完結編 27話
「…ひとまず、蝕緑症の脅威は理解したよ。すぐにでも行動しないと、最悪の場合、町が崩壊しかねない。サリーさんのポーションで症状を抑えられるにしても、人数が増えれば対処できなくなるのも時間の問題になる。だからまずは、感染時期と経緯を探って原因を絞り込んだうえで、被害拡大を阻止する必要がある。」
俺の意見に対して、アイリスも深く頷く。
「同意見だ。おい、小娘。お前が最初に患者と接触したのはいつだ!」
アイリスの狼のような視線と、まるで囚人を厳しく取り締まる軍人が尋ねるような圧がリバーに向けられると、手をバタバタさせて震えあがる。
「ふぇえ!?ひぃえええ!!」
「リ、リバーさん落ち着いて。アイリスさんは傭兵上がりで、ずっとこんな感じなんだ。他意はないよ。アイリスさんも、もうちょっと優しく訪ねてあげようよ」
「む…そうか?いたって普通なのだが…善処しよう…」
アイリスはポリポリと頬をかいて、思い当たる行動がないか思案している。
(ふ、普通……どこがだ…!?しかも自覚がなかった!?)
「あの、あの……殺さないでください……!」
(生命の危機を感じている!?)
「そんなことをするわけないだろう!私は聞いているだけだぞ!」
「ひいい!?」
とうとうリバーを壁際まで追いやった。これじゃあ小動物を追い立てる狼だ。
「アイリスさん。ありがとう。でも今は俺に任せてほしい……。えっと、リバーさん。最初に患者さんに接触したのは、サリーさんと同日でいいのかな?」
リバーは狼のリーダーの圧から抜け出し、俺の背後に回った。そして安全を確保したと判断して話を始める。なお手は震えており目線の先は狼さんに向いているが、突っ込まないでおこう。
狼さん…アイリスは肩をすくめて壁にもたれかかった。
「あの…すみません。えっと、そうです。……一週間ほど前からです。いつものように、具合が悪いと申告のある患者さんの診療を師匠とやっていました。普段通りであれば、師匠がその場で詳しく検査して、ポーションを作ってその場で飲んでもらいます。大抵の毒や怪我は、それだけで回復に向かいます」
(クラスチェンジさせておいてなんだが、サリーも相応に規格外なんだよな……)
「うん、それで?」
「はい。私は普段、軽傷の患者さんを任せてもらっています。師匠は重症の方を担当していて、私が処方して回復しなかった場合は師匠に診てもらっているんですね。それで、とある患者さんの容態が、私の処方で治るどころか悪化してしまって、師匠に診てもらったんです。そこからは皆さんが知っての通りです……」
「それが蝕緑症の患者さん第一号ってわけだ。なるほど。であれば…ほぼ同時期だね。サリーさんも認識は相違ないね?」
「うん、その子が言う通りだヨ」
リバーは頷いて話を続ける。
「えっと、それで…師匠に診てもらったところ、正確には、私のポーションの配合は間違っていませんでしたし、きちんと効果は出ていたんです。……蝕緑症の進行を、遅らせるという、意味では……」
リバーの言葉尻が小さくなり、自信なさげにうつむいた。
(リバーはサリーの認めるアルケミストだ。彼女の作るポーションも間違いなく効果が高いものだ。さすがに桁違いの能力を持ったサリーに及ぶことはない。フェーズ1からの進行を遅らせるだけでも十分にすごいとは思うが……)
「リバーさん。あなたがいなければ今の患者さんは、もっと早いスピードで進行していたはずだ。そうなれば、助かる命も助からなったと思う。どうか、自信を持ってほしい。君の技量は素晴らしいものだよ」
リバーは俺を見上げて、前髪の隙間から綺麗な瞳を覗かせた。
「は、はい……すみません。ありがとうございます…。」
(発症確認した時期は一週間前…その一日で何をしていたか、患者さんに尋ねるしかないな)
「このあたりで、ひとまず俺の考えを述べておこうと思う。現状、サリーさんが調合したポーションでも、この『病気』は進行を抑止するに留まっているよね。……俺が思うに、これは、そもそも病気ではない可能性がある…と思う。大きな証拠となる証明はできないけど、そう判断できる材料のひとつとして、サリーさんのポーションで症状が『停滞』するという部分にある」
サリーが目を丸くする。
「サトル、どういうコト?」
「サリーさん、君の作るポーションは素晴らしい。いや、君が素晴らしいのか。ともかく、治療という部分において言えば、君にできないことを探すほうが難しいくらいだ」
突然褒めちぎられたサリーはデレデレした笑みを浮かべ、リバーをどかして抱きついた。
「も~サトルってば、こんなときにィ~~」「し、師匠…!そんな…!」
「…」
アイリスがとても不満そうな顔をこっちに向けるが、説明を続けなくては。
「サトル~♪」
「……は、話を続けるよ!」
アイリスは「そうしてくれ」と言ってため息をついた。
「さっきも言った通り、君の技量は凄まじい。俺は、君に治せなかった毒や怪我をまだ見たことがないんだ。まだ在庫数は少ないが、部位欠損まで対応できるのは正直驚きを通り越して呆れるくらい。だからこそ……治せないこと自体が妙だと思った。まるでアプローチ方法自体が間違っているような……。それに、確証はないから強くは言えないけど、あの球根のような肌に生えた物質や花、あれはどう見ても植物の特徴と一致する」
アイリスが眉をひそめると「不調や患者にあった不可解なできものは、病気ではなく魔物による寄生が原因…と言いたいのか?」と挟む。俺は頷いて応えた。
「あぁ、そうだ。俺もよく実験台にされるからわかるんだが、サリーさんの作るポーションは特別なんだ。普通のポーション……そうだなぁ、例えば、王都で作られているポーションは治療魔法を付与したもので、即効性があるものの、持続性がない。外傷に効果的だよね」
アイリスが「あぁ、間違いない。世間一般的なポーションの効能だ」と答える。
「サリーさんの作るポーションはそれと違って、即効性と持続性を兼ね備えたもので、飲んだ直後に大きな外傷や毒を取り除いて、その後も驚くべきほど回復作用が続くんだ。これがもし、できものが『植物』だったとして、宿主から生命力を奪い続ける寄生体だった場合、サリーさんのポーションの生命力を回復させる効果と拮抗し続けるのは、納得がいくと思ったんだよ」
アイリスは「なるほど、それで症状が『停滞』していると言いたいんだな」と頷いた。
「まだ仮説だけどね」と俺が付け加えるとリバーが提案を出した。
「あの……それなら師匠のポーションで、植物だけを取り除くような『除草剤』みたいなものは作れないのでしょうか……?」
サリーは大きく首を横に振って否定した。
「それはダメ。患者さんにそんなもの飲ませたら、体が先にダメになるから。結果的に寄生体だったとして、ソレを除去できても、無事じゃ済まないと思ウ。毒性が強すぎる薬は、よほど鍛えている体じゃないともたなイ。分かっていないことが多い今、患者さんをリスクにかけることはよくなイ」
この娘は患者を前にすると本当に人が変わったような思考になるな…と思った。
(俺を実験でコボルトにした奴が言うセリフじゃないぞ……)と喉まで出かけていたが、そういうタイミングではないと思い、飲み込んだ。俺は鍛えているからよかったんだとプラスに考えよう。
「サリーさん、次は患者さんの発症当時の行動が知りたい。聞き取りをしたいんだけど、容態は大丈夫かな?」
「ウン、念のためアタシのポーションを飲ませたあとでなら、イイヨ」
次は隔離室に戻って、事情聴取だ。