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完結編 26話


 サリーは悲しそうな声で「アタシのポーションが、効かないせいデ……」と言った。


 「いや、君のせいじゃないよ。ちょっとよく見せて」


 「ウン……」


 「何かわかるかもしれない。大丈夫、諦めなければ糸口は見つかるものだ…どれどれ」


 患者さんの皮膚から飛び出るように浮き出た球根のような物体を慎重に観察する。


 患者の全身は深緑色に染まり、その栄養を吸い取るように静かに脈動しているのが分かる。皮膚から出た球根は花のつぼみによく似ていて、中心を守るように何層もの花びらが重なっていた。傷口には根を張るように茨のような太い茎が皮膚に深く組みつき、宿主の生命力を奪っている。時折、呼吸をするように花粉を散らしていた。


 (生きているように見える…)


 一見すると、患者の栄養を吸い取るような、寄生型のような植物型の魔物にも見えた。


 (仮に生き物だとして、俺の知っているTRPG上でも、どの物語にも該当しないエネミーだ。全く身に覚えのない魔物の類…?。しかし、魔物なのかどうかすらもまだ怪しい。何か情報があればと思ったが……いや、諦めないぞ。該当する魔物がいなくても、特徴から何か探し出せばいい。何かの技か、それともアイテムか、魔物か魔法使いの特殊技能か…なんでもいいんだ。手がかりを探せ、俺!)


 たまに、サリーの鼻をすする音と、俺がルールブックを手にページをめくる音、そして患者のうめきだけが病室に響く。


 最後までルールブックを読み込んでも、該当する寄生型の魔物は存在しなかった。


 (う~ん、該当なし。だけど、この植物のような見た目が最大のカギになりそうな気がする。なぜ植物の形を取って寄生するのか。掘り下げていけば、見えてきそうだ。そういえばフェーズ4まであるって言ってたな)


 「サリーさん、辛いと思うけど教えてほしい。フェーズ4になるとどうなるの?」


 「……」


 サリーは眉をハの字にして口を食いしばるが、やがて吐き出すように言った。


 「魔物…」


 「ん?」


 「植物型の魔物に変化すル……。発症者の一人がフェーズ2で病室から抜け出した翌日、商店街の裏路地で魔物が見つかったノ。まるで降って湧いたかのようにソレが現れタ。患者を探して回っていたアタシの一番弟子のリバーと、自警団が片付けたって聞いタ」


 「……」


 (察するに、討伐後の遺留品や状況証拠から発症者が魔物である事実を割り出したんだな。街中に突然魔物が現れて、それが病人しか持っていないはずのものを持っていたと考えれば…予想はつく。俺が想定外なのは、進行スピードの速さだ……)


 しばらくして、病室に一人誰かが入ってきた。


 「あ、あのぅ……お忙しいところ失礼します。『蝕緑症しょくりょくしょう』についてサリー師匠に話が……ふぇ!?」

 

 噂をすればというやつだ。部屋に入ったのは、リバー。サリーの元で一番弟子として修行しているエルフの里の子だ。ボソボソとした小声で申し訳なさそうに肩を丸めている。綺麗な金髪だがマスクで素顔がよく見えない。普段も目が隠れてしまうほど前髪が長いので、結局素顔が分からないままだ。


 リバーは俺とアイリスの姿を認めると驚き、目線のやり場を留めかねている。


 「あのあのあの……すみません!領主様と…えぇっと!?それまたお隣の領主様がいらしているとは知らず…!」


 サリーは入口でペコペコしているリバーの元に走っていき…


 「リバー!ちょうどよかっタ!こっちキテ!」「ふぇえええ~!!」


 彼女の手を引っ張って俺たちの元に無理やり連れてきた。


 「……リバーさん、久しぶり。突然ごめんね、ちょうど君が立ち会ったっていうフェーズ4について話し合っていたんだ。それについて教えてくれないかな……それで、これは蝕緑症しょくりょくしょうって命名したのか?」


 リバーは背筋を正したまま、硬直姿勢で答える。


 「あ、はい!し、師匠から聞いていなかったみたいですね…すみません。名称不明だと困るので、仮にですが、皮膚の変色から『蝕緑症』としています。これはフェーズ1から早ければフェーズ4に一日で到達してしまい、最終的には魔物化するという、前代未聞の症状です。大陸上のどの毒とも一致しない、新種の毒…のように見えます」


 (毒…というより、俺は魔物の一種だと思うが、まずはリバーの話を最後まで聞いてみよう)


 「なるほど、君はそう考えているんだね。フェーズ4では、患者さんの様子はどうだったか詳しく聞かせてくれないかな」


 「はい……。私は師匠が短いお休みを取られている間、患者さんの行方を追っていました。身元は商店街で露店販売を行う商人だと、入院前に調べていたので、幸い、すぐに思い当たる場所がわかりました。露店商がよく出入りする商店街裏口で、彼を見つけたんですが……その」


 「既に魔物化していたと」


 「えぇ。そうです。私の、その…叫び声を聞いて、見回りをしていた自警団の方が加勢してくれたんです」


 アイリスは首をかしげる。


 「娘、病人は既に魔物化していたと言ったな。どのような姿だったのだ。なぜそいつが病人だと分かった?」


 アイリスの鋭い目線が、リバーに刺さると彼女は震えあがった。


 「は、はいぃ……その、魔物と言っても、人の形からは外れていなくてですね…その、あの…!ですが魔物にしか見えなくて!」


 「大丈夫だよ、リバーさん。落ち着いて。ゆっくり思い出してみよう」


 リバーは何度も頷いて、ぎゅっとスカートの裾を掴む。


 「す、すみません。あの……彼は、まるで緑色の人型のトレントみたいでした。全身を覆うように太い蔦が巻き付いていました。顔があったと思われる部分は、大きな赤い花が咲いていて、そこから滴る蜜のようなものが毒なのか、消化液らしきものがただれていて、手足は枝をまとめたようでした。その、衣服はそのままでしたし、人の形は残っていましたが、グネグネと動く様子が……その姿がまさに魔物と呼ぶにふさわしいものでした……」


 「……」


 誰も言葉を返すことができないほど、痛々しい空気が漂う。静寂を破ったのはアイリスだ。


 「それで、どうやって倒した?」


 「は、はい。私が火炎のポーションを投げて隙を作って、顔のあった部分の大きな花を、自警団の方が槍で何度も突き刺すと倒れました。ですが、のたうち回って私に触手が当たりそうになったところを庇ってくださって、怪我をさせてしまいました…。サリー師匠に治していただき、事なきを得ましたが……すみません。怖くて、足がすくんでしまいました」


 (無理もない。確かに不気味だ。人の姿を中途半端に保っているせいで、魔物とも人とも言い難い。だが、これではっきりした)


 「病室で看病していた病人の衣服を、その魔物が『着用』していたから、それがすぐにフェーズ4への『変化』だと分かったんだね。リバーさんは、蝕緑症しょくりょくしょうが引き起こした末期症状に結び付いたんだ」


 「そ、その通りです。ところどころにあった花は、フェーズ3で寄生していたものと酷似していましたし……その、信じてください」


 (この問題は…思った以上にまずいかもしれない。一体何が原因でこんなことになるんだ…?)



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