表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
456/478

番外編 消えた歌姫


 「はーい、リハーサル二回目、行きまーす!さっさと準備してー!」


 ソード・ノヴァエラの中心で燦然と輝く建物の一角。施設のイベントエリアで夜中にも関わらず、一際気合の入った声が響き渡る。現場作業員たちはその指示を合図に、いそいそとステージの準備を進め始めた。


 声の主は、その様子を俯瞰できる位置について眺め、腕を組んで何度も頷いて呟いた。


 「うんうん、魔石の証明よし、客席からの眺めよし、ステージも講演内容もなかなか良い仕上がりだ。この調子であれば、カジノ初の歌姫ライブステージイベントは満員御礼で間違いないな……!それから…あぁ、そっちの装飾品はまだ飾らないでくれ!むむ…そこの君、これ以上、椅子は追加しなくていいぞ!」


 次々と指示を出していると、スタッフの一人が羊皮紙を複数抱えてその男に駆け寄ってくる。


 「副支配人、従業員長から、当日の人員配置とイベント用に提供する料理について要望が上がっていますが、どうしましょう?」


 「なんだパウエルか、僕のことは副支配人ではなく、ジェイコブで良いって言ったろう?同じ仕事仲間、それに元、吟遊詩人同士のなじみなんだからさ、気軽にしてくれ。……しかし参ったな。そっちはもう手を回していたと思っていたが…う~ん、そうさなぁ……」


 副支配人と呼ばれた男は、自らを名前で呼ぶようにパウエルに言い付けると、顎の肉を片手で触りながら思案を巡らせるが、突然考えを打ち切って視線をステージに戻す。現場作業員が意にそぐわない動きを始めたからだ。


 「あぁ、ストップ!その魔石はもうちょっと右のが映えるからそっちに変えてくれ!……すまんパウエル…それで、従業員長は何て言ってきているんだ?」


 「え、あぁはい副支配人…じゃなかった、ジェイコブさん。お忙しいところすみません。従業員長は、これ以上こちらから人員は割けないから、舞台の人員は副支配人で用意してほしいとのことです。あと、当日お客様にお出しするお料理で、ジロスキエント産の果物が不足しているので、代わりのメニューを現場で出していいかとのことでした」


 ジェイコブは額に片手を当て、深い溜息をついた。続いてマシンガンのようにブツブツと文句を言い始める。


 「あちゃーあの果物は貴族様に人気だから、切らしたら大変なんだがなぁ…はぁ…そうか。全く……従業員長は僕と同じ地位だけど、存外僕よりも視野は狭いらしいな。なんで前もって多く仕入れしなかったんだ……。それに人員リソースはカジノ本エリアよりもこっちに割くべきだろう。もう開催は三日後に迫っているのに危機感がない。このライブの重要性を、まるで理解していない…」


 「えぇまぁ…そうですかね?」


 パウエルが、あまり状況をよくわかっていない曖昧な返事を返すと、圧のかかった剣幕で、言い聞かせるように人差し指を立ててジェイコブが言った。


 「いいかい?パウエル、僕は領主のサトル様から、直々に、ここソード・ノヴァエラのカジノにおける副支配人を任されたんだ。栄誉ある地位だ。そしてこのイベントは、王都から招いた今人気の吟遊詩人……歌姫をステージにあげるビッグなイベントなんだぞ。僕が副支配人になってから初めて開催する催しだ。だからこそ、絶対に失敗は許されない。僕はこのイベントを成功させ、必ずサトル様の覚え良く、昇進してみせる。あぁ、そうそう君も、もう少し自分で考えて行動するようにしてほしい。今は魔物の手も借りたいくらいなんだよ」


 何度も強い論調で返されると、面白くないのが人というもの。報告を上げたパウエルも、まさかそこまで言われるとは思ってもおらず、つい言い返してしまう。


 「お言葉ですけど、副支配人はサトル様からではなく、その家臣のイミス様から吟遊詩人の経験を買われて抜擢されたじゃないですか。それに、人員配置の能力も雇用の長さもカジノオープンから活躍している従業員長のほうが上なんですから、向こうの言うことも聞かないと、現場が回りませんよ!それで、結局どうするんですか」


 「あ~…そうさなぁ……あぁ、そこ!椅子はこれ以上いらなって!さっき言っただろう!」


 ジェイコブはあまり聞いていないのか、それとも自身のことで手いっぱいなのか、パウエルの言葉は生返事に留め、また現場に視線を移す。パウエルはそれを後目に舌打ちして配置に戻って言った。


 舌打ちだけはキッチリ聞こえたのか、ジェイコブは肩をすくめてパウエルが配置に戻るのを見届けた。


 「全く……最近の若い冒険者上がりは……お、そろそろリハ二回目、行けそうだな。よし」


 * *


 規定通り、場内アナウンスが流れ、ゴーレム技師から借り受けた舞台装置が稼働する。


 リハーサルとはいえ、本番同様にセッティグされた舞台は幻想的だ。魔石を利用した照明は夜空に輝く星のように瞬き、ステージは観客を包み込む魔法の世界のようだった。観る者を魅せるための努力がつぎ込まれている。


