りと共に迫上がる壁。人の丈の十倍程度はある物質を一瞬で三層も生み出す。
「奇跡のアーティファクトが奥義、[三重・森羅結界]!」
「[ダブル・ドラゴンブレスショット!]」
砲から放たれる奔流は門へ噛み喰らう。俺は自身の技の衝撃で吹き飛ばされそうになったが、一部竜化していたサリーが支えてくれたおかげで無傷だった。
魔法の暴力とアーティファクトの結界がぶつかり合い、一層、二層、と容易く破るが、最後の門にヒビを入れると霧散した。ドライアドも最後の門を保護するために魔力を使っていたのか、片腕をだらんと垂らす。
(サリーの魔力を込めた竜の息吹を受け止めた…!?)
時間差で最後の門が崩れる。
ドライアドは肩で呼吸しながらも、口の端をつりあげた。
「そちらの…負けです。それはきっと、切り札でしょう。油断したあなた方の…敗北です。あとは時間をかけて攻撃を続けてやれば―」
俺の攻撃は確かに切り札のひとつだが、切り札が陽動に使われないとも限らない。油断していたのはドライアドのほうだった。
突如、雨が降り始め、雷雨となる。
「…!?」
ドライアドはこの天災ともいえる気候の変化を感じ取り、大樹を守るように大樹に実った残りの実をすべて使って盾を生み出す。
「もう遅いわよ」
跳躍していたカルミアが、ドライアドの頭上に現れた。
「っ…!」「終わりよ…[天雷切]!!」
大樹ごと断ち斬るように、天空から舞い降りた雷撃を纏い、一撃が繰り出される!
落雷の破裂音と破壊
アーティファクトの盾とカルミアの刀がぶつかると、雷撃は大樹の一部を焼き、ドライアドと盾を一閃した!盾の形を保っていた奇跡の実りは刃の威力の前に無残にも散っていった。
「あぁぁぁぁ!!私の神樹があぁ…!数百年分の、奇跡の…実りがぁぁぁ!!!」
切り裂かれたドライアドが雨と共に地面に沈み込む。
だが次の瞬間には新たな分体が大樹から生み出された。
「ユルサナイ…!ユルサナイ…!ユルサナイ…!」
大樹の命令を受けた兵士のように、一体だけだったドライアドが次々と大樹から生み出され、こちらに指を差して、歩いてくる。まるでアンデッドだ。
ドライアドと森の殺意は、一斉にこちらだけに向けられている。
「フォノス!デオスフィアは壊れた!いまだ!」「この瞬間を待っていたよ!」
姿を消していたフォノスは、大樹の根本にまで到達したのだ。慌ててドライアドが一斉に振り返るが、対策するにも、もう遅いだろう。
フォノスは隠し刃を根に突き刺す。
「枯草共、チェックメイトだ。致命の一撃……![ヒドゥンブレード]!」
「ヤメロオオオオ!!」
ザンっと深く刃が根に刺さる。
手を伸ばし、フォノスの元に勢いよく向かっていたドライアドの分体はその瞬間に土くれとなって崩れていく。
(フォノスのヒドゥンブレードは条件が厳しいが、当たればユニーク能力を封じる正に必殺の一撃だ。ドライアドとしての戦闘技能はもはや使えないはず…)
一体だけ、オリジナルと思われるドライアドだけが大樹の前に膝をついて残った。
「……っく」