完結編 28話
患者達への負担を最小限に抑えつつ、慎重に問診を重ねた。しかし、その結果は予想外のものだった。水源、食料、魔物との接触など、考えられる限りの感染経路を精査したが、共通点を見出すことは叶わなかったのだ。もし原因が水に起因するのであれば、より広範囲かつ同時期に発症するはずであり、その点は理解できた。しかし、全く手がかりが得られないという事実に、拭いきれない違和感が残った。
注目すべきは、患者の中にはエルフやドワーフといった、生活様式が大きく異なる異種族も含まれていることだ。にも関わらず、彼らもまた同様に蝕緑症を発症している。
現在はサリーの店の奥を借りて、情報分析を行っている。
「変だな…ここまで全く違う生活で同じ症状が出ている。他の要因があるのか?」
「やはり、お前が言っていたようにアレは一種の魔物か何かなんじゃないか?そいつの親玉を見つけて駆除するべきだ」
アイリスもまた、この蝕緑症の調査に協力してくれているのだが、現時点では有効な対策を見出すには至っていない。
「仮にそうだとしても、蝕緑症の感染経路があるはずなんだ。それを絞らない限りは、打てる手が限られてくる。これ以上被害を広げる前に、確実に止めないと。感染者がまだ少ないってのも気がかりなんだ」
患者の症状をまとめた資料を見比べても、有力な情報は見当たらない。行き詰まりかけたその時、リバーが新たな情報を携えてきた。
「あの…お話し中、大変申し訳ありません。容態が安定した患者様方から、直近の行動について伺うことができました…」
リバーが「どうぞ…」と手渡してきた資料には、直近三日間程度の患者の行動履歴が細かに記録されていた。水や食べ物以外で感染経路を辿るにはうってつけの情報だ。
「ありがとう、リバーさん。これで新しい角度から検証できるよ」
リバーは手をばたつかせて「い、いえ!とんでもないです!失礼します!」と言って走り去っていく。
(やっぱり小動物っぽい)
などと思っている内にアイリスが資料に目を走らせ、興味深い点を見つけた。
「サトル、これを見てみろ。まだ細かくは見れていないが、全員が町の外…それも未開拓地に出向く仕事をしている」
「え、それって……」
ギルドに登録していない非公認の魔物素材販売を専門とする商人、魔物討伐を専門とする高ランクの冒険者、開拓に従事する木こり、建築を担うドワーフ…
それぞれ患者の仕事を鑑みると、いずれも未開拓地域での活動が必須となるものばかりだった。
直感的に、彼らの行動履歴を辿ってみると、予想通りだ。全員が直近で業務のために未開拓地の森方面に向かっていたことが判明した。
「間違いなさそうだね。全員、直近で未開拓地に出向いている。そういえば、フェーズ4まで浸蝕した患者さんも商人だった。未開拓地には価値の高い素材がよく採れるんだ。もしかしたらそちらの方も開拓地に出向いてて、その最中、何等かの方法で寄生されたのかも…」
アイリスは腕を組み、深刻な表情を浮かべた。
「うむ…断言はできないが、可能性としては否定できないな。少なくとも闇雲に調査するよりは、足掛かりとするには十分だろう。サトル、お前の推測が正しければ、相手は寄生型の魔物であり、その手段は不明、場所は未開拓地域周辺での寄生が濃厚となる。現状で我々が把握している点は以上だ」
何かを探したいなら自分の足で稼ぐ、とはよく言ったものだ。これ以上は自ら動かなければ進展は無さそうだ。
「うん、そうと決まればすぐ行動に移ろう。俺はサリーさん以外のパーティーメンバーを集めて、探索に向かう」
「それなら私がその間、町の面倒を見ておく。被害拡大を防止するための未開拓地への進入禁止の手続きと執行、お前の家臣へのサポートも……全て任せてもらおう」
本当に頼りになる人だ。
「助けてくれてありがとう!アイリスさん!やっぱり頼りになるよ」
アイリスは少し照れくさそうにして、手をひらひらさせた。
「う……か、家臣が上の役に立つように努力するのは当然だろう。いいから早く行け」
口は悪いが、何かと行動で示してくれる人である。