 「最高のセットだ」


 副支配人は頷くと、次の進行を促す。アナウンス役は合図を受け取って「歌姫の入場です」と宣言した。


 大枚はたいて何人も雇った吟遊詩人が音楽を演奏し、それに合わせてステージが光で照らされると、満を持して歌姫が登場する。登場方法も副支配人がこだわりぬいて設定したもので、なんと、ステージの地面が魔法で浮き上がる仕組みになっている。


 想定通り、歌姫はステージの下からゆっくりと浮上するように現れた。


 お客さんは今はいないが、万一に居ればここで大きな歓声が上がることだろう。


 副支配人にはそのイメージが幻聴となって、今にも聞こえてくるように思えた。

 きっとイベント当日はチケットが山のように売れて、カジノの売り上げ部門を総なめにするに違いないと。


 登場した歌姫は、ステージの効果も相まって、どこか神々しさすら漂わせていた。彼女の一挙手一投足が光と影の舞踏に溶け込み、ゆっくりと歩く仕草は目をとらえて離さない。


 歌姫はスケジュールの規定通り、まずは謝辞を述べてから歌い出す。


 「ら~♪ ららら~♪ ららら~♪」


 その歌は聴く者の心を優しく撫でていく。ひとたび歌い出せば、声は魂にまで響き渡り、心の中のすべての不安が静まり返るほどだ。名前に違わず、歌は控えめに言って最高な仕上がりだった。


 リハーサルに参加しているほとんどの従業員は、仕事を忘れてその歌に酔いしれてしまう。時折、照明を担当していたパウエルの手が止まってしまい、何度か中断するハメになった。


皆が、「パウエルは歌に夢中になってしまったんだろう」と彼をからかった。本人は否定しており、それが余計にそう思わせる雰囲気を作り出していた。


 パウエルは副支配人から厳しく言い付けられ「次聞き惚れるようなことがあれば、照明から外れてもらうぞ」と言われた。


 その間、歌姫は怒ることなくクスリと笑って皆に手を振ったりしていた。


 多少のトラブルがありながらも、リハーサルは歌姫の笑顔もあってか、和やかなムードの元順調に進んだ。



 本番二日前にまで迫った最後のリハーサル日、事件は起こった。



 * *


 この日はぶつ切りではなく、本番同様の通しで練習が行われる予定で、前日と同じ手順でリハーサルが行われていた。


 いつも通り、吟遊詩人が楽器を演奏し、ライトアップされた歌姫がステージギミックによって浮上してくる。はずだった。


 吟遊詩人の演奏が入り、ステージ中央がライトアップされる。


 ステージの地面が開いて、歌姫が浮上するというタイミングで、突如、ライトアップされた魔石がバリン、と全て割れたのだ。


 「きゃ…!?」


 か細い悲鳴が聞こえ、すぐに副支配人が中断するように叫び、舞台に駆け寄る。


 「照明、すぐに戻しなさい!!歌姫さん!?……無事ですか?お怪我はありませんか!?歌姫…さん?」


 すぐに照明は新しい魔石に取り換えられ、薄暗い舞台は光を取り戻すが、ステージの上には副支配人しかいなかった。


 歌姫の姿が見当たらないのである。


 副支配人が急ぎステージの下部に降りて叫ぶ。


 「歌姫さん!?うそでしょう!?…どこなの!?」


 ステージのギミックの下に居ると思いきや、なんど隈なく探そうとも歌姫の姿がない。近くにいるのであれば、既に「私はここです、ご心配をおかけしました」という返事があって然るべきだ。


 事後から一時間ほど、現場作業員を含めて、ステージから周囲に至るまで捜査したが、歌姫の姿は見当たらなかった。


 冗談で隠れたとも思えない。


 ライトが壊れたタイミング。


 突然の悲鳴は恐らく歌姫自身が発した声。


 そして姿なき彼女。


 副支配人の頭の中で、点と点が結ばれていき、嫌でも、一番想像もしたくない現実が浮き彫りになっていく。


 「……ゆ、誘拐」


 それだけ言うと副支配人はあまりのショックでその場にへたり込んでしまう。


 「副支配人!」「…副支配人!」


 現場作業員が駆け寄り、身を案じる。副支配人は顔色を青くし、焦点があっていない目線をパウエルに定める。


 「あなた、もしかしてあなたがやったの!?真っ先に照明が消えた。あなたが担当していたはずでしょう!これはどういうこと!…歌姫は、どこ!」


 ジェイコブが力なく叫ぶが、パウエルが必死に弁明した。


 「冷静になってください。ジェイコブさん、私はステージの二階にいて、歌姫さんを誘拐することはできません。現時点で私がここにいるのに、どうやって歌姫さんを誘拐するんですか。このカジノのどこにもいなかったじゃないですか」


 パウエルがここに、こうして立っているということは、歌姫を運び出すことができないアリバイになっている。


 「ぐぬぬぬ……それも、そうか」


 自らが冷静になれていないことを指摘され、今一度考えをまとめるが、あまりのショックからか、どうしていいのかも分からないでいた。


 従業員の一人が「イミス様を頼りましょう。こうなっては我々に手は負えません」と提案して、皆が賛成の意を示すが、ジェイコブが待ったをかける。


 「待ちなさい!……それだけは、ダメ」


 「なぜです!」「早く探さないと手遅れになるかも…」


 「それは…」


 従業員が不安の声を上げるが、ジェイコブは頑なに頷こうとはしない。


 ジェイコブが止めたのも無理もない。


 今、自らの上司にあたるイミスに全てを打ち明ければ、すぐに解決方法を模索できるだろう。だが、それは自分が犯した失態を尊敬するサトルにまで知らせてしまうことにつながってしまう。これがジェイコブが任された初めての大仕事であり、絶対に失敗は許さないのだ。


 今イミスに知らせては、自らの首が飛びかねない。彼女は良くも悪くも行動力の塊のような人だからだ。だが、まだチャンスがあるのであれば、内内で、解決できるのであれば。


 そう思わずにはいられなかった。


 「いい案が浮かんだの。大丈夫、副支配人の僕に任せなさい。絶対に歌姫さんを探し出してみせるから!」


 従業員たちは顔を見合わせて、ジェイコブの言うことには到底賛成しきれないといった様子であった。


 * *


 明け方。ジェイコブは情報屋に金を払うことで、闇ギルドとの接触方法を知る。


 情報屋が言うには、孤児院の入口に寄付金を置いた後、そこで飼われているコボルトを撫で、一番近くの酒場「アンジェの口づけ」でジロスキエント産の果実酒を注文すればいいらしい。


 ジェイコブはそれに倣って、孤児院に大量の寄付金を置き、興味津々と近寄ってきた丸っこいコボルトの子供を撫でてその場を去った。


 それから酒場「アンジェの口づけ」に入る。


 夜明けなのに営業しているのを不審に思いつつも、店主に「ジロスキエントの酒をくれ」と頼むと、店主は眉をひそめ、カウンター席ではなく、端のテーブル席で待ってろと言った。


 「これで本当に、噂の闇ギルドのトップに会えるのか…?」


 ジェイコブの貧乏ゆすりが止まらない。不安で仕方がないのだ。


 数分経った。とても長い時間に思える。


 カッカッカッカッカ…


 静かな酒場でジェイコブの膝が小刻みに動いて、耳障りな音を立てる。


 すると突然、なんの拍子もなく背後から声がした。


 「それ、煩いからやめてくれないかなあ?」


 ジェイコブには、全くその気配を感じ取ることができなかった。一時は冒険者をやっていたこともあってか、気配には敏感な方なのだが、目と鼻の先にいるのに、全く気が付かなった。


 思わず跳ね上がるジェイコブ。


 「うひゃあ!?」


 驚かせたことを悪びれる様子もなく、声の主は真向いに座った。


 「僕たちに用があるんだろう?」


 青年はテーブルに肘をついて、フードを取った。一見、リラックスした姿勢を見せている。


 紫の髪と瞳、落ち着いた喋り口調に反して、一切の油断を感じさせない。黒いローブを纏っており、影という存在を切り取って顕現させたような錯覚すら覚える。


 ジェイコブには、それがすぐに闇ギルドの、それも幹部かそれ以上のレイヤーであることを見抜いた。すぐに気持ちを切り替えて、名を名乗る。


 「し、失礼しました。僕はこの町のカジノの副支配人を務めているジェイコブです。ちょっとした問題が発生してしまい、どうしても公にしたくない事情もあり、あなた方を頼りに参った次第です」


 黒い青年は全てを見透かしているかのように目を細めた。


 「フーン……ちょっとした。ねぇ……。まぁ、いいさ。それなら、君はこの町で一番正しい場所にいると思う。……僕の名前はフォノスと言う。複数の都市で闇ギルドのトップを張っている。冒険者ギルドでは解決できない問題や、表沙汰に出来ない問題を一手に引き受け、解決するのが仕事だ」


 ジェイコブの胸のつかえに、束の間の安堵が広がった。


 「良かった……実は―」


 話を切り出そうとすると、フォノスはまず人差し指を唇に優しく当てて首を一度だけ振った。


 「ダメだよ。まずは約束事を守る必要がある」


 「や、約束事…?」


 「そうだよ。まず、君はここで起きたこととたどり着いた経緯は全て忘れる必要がある。この意味は分かるね?」


 刺すような言葉は、後ろからナイフでも突き付けられている気分にさせられる。


 「は、はい。もちろんです」


 ジェイコブは額から流れる汗を袖で拭きとった。


 「いいだろう。次に、君は…少なくとも自発的はもう二度とこの交渉を闇ギルドとは行えない。一生に一度だけの制度だ。それでも僕たちに仕事を依頼するかい?」


 「……」


 ジェイコブは少し考えたが、カジノで起きた大失態以上に解決できず困ることなんてないと考えをまとめると、コクリと頷く。


 「いいだろう。最後に、絶対に嘘はつかないことだ。いいね?」


 今までで一番低い声で、言われ、これが最も重要であることを理解させられる。


 「ももも、もちろんです」


 「よし、これで話を進める準備は整った。話を進めてくれ、依頼の料金は話の内容次第でこちらが決める」


 何事もなかったかのようにフォノスは声の調子を戻し、またリラックスする姿勢を取った。


 ジェイコブは、ここにいると心臓がいくつあっても足りないと悟り始めた。


 「は、はい。端的申し上げますと、ソード・ノヴァエラにいらした歌姫が、その…誘拐された。と思います……」


 フォノスの目が細くなった。


 「ふうん……続けて」


 「はい、経緯は…――」


 本番三日前から、今までに至るまでを包み隠さず、嘘はつかずに報告する。


 一通りの説明を終えると、フォノスは言った。


 「何故イミス姉…イミスさんに話を通さなかった?真っ先に報告すべきだろう」


 攻めるような口調に変化したフォノスに対して、ジェイコブは虎の牙の先で怯えるネズミの気分を味わった。


 「い、言えるわけがないです。僕の初めての大仕事なのです。イミスさんにも、サトルさんにも、認めてもらいたかった!!こんなイレギュラー、信じられない。こんなに頑張ってきたのに」


 尻すぼみに言葉が小さくなるジェイコブを見て、フォノスは切り上げると誰もいない背後に目をやる。


 「もういい。『鷹』『蛇』話は聞いたな?」


 「っは」「お任せください」


 突如、虚空から二名の暗殺者らしき人物が現れる。


 一体どこに潜んでいたというのか。


 「現場に居た人で照明を担当していた人物を全て洗うんだ。今すぐに」


 二人はフォノスの言葉を沈黙で受け取ると、すぐに虚空へと消え去った。


 また酒場は静寂に包まれる。口をあんぐりと開けていたジェイコブは、ハっとしてフォノスに伝えた。


 「い、今のは……いやそれよりもです。フォノスさん、魔石で照明を持っていた子にはアリバイとも言えるべき情報があります。現場にいて照明が消えたのは間違いないのですが、その子はそこから動いていないので、攫うことなんて不可能です」


 フォノスは冷静に頷いて、一部を肯定する。


 「確かにそうだね。単独犯であれば、その通りだ。」


 「な……」


 フォノスは無慈悲に口頭追撃する。


 「極端な話、君意外の全てが犯人だっていう可能性もある。まぁ、それはないだろうけどね。君、ちゃんと現場は『見て』いたのかい?」


 肩をすくめるフォノスに対して、ジェイコブは机を叩き抗議した。


 「複数犯…!?そんなわけありません!!うちの子はみんな、僕自らが面談して引き入れた良い子たちです!!みんなそれぞれに苦労を知っている。そんな悪さするわけがない!!きっと犯人は外部の盗賊か何かだろう。それに現場には毎日顔を出して、僕が指揮を執っていた!みんな、ちゃんということを聞いてくれていた!!」


 フォノスは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。


 「君から見ればそうだろうさ。僕だってそんな大人はたくさん見てきている。だけど、自分の能力を過信して無条件に人を信じるってのは良くないよ。君が認めた人が全員聖人なんてことは在りえないのだから」


 ジェイコブは悔しくなって、苦し紛れに言い放った。


 「人は本質的に信じない。闇ギルドらしい考え方ですね…」


 何かされるとは思ったが、フォノスは特に気にした様子も悪びれる様子もなかった。


 「あぁ、それが僕の強みなんだ。そしてこの強みが、僕の『一番の大切』を守る結果につながっている。今はそこでおとなしく待っているといい。結果は何れ分かる」


 「……」


 * *


 どれほど待っただろうか。もう朝日は昇っている。本番二日前だ。


 たいして経っていないようだが、この青年と一緒にいると体内時計が狂ってしまったかと思うほどに永く感じる。フォノスは部下に任せ、自らは動かずに朝食を取る程度の余裕を見せているのがジェイコブにとってみれば腹立たしい。


 思わず口が出てしまう。


 「まだなんですか?それにあなたはずっとここから動いていません。調査依頼に対して、全力を出しているように見えないのですが」


 フォノスは卵の黄身にナイフを刺して、ニヤリと口角を上げた。


 「全力を出す必要がないからさ。おっと……来たみたいだよ…」


 フォノスがナイフで虚空を指すと、そこに先ほど調査に向かったと思われる二人が現れ、膝をついた。


 「ご報告します」


 「うん、いいよ」


 「『手ほどき』をして調べたところ、パウエルと名乗る男が誘拐の関係者だという証言を一部のメンバーから得られました。パウエルの手先は少なくとも複数名になると思われます。現在はパウエルを捕えておりますので、いつでも『お伺い』できます」


 「ありがとう」


 食事を終えたフォノスは席を立って一度伸びをすると、ジェイコブを一瞥する。彼は「信じられない」といった表情を見せて固まっているが、フォノスからしてみれば最初から分かり切ったことだった。


 「ほら、ジェイコブさん。行くよ」


 「あ……え……?」


 事態を飲み込めていないジェイコブの手を引いて、フォノスは庭に出る。


 * *


 酒場の庭からつながる地下は、民家とは思えないほど堅牢な作りをした牢獄になっていた。


 そこには鎖で雁字搦めにされたパウエルが捕まっていた。


 「パ、パウエル……君、なのか。本当に……?え、なぜ……君が誘拐の首謀者なのか……?」


 鉄格子に捕まり、そのまま崩れ落ちるジェイコブ。傷だらけのパウエルはそんなジェイコブの姿を見て、どことなくバツが悪そうに視線の先を探していた。だが、やがて諦め、ボソボソとした口調で呟いた。


 「この期に及んで、分からないってか。おめでたいやつだ」


 パウエルが力なく笑みを浮かべる。ジェイコブの知るパウエルとは似ても似つかない口調で言い放たれた。


 「……え?」


 「教えてやるよ。この誘拐を計画したとき、アンタに仕返しできるチャンスだと思った。そうさ、最初はアンタが気に入らなかったんだ」


 「なぜだ。食い扶持に困っていたじゃないか。助けてあげたじゃないか。同じ仕事仲間だったじゃないか!!」


 ジェイコブの悲痛にも似た叫びが牢に反響する。


 「いいや、仲間だと思ったことはない。食い扶持を与えてくれたことは感謝しているよ。でもな、お前はいつだって身勝手だった。だから困らせてやりたいと思った」


 「そんな……そんなことで?」


 パウエルは一つ付け加える。


 「お前にとっては、『そんなこと』だったのかもな。ただの『そんなこと』が無数に繰り返されていく内に、腹がいっぱいになったんだよ。憎悪でな。未だに殴ってやりたい気持ちだ」


 体を揺らし、繋がれた鎖をジャラっと鳴らしてアピールするパウエル。


 「うう……」


 ジェイコブが思わず涙すると、フォノスが割って入った。


 「ジェイコブさん、この辺りでいいかな?まだ誘拐事件は解決していないんだ。『蛇』、ジェイコブさんを上に連れて休ませてあげて」


 「っは。さぁ、こちらへどうぞ」


 蛇の介抱の元、ジェイコブの背中が小さくなっていった。


 二人が見えなくなるまで見届けると、フォノスの雰囲気が一段暗くなる。


 「さて、パウエルくん、単刀直入に聞こうじゃないか。つまるところ君は、誘拐のメンバーであり『首謀者』ではない。そうだね?」


 紫の瞳が一直線に突き刺さる。パウエルの額から大粒の汗が垂れる。


 「言っている意味が分からないな」


 「誤魔化す必要はない。ジェイコブは騙せたかもしれないが僕にその手口は効かないんだ」


 「俺こそが首謀者だ」


 パウエルは言い切る。


 「では、改めて聞こう。歌姫はどこだい?」


 「言う訳ないだろう。と言っても痛めつけるんだろう」


 「あぁ」


 フォノスはご挨拶とばかりに、腰に差した『活人剣』を取り出し、何の躊躇もなく斬りつけた。


 「ぐあああああああ!!」


 「痛みしか入らない剣だ。だが痛みは実際に斬られたよりもずっと痛い」


 たった一度斬られたというだけで、パウエルは想像を絶するという意味を深く知ることになった。


 剣をちらつかせるだけで体が勝手に震えだす。本能が危険信号を出しているのだ。


 「わかった、わかった、わかった!!いう!言うからそいつをしまえ!!」


 震えを含んだ言葉は、犬の遠吠えのようだった。


 「この期に及んで…条件?」


 フォノスの視線に震えを隠せないパウエルだが、力を振り絞って言った。


 「二日くれ!連絡がつかない場合、仲間が指定の位置に来るはずだ!その場所を教える!!そいつが、歌姫の場所を知っているはずだ!!これが俺が知っている全てだ!!」


 「二日……? あぁ」


 フォノスは何度か頷き、納得したように唸った。


 「フーン……そういう、ことね」


 「な、なんだ……」


 フォノスはパウエルの周囲をゆっくりと歩き、口調も緩やかになった。


 「よーくわかったよ。ねぇ、パウエルくん……実は、君の素性は徹底的に洗ってたんだ。知れば知るほど、たいへん興味深いものだった。尋問する前に言うべきだったかな」


 「……」


 パウエルは何も語らないが、フォノスを目で追いかける。次にフォノスが何と言うのか、心構えをしているようにも見えた。


 「パウエルくん、君は昔、吟遊詩人だった。歌ではなく楽器を奏でる方のね。冒険者を称え、路銀を稼ぐ毎日。『そんなこと』が続き、歌との向き合い方が分からなくなっていた」


 「そうだ。だからソード・ノヴァエラにチャンスを求めてやってきた」


 フォノスは頷いて、続ける。


 「そこでジェイコブさんと出会い、彼に拾われてからは吟遊詩人の経験を活かせるカジノで仕事をこなしていった。やがて、副支配人の側近にまで認められた」


 「…だからなんだ?何が言いたい。それの何がおかしい?」


 「君はソード・ノヴァエラに来たばかりのとき、たいそう自暴自棄に陥ってたそうだね。生活の実態が変わらなかったからだ。路銀を稼ぐ生活そのものに。音への向き合い方、そのものに」


 「どこからそんな情報を聞いたか知らんが、だからなんだってんだ。そんなもの、よくある話さ。今さらそんな話を持ち込んで、どうしたい?」


 否定しなかった点を、フォノスは鋭く察知した。


 「あ、そうそう。君が毎日、パンを買う行きつけの店、実は僕も良く知っているんだ。……あのおばちゃんは、おしゃべりが好きで『暗くて元気がなかった吟遊詩人の男が急に前向きになってきた』って、母親のように喜んで僕に話してくれていたっけかな」


 「……よくある話だ」


 「話を戻そうか……君はある日、行きつけの酒場で何時ものように路銀を稼ごうと楽器を取り出した。そして演奏を始めると、運命とも言える存在に出会ったんだ。音への向き合い方を変える、君を立ち直らせる人に」


 「……!?」


 「君の演奏に合わせるように、即興とは思えない歌が披露された。君は、忘れていた音楽の楽しさをその夜、その女性から与えてもらったんだ…違うかい?」


 パウエルは明らかに目線の先を逸らした。


 「意味がわからん」


 「女性とすっかり意気投合した君は、その女性を想うようになっていった。やがて、親身な関係になっていったんだ。本来、このイベントでは、その女性こそが歌姫となるはずだった。だが、なんの因果か?蓋を開けてみれば、王都から来たという歌姫に、君の最愛の女性は立場を奪われてしまった!!」


 「はっ…はっ…はっ……」


 パウエルは過呼吸になり、明らかに動揺している。


 パウエルの丁度真正面に来た時、フォノスは目をのぞき込むように顔を近づける。まるで動揺しているかどうかを返答の有無と捉えているかのように。


 「ち が う か ?」


 鎖でつながれた男の瞳が激しく揺れ動いているのが分かった。


 「そうだよね。いるんだろう…?君だけの歌姫が。ステージに上がるに相応しいと思う、本当の歌姫がさ。いるはずだった『消えた歌姫』が…」


 「…………な、なにを」


 フォノスは動揺が沈黙の肯定であることを知っている。


 今までの揺さぶりは全て経験則による想定でしかなかったが、彼の動揺がそれを決定づけた。


 自ら、答えを出してしまったようなものだ。


 フォノスは答え合わせをするようにかみ砕いて言い直す。


 「分かりやすく言ってあげるね。君はただの実行犯だ。首謀者が別にいる。その首謀者は女性で、君にとってかけがないのない人だ。君は、その人物こそ、二日後の舞台に上がるべき人物だと思っているんだ。今の歌姫ではなく、ね。だからこそ、犯行に手を染める決意ができた。ジェイコブさんにいらだっていたのは事実かもしれないけど、それは犯行に直接影響する程度の起爆剤にはならなかったんだ。むしろ、本命を隠すためにうってつけのネタだった。捕まることまで想定の内に入れた周到な計画だ」


 「なんの根拠もない…」


 「根拠ならあるさ。君が出した『二日』待て。という条件だ。舞台は二日後、代役を立てるならうってつけの人材が一人いる。それは『消えた歌姫』だ。君が最も優先すべき事項だね」


 フォノスは有無を言わさず、耳元で囁いた。


 「ここまで言えば、『消えた歌姫』の身元が割れているのは言うまでもないよね。ちょっと考えてみてほしいんだ。この剣、すごく痛かったよね。これが、大切な人に向けられるとしたら、どうする?」


 「うわああああああああああああ!!!!!」


 パウエルは発狂して鎖をジャラジャラと鳴らす。強く縛られた鎖から血が滲むが、彼にとってそれは今は重要ではなかった。


 「やめろおおおおおおおおおお!!!それだけは、やめてくれええええええ!!!」


 フォノスは冷静に収まるのを待った。やがてパウエルはフォノスを鋭く睨みつけるにまで落ち着いた。


 ここでフォノスは、言葉を今までで一番慎重に選んだ。


 「パウエルくん、君だけの『消えたの歌姫』……首謀者の居場所を教えて欲しいんだ。それは、この剣を振るうためじゃなあい。首謀者として自首させるための配慮なんだ。僕が駆け込めば、諦めもつくだろう。それができないのであれば、限られた手段を取るしかなくなってしまう。僕としても、君の最愛の人を痛めつけるのは嫌なんだ」


 フォノスは、あえて、捕まった方の歌姫と強調しなかった。これは、最愛の人へ思考を誘導するためだ。


 「わ、わかった。その剣をイザベラに振るわないなら、誓う。場所を教える」


 名前には触れずに、契約上履行する内容だけを強調する。


 「魔術契約にサインしたっていい。誓おう。」


 フォノスは、魔術契約書を取り出し、サインする。あとはパウエルがサインすれば問題ない。


 パウエルがその様子を見届け、安堵すると言った。


 「ふぅ……それでイザベラが自首するように説得できるなら、よろしく頼む。彼女はトゲクチバシという宿屋に身を隠している。その宿屋の二階からは日時計が確認できるのと、深夜から明け方は主がいないから都合が良かったんだ」


 「新開拓エリア……少し離れているな」


 実質的には誘拐の場所を吐いたようなものだが、パウエルにはどうでもよかった。ただイザベラにその剣が振るわれないことだけが重要と判断したのだ。


 「うん、いいだろう。『鷹』、鎖を外してパウエルにサインさせろ。僕はトゲクチバシという宿屋に向かってイザベラさんを説得しに向かう。これ以上、時間を無駄にはできない」


 「っは、承知いたしました。」



 * *



 宿屋の一室から日の傾きを確認した女性の様子は、どこかそわそわしていて落ち着きがない。


 その様子を、布と椅子で固定された本物の歌姫が眺めている。歌姫は危機感がないのか、ふんわりした穏やかな様子で言った。


 「イザベラさん、どうかなさいましたか?」


 イザベラと言われた女性は、窓から目線を歌姫に移し、ため息をついた。


 「はぁ……アンタ、捕まっているっていう自覚あるわけ?」


 歌姫は驚いた様子で答える。


 「もちろんです!とても心配しています。私には、イザベラさんが人を害する方とはどうしても思えないのです」


 調子を合わせてはいけないと首を振って、イザベラは言った。


 「あと一日と少し。実際にはもっと早いでしょうね。必ず私にオファーが来るわ」


 「なんの話でしょう?」


 こてんと傾げる様子にイザベラは余計に神経を逆撫でされた気持ちになった。この女はどうしてこうも余裕をもっていられるのか。自身の今後を決める、ソード・ノヴァエラでの大舞台が台無しになるかもしれないという自覚はあるのだろうかと。


 「カジノでのコンサートよ。貴女が歌うはずだった舞台、私が立ってあげるって言ってんのよ」


 どんな絶望に身を歪ませるかと思えば、歌姫は満面の笑みを浮かべた。


 「まぁ、それはステキですね!」


 「はぁ?」


 これにはイザベラも眉をひそめる。


 「だってそうでしょう?……あなたのステキな歌を聞いて、たくさんの人が幸せになれるのですから。それはとても素晴らしいことじゃありませんか?」


 思わず歌姫に詰め寄り、イザベラは服を乱暴に掴んで叫ぶ。


 「アンタね!!それでも良いっての!?アンタの歌に対する意識はそんなもんなわけ!?自分が活躍するはずだった舞台を奪われて、尊厳を踏みにじられて!!それのどこが良かったって!?どの口が言ってんのよ!!」


 イザベラの手と声は怒りで震えている。


 歌姫は真剣な表情になり、ひとつ説いた。


 「イザベラさん、あなたが歌う目的は、大きな舞台に立つことなの?私は違います」


 「はぁ?」


 「私が歌う目的は、舞台に立たせていただくことじゃありません。歌を歌い、人に喜んでもらうことが好きだから、それを目的に歌っているだけなんです」


 「矛盾しているわね。大きな舞台に立たなければ、それは叶わないわよ」


 「いいえ、イザベラさん。歌はどこでも歌えます。どんな辛いときでも、どんな場所でも言葉に気持ちを乗せて、相手へ届けることができます。それがたとえ、一人であっても聞いてくれる人が一人でもいる限り、歌には計り知れない価値があるんですよ。人数は関係ありません。イザベラさん、貴女は歌が好きですか?」


 「……歌が好きかって?人一倍好きに決まっているわよ。そのために努力して生きてきたのだから。歌がなければ私など存在価値がないようなものよ」


 「……今の貴方の『声』は、とても悲しい歌に聴こえます」


 しばらく沈黙が続くが、歌姫がイザベラを慰めるようなフレーズを口ずさむ


 「~♪ ~♪」


 鼻歌だけの即興曲だが、不思議とイザベラの心を包み込むような気がした。


 イザベラは本能的にかなわないことを知って、さらに苛立ちを加速させる。


 「歌姫、黙りなさい。これ以上何か歌うつもりなら、もう二度と歌えない喉にするわよ」


 机の上に用意していた交渉材料のひとつ、喉を潰すための毒薬を手に取る。


 ただの脅しにと用意していたものだが、今のイザベラは本気だった。


 歌姫は瞳を閉じて歌い続ける。子供を安心させるように、優しく背中をさする母のような歌を。


 「~♪ ~♪」


 イザベラは涙しながら、毒薬を振り上げた。


 「お願いだから、その声を私の耳に、入れないで!!アンタさえ、アンタさえいなければあああああああああ!!!」


 「そこまでだ」


 振り上げた毒薬が歌姫に届くことはなかった。


 寸での所で、フォノスが間に合ったのだ。


 フォノスはイザベラから素早く毒薬を取り上げると窓の外に投擲し、身の回りにある凶器足りえる物は全て瞬時に破壊した。その動きはあまりの速さに、人の目では追えないほどだった。


 「な…!?何が起きたの!?」


 「イザベラさん、自首してください。全て明るみになりました。パウエルも捕らえてあります。貴女の返答次第では、パウエルが傷つくことになるでしょう」


 フォノスは歌姫とイザベラの間に立って剣を抜いた。


 「パウエル…?あぁ、遊びの男ね。それがどうしたの?好きにすれば」


 フォノスは顔をしかめた。


 「彼は貴女を守るために、身を呈し、人の身では耐えられないほどの痛みを耐えました。人生を賭けて、自ら悪となる覚悟を示した」


 「それは、パウエルが勝手にやったことでしょう。私の歌に惚れ込んで、都合がよかったから使ってあげただけよ」


 「そうですか。…あぁ…先に、魔術契約にサインしたのをこれほど悔いたことはないですよ」


 フォノスはクククっと笑ってみせる。イザベラにはそれが不気味に見えた。


 「なんなの…アンタ、誰よ。私を捕まえてどうする気?」


 「衛兵に突き出しますよ。貴女はもう人前では歌えない。少なくとも、吟遊詩人としての人生ではね。僕は領主の右腕。君をどうにでも出来る存在だ」


 「嘘よ…」


 「こんなところにわざわざやってきて嘘つく物好きがいるといいね」


 イザベラはようやく事態を把握したのか、わなわなと震えて、次第に泣き出した。顔を両腕で塞ぎ、ペタンと地面に力なく座り込む。


 「いやよ、嫌よ……どうしてなのよ。どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ。私は歌が誰よりも上手くて、みんなを笑顔にできる、歌姫にふさわしい存在なのよ…これは夢よ…舞台に立つべきは、私のはずだったのに……どうして誰も私を認めてくれないの!!」


 フォノスは剣を鞘に戻して言った。


 「イザベラさん、貴女の熱狂的なファンを一人、僕は知っている」


 イザベラは泣き続けているが、耳は貸している。


 「そいつは、イザベラという吟遊詩人に人生を救われた。毎日代わり映えしない日々に意味を見いだせたのは、他ならない、君の歌声だったそうだよ」


 「……」


 「君はそれでも、『誰も』認めてはくれない。なんて言葉を使うのかい?」


 「……」


 「君にはファンが一人いる。君は歌で間違いなく人を救ったんだよ。立場や環境が変わっても、この事実は絶対に変わらない。どうか、牢から出るその日まで、その事実を忘れないでほしい」


 イザベラは崩れ落ちるように泣き叫んだ。


 最早、抵抗する素振りなど一切見せなかった。



 * *



 二日後……


 カジノの一角、会場は満員御礼。人で埋めつくされている。


 ステージに立つのは、王都から来た、正真正銘の歌姫だ。


 その女性は、最初に謝辞を述べるはずだった。


 リハーサル通りなら。


 「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます。本日は、皆さんと、歌を最も愛したとある人へ向けて、歌いたいと思います。吟遊詩人の二人へ愛を込めて、まずはこの歌を聞いてください。どこにいても、何をしていても、歌は人をつなげます。人が歌うからこそ、歌は歌足りえるのです。心を込めて……」


 だがその女性は、会場の皆と、とある二人に心を込めて歌を捧げると誓った。


 少しだけ予定とは違う発表にスタッフはひやっとさせられたが、歌姫はニコニコして歌い始める。


 この歌がいつか、二人の心に、本当の意味で届きますように。


 ―番外編 消えた歌姫―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